突発ヒアリングロス
「あーあ、結局今日は無駄に過ごしちまったな」
放課後にアザナを探すのは難しい。さっさと帰宅されてしまえば、それまでだ。流石に学園の外で騒動を起こしたら、大事になってしまう。
教頭会は疎ましくとも、なんだかんだ学園内の自治を守る者たちだ。学園の利権などを守るため、対外には大した騒ぎではないとし、オレを叱りつけながらも保護するだろう。
ある程度の範囲で、数回なら――だ。
やり過ぎはいけない。重ねて学園の外では大人しくするべきだ。
学園を最後にして立ち去る覚悟なら、その制限を無視するが、今はその時ではない。
アザナの姿を探すために、オレは学園の中で見晴らしのいい時計台に上った。
鐘が下がり、壁が四方に抜けたここは、ぐるりと学園を見晴らせる。遠目の魔法と探索の魔法を駆使すれば、下校しようとするアザナを見つけられるだろう。
念のため、魔法陣の準備は凝っておこう。
投影型の古式魔法陣より、手書きで複雑な独式魔法陣の方が効果が高い。
チョークを取り出すため胸元を探っていると――
「見つけましたわ! アザナ様、こちらです!」
「っ! 誰だ!?」
女の声が、アイツの名を呼んだ。オレは身構えて振り返る。
魔法で作った翼を羽ばたかせ、ユスティティアがオレを指差して飛んでいた。
制服の一部を羽と変えて飛んでいるのか。純粋な飛行魔法はまだ出来ないのだろう。飛行の補助に、魔法羽を使っているのだろう。
「エッジファセットの姫殿下が、オレになにか用か?」
「貴方に用があるのは、わたくしではありませんわ」
羽を休めるため、仕方なく――といった態度で、ユスティティアは時計台の鐘吊部屋に舞い降りた。
「……アザナのヤツか」
「ええ、そうですわ」
不機嫌そうなユスティティアの顔。それが、一転して笑顔に変わる。
原因はアザナだ。
隣の校舎から、銀光の軌跡を残してアザナが飛んできた。たしかあれは、アイツが昔から使っていた高速飛行魔法だ。入学当時から使えたのか。
恐ろしいな。
鐘吊部屋に飛び込んだアザナは、光の粒を背後に吹き飛ばして魔法を解除した。いちいち派手だ。
魔法を解除したアザナは、一歩だけオレに近づいて口を開いた。
「……ポリヘドラさん」
「おう」
アザナがオレの苗字を言って、少し嬉しかった。
できれば、早くザルガラと呼んでほしい。
オレは無言でアザナを睨む。一瞬、アザナが怯んだ。
この態度を見るに、コイツはまだ争い事に慣れてないのかもしれない。もしかしたら、実戦はオレが初めてだったのか?
それであれだけ対応できるなら、それはそれで喜ばしい。
まったく、底が知れない。
もしも実戦を重ねているのに、こんな風に怯むとするなら――。そんな性格でありながら、誰よりも強いということだ。
まったく、恐ろしいヤツだ。
さぁて……そんなアザナに。どうやってケンカを売ろうか?
「ポリヘドラさん。一つ、質問していいですか?」
「ああ、いいぜ」
アザナの質問に難癖つけて、ケンカを売ってやろうか。などと考えていると、アザナは驚くべきことを訊いてきた。
「あの芝生を捲った魔法。 魔法陣を介して物体に命令する術式は、アレはあなたの魔法ですよね?」
こいつっ!
一回見ただけで、オレの魔法を識別できるほど解析したのか。
「ふふふ、ふはははっ、そうか! それでオレに用があるってか? そりゃいい!」
ホントにそれはいい。
オレからケンカを売ることはあったが、アザナがオレに売ってきたことはなかった。何がどう転がったのか、コイツはオレを探し出して、オレにケンカを売るつもりか?
愉快だ、痛快だ、最高だ!
マジで歴史が変わってる! いい具合に変わってる。
拳を握りしめる、歓喜で顔が緩む。
アザナの攻撃を待ちわび、オレは笑顔で構えた!
「さぁこいっ!」
「ありがとうございました!」
拳を突き出して魔法陣を展開するオレに、アザナが深々と頭を下げた。
――ん? なんだって?
「なんだって?」
「ありがとうございます。あの時、五回生たちからボクたちを助けてくれたんですよね?」
なんだって?
「なんだって?」
「入学以来、ずっと困ってたんです。ボクを入会させようと、――えっとその全裸倶楽部ですか?」
「素衣原初魔法研究会ですわ、アザナ様」
ユスティティアが横から訂正した。
「そう、それです。その人たちがしつこくてどうしようもなくて」
「なんだって?」
「すぐに服を脱ぎだすし、変だし、その……お陰で助かりました」
「なんだって?」
「アンズランブロクール先輩たちは、すっかり犯人探しに夢中です。ボクたちは解放されたんです。ぜんぶ、ポリヘドラさんのお陰です」
「なんだって?」
ぱぁっとした笑顔で、アザナがオレを見上げている。
なんだって?
「まったく。アザナ様ったら。この方はアザナ様に問答無用で攻撃をされるような人ですよ、結果的にそうなっただけにすぎませんわ」
「まったくその通りだ、いいこと言ってるぞユスティティア・エン・エッジファセット嬢。もっと言え」
「いえ、ボクは分かってます。ポリヘドラさんは、いい人なんですよね?」
「オマエは何を言っているんだ?」
おい、オマエは何を言っているんだ?
「試験後に、ボクを攻撃してきたのも、ボクの噂をきいたからですよね」
「まったくその通りだ。そろそろ考え方を軌道修正しようか、アザナさんよ?」
「ボクは試験結果のせいで、男子のみんなから距離を置かれていたんです。でも、ポリヘドラさんが乗り込んできたお陰で、それからはみんなが同情してくれました。ポリヘドラさんのお陰です」
「オマエは何を言っているんだ?」
もじもじするな、アザナ! 男だろが、オマエ!
「男子がみんな、ボクに災難だったねって、みんなが貴方の悪口を言って……その、でも、その時は分からなくてすみませんでした。ボクが上級生に難癖付けられて、可哀想と思わせるためだったんですね!」
「オマエは何を言っているんだ?」
笑顔と勘違いが痛い。やめろ、なんで赤い顔でオレを見る!
「今日のお昼に確信しました! ポリヘドラさんは、ボクを見かねて助けてくれてるんですね!」
「オマエは何を言っているんだ?」
「わたくしは、ザルガラさんがだんだん心配になってきましたわ。大丈夫ですの?」
いや、ユスティティア。お前はアザナを心配してやれよ。
「入学前から、怖い人だと伺ってましたが――。ほんと、人のうわさなんて信用できませんね。ポリヘドラさんはこんなにいい人なのに」
「オマエは何を言っているんだ?」
確かに一回助けたような物だが、最初は完全に勘違いだぞ。
しっかり説明して、しっかり理解して貰いたい。そしてケンカを売りたい!
くそ! 展開がおかしくて考えが纏まらない。言葉が出ない!
オレが戸惑っていると、アザナがやけに色っぽい上目使いで見上げてきた。
ヤメロッ!
オレをそんな目で見るな!
「あの……、ポリヘドラさんの事……ザルガラ先輩って……呼んでいいですか?」
「オマエは何を言っているんだァアアアァァァァッ!!!???」
あ、でもちょっと嬉しい。