これもまた1つの形
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コピペの作業ミスで推敲前のデータを上げてしまったので差し替えました。
内容に大幅な変更はありません。
ご迷惑をお掛けします。
上位種。
主に下位種の管理のため、古来種がチューニングを施した存在。
理由や目的は分からないが、他の世界からかやってきた古来種は高次元を目指した。
この世界は古来種にとって、足掛かりで腰かけ。
ここにもともといた人間たちは、古来種の便利な奴隷となった。魔物や精霊も例外ではない。世界は全て、古来種の支配下となった。
それら被支配者たちを管理する目的で、古来種により創られたりチューニングされたのが上位種たちだ。
火の精霊を管理するにイフリート。風の精霊にはジン。
オークやゴブリンなどの妖人にはチューニングされた百鬼将軍。
妖精の管理にはティターニア、オベロン。
異形の魔物の管理にはドラゴンなど。
獣人や巨人にも、小人にも鳥にも獣にも、ティターンやフェンリルなどの上位種が存在する。
空や海など地域を管理する最上位種や、目的別に集団を管理する中位種などもいるが、この説明は後として――。
創られた上位種の中で、特殊な事情により広く君臨したのが【吸血鬼】だ。
吸血鬼は人間や妖人、亜人、獣人などの管理を夜間だけ請け負う。特定の種の管理ではなく、いくつもの種の管理を、時間制限で引き継ぐのだ。
悪くいえば管理職の交代要員だが、改めて評価すれば、多岐にわたる種を纏めて管理する特別な上位種ともいえる。
そして古来種が、この世界を去り、現在――。
【吸血鬼】はもともと数が少ない上に、大部分が古来種と共に去ったので、もはやこの地上にいないとされている。
与太話や劇ならともかく、実在したとされる吸血鬼の記録は1000年も前だ。その吸血鬼とて純血ではない。
結論として、吸血鬼はこの世界にいない。
「その吸血鬼と言い張るか? クラメルのあんちゃんと妹さんよ」
いるはずのない種の名を語る兄妹を、冷たい石畳の上に座らせて問い詰める。
「ぐ……我々は霧と黒の城で儀式を終えて吸血鬼となったのだ。それをこんな奴隷に……屈辱だ」
「お兄様……これはなにかの間違いですわ」
2人は負けを認めていないらしい。だが、それも吸血鬼という空想に頼った自信だ。
断じてこの兄妹は吸血鬼ではない。
力も普通。姿も普通。せいぜいこのコンタクトレンズと牙しか吸血鬼要素がない。
困ったオレはティエの知恵に頼ることにした。
「おい、ティエ。これなんだかわかるか?」
隣りで控えるティエに、コンタクトレンズと牙の被せ物を見せる。
「これは……先代もコレクションしておりました。吸血鬼なりきりセットです」
「なにそれ」
「正式名称は知りませんが、ザルガラ様のお爺様はそう命名されておりました」
「オレのジイさん、結構お茶目だな」
ひそひそ話の中、オレは軽いショックを受けた。
記憶にある祖父は、厳格なイメージだったんだが幻覚だったようだ。
「ザルガラ様。コンタクトレンズはご存知ですね?」
「ああ。古来種が残した遺産の中でも、小さい上に無くしやすいと評判の一品だな。落として一言、コンタクト落とした。っていうと周囲の人間の動きが止まるという効果の」
「そういう話ではなく……。いえ、ある意味ではそうなのですが」
「冗談だ、知ってるよ」
コンタクトレンズは、眼鏡に付与する魔法を、より小さく隠せるものに使えるか? というコンセプトで生まれた道具だ。
何しろ眼鏡というのは目立つ。
魔導具の眼鏡をかけてるヤツがいたら、「あ、こいつ覗きか?」とか「オレの装備が鑑定されてる?」と思われて必然。争いの種や誤解を引き起こす。
