クラメル兄妹
「……………………………………はっ! ストローロースト美味しかったね、ザルガラくん!」
葡萄噴水広場の一角で、正気を取り戻したペランドーが急に言葉を発した。
「ペランドー……。やけに静かだなと思ってたら、意識がトンでたのか」
悪夢のレストランで食事を終えたオレたちは、用事があるからと言い残し、昔話をしようとしたプルート親子から逃げ出した。
こうして噴水広場まで戻ってきたが、道中、ペランドーは心ここに非ずといった様子だった。
意識が戻って良かった。ご両親に、どうやって説明しようかと悩んでたところだったので。
「食事を終えた後、ぼくは……う、頭が……」
「無理して思い出すな。忘れていていいぞ」
友人を気使い、ペランドーを噴水脇に座らせる。
「……………………………………はっ! ストローローストは絶品でしたわね、ザルガラ様」
「オマエも意識がトンでたのか」
無言で伴っていたティエも、意識を取り戻したようだ。
「しかし、ストローローストの記憶だけはしっかりあるんだな、2人とも」
まあ旨かったし、分からんでもない。
「……なぜでしょう、ザルガラ様。あれほどのモノならば、また食べに行きたいと思うはずなのですが。そう思うと身が震えてきます」
「早晩、あの店潰れるだろうから、行くこともないだろう。思い出として胸にしまっておけ」
「……そういたします」
精神ダメージの少ないオレと、ほとんどダメージを受けてないタルピーで、2人を休ませる。
一息ついてから、また買い物を開始するのだが、ペランドーとティエが憔悴している様子なので捗らない。
こうして遺跡探索の準備は、ずるずると遅れることになってしまった。
「すっかり日が沈んじまったなぁ」
夕焼けに追われるように、広場の人が消えて行く。
入れ替わるように、仕事を終えて遊びに出かける男たちが現れ、ちらほらと行き交っていた。
「ごめんね、ザルガラくん。明日出発なのに……」
「なぁに、遊びみたいなもんだからな。明日の午後出発にしたっていい」
アザナとの勝負も流れたしな。のんびり遺跡へ行こう。
ティエが買いそろえた荷物を確認しつつ、首を捻って言った。
「ザルガラ様。ペランドーさんの荷物が足りないように思えますが?」
「あ、あれ? どうしたんだろう?」
指摘されたペランドーは、慌ててザックや袋を漁り、無くなった日用品を探し始める。
そうこうしているうちに日は沈み、魔法の光が街を照らし始めた。
「おい、ペランドー。落としたのか? どっかの店先に置いてきたとか?」
「そうかな? そうかもー」
ペランドーが泣きそうな顔で狼狽えていた。
あーあ。こりゃ、明後日出発になるかなぁ。
そんな事を考えていると、暗くなった路地をマルチが駆けてきた。
両手いっぱいの荷物を抱え、広場を横切りやってくる。
「探しました、ザルガラ様! あの、お忘れものです!」
差し出された荷物は、ペランドーの買った旅道具だった。
「わ、ごめん! ありがとう! マルチさん!」
ペランドーのヤツが、マルチから荷物を受け取る。
……ちょっと手が触れてるんだが?
何でオマエが忘れ物フラグ立ててるんだよ。
そこ替われよ、ペランドー。
などとオレが醜い嫉妬をしていたら。
「いたいた、いたいたいたいたいたかぁ~! ザルガラ! アザナ!」
「なんだ?」
頭上から声をかけられ、オレたちは近くの家の屋根を見上げた。
そこには、古い絵画から抜け出たような男女がいた。
「ここであったのも何かの導きだ。ザルガラにアザナよ!」
「今宵の青い月も、私たちを照らして、際立たせてくださってるわ!」
コリンとローリンのクラメル兄妹だ。
試験をまるまる休んで、何をしていたと思ってたが、なにか新しい遊びだろうか?
