ブラックマン (挿絵アリ)
新章開始。
途中からザルガラ主体の話なのに、間違って三人称のまま書いてしまいました。
直すのも難しいので、今回は三人称です。
新章からミスとか…
王都エンディアンネスは、古来種の恩恵を受け、洗練された文明生活をしている。
正式な家屋ならば、上下水道は完備、夜は家庭でも僅かな対価を火男に支払えば、家中に明かりが灯り、高い代価を払えば、調光可能な魔法の光を長期間利用できる。
公共施設では魔力庫の再稼働で、さまざまな機器が際限なく使われ始めた。
以前は魔力供給が不完全だったので、趣味や骨董品扱いだった交通機関や通信システムが復活している。
スラムですら、過剰供給の魔力を盗み、明かりが灯っているほどだった。
一部、本当に眠らない街も存在し、廃棄遺跡群を除いて王都に一区画とて暗闇は存在しない。
そんな中、やけに薄暗い貴族の屋敷がある。
不効率にも蝋燭の火など使っている。ゆらゆらした雰囲気を楽しむ主人なのだろうか。
作りも古臭く、200年前に流行したドアノッカーが重たそうな正面玄関につけられている。
そのドアノッカーを叩かず、侵入する者がいた。
正確にいえば、すでにその者は侵入を3日前に済ませていた。
3日前に忍び込んだその者は、息を潜めていた2階天井裏から這い出た。
天井板を外し、錘のついたゴム糸のように身体を垂らし、音もなく床にへばりつくように着地する。
その者の姿は異様だった。
人の姿をしていながら、全てが黒。暗闇と同色でありながら、窓から入る僅かな街の光をてらてらと反射していた。
全身を包む皮に似た素材。赤い目だけが露出され、あとはてらてらとした素材で頭からすっぽり身体を包まれている。口すら、いくつもの紐で、バッテンに縛られている。
異様な全身服の着心地を確かめるように、黒い者は立ち上がりつつ身体をくねらせる。それは成長する植物を、早送りで見るかのようだ。
一転して、ブラックマンは四つん這いとなった。植物から爬虫類へ。
トカゲのような歩行で、暗く古臭い屋敷の中を闊歩する。
誰もいない廊下、広い階段を経て、さらに暗い1階へ。
1階の窓は、全て封じられていて、日中でも暗いと想像できる。
その1階を通過し、ブラックマンはある部屋の本棚裏に隠された秘密の地下入り口を、魔法を使って抉じ開ける。
さらに暗い闇が地下に続く。
その階段を低い体勢で、反して足は高く上げる歩法でブラックマンは降りていく。
やがて、広い地下室に出た。
燭台が一つ、奥の祭壇にあった。
その前には棺桶が一つ。
ブラックマンは首を伸ばして周囲を探り、仕掛けられた警備魔法陣を解除した。
安全を確保してから、ブラックマンは地下室を進んで棺桶に貼り付いた。首を伸ばしたり縮めたり、腕の全身皮服の収まりを直すように、肩を回してから、棺桶の蓋を押し開けた。
中には1人の男が横たわっていた。
古臭い貴族服と、流行おくれのビロードマント。
これまた時代遅れのカイザー髭。王都で見かけたら、悪い意味で視線を引くだろう。
そんな恰好から100年前の死体と思えた。
だが、死体ではない。
寝息が聞こえる。
ブラックマンは近くにあった火のついていない松明を取り、魔法で白木の杭へと作り変えた。
恒久的な物質変換。王都の人間では、おそらく天才と怪物しか出来ない魔法の技を使った。
ブラックマンはその白木の杭を、静かに棺桶の男の胸に押し当て――
素手で杭を男の胸に打ち込んだ。
「ぐぎゃぁっ!!」
棺桶の男は、悲鳴と血しぶきを上げて目を覚ました。
その顔をブラックマンは片手で押さえつける。
「ぐわぁっ! な、なにをする! ぎゃぁっ!」
杭を掴みながら、棺桶の男がもがく。しかし狭い棺桶が災いして、どこへも逃げられない。
棺桶の男を見下ろし、ブラックマンは静かに、だが高揚を隠せない声色で言い放つ。
「これがお前の望む殺され方なんだろう?」
ブラックマンの拳が、白木の杭を突いた。
* * *
「おらぁっ! くたばれアザナ!」
投影されていた超立方体の魔胞体陣の頂点と辺が切り刻まれ、いくつもの新式魔法陣が散らばり、ザルガラの周囲を取り囲んだ。
そこからの一斉射撃。
魔力弾だけなく、新式魔法陣まで飛んでいく。
面攻撃。もはや壁といっていい攻撃が、相対するアザナに飛ぶ。
「『天啓、心眼、衛星視界!』」
攻撃目標のアザナも投影していた魔胞体陣を切り刻み、新式魔法陣にして壁のような魔法の雨の盾とする。
数ある魔力弾を、全て魔法陣の真芯で受け止め溢さない。
アザナの魔法陣の多さにも驚きだが、魔法陣を正確に動かし配する能力は怪物にすらマネできない。
「おお~っ」
観客たち。
エンディアンネス魔法学園の生徒たちが、一斉に感嘆の声を漏らした。
第一実習場は、いまやアザナとザルガラだけのために利用され、生徒たちは試験を中断して2人の対決を見学していた。
試験最終日。
全ての学科と実技試験を終えたところで、ザルガラがアザナにケンカを売った。
実戦形式の試験は他学年とは行われないのだが、ザルガラもアザナも同学年に相対できる生徒がいない。
改めて学園の生徒も教師たちも、2人が魔法使いを編入した通常編成の軍団どころか、魔法使いだけの軍団に匹敵すると理解した。
しかも、試験では威力が跳ね上がる古式魔法が禁じられている。2人はこの規則を守って、軍団に匹敵する戦いを繰り広げていた。
「はぁ……。これでまた残業ですわ」
試験を取り仕切っていたマトロ女史は、出世よりやっぱり結婚よねぇ。などと人知れず呟いていた。
(ん? いま、あいついくつかの新式魔法陣をどっかに展開したな?)
