元傭兵団長の料理店
マルチ・プルート
オレが助けたアザナ似の女の子は、そう名乗った。
苗字があるってことは、平民でもそこそこの出か、功績のあった家なのだろう。
「助けて頂いてありがとうございます。お礼をしたいので、ぜひ父のお店にいらしてください! 貴族様のお口に合うか分かりませんが、近くで料理店を営んでます」
マルチはアザナの顔で、必死に礼を言ってくる。なんというかむず痒い。変な気がする。
「た、助けたわけじゃねぇよ。いや、助けたんだが、助けたことにすると助けた意味がなくなるから助けたわけじゃない」
ヤバい、オレ自身が何を言ってるかわからない。
「いえ、分かってます。貴族様はわざとあのような態度を取られたんですよね?」
「ち、違うぞ。それはオマエの勘違いだ」
「そちらの侍女の方に、そう説明されてるの伺いました。わたしなんかのために、申し訳ありません」
マルチは懸命に礼を言うが、アザナの顔で言われると戸惑う。
最近のアザナは可愛くない――いや、ヤツは可愛いがあざとい。このマルチという少女には、そういった裏や悪意は見えない。
その新鮮さとアザナと同じ顔が、オレの心を惑わせる。
「く……」
オレは助けを求めるため、ペランドーとティエに視線を飛ばす。
「ペランドーさん。ザルガラ様はどうされたのですか?」
オレの動揺っぷりに驚いているのだろう。ティエがどういうことかと、ペランドーに尋ねていた。
「あのマルチって子に、とてもそっくりな後輩がいるんですよ」
「あら、まあ、そうなのですか。あのザルガラ様が後輩の女の子に……」
ペランドーの説明を聞いて、ティエが勘違いしているようだ。
「おい、勘違いすんなよ、ティエ! コイツにそっくりなヤツは男だからんな!」
「あら……、まあ…………そう、なので……すか……。あのザルガラ様が、後輩の……男の子に……」
ティエの顔色がみるみる青くなる。ほぼ同じ言葉なのに、声色が全く違う。
「待て、勘違いするな。オレはべ、別にアザナってヤツが好きとか、どうこうってわけじゃないぞ!」
そうだ。オレはきっと好みのタイプが、アザナのような顔……じゃなかった、マルチのような顔の子だったのだろう。そうに違いない。
だからマルチに似た男のアザナを、妙に意識してしまったに違いない。
こうして女の子のマルチに、胸が高まっているのだからオレは正常だ。断じて、オレが男を意識してしまったわけではないのだ。
それにさっきパンツみたかぎり、完全にこの娘は女の子だ。白い下着のラインに、不自然さは全くなかった……って、なにを思い出しているんだ!
忘れろ、オレ!
とにかく悪いのは、オレ好みのマルチに似ているアザナだ。
アザナが悪い。
「とにかく、ザルガラ様。場所を変えましょう」
周囲の視線が集まってきている。ティエが提案したので、一先ず場所を変えることにした。
ペランドーとティエが当然のように、マルチの案内について行ったので俺も同行することにした。
べ、別にマルチの事が気になるわけじゃない。いや、気になってはいるが、それはアザナにあまりにもそっくりだからだ。
もしかしたら、腹違いの兄妹とかそういうこともあるかもしれない。
出自をはっきりさせておくのもいいだろう。
それに腹も減ってるし、飯を食わせてくれるっていうし――それだとせっかくオレが、悪者になってワルガキを遠ざけた意味がなくなるが、とにかくマルチがアザナにそっくりというのが気にかかる。
アザナが気にかかるわけじゃないぞ。マルチが気になるんだ。
男として、当然の動機だ。
中身が21歳なので、年齢差考えるとどうかなって気もするが、今はオレも10歳児だ。大丈夫、正常。
マルチは市場から少し離れた路地に、オレたちを案内する。
葡萄噴水広場と、隣りの区画をつなぐ抜け道のような場所だ。
階段と坂があり、メイン通りとはいえないが、人の往来は多い。
その中ほどに、マルチの店があった。
看板はただ簡素に「レストラン」と書かれていた。店名は無い。
店先に何度も修理された跡の見える立て看板があった。そこには「プルートの店」と書かれてあり、メニューと料金が書かれていた。
値段的にはちょっと高いが、庶民でも食べられる価格帯だ。
どうでもいいが、道中でちらちらとスカートの裾が捲れ上がって、白い物が見えそうになる。
オレとペランドーは視線誘導されて、なんど石畳に足を取られて倒れそうになったかわからない。
どうでもよくないな、コレ。
いくらなんでも短すぎる。ちょっとした角度や動きで、下着を見せてしまうぞ。いいのか?
