新たな分岐点
「くぅ……必ず雪辱! 果たして差し上げますわ!」
「我々が学園卒業すれば終わりと思うな! いつか捻じ伏せてくれる!」
魔力を使い果たした兄妹は、嬉しいことに捨て台詞を残し、オレの前から退散していく。
「憶えておくぞ」
兄妹が憶えておけと言わなかったので、自分から言ってみた。そのころには、兄妹も人混みの向こうに消えていた。
ちょっと虚しい。
「とんだ騒ぎになってしまいましたね、ザルガラ様」
「やっぱりザルガラくんは凄いなぁ。5回生のトップ2人相手で、勝っちゃうんだもん」
「ふわぁ……。魔法学園のみなさんってすごいですね」
安全圏にいた3人が、口々に驚きの言葉を並べてやってきた。野次馬もやってくるが、一睨みで追い払う。
その中に1人、退かない者がいた。
「終わりましたか」
観戦していた巡回兵だ。
皮肉っぽい笑みを浮かべ、のんびりと声をかけてくる。
「オレがいう事じゃないが、止めに入るのが遅いぞ。仕事しろ……む? オマエもしかして」
「憶えていて頂けましたか」
ひどく歪んだ口元と、垂れ目にあごひげ。特徴的な巡回兵。
カタラン領の騒動の時、巡回兵の中で騎馬部隊に配されていた中年男性だった。
小脇に抱えた飾り房のついた兜を見るに、彼は隊長クラスだ。
「いや、顔は憶えているが、名前まではちょっとな」
「では、この機会に改めまして。巡回局王都西部支部所属のスロウプ。十人隊長を務めております」
不真面目そうに足を揃え、気怠い敬礼。なんとも癖のある人物だ。
十人隊長と言われているが、実は8人を部下とし、本人を含めて9人の小隊である。
これに連絡員が入り10人となる場合があるが稀だ。
「広場で魔法使いのケンカが起きているときいて駆けつけましたが、あまりにもポリヘドラ様が楽しそうにしていらしたので、止める機会を逸してしまいました」
「そうかい。で、あっちを止める気はないのか」
オレが指差す方向で、賭けの配当を渡している即席胴元がいた。
王都では公共の場で賭け事をするのが禁じられている。賭け事が悪いという話ではない。路上や店舗でトラブルを防ぐための法律だ。
「場を設けてやっているのならばともかく、彼らは友人同士で楽しんでいるだけでしょう」
「四角四面じゃないってことな」
「なにぶん、スロウプなものでして」
「はは……、名は体を表すか」
古来種の言葉で、傾きという名を持っているだけに、傾いているようだ。
「で、ケンカが終わったから、形だけ注意にでもきたのか?」
「いえいえ、出来ればお話したいことがありまして、巡回局総出でザルガラ様を捜しておりましたところです」
ケンカで事情聴取かと思ったが、口振りとしてそうではないようだ。
何か事件でもあったのだろうか?
スロウプの顔色を伺うが、コイツはご機嫌の酔っ払いみたいな読み取りにくい顔をしている。
なんともやり難いヤツに当たったものだ。他の巡回兵なら、もっとうまく会話できるんだろうが、相手が悪い。
「全員か?」
ティエとペランドーたちを背中越しに差して見せると、スロウプは人混みの整理をしていた部下を呼びつけた。
「そちらの方々は、部下がお送りいたします。できれば、ポリヘドラ様だけを、お連れするようにと命令されていますので。……ああ、先ほどの貴族方にも、部下が2人ついております。静かに知られず護衛してますよ」
抜かりの無いない男だ。このスロウプという人物、なかなか食えそうにない。
オレが警戒をしている中、ペランドーが心配そうに声を上げた。
「じゅ、巡回兵さん。ザルガラくんはどうなるんですか?」
「ご安心を。この件とはまったく関係ないことで、伺いたい事があるだけです。今日中に帰れますよ」
それを聞いてペランドーが安心するが、オレは却って不安になった。
街中で魔法を使ったケンカを不問にしてまで、聞きたいこととはなんだろうか?
「マルチさんは、ぼくが送るよ」
考え込むオレに、安心しきったペランドーがとんでもないことを言い出した。
「ちょ、待」
なに、ナチュラルに紳士なことしてんだよ!
