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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第3章 憧憬と真贋

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新たな分岐点

「くぅ……必ず雪辱! 果たして差し上げますわ!」

「我々が学園卒業すれば終わりと思うな! いつか捻じ伏せてくれる!」

 魔力を使い果たした兄妹は、嬉しいことに捨て台詞を残し、オレの前から退散していく。


「憶えておくぞ」

 兄妹が憶えておけと言わなかったので、自分から言ってみた。そのころには、兄妹も人混みの向こうに消えていた。

 ちょっと虚しい。

 

「とんだ騒ぎになってしまいましたね、ザルガラ様」

「やっぱりザルガラくんは凄いなぁ。5回生のトップ2人相手で、勝っちゃうんだもん」

「ふわぁ……。魔法学園のみなさんってすごいですね」

 安全圏にいた3人が、口々に驚きの言葉を並べてやってきた。野次馬もやってくるが、一睨みで追い払う。

 その中に1人、退かない者がいた。


「終わりましたか」

 観戦していた巡回兵だ。

 皮肉っぽい笑みを浮かべ、のんびりと声をかけてくる。


「オレがいう事じゃないが、止めに入るのが遅いぞ。仕事しろ……む? オマエもしかして」

「憶えていて頂けましたか」

 ひどく歪んだ口元と、垂れ目にあごひげ。特徴的な巡回兵。

 カタラン領の騒動の時、巡回兵の中で騎馬部隊に配されていた中年男性だった。

 小脇に抱えた飾り房のついた兜を見るに、彼は隊長クラスだ。


「いや、顔は憶えているが、名前まではちょっとな」

「では、この機会に改めまして。巡回局王都西部支部所属のスロウプ。十人隊長を務めております」

 不真面目そうに足を揃え、気怠い敬礼。なんとも癖のある人物だ。

 十人隊長と言われているが、実は8人を部下とし、本人を含めて9人の小隊である。

 これに連絡員が入り10人となる場合があるが稀だ。


「広場で魔法使いのケンカが起きているときいて駆けつけましたが、あまりにもポリヘドラ様が楽しそうにしていらしたので、止める機会を逸してしまいました」

「そうかい。で、あっちを止める気はないのか」

 オレが指差す方向で、賭けの配当を渡している即席胴元がいた。

 王都では公共の場で賭け事をするのが禁じられている。賭け事が悪いという話ではない。路上や店舗でトラブルを防ぐための法律だ。


「場を設けてやっているのならばともかく、彼らは友人・・同士で楽しんでいるだけでしょう」

「四角四面じゃないってことな」

「なにぶん、スロウプなものでして」

「はは……、名は体を表すか」

 古来種カルテジアンの言葉で、傾き(スロープ)という名を持っているだけに、かぶいているようだ。


「で、ケンカが終わったから、形だけ注意にでもきたのか?」

「いえいえ、出来ればお話したいことがありまして、巡回局総出でザルガラ様を捜しておりましたところです」

 ケンカで事情聴取かと思ったが、口振りとしてそうではないようだ。

 何か事件でもあったのだろうか?

 スロウプの顔色を伺うが、コイツはご機嫌の酔っ払いみたいな読み取りにくい顔をしている。

 なんともやり難いヤツに当たったものだ。他の巡回兵なら、もっとうまく会話できるんだろうが、相手が悪い。

 

「全員か?」

 ティエとペランドーたちを背中越しに差して見せると、スロウプは人混みの整理をしていた部下を呼びつけた。


「そちらの方々は、部下がお送りいたします。できれば、ポリヘドラ様だけを、お連れするようにと命令されていますので。……ああ、先ほどの貴族方にも、部下が2人ついております。静かに知られず護衛してますよ」

 抜かりの無いない男だ。このスロウプという人物、なかなか食えそうにない。

 オレが警戒をしている中、ペランドーが心配そうに声を上げた。


「じゅ、巡回兵さん。ザルガラくんはどうなるんですか?」

「ご安心を。この件とはまったく関係ないことで、伺いたい事があるだけです。今日中に帰れますよ」

 それを聞いてペランドーが安心するが、オレは却って不安になった。

 街中で魔法を使ったケンカを不問にしてまで、聞きたいこととはなんだろうか?


「マルチさんは、ぼくが送るよ」

 考え込むオレに、安心しきったペランドーがとんでもないことを言い出した。


「ちょ、待」

 なに、ナチュラルに紳士なことしてんだよ!