そんなマルチが裾を抑えつつスイングドアを押し開き、オレたちを中へと案内した。
「いらっしゃい!」
内臓を叩くような声が、オレたちを迎える。
カウンターの向こうに、岩山のような男がいた。
オレの倍はあろうかという身長の男。腕はオレの胴ほどもある。胸の筋肉が麻の服を盛り上げ、袖口もパンパンになっている。
普通、麻は体のラインが出ないのだが、異常な筋肉がはっきりと見て取れた。
昼時にも関わらず、店内に客の姿は見えない。
カウンター5席は悲しいことに見通し良好。テーブル席の20席ほどが、寂しそうに行儀よく揃って収まっていた。
ちょっと日当たりの問題で暗いが、清潔でよい店なのに繁盛していない。
「お父さん。この方たちはお客さんじゃないの」
あとから入ってきたマルチが、オレたちを岩山男に紹介する。
「紹介します。父のベルンハルトです。お父さん。こちらの方たちが、ヒルンたちから私を助けてくれたの」
「マルチの父親でベルンハルトだ。娘が世話になったようで……って、マルチ。またお前、ヒルンのガキどもにいじめられたのか」
ん? ベルンハルト? プルート?
……もしかしてベルンハルト・プルートか。
噂だけだが知っている。隣りにいるペランドーも、ベルンハルトの名を聞いて驚いている。
なるほど、平民でありながら苗字持ちというのも良く分かった。
「プルート? ベルンハルト・プルートってあのプルート傭兵団の?」
ペランドーがそう問うと、カウンターの向こうで大男は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「いやはや……、俺は先代の団長だがね。それに代替わりした息子の連中が功績を上げて有名になっただけでしてね」
「たしかに大陸で名を轟かせたのは、今のプルート傭兵団だろうが、アンタもそれなりの功績を残して、苗字と剣を賜ったと聞いてるぜ」
「はは、貴族の坊ちゃんのいう通りで。しかし、俺くらいの功績なんてあの時の生き残り傭兵団の長なら皆持ってますわ」
ベルンハルトは謙遜しているのではない。
俺が生まれる少し前の戦乱で、傭兵団たちは各所で活躍した。王国が褒美を出すのが大変なほどに。
そこで苗字と剣というお茶を濁す恩賞を乱発して、騎士への採用を極力押さえた経緯がある。
彼はその1人ということだ。
まさか脱傭兵をして、こんなところで店を開いているとは驚きだ。
なお現団長は、数年前に王国騎士位を賜って王都の話題になっている。
「ぼくはペランドー。父さんはそこの鉄音通りの鍛冶屋をやってるよ」
「オレはザルガラ・ポリヘドラ。こっちの侍女服は、こんななりしてるが家の騎士のティエだ」
自己紹介すると、親子はにわかに騒ぎ出した。
「なんと!? あの古来種騒動を解決したっていう、ザルガラ・ポリヘドラ様だって?」
「そうなの! 私もさっき名前聞いた時、驚いちゃった」
プルート親子は、オレの名前を聞いて大げさに驚いている。
最近は名乗るといろいろ面倒だ。
顔は知れ渡ってないのでいいが、名前はすっかり王都に響き渡ってしまった。
「言っとくがな、あれは事故でそれを場当たり的に何とかしただけで、オレは何もしちゃいねーぞ」
「いやいや、伺ってますよ。なんでも学友を助けるために、身体を張って、しかも王都の崩壊まで防いだとか? ここ最近じゃ一番の話題ってもんですよ」
一応、説明してみたが、オレの謙遜だと受け取っているようだ。
「で、マルチ。こちらの英雄さんが助けてくださったのかい?」
「実は――」
マルチは市場でのいきさつを、ベルンハルトに説明した。
「むぅ、そうかい。ちょっと入り用な物があったんで、市場に一人で買い物に行かせちまった俺が悪かったな」
「そりゃそんな短いスカート履いてりゃな」
オレが問題点を責めると、2人は微妙な顔をした。