それはオレの役目――、いやなんでもない。
「そうか……た、頼んだぞ」
「うん」
「……歯ぎしりするほど悔しいのですか? ザルガラ様」
* * *
オレはスロウプに大人しく従い、巡回局へとやってきた。
巡回局は軍施設内にあるため、オレはゲストパスを貰う。一応、お客扱いだ。
『おおう、なんかすっごい武器があるね』
王都内から郊外を砲撃できる古来種の砲台を見上げ、タルピーが喜びの舞を踊る。
軍の防犯魔法陣に、タルピーが反応するかと思ったが杞憂だった。
この対応からして、事情聴取というカンジでないな。
「局長。ザルガラ・ポリヘドラ様をご案内しました」
やたら奥まで案内されたので、どこかと思ったら局長室だった。
これでも驚きなのだが、中に通されて2度……いや3度も驚いた。
正面の席に座る壮年の男性は、もちろん局長だろう。てかてか光る頭と、チョビ髭が印象的だ。
彼はマウル・ド・モルガンと名乗った。確か子爵だったと思う。彼が室長室にいるのは当然だ。
驚いたのは手前の席にいるフランシス・ラ・カヴァリエール男爵だ。あのアザナの取り巻き、ヴァリエの父である。
ヴァリエの父と分かって驚き、王国騎士団の大隊長がいることに驚いた。
彼も自己紹介してきたが、オレは努めて知らないふりをした。一周目で彼と接点があったが、この時点でオレはフランシスと会ったことが無い。
スロウプは敬礼一つし、さっさと退室していく。
残されたオレに、フランシスが語りかける。
「聞いていたより、随分と落ち着いていらっしゃる」
フランシスは好青年っぷり溢れる笑顔で言った。とても子供が6人もいる40近いおっさんには見えない。
ここ20年。王国で美男子と言えば、フランシス・ラ・カヴァリエール男爵。彼である。
至る所で浮名を流しながら、家では愛妻家という、相反した顔を持つ不思議な美中年だ。
恐ろしいことにアザナが成長する5年後まで、王国の若きも老いも、あらゆる婦女子を魅了し続ける事が決まっている。
さて、もう1つ驚きだが、王国騎士団がここにいることである。
巡回局と王国騎士団は、一部仕事が重なっているが、れっきとした別組織だ。
王国騎士団は、王宮内だけでなく、王都と市街区の治安を担う。いざ、戦時となれば王直属の部隊だ。
巡回兵は郊外と王都内の治安を担当し、隊長クラスは各都市に派遣され、時に小さな村では治安の全権を持つ。
箱の中で、きっちり決まった大きな権限を持つのが王都騎士団。
柔軟に適応範囲と権限が変わるのが巡回兵だ。
仲が悪いわけではないが、この二つを混ぜると爆発するなどと言われている。
力を上手く合わせると、権限が強大かつ柔軟になるからだ。
「彼がここにいるのが驚きかね?」
モルガン局長に着席を促され、オレは頷きつつ従った。
「ええ。そりゃまあ王国の治安を担う人物2人ですからね。ああ、もちろんここにいる不自然さに驚いてもいるが、同時にすげー面倒な事なんだろうなぁってのもカンジてますよ。ほんとに今日中に帰れるの? オレ」
「ははは、本当に聞く以上に面白い子だね」
オレの悪童染みた口振りを、笑って済ますフランシス。その大らかさが、女性を魅了するのだろう。
フランシスはにこやかだが、モルガンはそうでもない。
眉間に皺を寄せ、重苦しそうに語る。
「ザルガラ君。キミがまずここに来て、その事実の上で今日中に帰らないと我々の立場がないのだ。安心して帰ってもらっていいぞ」
「ふ~ん。それでそちらも、ひと安心……か?」
「うむ、そういうことだ」
「なんか事情があるわけだ。で、その治安の重鎮が1学生を呼び出して、なんの用ですか?」
モルガンの渋い顔がさらに渋くなる。
「それはカヴァリエール卿から」
「はい、モルガン局長。えっと、あ~、ザルガラ君。これは局長から聞いたとせず、私から聞いたとしてくださいね」
複雑な事情があるのだろう。
「わかった」
オレは素直に頷いた。同意を確認してから、フランシスが説明を始めた。