「ふふふ、どうした? ザルガラにアザナ! 我々の変容に驚いたか?」
「仕方ありませんわよ、お兄様。ワタクシたちの姿を見て、その変わりように慄いているのですわ」
うん、その変人っぷりには驚いた。
しかし、どうもこの2人は、マルチをアザナと勘違いしている。
なにかオレに用があるのは確かなようだが……。
さらに妙なのは、兄妹の恰好だ。
コリンはビロードのマントに、ボタンの多いフロックコートとウエストコート。細いパンツに乗馬ブーツ。
古臭い。まるで古い劇に出る役者のようだ。
ローリンはコトアルディという、これまた時代遅れの服だ。肘から前が切り開かれた袖で、引きずるほど長い。
「あの方たち、目が赤い?」
異変に気が付いたのは、クラメル兄妹を知らないマルチだった。
言われて2人の姿を良く見てみると、なぜか両目が赤くなっていた。別に血走ってるとかじゃない。
瞳孔が赤いのだ。
さらに観察すると、犬歯が長い。牙といえるほどだ。
「なんだありゃ? ティエ。なんだと思う?」
「さあ? いえ、でも……まさか、そういった風には見えないのですが……」
知識が豊富で、場慣れしているティエでも、理解しきれないようだ。
こちらが戸惑っていると、屋根上の2人は高笑いを始めた。
「今宵、この場にいた者たちは、新たなる高貴な者の産声を聞く! ふわぁはっはっはっはっ!」
コリンはマントを振り払って、高笑い。
「みなさん! 感激してよろしくてよ! おーほほほほっ!」
ローリンも袖を振り払って、高笑い。
「うわ、なんだあれ。恥ずかしいな……」
オレも結構、大げさな事をするタイプだが、ああいうことは……たぶんしたことない。――はず。
――高笑いは封印しよう。
「あ、あれってクラメル先輩だよね? なんであんな古臭い恰好してるの?」
ペランドーだって古臭いと思うような、時代遅れな兄妹。
ああして高台で笑っていたら、嫌でも注目を浴びる。
屋根上の兄妹は、夜の遊びに繰り出そうとしていた市民の目が引く。
人々は集まり、立ち止まって、指差して騒然とし始めた。
「ああ、お兄様! 注目の的ですわ!」
「ふっ! 当然だろう! 我々は夜の覇者なのだからなっ!」
陶酔している様子のクラメル兄妹を見ていていると、オレが恥ずかしくなってくる。
『おお、カッケー……』
一方、タルピーは目を輝かせて、兄妹を見上げて拳を握りしめている。センスが古い……というか、タルピーはマジで、活躍した時代が昔の存在だから仕方ないか。
「……驚いて声も出ないか?」
「呆れて声が出ないんだよ」
「口は達者だな、ザルガラ」
「恥ずかしいオマエらとは、お達者で……ってしたいところなんだがな」
「そうはいきませんことよ! 覚悟なさい、ザルガラ・ポリヘドラ!」
ローリンが仇敵でも見つけたように、オレをまっすぐ指差した。
「2対2だ。公平にいこうじゃないか、ザルガラ、アザナ」
コリンはまだマルチをアザナと勘違いしているようだ。
オレとティエは、マルチを庇うように立ち位置を変えた。
「おい、勘違いしてんよーだけどな、センパイ。この子はアザナじゃない。マルチっていう一般市民だ」
「なんだと?」
コリンが顔を歪め、神経質そうな顔を引き攣らせた。
「ザルガラ。きさま、まさかと思っていたが、後輩に無理矢理、女装をさせたのか?」
「なんでそうなる!」
また勘違いかよ!
「あ、あのような短いスカートを男子に……はぁはぁ……っ! ふ、不潔ですわ! やはり、このような怪物を捨て置くわけにはいけませんわ、お兄様! 早くアザナきゅんを確保しないと!」
「え? 確保? きゅ、きゅん?」
「真っ当な男子の服に……はぁはぁ……短パンに……着替えさせてあげるのですわ! ワタクシが!」
「あ、ああ……そうだな。上位種となった我々の力で、徹底管理せねばな!」
コリンとローリンは、おかしなことを言いながら、屋根の上から飛び降りた。
不穏な気配を察して、広場は騒然とする。
みな魔法使い同士のケンカが始まると理解しているようだ。遠巻きに見守りながら、どこか楽しそうにしている。
酔っ払いはヤジを入れ、飲食店から出てきて商売を始めるヤツまでいる。中には賭けの胴元をやってるバカもいる。
まったく、オレが勝つに決まってるだろ。
「……おいおい、街中でやり合う気かよ。仕方ねぇな、おい。ペランドー。オマエの投影魔法陣を、オマエとマルチの前の地面に引いておけ。横にだぞ」
「え? な、なんで?」
なんでと言いながらも、ちゃんとペランドーは投影魔法陣で石畳の上に横線を描いた。