「それを言われると反論の余地もない。この通り、店が繁盛していなくてね」
「まさか、客引きでこんな子供に短いスカートを履かせたのか?」
「いやはや、お恥ずかしい」
呆れたモンだ。
傭兵団長として鳴らしたベルンハルトだが、商売人としては二流のようだ。こんなアザナみたいな……じゃなかった、こんな子供を客引きの道具にするとは。
さっきから、マルチが動くたびに下着が見えそうで気になって仕方ない。
「ところでお礼といってはなんですが、暇なんでちょっと凝った料理を作ってたところです。 どうぞ食べて行ってくれませんかね」
「いいんですか?」
ペランドーの目が輝く。コイツもなかなか食い意地が張っている。
「お父さんのストローローストは絶品なんだから!」
マルチがエプロンをつけて、給仕の準備をしながらいった。
おい、そのエプロンもまた短いな。足を隠さないだけじゃない。むしろずり上がったら摩擦で下がりにくくなるだろ。
「ストローロースト?」
ペランドーは食欲なのか、マルチの姿よりメニューが気になるようだ。
「オレも聞いたことだけはあるが、食べたことも見たこともないな」
ストローロースト。
大鹿の腸に、切り分けて下味をつけた牛肉を入れて空気を抜き、水が入らないように両口を縛る。
それを温い湯でじっくりと煮ながら、熟成させつつ火を通す。
取り出してからは、大鹿の腸内に貯まった肉汁をソースとして加工し、牛肉は麦わらと炭の火という遠火の弱火で、じっくりと焼く方法だ。
元来、牛の肉は食用に適さない。
そんな肉でも旨く食べる調理法として、北海の絶島で誕生したと聞いている。
すでに下準備はできていたようで、ベルンハルトはもうもうと煙が立ち込める向こうで、懸命に肉を焼きあげている。あれって本当は屋外で調理するもんじゃないか?
強力な換気と空気清浄の魔法陣が働いているが、こちらまで少し煙い。
だが、その煙さの中に、食欲をそそる肉の香りが混じっている。肉の油が藁灰と炭に落ちて、そこから立ち上った香ばしい煙が肉につく、という具合だ。
「マルチ! あがったぞ!」
「はい!」
2人の軽快な声と共に、オレたちの前にストローローストが並んだ。
ワンプレートという賄い感。
がっつりとした切り落とし肉に、赤い木の実ソース。付け合わせは煮豆なので、またがっつりだ。
ここにデカいパンが加わり、ボリュームがすさまじく上がっている。
ティエでは、ちょっと食べきれないだろう。
「いただきます!」
まずペランドーが食いついた。
咀嚼をしばらくして、動きが止まる。
オレも追って食べたが、ペランドーと共に止まる。
柔らかいのに、肉を食べていると実感ができる。なんとも不思議な食感のミディアムレア。
旨い上に香ばしい。食欲をいやでも誘う。
「……うまいな」
三口目で、やっとオレは感想を言えた。
「がうがう、うん。美味しいね!」
ペランドーはすでに掻き込み機械と化していた。もっと上品に食べて欲しい。
「これは見事なものです」
奢侈な祖父に付き添う事が多く、オレより舌の肥えているティエが正直な感想を述べた。
言葉少なに食べるオレたちを、2人の親子は嬉しそうに眺めている。
「ごちそうさまでした!」
ペランドーがいち早く食べ終えた。
オレも次いで食べ終える。途中で残すと思ったが、ティエも完食していた。
「……すごいな。暇だから凝った料理ができたんだろうが、これなら他の料理もさぞ旨いんだろう」
「普段はもっと、塩味と油でグワッとしたモンだしてるがな! それでも手は抜いてないぜ」
味は問題ない。値段も外のメニューで確認したが、このあたりの料理屋としては適正な価格だ。
と、なると、この店が流行らないのは、やはりこのおっさんが原因か。
「これほどの料理を作れるんだ。マルチがそんな恰好しなくても、充分に客は来ると思うんだが?」
「私……好きでこの恰好をしているんです」
え?
