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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第3章 憧憬と真贋

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クラメル兄妹

「……………………………………はっ! ストローロースト美味しかったね、ザルガラくん!」

 葡萄噴水広場グライフスフランテの一角で、正気を取り戻したペランドーが急に言葉を発した。


「ペランドー……。やけに静かだなと思ってたら、意識がトンでたのか」

 悪夢のレストランで食事を終えたオレたちは、用事があるからと言い残し、昔話をしようとしたプルート親子から逃げ出した。

 こうして噴水広場まで戻ってきたが、道中、ペランドーは心ここに非ずといった様子だった。

 意識が戻って良かった。ご両親に、どうやって説明しようかと悩んでたところだったので。


「食事を終えた後、ぼくは……う、頭が……」

「無理して思い出すな。忘れていていいぞ」

 友人を気使い、ペランドーを噴水脇に座らせる。


「……………………………………はっ! ストローローストは絶品でしたわね、ザルガラ様」

「オマエも意識がトンでたのか」

 無言で伴っていたティエも、意識を取り戻したようだ。


「しかし、ストローローストの記憶だけはしっかりあるんだな、2人とも」

 まあ旨かったし、分からんでもない。


「……なぜでしょう、ザルガラ様。あれほどのモノならば、また食べに行きたいと思うはずなのですが。そう思うと身が震えてきます」

「早晩、あの店潰れるだろうから、行くこともないだろう。思い出として胸にしまっておけ」

「……そういたします」


 精神ダメージの少ないオレと、ほとんどダメージを受けてないタルピーで、2人を休ませる。

 

 一息ついてから、また買い物を開始するのだが、ペランドーとティエが憔悴している様子なので捗らない。

 こうして遺跡探索の準備は、ずるずると遅れることになってしまった。


「すっかり日が沈んじまったなぁ」

 夕焼けに追われるように、広場の人が消えて行く。

 入れ替わるように、仕事を終えて遊びに出かける男たちが現れ、ちらほらと行き交っていた。


「ごめんね、ザルガラくん。明日出発なのに……」

「なぁに、遊びみたいなもんだからな。明日の午後出発にしたっていい」

 アザナとの勝負も流れたしな。のんびり遺跡へ行こう。

 ティエが買いそろえた荷物を確認しつつ、首を捻って言った。


「ザルガラ様。ペランドーさんの荷物が足りないように思えますが?」

「あ、あれ? どうしたんだろう?」

 指摘されたペランドーは、慌ててザックや袋を漁り、無くなった日用品を探し始める。

 そうこうしているうちに日は沈み、魔法の光が街を照らし始めた。


「おい、ペランドー。落としたのか? どっかの店先に置いてきたとか?」

「そうかな? そうかもー」

 ペランドーが泣きそうな顔で狼狽えていた。

 あーあ。こりゃ、明後日出発になるかなぁ。


 そんな事を考えていると、暗くなった路地をマルチが駆けてきた。

 両手いっぱいの荷物を抱え、広場を横切りやってくる。


「探しました、ザルガラ様! あの、お忘れものです!」

 差し出された荷物は、ペランドーの買った旅道具だった。


「わ、ごめん! ありがとう! マルチさん!」

 ペランドーのヤツが、マルチから荷物を受け取る。

 ……ちょっと手が触れてるんだが? 

 何でオマエが忘れ物フラグ立ててるんだよ。

 そこ替われよ、ペランドー。


 などとオレが醜い嫉妬をしていたら。


「いたいた、いたいたいたいたいたかぁ~! ザルガラ! アザナ!」

「なんだ?」

 頭上から声をかけられ、オレたちは近くの家の屋根を見上げた。

 そこには、古い絵画から抜け出たような男女がいた。


「ここであったのも何かの導きだ。ザルガラにアザナよ!」

「今宵の青い月も、私たちを照らして、際立たせてくださってるわ!」

 コリンとローリンのクラメル兄妹だ。

 試験をまるまる休んで、何をしていたと思ってたが、なにか新しい遊びだろうか?


