表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第3章 憧憬と真贋

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/373

バニッシング・プリンセス

 

 10年先から舞い戻って、2回目の人生を過ごすオレ。

 それはつまり、未来から来ているような存在という事だ。

 すでにいくつかの歴史は変わっているが、大きく関わっていない歴史はこのままなぞられるだろう。

 その一つになるであろう、事件。

 悲劇の消失姫。

 ディータ・カトプトリカ・エウクレイデス姫抹消事件だ。


 彼女の謎は多い。

 オレより一つ上の12歳で、社交の場に出てきてもおかしくない歳である。にも関わらずその存在を知る者は少ない。

 未来では消失姫などと言われているが、彼女はしっかり存在している。王宮にのぼれる貴族や、王宮勤めならば、その姿を見た者が意外といる。ただ噂で誇張されてしまったのだ。

 貴族でも王宮への出入りが自由ではない。噂好きで王家に二心ある貴族が、不遜にも「姫などいない」と面白おかしく、事情を知らぬ貴族へ吹聴する。

 現国王は壮健とはいえ、なかなか高齢だ。王妃も先立ち、もう子を望める歳でもない。

 いざというとき、権力と権威を維持するため、姫がいることにしているという噂だ。

 ディータ姫は幼い頃、何度も姿を見せているのに、もう死んでいるだの、殺されてるだの、いい加減な噂で王家の存続を妨げ、権威を下げようとする。


 国民も噂が好きだ。

 式典にも姿を見せぬディータ姫を、不敬にも透明ガラス姫と冗談めかす。


 だが一年後、本当にディータ姫はいなくなる。


 当初は病で離宮にて療養と発表されるのだが、すぐに続報が立ち消える。そのうち、国王まで最初からいなかったように振る舞うのだ。

 噂を利用して抹殺しただの、本当にいなかったんだと、世間は騒ぐ。

 しかし不思議なもので、こうなると世論はひっくり返る。

 国民も貴族も、口では「いないいない姫」と言っていたクセに、いざ姫が抹消されると、急に「姫はどこかにいる」と言い出す。

 こうして姫探しが始まるのだが、オレがアザナに負けて死すその時まで、ディータ姫が見つかったという話は聞かなかった。


 軽く怖い話だ。

 王から国民にいたるまで全ての人が、冷たく後退主義的な悪意を持って姫を消し去った。そんなおぞましさを覚える事件だ。

 いや、事件なのか?

 ちょっと分からない。

 野次馬として興味はあるが、正直言って関わりたくない。

 

「そのディータ姫が畏れ多くも、なんでオレなんかにラバースーツなんてモンを送り付けるんだ?」

 ソファに深く座り、目を閉じて消失姫の記憶を手繰り寄せたオレは、そのままの体勢で局長とフランシスに聞いてみた。

 2人は返答に困っているようだ。片目を開くと、互いの顔を見合って、「君から」「いや局長から」と譲り合っているのが見えた。

 やんごとなきお方の話……だから、という雰囲気ではない。


「ここはやはり彼女・・の発見から出所の洗い出しをした局長から」

「いや、姫に近いのはカヴァリエール卿……。君のほうだろ」

「儀仗兵や近衛ならともかく、我々は内勤と外回りですよ」

「それでも私よりは姫を知っておるだろう?」

「いやいや、ディータ姫の情報があればここにはいませんよ」

 

 揉めている。

 事前に話しつけて置いてくれないかな、こういう事は。


「チッ……」

 オレは小さく舌打ちした。この態度でイラだっているのに気が付いたのだろう。局長が責める目線をオレに飛ばしてきた。


「ぁあんだぁ?」

「むぅんん?」

 局長とオレは、無意味にガン付けで張り合った。

 さすが犯罪者を相手する局長だ。オレを怪物と知って、ガン付けに対抗してくるとは面白い。

 交差する不穏な視線。

 この一瞬で、「やるか、おっさん?」「小僧が」「ハゲが」「お前の父もハゲてるだろが」「オレはハゲねぇよ」「ワシもそう思ってた」「そうか……」「この話題でケンカは止めようか……」「そうだな……」という心の会話が成立した。 

 

「なにを急に理解しあってるんですか? お二人とも」

 うるせーな、ふさふさ若作り。絶対にテメェとは分かり合えそうにない。


「カヴァリエール卿。ここは私から話そう」

 理解し合えた効果か。局長がオレに説明をしてくれるようだ。


「ザルガラ君。キミはヨーファイネ・カタラン嬢とはどのような関係かね?」

「オレが被害者で、ヨーヨーが変質者」

 冗談で言ったつもりなのだが、やはりそうかと局長が頷く。


「実は君の家で廃棄されたラバースーツを、最初に発見したのがヨーファイネ嬢なのだ」


 その時オレに電流走る。


「あ~、なんかわかったぞ。大方、ヨーヨーがオレのストーカーしていて、ゴミ漁ってたらくだんのラバースーツ見つけて、喜びのあまりクネクネと怪しい足取りで持ち帰ろうとしてたところ、暗殺事件の警戒に当たっていた巡回兵に見つかったんだな」

 最近、なんか変態たちの行動原理が理解できるようになってきた。

 たぶん、当たっているだろう推論を口にしたら――。


「っ! 素晴らしい!」

「さすがですね! そこまで彼女を理解しているとは!」

 局長とフランシスが立ち上がって、オレを称賛し始めた。

 え、なにこの雰囲気。

 オレは理解できず気圧される。


「いやぁ、このような事件があると、全容解明が難しいのだが……。わずかな情報から変態の行動を読み通すとは。いやはや、ザルガラ・ポリヘドラここにありだな」

「おい、変態の行動読めたからって、そこまで褒めるのかよ」

 褒められてくすぐったいというより、オレ困惑だよ。

 やめろ、そういう事で褒めるな!