なにそれ?
見せたいの?
ちょ、ちょっと待てよ、オマエそういう趣味……。
「亡くなった母は、お客さんを呼び込むために、この恰好をしてましたが……。私にとってはいつも見ていた母の姿なんです」
「そうか……」
オレの心は汚れていた。
見られて喜ぶような子なのかと、誤解していた。
「俺がレストランを始めて間もない頃、客入りがいまいちだからと、妻が始めてな。おかげで繁盛したものだよ」
「私はその後ろ姿を見て育ちました。そしていつか一緒に働きたいと思ってました」
しんみりとしてきた。
親子は互いの顔を見合い、勇気を分け合っているように見えた。
「こうして母と同じ格好をしていると、一緒に働いているような気がして……」
「そうか」
湿っぽい話になってしまった。
それでもオレは、彼女の姿に一言いいたい事があった。
「しかし、ベルンハルトさんよ。だからって年端もいかない娘が、こういう恰好してるのはどうかと思うぜ」
「大丈夫っ! 娘1人を辱めることなどしない!」
ベルンハルトは笑顔でカウンターから飛び出してきた。
下半身はミニスカートで――。
「うわぁああああっ!」
「ひぅ……」
「あわわわわ……」
『おお?』
ベルンハルトはパンパンに張ったミニスカートで、筋骨隆々なふとももをさらしている。足を開くと自動的に、いらんものが見える仕様だった。
ベルンハルトの姿で、オレの目が汚れる!
ティエなどすでに卒倒して、椅子にもたれ掛かっている。ペランドーだって、今にも倒れそうだ。
人間の食べ物に興味などなく、1人身勝手に店内で踊っていたタルピーですら、思わず踊りを止めて硬直している。
「こうして妻と同じ格好をしていると、一緒に働いているような気がしてな」
「娘と同じセリフなのに、こうも違うとは!」
ベルンハルトは良いことを言ったつもりだろうが、精神攻撃としか思えない言葉だ。
「ザ、ザルガラ様……、お守りできず、申し訳……ありません」
見た目の精神攻撃を食らっているので、ティエにはオーバーキルだったようだ。
「お父さん……。お父さんの下半身に、お母さんの姿が見えるわ」
「おい、マルチ。そこにどういう母親を見るんだよ」
オレ、ドン引き。
「マルチ。俺もお前にかーさんの姿を重ねて見ているぞ。きっとかーさんは、今でもこのスカートに宿っているんだ」
「ん? もしかしてそれを履いてたのか? あんたの奥さん」
「うむ」
「うむじゃねーよ……。形見になんて仕打ちだよ」
「あ、お父さん。お客さんみたい」
え?
このタイミングで!?
「こんなところに飯屋があるぜ、食っていこげげげげげげっ!!」
「おい、どうし……おわわわわわっ!!」
不幸にも来店しようとした2人の客が、ベルンハルトの姿を見て逃げ出していった。
「うーん。これは店に客こねーや」
オレは事情を察せて、なんか満足できた。
ところで結構、ショックが少ないんだけど、もしかして俺って変態に慣れ始めてる?
作中で出てきた料理は、イングランド(ウェールズだったかな?)で僅かに残る料理法です。
調理場の遺跡しかなく、調理法は学者の推測が主で、いくつかの学説がある料理です。
その中でも一番おいしそうな調理法をチョイスしてみました。
そんな料理裏話より、どうしょうもないキャラを出してしまったのが気になるところでしょうが。




