もう一人の友人
出発の朝。
いろいろあって昨日はよく眠れなかった。
旅支度を終えたオレは、庭の椅子で小さくあくびをする。
タルピーも一緒にあくびをした。最近、こいつはオレの物まねをするようになってきた。
ふと見ると、家人のみんなが余所余所しくしてるように感じるんだが、オレがこうして王都外にでかけるのが珍しいからだろう。オレも考えたら、友人と遠出するなんて初めてかもな。
ペランドーが不慣れということもあり、出発は昼前ということになっている。ティエは馬車でペランドーを迎えに行き、屋敷で合流後出発ということになっている。
「そうだ。マーレイ。アトラクタ男爵家について知っているか」
待ってる間、ヒマなので聞いてみた。
「はい。ザルガラ坊ちゃんの曽祖父の奥様の弟様の婿入り先です」
の、が多いな。
「遠いな。ほとんど他人じゃないか」
オレは頭の中に系譜を描きながら言った。
「はい。先代の頃までは先代アトラクタ男爵と交流はあったのですが、今の当主様とは手紙のやりとりも途絶えております」
マーレイも他人という表現を否定しなかった。もう関係は切れかかっているだろう。
「そこまで遠いんじゃ知らないか」
「現アトラクタ当主のお若いころならば、個人的には知っております」
「へえ、どんな人?」
さすがは年の功。先々代から家に従えているだけはある。
「法律が服を着て歩いている。と、皆が申されるような厳格な方でした。仕事熱心で、国家に忠誠を尽くすお方です。現在は確か王都内の遺跡開発を担当されているかと記憶しております」
「ふ~ん。遺跡開発か……」
「はい。奇しくも今回の目的に関係しておりますね」
呟きをマーレイはそう解釈したようだが、オレの思うところは違う。
吸血鬼への関与だ。
王都の遺跡開発というのは、言い換えれば一種の王都開発だ。遺跡を潰してそこの資源と土地を利用する、という土木部門である。王都はほとんど調査発掘の済んだ遺跡だが、その最中に古来種の遺物が見つかるというのもゼロではない。
ここ10年で、2度ほど話題が上がったことがある。
そういえばアザナの作った転移門は、表向きそういう扱いになっているな。
仕事柄、なにか吸血鬼に関する何かを手にいれたのかもしれない。フランシスもその辺を把握してるだろうから、オレが口を出す必要もないだろう。
などと思案していたら、ペランドーたちが馬車に乗って到着した。
「ティエさんが鎧着てたから、びっくりしちゃったよ」
ペランドーはオレに会うなり、興奮した様子で言ってきた。
「最初はお客かと思われてしまいました」
今日のティエは、騎士らしく武装している。メイド服が好きなティエだが、さすがに今日はそういかない。
オレたちは一先ず旅支度の再検査をして、足りない物は屋敷から持ち出し、それから出発となった。
馬車で王都の端まで行き、そこからはオレの飛行魔法で北の遺跡『霧と黒の城』へと向かう。
オレの飛行魔法なら、休憩入れても昼過ぎに到着するだろう。道は整備されているが、馬車では丸一日かかる。
飛行にはタルピーにも手伝ってもらった。タルピーは攻撃特化というわけでなく、さすが上位種ということだけあって、さまざまな魔法が使える。
北の森を飛ぶ前に、途中で休憩して昼食を取る。北の森は、王都の木材などの資源を賄う王領だ。
広く深く、各所に猟師村や木こり村がある。
霧と黒の城はその中心付近で見つかった。
古来種の遺跡は、タルピーのような高次元物質か幻影で隠されていて、発見されにくいものがある。霧と黒の城は魔法が切れたか、発見者がティエのようなダイアレンズ持ちだったろう。
昼食を終え、再び飛行魔法で森の中心へと向かう。
しばらく緑の上を飛び、見えてきた遺跡……城は、なかなか雄大な物だった。
城を城下町がぐるりと囲み、王都を20分の1ほどに小さくした規模だ。これはかなりの遺産が期待できる。
いきなり遺跡には向かわず、まずは冒険者村へ向かう。真上を飛ぶのは危険なので、近くの道に着地してから歩いて入った。
冒険者街。遺跡探索のため、冒険者と商売人や関係者などが自然と集まって出来た街だ。
最初は遺跡の管理をする詰め所が作られる。次に冒険者がやってきて、商売人の馬車や簡単な料理を出す屋台などが出る。やがて宿や鍛冶屋の店が出来上がり、一般人が増えるので、生活の基盤を支える商売人がやってくる。