そこで邪な連中が考えたのが、このコンタクトレンズだ。
眼鏡ほど柔軟に魔法を封じ込められないが、気が付かれにくいという意味ではこの上ない。
六芒星などの二次元魔法陣や、中にはどうやったのか立体魔法陣を刻みこまれたコンタクトレンズもある。
隠し魔法道具的な意味合いの大きい道具だ。
「弱いと思われますが、そのコンタクトレンズに畏怖や魅了などの魔法が封じられているはずです」
「コレ、小せぇんだよなぁ」
ティエの解析よりオレの解析力が高い。しかしコンタクトは小さいので、そこに刻まれた魔法陣を読み解くのは目が疲れる。
近くの光源にコンタクトレンズを翳し、目を凝らしてどんな魔法陣が書いてあるかを読み解く。
「ああ、あった。『我が前に平伏せ、愚民』だな。支配の限定効果魔法が付与されてる」
赤く加工された瞳孔周辺を囲むように六芒星が描かれ、辺に沿って小さい呪文が刻まれていた。
「で、牙はなんなんだ? ティエ」
「完全に、なりきりのギミックですね」
「それでどうするんだよ……」
なりきって、ごっこ遊びでもするのかと、オレが呆れていると――
「上位種に成りすませられるのですよ。もしも吸血鬼がいると信じられている時代に利用されたら?」
ティエの言い分に、ハッとさせられた。
「なるほど、それは驚異だな。ある程度、数が残ってるのも納得できる」
どこにも強者に従うものは多い。そこに古来種の権威が加われば、さらに従う者が増えるだろう。
古来種信仰は当然として、今でも最上位種や上位種への信仰は強い。イフリータのタルピーだって、南方に行けば神扱いだ。
大方、どこかの宗教団体がハッタリで利用していたのだろう。1万年もあれば、どこかでそういうやつらがいてもおかしくない。
「というわけで、これはなりきりグッズってわけだ。なに? オレとこれで遊びたかったの?」
オレは兄弟に牙とコンタクトレンズを見せつけ、めいいっぱいバカにしてやった。
「そ、それを返せ!」
「返したらどうするの?」
「再び、吸血鬼となってお前を倒す!」
「バカか、オマエ。そんなこと言われて返すヤツがいるか?」
返しても脅威ではないが、ただで返すほど甘くない。
あまりにもバカらしいので、魔法を使って残ったコンタクトレンズと牙を破壊してやった。
「ああっ!」
「なんてことを!」
この世の終わりかという表情で、クラメル兄妹は跪く。
「これでオマエらはただの人間だ。まあもともと人間なんだけどな」
オレが追い打ちをかけると、2人は無様にも泣き出した。
「う、ひ、ひどいですわ……」
「せっかく、血盟に入れてもらえたのに……、こんな……」
兄妹で、うじうじとしやがって。さっきまでの強気はなんだったんだ?
「……気に入らねぇな」
これだけの事をされてクラメル兄妹は、オレに対する怒りを見せなかった。
オレにバカにされることより、力を失った――いや大した力などないのだが――、なりきりグッズを失ったことの方が、辛くて悲しくて悔しいことらしい。
「他人の服着てるときは、イケてると思い込んでフィーバーしてた癖に、自前の服を着た途端に根暗かよ!」
オレが怒鳴ると、兄妹もティエも、安全圏でまつペランドーとマルチも、ビクリと身体を震わせた。
もちろん、野次馬たちもビビっている。
平然としているのは、噴水の上で踊りを披露しているタルピーくらいた。
正直言って、クラメル兄妹が挑んできた時、オレは嬉しかった……。
生まれて初めて、ケンカを売られた。怪物と呼ばれるオレに、挑戦してくるものなどいなかった。
2人は初めての挑戦者。
だが、それはコイツらの借り物の力を得たと、勘違いから生じた挑戦だった。
その勘違いを取り除いた。
するとどうだ?
いざ、自分の実力だけとなると、急に大人しくなりやがった!
