コンフォートゾーン 1
番外編 1です。
3・17キャラの名前変更
この状況から、助けてくれたら、アタイはそいつの願いを1つ叶えてやろうと考えていた。
やがて、願いを2つくらいに、おまけして増やしてやろうと思った。
そうしているうちに、イライラしてきて、助けてくれたヤツがいたら、ちょっと暴れてやろうかと思い始めた。
そのうち、もっとイライラしてきて、今更助けにきたヤツがいたら、アタイの炎で焼き尽くしてやろうと、心に決めた。
でも――、数えきれないくらい双子月が入れ替わり、ついにアタイは思い至る。
もしも、もしも、もしももしももしもこのアタイを、この状況から助けてくれる人がいたら、アタイはその人を――。
* * *
古来種騒乱から3日。
ザルガラ・ポリヘドラこと、オレは本を読みながら仮病の日々を過ごしていた。
「ザルガラ様。お客様がいらっしゃってお」
「来たか!」
ついに!
オレは読んでいた古来種についてかかれた本を、ベッドの向こうに放り投げ、布団のなかに潜った。
「誰だ? 誰がきた?」
「いえ、事故調査会の方々です」
「…………」
「そんなに愕然となさらなくても」
「し、してねーよ! 面倒くせぇなと思っただけだ!」
オレは布団を払って、フラットシーツの上に不貞腐れて座った。
「こっちに来てもらえ」
調査会といっても高級官僚の部下で、貴族ですらない。寝室に入れるのもなんだが、仮病で寝ているんだからどうしようもない。
やがて、ここ数日ですっかり見慣れてしまった役人が、オレの寝室にやってきた。
「たびたび失礼します。もう、起き上ってよいのですか?」
「ああ、もう諦めた」
「……? 失礼、おっしゃる意味が分からないのですが」
「なんでもない。こっちの話だ」
独り言を誤魔化し、オレは聴取を受ける。
事情を聞かれるが、実のところオレはほとんど事態を知らない。
未来にあたる一度目の人生で得た知識を除けば、本当に何も知らない。これはウソではない。
ユールテルがどこで古来種に関する知識を得たのか。なぜ、彼は隠れて利用しようとしてたのか。目的がなんだったのか。古来種とはなんなのか。
それらすべてを知らない。
「では、素行不良の原因を調べているうちに、古来種の研究をしている廃屋を見つけたということですか?」
「そうだな。それまでヤツが、そんな事をしてるなんて思ってもみなかった」
オレはステファンが「犯人になる」と思っていたからな。未来の情報のせいで。
いったい、どこで変わったのか。
ユールテルは今、エッジファセットの王都屋敷で謹慎中だ。
事故調査会のヤツラの話によると、アイツは学園の書庫で古来種の魔胞体陣再現法と、制御用の超々立方体の魔胞体陣を得たらしい。
推測だが、オレが再投影魔法を与えたせいで向学心が刺激され、司書の手伝いをしてて、ステファンより早く発見してしまったようだ。
「別に罪悪感があるわけじゃねぇーけどな」
「なんのお話ですか?」
「いや、結果的にアイツの邪魔したわけだからな。古来種の力を制御できなくて、死んでしまっても、ユールテルはそれはそれで、よかったんじゃなかったかぁっと」
「なるほど。ですが、それではエッジファセット公が悲しまれるでしょう。感謝されてましたよ」
「誰が?」
「エッジファセット公です」
「誰に感謝してるって?」
「貴方です」
「マジか……」
そうか。
考えて見たら、ユールテルの命の恩人か、オレ。
ん、待てよ?
1人目と2人目のアザナに助けられたとはいえ、対外的には「今のアザナ」がオレの恩人ってことになるのか?
オレはジッと自分の腹を見る。
古来種の力を得て、オレは膨大な魔力を供給され続けた。それらを受け入れる器官と、制御装置がオレの体内に出来たわけだが、その結果が「手足の分離」である。
肘とヒザ付近が、高次元物質と置換された。あの時、視認できたのはその部分だけだったのだが、実は腹部分も置き換えられていた。
今はもちろん元に戻って、すっかり普通の肉体だ。
あの時、オレには肘、膝部分だけでなく、腹部も高次元物質に入れ替わっていた。そこをアザナが撃ち抜いて、制御装置を機能不全にさせたわけだ。
制御装置を失った結果、オレは魔力に溺れて死にかけていた。そのとき、アザナはオレの枕元で祈っていたわけではない。オレに繋がる古来種魔力庫からの経路。それを、王都の各古来種の残した遺跡へ繋ぎ直していた。
例えるなら、池で溺れたオレを助けるために、流れ込む水を他の貯水池や川に誘導する水路を作って、そのあと池の水を抜いた。というわけだ。
実際には、1人目と2人目のアザナが手伝ったようなのだが、それを知っているのはおそらくオレだけ。
アザナも知らないだろう。たぶん、先代アザナを認識すらしていない。
おざなりな事故調査が続くが、オレが疲れを見せた頃、調査員たちは体調を気遣ってまた後日を約して退出していってくれた。
「喉が渇いただけで、別に疲れてるわけじゃぁないんだが」
帰ってくれるなら、それは嬉しい。引き止める必要はない。
オレは1人になると、肘から先を消した。
消えた腕はどこかと言うと、ちょっと離れたテーブルの上だ。手首から先だけ現れ、水差しを掴んで水を差し、コップをオレの元へと運んでくる。
経路接続と制御システムは失ったが、身体を部分的に高次元に移す能力を得てしまった。
両手両足などは無理だが、今のところ片手だけこうして制御できる。
ちなみにコップなどを掴んで、そのまま自分の手に戻そうとすると、掴んだ物だけそこに置き去りにされる。便利に一瞬で引き寄せたりはできない。
宙を飛ぶ右手が持ったコップを左手で受け取る。それから右手を、元の位置に戻した。
なかなか便利だ。
しかし――。
「魔法で同じようなこと出来るけどな!」
念動の魔法でな!