霧と黒の城の端、外縁部にそうした冒険者街が出来上がっていた。
そこはテントだらけだった。
食堂、道具屋、果ては鍛冶屋まで、掘っ立て小屋やテントで営業している。
食堂などはわりとしっかりとしたテントだが、道具屋や衣料品店、食料品店などは、四隅に柱を立ててテント布で屋根をかけただけというありさまだ。
「意外だね。まだ建物が少ないんだ」
葡萄噴水広場の情報収集で、多少は知っていたペランドーだが、それでもこの光景は驚いたようだ。
「でもなんでテントばかりなの? やっぱり見つかったばっかりだから?」
「見つかって一年ですから、この発展具合は遅いですね。少々調査が滞っているのでしょう。遺跡の探索はまずこのような外縁部に拠点をつくるのですが、すぐに拠点は遺跡内部に移るはずです」
ティエは冒険者と取引しているので、いろいろと詳しい。
「調査の終わった遺跡、魔物を駆逐し終えた遺跡など、区域ごとに解放すると、拠点はそこに移ります。遺跡がそのまま冒険者の街となるわけです。王都の開発以来、300年間続く方式です」
「なるほど。いずれは魔物が跋扈する場所も、街になっていくんだね」
ペランドーがなるほどとメモと取る。冒険者として、メモは役に立つ。情報の記録は勿論、地図をかいたりメッセージを残したり、死を覚悟した時の遺書を書くのにも必要だ。
とはいえ最後の使い方は、オレたちにまず起こらないだろう。
7日間の冒険ゴッコみたいなもんだからな。
「はい、そうして遺跡の全てが解放されたとき、そこが新しい街になるのです。ちなみに功績によっては、遺跡の解放者がその街の領主となる場合もあるんですよ」
「え! 貴族になれるの?」
ペランドーの目が輝く。
「そういう法律も一応ある。というだけなので、必ずしも適用されるわけではありません。よほど遺跡の発掘と解放に貢献しないかぎり無理でしょう。今では遺跡のある土地の領主に、騎士を授かるか、陪臣との婚姻で取り込まれる。というのがせいぜいですね。それですらとても稀なことです」
「そうか、残念だなぁ」
意気消沈するペランドーを見て、もしかしたらと思い、オレはソフィに関する情報を与えてみる。
「たしかカルフリガウの最初の当主も冒険者で、300年前、王都のあのあたりの区画を解放した人だぞ」
「そうなの?」
知らなかったようだ。
「ああ、全体としちゃ狭いし功績もそれなりだったから郷士止まりなんだろうが、それでも夢を実現した冒険者の末裔ってわけだ」
「そうなんだ。ソフィってそういう家の子だったんだ」
ペランドーがソフィに思いを馳せる。それは色っぽいものではなく、男の子としての憧れである。ソフィにはいい迷惑だろうが、知ったコッチャナイ。
「領地のない貴族や、騎士位の方が副収入源を得るため、自領や王領の遺跡を発掘する場合もあるらしいですよ。貴族が手に入れれば、売るも街を支配するも可能ですから」
「そうだな。遺跡の財宝を取り終わっても、遺跡自体が資源だからな。しばらく発掘で儲かる」
古来種の遺跡は家具も床板も資産だ。なにしろ容易に壊れない、傷つかない、綺麗なまま、中には魔力源になるものもある。
王都の遺跡は、ほとんど引っぺがされているので、利用価値の少ない壁と剥き出しの床しかない。
しかしこのような見つかったばかりの遺跡では、ほぼ全てが残っている。
魔物退治や財宝、古来遺物の探索ではなく、率先して嵩張る家具や木材の持ち出しをする冒険者までいるという。そういう資材を冒険者が売り払う時、税金がやたらとかかるが、それでも収入になるので、やるヤツはやる。
古来種の遺物なのに、専門の知識が要らないからだ。
「とりあえず、宿を探すか。これなら空いてそうだ」
街に活気がない。冒険者がまだ少ないのだろう。
オレたちは市場のような商店テント街から、宿が建つ区画へと向かった。
さすがに宿はテントということはなく――中にはあるようだが――簡素な平屋がいくつか建っていた。
どこも似たり寄ったりの出来具合だが、一つだけ異様な宿があった。
低音の音楽が漏れ出す宿である。
「この音楽は……」
「かわった音楽だねぇ」
ペランドーはこの異様なリズムに、身体が合わせられないようだ。
オレは聞き覚えがあった。
