コンフォートゾーン 3
ザルガラの短編はこれで終了します。
人間ではないが、新しい友人を手に入れたオレは、意気揚々とエンディ屋敷へと向かった。
エンディ屋敷上空にさしかかると、馬車が一台と止まっているのが見えた。
「来たか!」
『ん? 誰が? どこに?』
オレは飛ぶ速度を速めた。
「オレの友人だ、友人。見舞いに来たんだよ」
『おー、ともだちー』
「そうだ。ともだちだ。オマエを紹介してやりたいところだが、さすがに高次元物質で出来た、タルピーを視認できないだろうしなぁ。残念だ」
『残念、残念。ご主人様の友達が、アタイを見れればいいのに』
ご主人様か……。なんか引っかかるな。
「ご主人様ってのは止めろ。ザルガラって呼べ。オレはオマエを友達だと思ってるからな……」
『アタイが……友達?』
「ああ、契約もしてないのに、主人だのなんだのって面倒くせぇからな。それともオマエは、支配されるだの、支配するだのが好みか?」
『違う……。いい。友達……いい!』
感動しているタルピーを支え、オレは馬車の紋章も確認せずに、玄関に飛び込んだ。
「誰だ! 誰が来た!」
出迎えたマーレイに、見舞客は誰かと問い質す。
「お帰りなさいませ、ザルガラ坊ちゃん。エッジファセット公からお礼の使者がみえて……、そんな廊下に膝を付かないでください」
「ちょ、ちょっと靴紐を治してただけだよ」
ショックなど受けていない。
『友達と違うの?』
肩の上で、タルピーがひどく残念がった。
……今ので、友達少ないと思われたかもしれない。
* * *
「お邪魔しております。ザルガラ・ポリヘドラ様」
客間で待っていたのはユスティティアだった。椅子から立ち上がり、大げさな礼儀作法でオレに挨拶してきた。
ユスティティアか……。
知り合いの中で、一番関係が薄いヤツが来たな。
しかし許す。
「悪いな。見舞いに来てもらったのに留守にしてて」
「いえ、今回はお礼とお詫びを……」
「見舞いにっ! 来たんだよな!」
肩にタルピーが乗っているので、ここは見栄を張らせてもらう。
強引だが、見舞いだ。これは見舞い。
「え、あ、はい。お礼とお詫びのついでと言ってはなんですが」
「違うだろ?」
「はい?」
「見舞いのついでに、お礼とお詫びに来たんだよな?」
「え、いや、そういうふうにしておきたいのでしたら、そういう事にしておきますが……」
オレに気圧されたのか、ユスティティアがついに折れる。
『ご主人様……』
なんか憐れむ声が聞こえたが気のせいだ。
「よし、見舞いだな! 悪いなぁ、見舞いに来てもらって」
「……いえ」
ユスティティアがなんか呆れ顔だが、見舞いに来たと認めさせたので構わない。
「お見舞いが遅れて申し訳ありませんでした。何分、事態の収拾が出来ず、しかも父は領地から離れられず、ご無礼かと思いましたが、名代で私が参りました」
「いいんだ、いいんだよ。見舞いがちょっと遅れただけだろ? 気にすんなって」
「は、はあ」
ユスティティアは釈然としていない。
強引に見舞いってことにしたが、少しこれでは配慮が足りないかもしれない。
ちょっと言葉を足してみることにした。
「なぁに、いろいろ家族や親戚のことで忙しいんだろ? 知ってるって。だから、名代で充分だ」
「え? はい。そうおっしゃっていただけて、安心いたしました。改めて後日、父も挨拶に伺いますので、なにとぞ、ご容赦願います」
「ああ。そっちのオヤジさんやらが来たら、改めて……な。そん時に、礼と詫びってのも受けるよ。だから今日は見舞いな」
よし、押し通した。
見舞いってことで押し通した。
な? 後輩の女友達がオレの見舞いに来たんだよ。な?
『ご主人様……』
なぜ、憐れむ目でオレを見るんだ、タルピー!