「素直でいいヤツだ。『ここを山折り』」
この魔法をかけておけば、緊急時に反応して石畳が競りあがり、壁となってペランドーとマルチを守るって寸法だ。
オレが前に出て、ちゃんと守るつもりだが、もしものためだ。
「む? 1人で高貴なる者に対抗するつもりかね? まったく無謀なことだ。なぁ、ローリン」
「ええ、お兄様。ワタクシたちがどれほど強くなったかご存知でない様子」
不敵な笑みを浮かべる兄妹。
「なに言ってんだ? オマエらもともと、2人で1人前だろ?」
嘲笑と侮蔑をぶつけるオレ。
記憶が確かならば、コリンが攻撃特化、ローリンが防御特化だ。
どっちも学生としちゃトップだが、不得意分野持ちの半人前。それがコリンとローリンだ。
「言ってくれるな!」
案の定、コリンが後ろに下がり、正20面体陣を投影。ローリンが前にで防御用の正8面体陣を3つ投影した。
新式にして、正3角形陣の44枚分の戦力ってわけだ。
わずかそれだけ。
2人合わせてそれだけだ。
「おいおい。そんな学園の生徒レベルの立方陣で何をするつもりだ? オレと戦うならせめて魔胞体陣くらい用意してくれよ」
あのイシャンだって、頑張れば四次元の正五胞体を描ける。それなのにこの2人は三次元の立体魔法陣止まり。
まさに次元が違う。
「お兄様! あの鼻をへし折って差し上げましょう!」
「おうよ! 喰らえっ! 『側天紫電、来訪……』」
コリンの魔法陣が帯電を始めるが――
「『王者の行進』」
オレはただまっすぐ神速で駆ける魔法で広場を横切り、ローリンの魔法陣を突き抜け、コリンの魔法陣を右手でかっぱらった。
「なっ!?」
「なんですって!」
兄妹は、広場を端から端まで駆け抜けたオレに驚いているのではない。正20面体陣を、まさにボールのように奪ったオレに驚いていた。
他人の魔法陣を奪い去る。
大幅な魔力の差があって、初めてできる荒業だ。
「これは周囲に被害がでる。もうちっと賢く畏まってかっちりカッコよく遊ぼうぜ」
正20面体陣を翳し、かーるく握りつぶす。帯びていた電気が霧散しつつ、オレの周囲でバチバチと跳ねた。
「お、お兄様!」
「う、狼狽えるな! 我々は上位種となったのだぞ! 人間などという奴隷などとは違うのだ!」
コリンが慌てて投影した正3角形陣から魔力弾を放つ。だが【盾】を後ろに配したままで、【砲台】が攻撃に入るなど愚策も愚策。
オレは防御用の魔法陣すら使わず、右手で魔力弾に触れて打ち消す。アザナ相手じゃ無理があったが、コイツらの魔力弾じゃ紙風船を払うようなものだ。
「う、ウソだ!」
「お、お兄様!」
未だ【盾】が後ろ、【砲台】が前。
まったく話にならない。
この兄妹は戦いどころか、ケンカの仕方も知らない坊ちゃんと嬢ちゃんのようだ。
これでオレにケンカを売る気になるなんて、理解ができない。
「おい、とっとと攻守の陣形を整えろよ。盾の嬢ちゃんが前、砲台の坊ちゃんが後ろだ。ケンカどころかゲームにもならないだろうが」
オレは2人を挑発しつつ、戦い方を教えてやった。
「黙れ! 貴様のような人間如きが我々、【吸血鬼】に教示など!」
「なに?」
吸血鬼だと? 本当か? ――と、オレは吸血鬼と同等の上位種であるタルピーに視線を飛ばす。
『違うよー』
無慈悲な否定。
タルピーは踊りながら、器用に手を振って否定のサインをした。
言われてオレは、魔法陣を賢明に投影している兄妹を観察した。
目は何かコンタクトのような物。
牙は被せ物。
偽物だ。こいつら恰好だけ真似て、強くなったと勘違いしているようだ。
超々立体陣を駆使し、古来種の力を手に入れようとしたユールテルより程度が低い。
「勘違いでフィーバーしてんじゃねぇぞ!」
派手さもなにもない単純な魔力弾を2発。
たった2つを、オレは兄弟に向かって撃ち放った。
たかがそれだけで、兄妹の投影魔法陣を打ち砕き、2人の意識を断つ。
倒れ込む2人から、赤いコンタクトレンズと歯の被せ物が落ちた。
まったくケンカにすらならない。
広場の連中も、落胆した様子だ。見掛け倒しかと、ヤジまで上がっていた。
「な、なんだったの? ザルガラくん」
マルチの盾になっていたペランドーが、任務は終えたとオレのところに来て訊ねた。できればまだ警戒しててほしかったのだが仕方ない。
「さあな。渾身のギャグだったんじゃねーの?」
コンタクトレンズを踏みつぶし、オレはため息とともに言った。
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