インチキで力を得たと思ってるときは強く出る癖に、それが無くなれば借りてきた猫みたいに大人しくなる。
「見たところ魔法手帳をもってないようだが、目は拘束してないんだぜ。オマエらはいつでも投影魔法で、オレを攻撃できる」
投影魔法陣は、目が見えてないと投影できない。投影しきれば、目を閉じても消えないが、目隠しされると描きだすこともできない。描いてる途中ならば、図形の計算式をなぞって継続し投影できるが、難易度が跳ね上がる。
魔法使いを拘束する手段は、通常は魔法手帳を取り上げ、服などに仕込んだ魔法陣を書き潰し、その上で目隠しをする。
オレはどれも、クラメル兄妹に施していない。
いつでも2人は戦えるのだ。
煽ってみるが、2人は小さくなっている。むしろ、さらに小さくなったと言えた。
「はっ。雑魚の上に玉無しか? 何でも仲良く分担するようだから、兄妹二人で玉でも分け合ってるのか? え? クラメル姉妹さんよ!」
殊更、ひどい罵倒を2人に投げかける。
これに怒ったのは、妹のローリンだった。
「お兄様を侮辱するなんてっ! 許せない!」
「や、やめろ!」
立ち上がる妹、止める兄。その動きが、自然と一つになった。
ローリンが攻撃、コリンが防御。
図らずも2人は、今までやったこともない戦術を繰り出してきた。
だが、それもオレは力で捻じ伏せる。
一瞬で描きあげた魔法陣を使い、ローリンの魔力弾を防ぎ、そのまま突風で2人を弾き飛ばす。
無様に石畳の上を転がる2人。だが、その目には覚悟が見えた。
「ここまで来たら、退くことなどできない! やるぞ、ローリン! 再戦だ!」
「はい、お兄様!」
2人は自分の力で、オレに挑んでくる。
有りもしない力に頼らず、自分たちの力を信じてオレに戦いを挑んて来た。
「は、嬉しいね。ちょっと遊んでやるぜ!」
無論、オレが勝つのだが、1戦目とはまったく内容は違っていた。
2人は不得手ながら攻守を交代し、己の全力を打ち込み、全力で耐える。
僅かな時間で2人は成長し、さらにはオレへ挑めるほどの精神を手に入れた。
少しは手加減してやっても良かったかな。
でも、負けた2人は悔しそうだからこれでいいだろう。
これで2人は、オレへの挑戦を諦めるようなことない。
今日、こうしてオレに、ケンカ友達が2人もできた。
* * *
後日、この騒動を見ていた者たちの伝聞。
そしてクラメル兄妹たちが、「悪い夢から覚めた。ザルガラ殿には迷惑をかけたのに、助けてもらった」と公言。
そのため、王都では次のような噂が流れた。
「聞いたか? あのザルガラ・ポリヘドラのことを」
「ああ、なんでも、吸血鬼になった貴族様を救ったそうだ」
「吸血鬼になったら助からないって、お話ではいうだろう?」
「ところが、あの王都の英雄様は、2人の学友を助けるため懸命になって吸血鬼の力から解放したそうだ」
本来、吸血鬼化は決して治らない。それをしらない現代の人は、ザルガラが治したと誤認する。
吸血鬼は形だけを真似た、2人のお遊びなどと露とも思わない。
「さすが、英雄ザルガラは違うな」
「おうよ。国家、王都にも貢献してるし、学友も助けるける人情まである。実力、人柄申し分ないな」
「人柄か……」
噂を立てるものたちは無責任だ。勝手に人物像を作り上げ、大したこともしてないのに、英雄などと褒めたたえる。
「そういえば、もう一つ、噂があったな」
誰かがそんな事をいった。
たった一言で、称賛していた市民も顔色が曇る。
「やはり本当なのか?」
「ああ、そうらしい」
市民は頷きあって、顔を歪める。
もう一つの噂。
それは――。
「可愛らしい後輩の男の子を、無理矢理女装させているらしい」
「英雄、色を好むというが……」
「これは……ちょっとな」
勝手な勘違いの噂に、市民たちは一様に嘆息を漏らした
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