聞き覚えのある音楽がなる宿へ、足が勝手に向かう。ペランドーとティエは、何も言わずついてきてくれた。
音が漏れ出す宿は、他の宿から離れて孤立したような位置で、音楽を鳴らすため避けられているような立地だ。
ああ、懐かしい曲だな。
――そうか、アイツ……。オレのところに来る前は、冒険者の宿をやっていたと聞いてたが、ここだったのか。
宿の前でしばらく懐かしい音楽を聞き、肩の力を抜いてから戸を開いた。
香と違う煙さ。異文化溢れる音と、内装。
そして二度目の人生を享受するオレが、一度目の人生で出会い、友人となった宿の主人がいた。
「ヤマン! あんたら初顔だな。ザイゥワカと偉大なアラゥワクの引き合わせに感謝だ、ブラザー」
やっぱり、オマエだったのか。
カウンターにいたのは、タバコを咥えた大男だ。
陽気な笑みを浮かべてオレたちを迎え入れた。
新式魔法陣を店内に描き、なんとも奇妙なリズムで音楽を掻き鳴らしている。
宿の主人はとても南方出身らしい特徴を持っている。褐色の肌と、引き締まった筋肉質の身体。
麻の粗末な服を色とりどりの組み紐で飾り、髪は男にしては長く、細く編み上げている。
「これはこれは、ビーニな貴族様だ。うちの宿にご用かな?」
ビーニとは小さいという意味である。
ザイゥワカという南方の島独特の訛り。彼らは古来種の残した言葉をひどく訛らせた上に、日常からやたらと多様する。
この大男の名はターライン。
一回目の人生で、オレにタバコを教えた張本人だ。今はガキの身体で、タバコに対しては拒絶しかないが、この男……ターラインのことは嫌いじゃない。
なつかしさで目頭が熱くなる。いや泣いたりしない。タバコの煙が目に染みただけな!
オレは必死に堪えて、ターラインに挨拶した。
「ああ、よろしくな。オレは王都からきたザルガラだ。部屋は空いてるかい?」
「はは、貴族様にとっちゃ、ここはディビディビだろう?」
ティエとペランドーが「ディビディビ?」と首を傾げている。この大男は「貴族には汚い部屋だろう」という意味で言っている。
コイツのしゃべりに慣れるのは時間がかかった。二度目なお陰で、今は苦労しないがな。
「いや、そうでもないさ」
「なかなかアイリなことだ。このサウンドがバンガランじゃないのかい?」
笑う時、タバコの火を隠すように手を翳す癖。
何もかもが懐かしい。
「いや、オレはこの音楽好きだぜ」
「ノマン。あんただけじゃない。連れの2人はどうか? って意味さ」
ターラインは両手を上げて、呆れたような仕草を見せる。いちいちオーバーアクションだ。
「私は好きですよ」
オレを気遣った言葉じゃない。ティエはこの独特なリズムに合わせ、肩を揺らしている。
「ウィキッド! コンシャスな顔してわりにイケるね。でもせっかく可愛いんだ、下手に踏み込んでスケテルになるなよお嬢さん。俺がバッドヴァイブスになっちまう」
「ふふ、ありがとうざいます」
ティエは褒められ、素直に喜んで見せた。言葉はいまいちわかってないようだが、褒めてくれてるは雰囲気でわかるようだ。
「ぼくも嫌いじゃないかな。でも寝るときは勘弁してね」
「ヤァマン。こちらの坊やもなかなかのラガマフィンだ。ノリはいまいちだがな」
ペランドーはこの裏のリズムに身体が合わないのだろう。単調な動きを見せ、いまいちノれていない。
「俺様はターライン。元冒険者で、この宿の主だ。ビーニな貴族さん。このタバコが気になるかい?」
オレがあまりにターラインを観察していたせいだろう。彼は紫煙を吐き出すと、タバコを頭上に翳してみせた。
「ああ、タバコはハタチを過ぎてから……って言うヤツがいるんでね。悪いな」
「良い事を言う奴だ。それは長生きの秘訣だぜ」
おどけた様子でタバコを咥え、大きく吸い込む。
オレを尊敬する友人と呼んでくれたターライン。
数少ない友人の中で、唯一、友人のままオレより先に逝ってしまうターライン。
そんなオマエが、長生きの秘訣とは笑わせる。
オマエは、そのタバコで死ぬんだろうが――。
パトワ語はまったく知識ないので、間違っていたら遠慮なくご指摘ください。
ジャマイカっていう知的教育玩具があるんですが、それで遊んでる時にターラインは誕生しました。
このおもちゃってなんでジャマイカっていうんでしょう?