* * *
「心臓が止まるかと思いました」
ユスティティアが帰ったあと――。
出先から屋敷に戻ってきたティエは、タルピーと会話するオレを見て、気を失いかけて倒れた。
「驚かせてすまなかったな。そういえば、オマエは見えるんだっけな。古来種の構成物質が」
『おー、ザルガラさまの使用人は凄いなぁ。』
タルピーは、ティエの肩を叩く素振りをした。そんなタルピーの行動を、ティエの目では見えている。
ティエの二つある特技の一つ。
高次元体を見通す目。【精霊の目】
彼女はその目の持ち主だ。
ティエはこの特技で、遺跡の発掘物の捜索や鑑定を得意としている。
珍しい能力だが、まったくいないわけでもない。王都を捜せば、専業としている店を何軒か見つけられるだろう。貴族に召し抱えられてる者が、商人と契約して、鑑定手伝いをしていることもある。
「そりゃ、上級精霊と和気あいあいと会話してたら、普通は驚くよな」
ティエの特技を考え、前もってタルピーを紹介しておくべきだった。
何も知らないで、屋敷の中に上級精霊が居たのを見たら、このオレだって驚く。
「よかった……。てっきりザルガラ様が、見舞いに誰も来ず、ぼっちを拗らせて、寂しさのあまり人形とおしゃべりを始めたのかと……」
「そっちかよ、おい、こら。オレには友達いっぱいいる。タルピーの前で、そういう発言やめてもらおうか」
ティエは違うショックを受けていたようだ。
とりあえず、その発言はタルピーに、友達がいないと勘違いされるので止めてもらいたい。
『主従関係とはいえ、使用人とも仲が良さそうだ。アタイのともだち、ザルガラさまは、とても素晴らしい人間だぁ~』
ちょっと違う方向で勘違いしてるっぽいが、そういうことにしておくか。
「うう……。ついにザルガラ様が、人間以外に友達をお求めに……。私も交友関係が広ければ紹介できるものを……」
「ヤメロ。タルピーに友達少ないって思われるだろ!」
* * *
「なぜ、彼は見舞いに拘ったのでしょう?」
「わたくしには、分かりかねます」
ポリヘドラのエンディ屋敷からの帰路。
ユスティティアは独り言のように、伴なう家令へ尋ねた。そして家令のゴルドナインは、いつものように同じ言葉を口にした。
しばらくユスティティアは思考を巡らし――
「しまった! やられた!」
大げさに頭を抱えて見せた。
「どうなさいましたか? お嬢様」
心配して声をかけるゴルドナイン。ユスティティアはその声を背に浴びながら、悔やむ声を上げた。
「彼は、見舞いを強調させることで、礼と詫びを二の次に……。つまりエッジファセット家とポリヘドラ家の付き合いに距離を置いたのです!」
「そうなのですか?」
「ええ、そうですわ。いやに見舞いを強調するのは、今まで誰も見舞いに来ないので、精神的に凹んでいたのかとおもってましたが!」
たぶん、それが正解ではないか。と、ゴルドナインは思ったが、口にださなかった。
「それに、彼は我がエッジファセット内に噴出しているお家騒動をご存知だった様子……私と父が敗者になることを想定して、個人としては話を聞くが、礼と詫びは問題が解決してから『勝者と話す』……という意味で、私を突き放したのですわ!」
ゴルドナインは、内心そうではないと思ったが、口にはださなかった。
「恐るべし、ザルガラ・ポリヘドラ! こんな政治的な判断まで出来るとは! あなどっていましたわ!」
悔やむユスティティア。
もしも、ゴルドナインが家訓を忘れ、「ザルガラ・ポリヘドラはそんなことを考えていないのでは?」と注進していれば、歴史が変わったかもしれない。
「……早急に、家のごたごたを解決しなくてはいけませんわ! ゴルドナイン! 明日にでも、父上の助力に戻りますわ!」
久しぶりに勘違い回でした。
次回からペランドーの短編です。
なんかすっごい変態への反応が強いですが、残念なことに第3章まで出ません。
そんなに連続出せません、変態。
というか、第3章で変態が出ると宣言するこの小説って……。