まあ何かの役に立つかもしれない。練習だけはしておこう。
オレは一息ついてから、ティエを呼んだ。
「ティエ。出かけるから準備してくれ」
来室したティエにそう告げると、彼女は驚いたように顔を上げた。
「お友達をお待ちにならないのですか?」
「ん? ああ、諦めた」
「……ザルガラ様ぁ」
憐れんだ目で見るな。
人はみなオギャアオギャアと泣きながら、1人で生まれてくるんだ。
* * *
屋敷から出ようとしたら、門前にどういうわけか知らない人たちがいた。
玄関を一歩出たが、すぐにオレは足を戻してドアを閉めさせた。
「なにあれ?」
「最近、ここは観光地化しております。ザルガラ様のご活躍が、街で大変評判になっております」
「ああ、オレが身を挺してエッジファセット公のガキを助けたって話な。絶対、誰かが話を改変してんだろ?」
良かった。
オレに見舞いが来ないのは、あの騒動のせいだ。そうに違いない。アイツらのせいで、イシャンとかは来れないのだろう。全裸であの中を突破できん。
アザナはもう一人の話題の人物だ。あの近くにいったら、矛先が向けられる。
ペランドーは仕方ない。エンディ屋敷街には、簡単に入れないしな。
そうかー、しょうがないなー、アイツらのせいなんだー、めいわくだなー。
「お気に召しませんか?」
「お、おう。しかしなんだ? いくらエンディ屋敷街とはいえ、ここの辺りに出入りできるヤツらは限られてるだろ?」
エンディ屋敷街は格下とはいえ貴族街だ。貴族に連なる者、その使用人。あとは、出入りの信用置ける商人に、理由のある役人や、許可証のある者しかこの区画を自由に歩けない。
「実際、このあたりのエンディ屋敷に住まう貴族徒弟や使用人の方々です。もっとも、数人は外から仕事で入ったものが紛れているようですが」
「……さすがに面倒だな」
あの中を通るわけにもいかない。さりとて裏口だって数人いるだろう。
オレは違法だが、姿消しの魔法を使い、空から街へ出る事にした。
ティエとマーレイに留守を任せ、オレは3日ぶりに王都へ繰り出した。
息抜きとペランドーの様子見だ。あの野郎、市場に出るティエとどうにか接触すれば、見舞いに来れるだろうに。
ちょっと文句の一つでも言いに行くか。
「お、これはザルガラ様。すみませんねぇ、家のペランドーはカルフリガウのお嬢様と、郊外の牧場に出かけておりまして、留守をしております」
ペランドーの鍛冶店舗に行くと、店番をしていた彼のオヤジがそんな事を言って出迎えた。
「……ほ?」
つまりなにか?
オレが病気――仮病だが――で、寝込んでいる間に、ペランドーはガールフレンドとお泊りに行ってるわけ? あー、なんだ。そうか。
いや、まあうん、あのソフィってヤツに無理矢理連れていかれたに違いない。そうに違いない。そうに決まってる。
「ほぅ……」
「ザルガラ様、そんなに残念に思われるとは……。申し訳ない」
「べ、別に残念に思ってねぇよ!」
捨て台詞を残し、オレは鍛冶屋兼店舗を後にした。
「チクショウ。イシャンのところにいくか? いや、行く理由ねぇし。むしろアイツが来い。この際、全裸でもいいから見舞いにこいや!」
文句を言いながら、鉄音通りを歩いていると――。
『あ、あんた! あんた、古来種だろ!』
どこからともなく、妙な声が聞こえてきた。
頭の中で不快に響く。やけにはっきりとした音声だ。
古来種の遺跡を利用した、王都にある念話施設ではこういう音声にはならない。距離に関わらず、もっと遠くで聞こえるような……、もっとぼんやりした音のはずだ。
『ここだよ! ここ!』
声の位置は不明瞭だが、魔力の経路を辿る事はできた。
近くの鍛冶屋から聞こえるようだ。
その鍛冶屋は、ペランドーのところよりちょっと小さい作業場だった。店舗は無く、ひたすら武器を作っている専業鍛冶屋だ。
オレがふらりと入っても咎める者もいない。
作業しているおっさんが、オレをちらりと見たが、すぐに不機嫌そうに鍛冶作業へと戻る。
オレは勝手に魔力の経路を探る。
魔力の経路を手繰り寄せて、ちょっと引っ張ってみると、修理品待ちの剣が突っ込まれた樽に反応があった。
「そこか?」
『そうそう! ここだよ! ここ!』
オレは呼ばれるまま、樽に近づいて迷わず一本の剣を引き抜いた。
それは不思議な剣だった。
真っ赤な刀身と歪んだ刃と波紋。とても実用品とは思えない。
フランベルジュと呼ばれる形態を、ひどく不恰好にした剣だ。
その剣が、オレに向かって話しかけてきた。
『アタイはイフリータのタルピー! 古来種に魂を封印されちまった、可哀想な女の子なんだよ!』
「なんだと!」
古来種による魂の封印。
オレはその言葉に聞き覚えがあった。
1人目と2人目のアザナと、同じ目にあった存在。
オレは今日、それを見つけた。
古来種との接点として必要なので、イフリータという存在を出しました。
変態ではないです。
イフリータを種族名として、タルピーって名前に変更。
樽の中に居たし、名前を数学からっての忘れてたし、エンタルピーから名前もらいました。エントロピーではないです。