「いや、謙遜しなくていいよ、ザルガラ君。この王都では、変態の犯罪が多く、それでありながらその行動を読める者がいなくてね」

「フランシスさん。ちょっと待って? なんの犯罪が多いって?」

 大丈夫か、王都?

 病院増やした方が良くないか?


「ザルガラ君。学園を卒業したら巡回局に来ないかね? 変態事件の捜査を任せたいのだが」

「そんなの担当したくねぇよ」

「いやいや、ぜひ騎士団に。王宮内でも、この手の不可解な変態的事件が多くてね」

「腐敗してんな、王宮!」

 王都も王宮もいろいろヤバいな。

 卒業したら、アザナも自領に帰るはずだし、オレも王都から出よう。


「つかおい、ディータ姫の話しろって」

「うむ、そうだったな。巡回局の件、考えておいてくれ――。では、ヨーファイネ嬢をお呼びしよう」

 局長は手元のベルを鳴らした。

 隣りの部屋のドアの開く気配がし、廊下が騒がしくなった。


『やめて! 私に乱暴する気でしょう? 薄い本みたいに!』

『しねーよ。とっとと入れ』

 ドアの向こうで、ひと悶着――というか寸劇が行われている。

 あー、これはヨーヨーですわ。声からして、付き合わされてるのはスロウプか。大変だな、巡回兵の変態対応。変態手当とかあるんじゃねぇか、王都の治安維持関係に。


「失礼します。カタラン嬢をお連れしまし……」

「ああ、牢獄じゃなくて局長室だなんて、いきなりボスの相手をさせられるのね!」

 スロウプが敬礼する前を横切り、子供の癖にデカい乳を揺らしながらヨーヨーがナニか喚いている。

 ヨーヨー。オマエは拘束されてないのに、なんでわざわざ自分の髪で手を縛っているんだ?


「すみません、うちの学生が迷惑かけてます」

 思わずオレは、怪物らしからぬ丁寧な態度で謝ってしまった。

 するとスロウプは思わぬ反応をした。


「いえ、慣れておりますので」

「うわ、冷静」

 スロウプ、クール。


「やっぱ多いのか、変態」

「ええ、かなり……」

 スロウプの疲労を見て、オレは巡回局への就職は全力で固辞することを決めた。


「ザルガラくん! どうしてここに? はっ! ま、まさか私を助け」

「るわけねーだろ。『跪け』」

 オレに飛びつこうとしたヨーヨーの足を魔法で払う。つんのめったヨーヨーは、キョトンとした顔で床の上に正座する形に収まった。


「……みなさん、お騒がせしてすみませんでした」

「急にしおらしくなったな」

 ヨーヨーは正座姿で、深々と頭を下げた

 正座するとマトモになるのか、コイツ。


 事態が落ち着き、困ったように顎を撫でていた局長が口を開いた。


「スロウプくん。君は下がりたまえ」

「はっ!」

 十人隊長スロウプは、やっと解放されたという笑顔で退室していった。


「さて、ヨーファイネ嬢。専門家の君から説明してくれないかね?」

 専門家? ヨーヨーが? 

 いったいなんの?


「局長さん、それはラバースーツの事ですか?」

「うむ、そうだ。それをザルガラ君に説明してくれたまえ」

「どういう専門家だよ」

 思わず口を挟んでしまった。

 オレの疑問に答えたのは、フランシスだった。


「彼女は、古来種の服飾関係に詳しいんだよ」

「カヴァリエール卿。それは違います。私の専門は、古来種カルテジアン及び上位種の服飾とその変態性の考察という事なのですが」

「……古来種まで変態なのかよぉ」

 オレは呆れて物が言えない。

 王都にも王宮にも古来種にも、問題がいろいろとあるようだ。王都の外は普通ならいいのだが。

 またもオレは頭を抱えた。

 

 一方、ヨーヨーはどこから説明したらいいのか、という顔で腕を組んでいる。


「ラバースーツは上位種の正装とか言われてますが、正しくは保護用具です」

「あん? 保護用具?」

「ええ、日光からの」

「……もしかして、その上位種って」

「はい、吸血鬼というとすぐ古臭い貴族服を想像しますが、本来の服装はラバースーツなのです」

「マジかよ……」

 オレはヨーヨーの話を聞いて、さらに頭を深く抱えた。


「それとですね、実は以前に母のコレクションであるラバースーツが、いくつか人手に渡りまして――」

 ヨーヨーの母親はそういうコレクトしてるんだ。ツッコミ入れようと思ったが止めた。

 ツッコミは友情。ヨーヨーとは友情を深めたくない。


「その相手がディータ姫なのです」

 軽くヨーヨーはその事実を述べたが、オレは絶句した。局長もフランシスも暗い顔をしている。

 ある可能性を考えているからだ。


 ディータ姫が、デ・ルデシュ侯爵とハル伯爵の暗殺に関わっているという可能性を。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