コンフォートゾーン 2
「おい、おっさん。この樽の剣は修理の依頼品か?」
剣の中のタルピーが、やかましく叫び訴え続ける中、オレは鍛冶屋のおっさんに声をかけた。
鍛冶屋のおっさんは億劫そうにオレを横目で見て――、フンッと不機嫌そうに手元の作業へ目線を戻す。
偏屈そうなおっさんだ。髭の手入れも、ろくにしていない。
「売り物か?」
再び尋ねると、おっさんは作業の手を止めて仕方なさそうに答える。
「……うんにゃ。北の遺跡に行ったヤツらが、そこで手に入れたモンだ。それをウチがまとめて買い上げた」
よく見れば樽に入っている剣の多くは、時代遅れのブロードソードである。
現代では高価な金属が使われており、物自体は悪くなさそうだ。しかし素人目にも、修理や研ぎが必要に見える。
程度のいいものは直して、あとは鋳潰すつもりだったのだろう。
「一山いくらの品か。じゃあ、こいつを一本売ってくれねぇか?」
オレがそう言うと、おっさんは鼻を鳴らして作業に戻った。
「勝手に工房に入るようなガキなんぞに売るモンはないわ」
「じゃあ、貰うぜ」
売ってくれないなら貰おう。
「そういう意味じゃないわ!」
槌を投げ捨て、鍛冶屋のおっさんが激高した。
しかし、なぜか鍛冶屋のおっさんは、口髭を歪めてニヤついている。
「そうか……。そうか、そうか。その剣どうしても欲しいというのか? しかしな、ワシの好きな事の一つはな。自分で偉いと思ってる奴に、『ノン』と断……」
「邪魔したな、おっさん」
オレは貰う物を貰ったので、樽にガランッと剣を戻し、鍛冶工房から出ることにした。
「ちょ、ま、待たんかい」
なぜかおっさんが、マントの裾を握って引き止めてきた。
「んだよ。おっさんの趣味に付き合う趣味はないぜ」
「なんでじゃい。この剣が欲しいんじゃろ?」
「さっきまではな」
「ぐ、ぐぬぅ……」
嬉しそうな表情をしていたおっさんだったが、今は苦虫でもかみつぶしたように顔を歪め唸っている。
「まったく、最近のガキはこらえ性が……こら、待たんかい! もっと欲しいと言わんかい」
「断るのが趣味なんだろ? 他人様の趣味に口出すつもりはないから。断られたし観念して帰るよ」
つか、用が済んだし、帰してくれないかなぁ。
「そうじゃない! そういうのじゃないだろ? もっと熱くなれよ。欲しいと思う気持ちを大切にせんかい!」
「熱くなるほどの事じゃねーし」
「そういうな。欲しいじゃろ? この剣。扱いづらく見た目は悪いが切れ味はなかなかのもんじゃぞ。」
「いや、別に……。つかよぅ、扱い難いのに切れやすいとか、危険物じゃねーか? ソレ」
説明を聞いて、本気で要らなくなってきた。
しかし、おっさんは食い下がる。
「そう言うな。なんていうか、こう、この無意味な炎文様、見事じゃろ! お前も欲しくなったじゃろう、かっこいい剣。 ほら、欲しいと言ってみろ!」
「そこまで欲しいとは思わないな」
そんな思春期の子供が一過性の病気で、毛色が変わっていて普通と違うものをかっこいいと感じるとき、つい買いたくなるような剣を、かっこいいとは思わない。
「なんでじゃ! 欲しいと言わんか!」
「でも断るんだろ? おっさん」
「そうじゃ」
「邪魔したな、おっさん」
おっさんを袖にして、立ち去ろうする。が、おっさんは土間に転がってまで、マントを離さない。
「待て待て、待てっ! 形だけでもいいから、欲しいとか言ってくれ」
「え? くれるの?」
「やらんわ、このガキ!」
「うぜぇなぁ、このおっさん」
「ほら、売ってくれと頼むがいい」
もがきながら立ち上がり、必死に頼み込むおっさん。
「でも売ってくれないんだろ」
「うむ、そう……い、いや売ってやるぞ」
おっさんの目が泳いでいる。
「あんた商売下手すぎだろ? 工房の経営大丈夫? すげー心配なんだけど?」
「同情するなら買ってくれ! 組合費を半年払っとらんのだ!」
「開き直りやがったな、このおっさん」
「頼む、ちょっとだけ。形だけ、口先だけ、この剣が欲しいと言ってくれんか?」
「どうしてそこまで必死なんだ、おっさん?」
呆れるオレに対し、おっさんは身振りで懇願を始めた。
「いいから、助けると思って! な? あんたが最初に『どうしても欲しい』って強く当たって言う。で、ワシが断る。後は流れで」