「実はまだ公表されていないのだが、デ・ルデシュ侯爵とハル伯爵が何者かに暗殺された」
……反応に困る。
どちらも知らない貴族だ。デ・ルデシュ侯爵は名前だけ知っているが、ハル伯爵は名前すら知らない。
「デ・ルデシュ侯爵は5日前。ハル伯爵は今日発見された。殺害方法は同じ。杭で胸を打たれ死亡していた」
「杭? 工事現場にでもいったのか」
「いえ、自室……といっていいのかな?」
フランシスは困ったように天井を見た。
「あー、ザルガラ君。キミは吸血鬼を知っているかい?」
「もちろん。そういう劇は見た事ないけどね」
恰好だけ真似たヤツなら、さっきいたが。
「デ・ルデシュ侯爵とハル伯爵は、どちらも地下室の棺桶の中で殺害された」
「……おいおい、冗談だろ」
地下室に棺桶。まるで吸血鬼の住処だ。
さすがに2人が吸血鬼ってこともないだろう。
「冗談ではないさ。2つの家は死を隠そうとしたが、たまたま両家とも我々王国騎士団に、目を付けられた存在でね。無理矢理調査に入った」
「おいおい、それこそ冗談だろ?」
「確かに近年まれにみる強権執行だ。しかし彼らはある血盟に入っていてね。そこがどうも怪しい儀式をしていた」
「血盟?」
ふと思い当たる節があって、思わず尋ねてしまった。
「ああ、先に答えを言ってしまえば、吸血鬼ごっこをする血盟。純血血盟という一団だ」
フランシスの言葉を聞いて、兄妹の顔が浮かぶ。
「……頭オカシイんじゃないか?」
「彼らは大真面目のようだがね。それが高じて処女童貞の生き血を得るため、人身売買に手を出すものまでいたようだ」
高じたというか、拗らせたな。
「頭オカシイな」
訂正し、断言。
「私もそう思うよ」
オレの暴言にフランシスが同意した。僅かに怒気が含まれている。
クラメル兄妹が気になるが、その事を話す段階ではない。
オレは黙って話を聞く。
「王国騎士団は王の命受けて、血盟の調査をしていた。しかし血盟の幹部が暗殺された。事態が変わったので、血盟の違法行為を見逃す代わりに、調査の協力を求めた。彼らは喜んで地下室の遊び場を我々に公開してくれたよ」
「見逃す?」
人身売買を見逃すという意味なのか?
「首謀者と実行犯の2人は死んでしまったからね。あとは静かに血盟解体を促すよ」
「落としどころって奴か」
何人か関わってただろうが、そいつらは小物として、暗殺事件解決を優先したのだろう。
しかしあの兄妹……深いところまで関わってなければいいんだが。
「これからは私が話そう。ザルガラ君」
モルガン局長が口を開いた。ここからは巡回局の話なのだろう。
「デ・ルデシュ侯爵の暗殺は完璧だった。見事に痕跡がない。しかし、ハル伯爵宅では目撃者がいた。その恰好が異様でね。……君はラバースーツというモノを知っているかね?」
「なに?」
思わず反応してしまった。
「犯人はそれを着ていたようなのだが、憶えがあるようだね……」
「ああ、昨日届けられたもんでな。捨てさせたが」
「君の家が捨てたので、巡回兵の網にひっかかった」
迂闊だった。
まさか犯罪の証拠が送り付けられるとは。
「安心したまえ。君は学園の試験にかかりっきりだった。疑う必要もない」
「いやぁ~、真面目に試験を受けてて良かったぜ」
椅子に深く座り直し、大げさに安堵してみせた。
「それで送り主を調べることにしたのだが……」
「ん? ロンシャン伯じゃないのか?」
オレは送り状にあった名を口にしたが、モルガン局長は首を左右に振った。
そして、局長とフランシスが同時に送り主の名を言う。
「「送り主はディータ・カトプトリカ・エウクレイデス」」
その名を聞いて、久しく感じた事のない衝撃が頭を叩く。
「ディータ姫……だって?」
カトプトリカ朝最後の王。
その娘にして、歴史から抹殺される悲劇のディータ・カトプトリカ・エウクレイデス。
――歴史が変わる瞬間に、オレは今、いる。