 それはオレの役目――、いやなんでもない。


「そうか……た、頼んだぞ」

「うん」

「……歯ぎしりするほど悔しいのですか? ザルガラ様」

 

   *   *   *


 オレはスロウプに大人しく従い、巡回局へとやってきた。

 巡回局は軍施設内にあるため、オレはゲストパスを貰う。一応、お客扱いだ。


『おおう、なんかすっごい武器があるね』

 王都内から郊外を砲撃できる古来種の砲台を見上げ、タルピーが喜びの舞を踊る。

 軍の防犯魔法陣に、タルピーが反応するかと思ったが杞憂だった。


 この対応からして、事情聴取というカンジでないな。

 

「局長。ザルガラ・ポリヘドラ様をご案内しました」

 やたら奥まで案内されたので、どこかと思ったら局長室だった。

 これでも驚きなのだが、中に通されて2度……いや3度も驚いた。

 正面の席に座る壮年の男性は、もちろん局長だろう。てかてか光る頭と、チョビ髭が印象的だ。

 彼はマウル・ド・モルガンと名乗った。確か子爵だったと思う。彼が室長室にいるのは当然だ。

  

 驚いたのは手前の席にいるフランシス・ラ・カヴァリエール男爵だ。あのアザナの取り巻き、ヴァリエの父である。

 ヴァリエの父と分かって驚き、王国騎士団の大隊長がいることに驚いた。

 彼も自己紹介してきたが、オレは努めて知らないふりをした。一周目で彼と接点があったが、この時点でオレはフランシスと会ったことが無い。


 スロウプは敬礼一つし、さっさと退室していく。

 残されたオレに、フランシスが語りかける。


「聞いていたより、随分と落ち着いていらっしゃる」

 フランシスは好青年っぷり溢れる笑顔で言った。とても子供が6人もいる40近いおっさんには見えない。

 ここ20年。王国で美男子と言えば、フランシス・ラ・カヴァリエール男爵。彼である。

 至る所で浮名を流しながら、家では愛妻家という、相反した顔を持つ不思議な美中年だ。

 恐ろしいことにアザナが成長する5年後まで、王国の若きも老いも、あらゆる婦女子を魅了し続ける事が決まっている。

 

 さて、もう1つ驚きだが、王国騎士団がここにいることである。


 巡回局と王国騎士団は、一部仕事が重なっているが、れっきとした別組織だ。

 王国騎士団は、王宮内だけでなく、王都と市街区の治安を担う。いざ、戦時となれば王直属の部隊だ。

 巡回兵は郊外と王都内の治安を担当し、隊長クラスは各都市に派遣され、時に小さな村では治安の全権を持つ。


 箱の中で、きっちり決まった大きな権限を持つのが王都騎士団。

 柔軟に適応範囲と権限が変わるのが巡回兵だ。


 仲が悪いわけではないが、この二つを混ぜると爆発するなどと言われている。

 力を上手く合わせると、権限が強大かつ柔軟になるからだ。


「彼がここにいるのが驚きかね?」

 モルガン局長に着席を促され、オレは頷きつつ従った。


「ええ。そりゃまあ王国の治安を担う人物2人ですからね。ああ、もちろんここにいる不自然さに驚いてもいるが、同時にすげー面倒な事なんだろうなぁってのもカンジてますよ。ほんとに今日中に帰れるの? オレ」