「ふふふ、どうした? ザルガラにアザナ! 我々の変容に驚いたか?」

「仕方ありませんわよ、お兄様。ワタクシたちの姿を見て、その変わりように慄いているのですわ」

 うん、その変人っぷりには驚いた。

 しかし、どうもこの2人は、マルチをアザナと勘違いしている。

 なにかオレに用があるのは確かなようだが……。

 さらに妙なのは、兄妹の恰好だ。

 コリンはビロードのマントに、ボタンの多いフロックコートとウエストコート。細いパンツに乗馬ブーツ。

 古臭い。まるで古い劇に出る役者のようだ。

 ローリンはコトアルディという、これまた時代遅れの服だ。肘から前が切り開かれた袖で、引きずるほど長い。


「あの方たち、目が赤い?」

 異変に気が付いたのは、クラメル兄妹を知らないマルチだった。

 言われて2人の姿を良く見てみると、なぜか両目が赤くなっていた。別に血走ってるとかじゃない。

 瞳孔が赤いのだ。

 さらに観察すると、犬歯が長い。牙といえるほどだ。


「なんだありゃ? ティエ。なんだと思う?」

「さあ? いえ、でも……まさか、そういった風には見えないのですが……」

 知識が豊富で、場慣れしているティエでも、理解しきれないようだ。

 こちらが戸惑っていると、屋根上の2人は高笑いを始めた。


「今宵、この場にいた者たちは、新たなる高貴な者の産声を聞く! ふわぁはっはっはっはっ!」

 コリンはマントを振り払って、高笑い。 


「みなさん! 感激してよろしくてよ! おーほほほほっ!」

 ローリンも袖を振り払って、高笑い。


「うわ、なんだあれ。恥ずかしいな……」

 オレも結構、大げさな事をするタイプだが、ああいうことは……たぶんしたことない。――はず。

 ――高笑いは封印しよう。


「あ、あれってクラメル先輩だよね? なんであんな古臭い恰好してるの?」

 ペランドーだって古臭いと思うような、時代遅れな兄妹。

 ああして高台で笑っていたら、嫌でも注目を浴びる。

 屋根上の兄妹は、夜の遊びに繰り出そうとしていた市民の目が引く。

 人々は集まり、立ち止まって、指差して騒然とし始めた。


「ああ、お兄様! 注目の的ですわ!」

「ふっ! 当然だろう! 我々は夜の覇者なのだからなっ!」

 陶酔している様子のクラメル兄妹を見ていていると、オレが恥ずかしくなってくる。


『おお、カッケー……』

 一方、タルピーは目を輝かせて、兄妹を見上げて拳を握りしめている。センスが古い……というか、タルピーはマジで、活躍した時代が昔の存在だから仕方ないか。


「……驚いて声も出ないか?」

「呆れて声が出ないんだよ」

「口は達者だな、ザルガラ」

「恥ずかしいオマエらとは、お達者で……ってしたいところなんだがな」

「そうはいきませんことよ! 覚悟なさい、ザルガラ・ポリヘドラ!」

 ローリンが仇敵でも見つけたように、オレをまっすぐ指差した。


「2対2だ。公平にいこうじゃないか、ザルガラ、アザナ」

 コリンはまだマルチをアザナと勘違いしているようだ。

 オレとティエは、マルチを庇うように立ち位置を変えた。 


「おい、勘違いしてんよーだけどな、センパイ。この子はアザナじゃない。マルチっていう一般市民だ」

「なんだと?」

 コリンが顔を歪め、神経質そうな顔を引き攣らせた。


「ザルガラ。きさま、まさかと思っていたが、後輩に無理矢理、女装をさせたのか?」

「なんでそうなる!」

 また勘違いかよ!


「あ、あのような短いスカートを男子に……はぁはぁ……っ! ふ、不潔ですわ! やはり、このような怪物を捨て置くわけにはいけませんわ、お兄様! 早くアザナきゅんを確保しないと!」