「台本の読み上げかよ」
しょうがねぇな。面倒くせぇから言うか。
「じゃあ、売ってくれ」
仕方なくオレが言うと、おっさんは鼻水をたらし、泣きながら破顔一笑して言った。
「だっ! ……だ、だが断るりゅぅっ~~~~~っ!!!! ぐ、うううう……うう」
「泣くほど言いたかったのかっ!」
どうやら鍛冶屋のおっさんは、この決め台詞を言いたいがために粘ったようだ。
そこまでして台詞を言って、嬉しいんだろうか。
あ、嬉しそうだ。
「うう、苦節、30年……。ガキの頃に見たあの芝居の、あのセリフ……。ついに、ついにお客さんにこのセリフをいう事を出来たわい」
「そのセリフ言いたいから、組合費払えないほど仕事上手くいってないんだと思うぜ」
あと使い方間違ってるような気がする。その芝居とか知らんけど。
オレの忠告が聞こえないのか、おっさんはまだ嬉しそうに涙を拭いている。鼻水は後回しらしい。
「若いの。ありがとうな……。その剣、持って行っていいぞ。くれてやる」
「そうかい。遠慮なく貰っていくぜ」
「待たんかい! そこは男気を見せて、『代わりに組合費を払ってやるぜ』となるところじゃろ」
「ならねーよっ! しかしデカくでたな、おっさん」
ふと、そこで思い当たる。
「もしかして、もしも『代わりに組合費払ってやる』と言うと……」
「うむ、『だが断る』と言う」
今度の使い方は、合ってるような気がする。
――面倒くせぇな、このおっさん。
最終的にオレは、剣の代金だけを支払って、変な鍛冶屋を後にした。
* * *
「さて、くだらない寸劇に付き合わされてまで買った剣だが、こっちはもういらねぇんだよな」
鉄音通りを歩きながら用済みの剣を見下ろし、オレは気だるくため息をついた。
『あ、終わった?』
剣から抜きだしたイフリータのタルピーが、オレの懐から這い出して、むにゃむにゃと目を擦りつつ言った。
手のひらサイズの女の子。
際どいビキニと、南方に見られるゆったりとして薄く透けた繻子生地のズボン。靴先が上に曲がり尖る奇妙な靴。
南方系の愛らしいアーモンドアイと、幼いながらに彫刻のように整った顔。
イフリータのタルピー。
イフリータというのは、確か炎の上位精霊だ。
その昔、さまざまな下位精霊たちが、好き勝手に行動して存在していた。
古来種が世界を安定させるため、下位精霊の管理者である上位精霊を作り出した。
炎の上位精霊イフリータは、その作り出した精霊のうちの一つで、世界に山ほど存在していた炎の下位精霊たちを、制御する外付け端末だ。
イフリータなどの上位精霊たちの命令で、制御された下位精霊たちが、空に雲、海や陸、山や森などに深い規則性や複雑な法則性を与え、豊かな自然が生まれた。
と、言い伝えられている。
いちいち古来種が下位精霊をまとめるのではなく、上位精霊に権限を与えて支配させ、全体を総括する。という方式をとっていたらしい。
魔物の大部分も上位種が作られ、制御されていたらしいのだが、実証はされていない。
もちろんイフリータなどの上位精霊は、古来種とならんで伝説上の存在である。
オレが剣に執着しなかったのは、あっさりとタルピーの封印を解くことができたからだ。
剣に魂を封印されていたタルピーだったが、古来種騒動の時の得た能力が早くも役にたった。
高次元から手を突っ込んで、剣の中から引っ張り出す事ができたのだ。
といっても、1回で成功したわけではない。
1回目は、もしかしてと思って、高次元から手を入れると、タルピーの小さいブラが取れた。本来なら手元に物質を引き寄せることはできないはずだが、高次元に入っている物質はその限りじゃないらしい。
2回目に手をツッコんだら、タルピーから激しい拒絶と悲鳴があった。
3回目でやっとタルピーを、剣から出してやることに成功した。
4回目はパンツとズボンを取り出した。
相手が普通の人間だったら犯罪である。あと、彼女の声は周囲に聞こえない。もしも悲鳴があったら、あの鍛冶屋のおっさんに咎められただろう。
『わーい、1万年ぶりのお外だー。わーい!』
タルピーはオレのマントにぶら下がりながら、嬉しそうに自由を謳歌していた。服装は扇情的だが、顔付きや言動が子供そのものである。
先ほどまで、脱がされたことに文句を言っていたタルピーだが、今はすっかり上機嫌だ。