「ははは、本当に聞く以上に面白い子だね」

 オレの悪童染みた口振りを、笑って済ますフランシス。その大らかさが、女性を魅了するのだろう。

 フランシスはにこやかだが、モルガンはそうでもない。

 眉間に皺を寄せ、重苦しそうに語る。


「ザルガラ君。キミがまずここに来て、その事実の上で今日中に帰らないと我々の立場がないのだ。安心して帰ってもらっていいぞ」

「ふ~ん。それでそちらも、ひと安心……か?」

「うむ、そういうことだ」

「なんか事情があるわけだ。で、その治安の重鎮が1学生を呼び出して、なんの用ですか?」

 モルガンの渋い顔がさらに渋くなる。


「それはカヴァリエール卿から」

「はい、モルガン局長。えっと、あ~、ザルガラ君。これは局長から聞いたとせず、私から聞いたとしてくださいね」

 複雑な事情があるのだろう。


「わかった」

 オレは素直に頷いた。同意を確認してから、フランシスが説明を始めた。


「実はまだ公表されていないのだが、デ・ルデシュ侯爵とハル伯爵が何者かに暗殺された」

 ……反応に困る。

 どちらも知らない貴族だ。デ・ルデシュ侯爵は名前だけ知っているが、ハル伯爵は名前すら知らない。


「デ・ルデシュ侯爵は5日前。ハル伯爵は今日発見された。殺害方法は同じ。杭で胸を打たれ死亡していた」

「杭? 工事現場にでもいったのか」

「いえ、自室……といっていいのかな?」

 フランシスは困ったように天井を見た。


「あー、ザルガラ君。キミは吸血鬼を知っているかい?」

「もちろん。そういう劇は見た事ないけどね」

 恰好だけ真似たヤツなら、さっきいたが。


「デ・ルデシュ侯爵とハル伯爵は、どちらも地下室の棺桶の中で殺害された」

「……おいおい、冗談だろ」

 地下室に棺桶。まるで吸血鬼の住処だ。

 さすがに2人が吸血鬼ってこともないだろう。


「冗談ではないさ。2つの家は死を隠そうとしたが、たまたま両家とも我々王国騎士団に、目を付けられた存在でね。無理矢理調査に入った」

「おいおい、それこそ冗談だろ?」

「確かに近年まれにみる強権執行だ。しかし彼らはある血盟クランに入っていてね。そこがどうも怪しい儀式をしていた」

「血盟?」

 ふと思い当たる節があって、思わず尋ねてしまった。


「ああ、先に答えを言ってしまえば、吸血鬼ごっこをする血盟。純血血盟という一団だ」

 フランシスの言葉を聞いて、兄妹の顔が浮かぶ。


「……頭オカシイんじゃないか?」

「彼らは大真面目のようだがね。それが高じて処女童貞の生き血を得るため、人身売買に手を出すものまでいたようだ」

 高じたというか、拗らせたな。


「頭オカシイな」

 訂正し、断言。


「私もそう思うよ」

 オレの暴言にフランシスが同意した。僅かに怒気が含まれている。

 クラメル兄妹が気になるが、その事を話す段階ではない。

 オレは黙って話を聞く。


「王国騎士団は王の命受けて、血盟の調査をしていた。しかし血盟の幹部が暗殺された。事態が変わったので、血盟の違法行為を見逃す代わりに、調査の協力を求めた。彼らは喜んで地下室の遊び場を我々に公開してくれたよ」

「見逃す?」

 人身売買を見逃すという意味なのか?


「首謀者と実行犯の2人は死んでしまったからね。あとは静かに血盟解体を促すよ」

「落としどころって奴か」

 何人か関わってただろうが、そいつらは小物として、暗殺事件解決を優先したのだろう。

 しかしあの兄妹……深いところまで関わってなければいいんだが。


「これからは私が話そう。ザルガラ君」

 モルガン局長が口を開いた。ここからは巡回局の話(・・・・・)なのだろう。


「デ・ルデシュ侯爵の暗殺は完璧だった。見事に痕跡がない。しかし、ハル伯爵宅では目撃者がいた。その恰好が異様でね。……君はラバースーツというモノを知っているかね?」

「なに?」

 思わず反応してしまった。


「犯人はそれを着ていたようなのだが、憶えがあるようだね……」

「ああ、昨日届けられたもんでな。捨てさせたが」

「君の家が捨てたので、巡回兵こちらの網にひっかかった」

 迂闊だった。

 まさか犯罪の証拠が送り付けられるとは。


「安心したまえ。君は学園の試験にかかりっきりだった。疑う必要もない」

「いやぁ~、真面目に試験を受けてて良かったぜ」

 椅子に深く座り直し、大げさに安堵してみせた。


「それで送り主を調べることにしたのだが……」

「ん? ロンシャン伯じゃないのか?」

 オレは送り状にあった名を口にしたが、モルガン局長は首を左右に振った。

 そして、局長とフランシスが同時に送り主の名を言う。


「「送り主はディータ・カトプトリカ・エウクレイデス」」


 その名を聞いて、久しく感じた事のない衝撃が頭を叩く。


「ディータ姫……だって?」

 カトプトリカ朝最後の王。

 その娘にして、歴史から抹殺される悲劇のディータ・カトプトリカ・エウクレイデス。


 ――歴史が変わる瞬間に、オレは今、いる。

  

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「くぅ……この雪辱! 必ず晴らして差し上げますわ!」 屈辱を晴らすのが雪辱なので、最初のところは屈辱では。あるいは「雪辱を果たす」か...でもこちらは台詞として少し微妙かも?
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