激しい攻撃の中、ザルガラは冷静にアザナの戦術を読んだ。
(もしかして盾以外に、目としていくつか魔法陣を展開したのか? なるほど、第3者の目……生徒たちの目を利用してやがるのか! どういう理論で、どういう処理能力だよ!)
実は、衛星軌道に配されている『古来種の目』もあるのだが、さすがのザルガラも遥か上空など思い付かない。
「まだまだぁっ!」
怪物ザルガラの攻撃は変化する。
一緒に飛んで行った新式魔法陣が発動し、魔力弾の軌道を変化させる。以前見たアザナの技を解析し、ザルガラが独自の解釈で会得した『独式魔法』だ。
僅かにアザナの軌道変更魔法とは違う。
ねじれるように軌道を曲げられた魔力弾は、ブレと抵抗で不規則な軌道を描く。
アザナの軌道変更魔法が完全に制御されているとするなら、ザルガラのそれは変化球である。一度曲がると、術者ですら推測できない動きを見せる場合がある。
「抜けたっ!」
喜ぶザルガラに対して、アザナは冷静に対応した。
抜けた魔力弾を、アザナは片手で払っていく。一部は軌道を逸らされ、演習場の壁に当たり、いくつかはアザナの手で打ち消された。
「どーなってんだ、アイツの手」
指で何かのサイン? 印を組んでいるようだが、それが魔法陣の代わりを成しているらしい。
古来種騒動でもやっていたが、前回のアザナは使っていなかった技だ。
ザルガラも呆れ顔を隠せない。
魔力弾の雨が止み、第一演習場は魔法的に晴れた。
「ザルガラ先輩! 今度はボクの番ですね?」
「させねーよ!」
攻守交替などという、お行儀のいい戦いはザルガラの中にはない。
さきほど外れた魔力弾が、壁に新式魔法陣を描く。
そこから放たれた、風がアザナの小さな体を煽った。
「きゃあっ!」
なぜか女の子のような悲鳴を上げて、裾と髪を抑えるアザナ。
連続して、遅延発動した『裏切りの大地』がアザナの足を掬った。これまた女の子のような悲鳴を上げ、内股で尻もちをつく。
「隙ありだなっ!」
ザルガラは好機と魔法を放つ。なお生徒の何人かは、「好きアザナ」と誤聴した。
残していた新式魔法陣から、魔力弾が放たれる。
転んでいるアザナは、手をついている。防御に回す魔法陣の動きも鈍い。
当たる!
と、ザルガラが確信した瞬間。
アザナの投影していた魔法陣が変化して発動した。
アザナを襲うはずだった魔力弾が引き寄せられ、魔法陣を半周回し、放ったザルガラへと向かってきた。
しかも加速して。
さながら走ってきた子供の手を取って引き、遠心力で加速させて手を離すような光景だ。
とっさにザルガラはアザナのマネをした。
指を組んで、不完全だが5角形を描く。そこに魔力を注いで、顔の前に翳す。
激突!
ザルガラの手は、完璧に魔力弾を防いだ。成功だ。
「おごっうっ!」
だが、ザルガラの手は反動で顔面を叩いた。
アザナが手に回転を加えていたり、角度を変えて衝撃を逃がしているところまでは読めなかったようだ。
ザルガラは鼻血を出して、あおむけに倒れた。
「ザルガラ先輩! ごめんなさい!」
意図しなかった反撃だったのだろう。アザナは謝りながら、慌てて駆けてきた。
こうしてザルガラは、短パンから伸びる健康的なアザナの足を、直視しながら意識を失った。
これによって後日、顔を叩いて鼻血を出したのに、アザナのパンツを短パンの裾から覗いて鼻血を出したと一部生徒から噂されることになった。
ご感想ご指摘お待ちしてます。
挿絵の背景で日本語が使われてるのがオカシイというツッコミはスルー。