『いやぁ、あれほどアタイを欲しがるなんて、お兄さんも必死だねぇ』
「あれは、ぜんぜんそういう風じゃなかったと思うんだが?」
『あのおじさんも、アタイを手放さないと必死な様。男泣かせだね、アタイったら!』
「どう解釈すれば、あの寸劇がそう見えるんだ?」
『だって途中から寝てたし、アタイ』
あの騒動の中、寝ているとはなかなか大物だ。
『でも、やっと古来種に会えて良かった』
「ん? オレは古来種じゃないぞ?」
オレにぶら下がり、嬉しそうにしていたタルピーが動きを止める。
『え? でも高次元物質に干渉して、五次元の壁も越えたてたじゃない』
「たまたまそういう能力があるだけで、あとは普通の人間だ」
もう普通じゃないかもしれんが、古来種でないのは確かだ。
『人間! ただの人間! 奴隷の人間だって! だ、騙したわね!』
タルピーがオレの胸元で、真っ赤に燃え上がる。
「オマエが勝手に勘違いしたんだろ?」
『奴隷の人間ごときが、アタイの服をひんむいて、嫁入り前の……あ、あんなところまで触って……、許せない! 焼き尽くしてや……あ、やめて! ごめんなさい! 何でもしますからぁっ! 逆らいませんからぁ、ご主人様ぁ!』
高次元からタルピーをひっつかんで、剣の中に戻そうとすると必死に懇願してきた。
この剣、買っておいて良かった。
『うう……。奴隷の人間の奴隷に成りさがるなんて……』
「そりゃ人間は古来種にとって奴隷同然だったと聞いているが、いまは古来種もいないし、オレたちもオマエも主人のいない野良犬だ。仲良くしようぜ」
『イ、イフリータは管理者なんだぞ! 人間なんて雑用係りじゃないか!』
オレの胸に縋り、タルピーは剣をビクビク警戒しながら涙目で主張した。
確かにイフリータは中間管理職とはいえ、かなり上位なので支配者側と言えるだろう。人間は別所属だが、古来種や上位種に統括される側だった。
しかし、彼女にとっては辛い事実がある。
「管理者つっても、オマエが管理する火の精霊は、もうこの世界にいないぞ」
そう。もういないのだ。
世界はすっかり安定しており、精霊がいなくても規則性を持って自然は独り立ちをしている。
『精霊……いないの?』
――ぽかーん。
見たこともない、とびっきりなマヌケ顔。
人間には、こんな妙な顔はできない。
「意志のある精霊はな。古来種と一緒に、全部が高次元へ行った。もちろん上位から下位まで全て。残ってるのは自我のない精霊ばっかりさ」
『うそーーーーーっ!!!!』
よほどショックだったのか。タルピーは世界の終わりだという絶望を顔に貼り付け、マントからずり落ち石畳にへたり込んだ。
『アタイ、置き去りにされた……』
「そういうことになるな。封印されてる間に、古来種はこの世界から去ったわけだから」
そうか。ある意味、独りぼっちなんだな。タルピーって。
部下のいない管理者。具のない串焼きの串みたいなもんだ。ただの棒だ。
なんかタルピーに親近感がわいてきた。
そうなると興味が湧くもので、タルピーに何があったのかを訊ねたくなった。
「タルピー。オマエは、なんで剣に封印されてたんだ?」
『う、そ、それは……』
タルピーはうつむき言いよどむ。よほどの悪さか失敗をしたのだろう。
『下位精霊の数を数え間違った……』
「は? それくらいで?」
そりゃ部下の数間違えたらいかんだろうが、封印されるほどとは思えない。下位精霊だって火精霊だけで、当時は数万はいたと聞く。それを少し間違えたくらいで、封印などという重い刑罰を受けるとは思えない。
『な、何度も……』
「何度もか。それにしたって、重すぎる」
古来種がひどいヤツラだったのか、たまたまイフリータたちを総括する個人が悪かったのか。
『アタイ……算数キライ……』
世界の理を数に置き換え、形而上な数学までもスラスラ解く古来種。その彼らが、上位精霊を作り出したのだ。
タルピーだって、相当な計算能力を与えられ作られたはずである。
しかし、涙目のタルピーを見ていると、なんとなく不安になってきた。
そこでオレは、タルピーに簡単な問題を出すことにした。
「2、足す、4、引く、3、は?」
『9!』
「コイツ、全部足しやがったっ!」
上位精霊はバカだった。
変態じゃなかったでしょ?