「え? 確保? きゅ、きゅん?」

「真っ当な男子の服に……はぁはぁ……短パンに……着替えさせてあげるのですわ! ワタクシが!」

「あ、ああ……そうだな。上位種となった我々の力で、徹底管理アドミニストレーションせねばな!」

 コリンとローリンは、おかしなことを言いながら、屋根の上から飛び降りた。

 不穏な気配を察して、広場は騒然とする。

 みな魔法使い同士のケンカが始まると理解しているようだ。遠巻きに見守りながら、どこか楽しそうにしている。

 酔っ払いはヤジを入れ、飲食店から出てきて商売を始めるヤツまでいる。中には賭けの胴元をやってるバカもいる。

 まったく、オレが勝つに決まってるだろ。


「……おいおい、街中でやり合う気かよ。仕方ねぇな、おい。ペランドー。オマエの投影魔法陣を、オマエとマルチの前の地面に引いておけ。横にだぞ」

「え? な、なんで?」

 なんでと言いながらも、ちゃんとペランドーは投影魔法陣で石畳の上に横線を描いた。


「素直でいいヤツだ。『ここを山折り』」

 この魔法をかけておけば、緊急時に反応して石畳が競りあがり、壁となってペランドーとマルチを守るって寸法だ。

 オレが前に出て、ちゃんと守るつもりだが、もしものためだ。


「む? 1人で高貴なる者に対抗するつもりかね? まったく無謀なことだ。なぁ、ローリン」

「ええ、お兄様。ワタクシたちがどれほど強くなったかご存知でない様子」

 不敵な笑みを浮かべる兄妹。


「なに言ってんだ? オマエらもともと、2人で1人前(・・・)だろ?」

 嘲笑と侮蔑をぶつけるオレ。

 記憶が確かならば、コリンが攻撃特化、ローリンが防御特化だ。

 どっちも学生としちゃトップだが、不得意分野持ちの半人前。それがコリンとローリンだ。


「言ってくれるな!」

 案の定、コリンが後ろに下がり、正20面体陣を投影。ローリンが前にで防御用の正8面体陣を3つ投影した。

 新式にして、正3角形陣の44枚分の戦力ってわけだ。

 わずかそれだけ。

 2人合わせてそれだけだ。


「おいおい。そんな学園の生徒レベルの立方陣で何をするつもりだ? オレと戦うならせめて魔胞体陣くらい用意してくれよ」

 あのイシャンだって、頑張れば四次元の正五胞体を描ける。それなのにこの2人は三次元の立体魔法陣止まり。

 まさに次元が違う。


「お兄様! あの鼻をへし折って差し上げましょう!」

「おうよ! 喰らえっ! 『側天紫電、来訪……』」

 コリンの魔法陣が帯電を始めるが――


「『王者の行進』」

 オレはただまっすぐ神速で駆ける魔法で広場を横切り、ローリンの魔法陣を突き抜け、コリンの魔法陣を右手でかっぱらった。

 

「なっ!?」

「なんですって!」

 兄妹は、広場を端から端まで駆け抜けたオレに驚いているのではない。正20面体陣を、まさにボールのように奪ったオレに驚いていた。

 他人の魔法陣を奪い去る。

 大幅な魔力の差があって、初めてできる荒業だ。


「これは周囲に被害がでる。もうちっと賢く畏まってかっちりカッコよく遊ぼうぜ」

 正20面体陣を翳し、かーるく握りつぶす。帯びていた電気が霧散しつつ、オレの周囲でバチバチと跳ねた。

 

「お、お兄様!」

「う、狼狽えるな! 我々は上位種となったのだぞ! 人間などという奴隷などとは違うのだ!」

 コリンが慌てて投影した正3角形陣から魔力弾を放つ。だが【盾】を後ろに配したままで、【砲台】が攻撃に入るなど愚策も愚策。

 オレは防御用の魔法陣すら使わず、右手で魔力弾に触れて打ち消す。アザナ相手じゃ無理があったが、コイツらの魔力弾じゃ紙風船を払うようなものだ。


「う、ウソだ!」

「お、お兄様!」

 未だ【盾】が後ろ、【砲台】が前。

 まったく話にならない。

 この兄妹は戦いどころか、ケンカの仕方も知らない坊ちゃんと嬢ちゃんのようだ。


 これでオレにケンカを売る気になるなんて、理解ができない。

 

「おい、とっとと攻守の陣形を整えろよ。盾の嬢ちゃんが前、砲台の坊ちゃんが後ろだ。ケンカどころかゲームにもならないだろうが」

 オレは2人を挑発しつつ、戦い方を教えてやった。


「黙れ! 貴様のような人間如きが我々、【吸血鬼】に教示など!」

「なに?」

 吸血鬼だと? 本当か? ――と、オレは吸血鬼と同等の上位種であるタルピーに視線を飛ばす。


『違うよー』

 無慈悲な否定。

 タルピーは踊りながら、器用に手を振って否定のサインをした。 

 

 言われてオレは、魔法陣を賢明に投影している兄妹を観察した。

 目は何かコンタクトのような物。

 牙は被せ物。


 偽物だ。こいつら恰好だけ真似て、強くなったと勘違いしているようだ。

 超々立体陣を駆使し、古来種の力を手に入れようとしたユールテルより程度が低い。


「勘違いでフィーバーしてんじゃねぇぞ!」

 派手さもなにもない単純な魔力弾を2発。

 たった2つを、オレは兄弟に向かって撃ち放った。

 たかがそれだけで、兄妹の投影魔法陣を打ち砕き、2人の意識を断つ。

 倒れ込む2人から、赤いコンタクトレンズと歯の被せ物が落ちた。

 まったくケンカにすらならない。

 広場の連中も、落胆した様子だ。見掛け倒しかと、ヤジまで上がっていた。


「な、なんだったの? ザルガラくん」

 マルチの盾になっていたペランドーが、任務は終えたとオレのところに来て訊ねた。できればまだ警戒しててほしかったのだが仕方ない。


「さあな。渾身のギャグだったんじゃねーの?」

 コンタクトレンズを踏みつぶし、オレはため息とともに言った。


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