Keep the change.
偶然なのか、狙ってアザナが撃ち落としたのか、それとも何かの意志の介在なのか、オレはユールテルの前に墜落した。
痛みはない。
どさりと落下する。
「うわぁっ!」
オレの代わりに、ユールテルが悲鳴を上げた。
ユールテルはオレの作った魔胞体陣から解放されている。魔胞体陣が解けたのか。まあ、オレが死にかけてるから当然か。
「いょぅ……ユールテル」
「ひいっ!」
オレが声をかけると、やたらユールテルが驚いて見せた。そりゃそうか。胴体に穴が空いてるもんな、オレ。どう見ても死んでる。
そんなのがしゃべったら、びっくりするわな。
「死んだと思ったか? いやぁ……まあ、もう死にそうだけど……」
「あ、あああ……」
「返して欲しいか? この力? 怪物でも制御しきれず、それでいながら天才には及ばない程度の、そんな力が?」
ユールテルは左右に首を振ってるのか、震えてるのか分からない動きを見せる。
困ったな。なんて声をかけたらいいかわからない。
オレはなんだかんだ言って、ユールテルを助けたわけだが……。なんで助けたんだろうな。
やっぱ中身は21歳だからかな?
子供を見たら助けたくなる。
そうだ、中身は21歳だからな。こういうガキに説教するのもいいだろう。オレは説教ばかりされるほうだったから、説教するのも経験してみたい。
どんな説教をしてやろうか。
そんな事を考えていると、やっと緊張が取れたのか、ユールテルが首を左右にふった。
「そうか。夢から覚めたか、ざまみろ」
説教するつもりが、なんか煽り文句になっちまった。いい言葉が見つからなかった。
口は上手いつもりだったんだが、慣れないことはできないな。
「……ごめん、なさい」
ユールテルが泣きながら謝ってきたが、なんか腹が立つ。なぜか腹が立つ。
言い訳でもしてくれた方が、文句言えるんだが。
素直に謝るとか卑怯だろ。文句言えねぇじゃねぇか。
「謝ってすむかよ。せっかく、今までで一番いい夢見てたのに、オマエのせいで目が覚めちまった」
なぜか文句が出た。
オレ、文句言うの好きなんだな。ツッコミみたいなもんか。……違うか?
「オレは、全力だったんだぜ。オレみたいな怪物が、人間止めて本当の怪物になっても、あのアザナには敵わない。そんな程度のインチキを、オマエは自分のモノだといって欲しがっていたわけだ。わかったか?」
「ご、ごめんなさい! ごめ、ごめんなさい」
「よくわかったようだな。……いいことだ。もうテストでカンニングしたりすんなよ」
「してない……。しない……。しないから、ごめんなさい! だから……死なないで……」
イラッとする。だからオマエのせいで、オマエの代わりに死ぬんだよ、オレ。
今度は文句を言おうとするが、オレの口から出た言葉は慰めだった。
「安心しろ。この2度目の人生は、おつりみたいなモンだ。おつりが支払った分より多かったら変だろ。そろそろおつりの分は、終わりってことだ」
そうだ。オレがユールテルの身代わりになれたのは、2度目をおつりの人生と、心のどこかで思っていたからだ。
死んだはずのオレが、なぜか2度目の人生を貰えたから、どこか達観してたと……いうか満足感があったのだろう。そりゃ、もっといい夢を見ていたかったが、そのいい夢がずっと続くとは限らない。
どっかで悪夢になるかもしれない。
そうなる前に、目覚めた方がいいだろう?
なあ、アザナ。
「そうだよな?」
オレという行き場を失った魔力が、空のあちこちで弾けて輝いている。そんな光を背に、アザナが舞い降りてくる。
つか、倒れるオレの頭上……枕元に降りるのやめてくれね?
それ怖いから。
オレの頭側に降り立ったアザナは、跪き両手を握り合わせる。そして祈りをささげるよう、目を閉じて小さく聞きなれない言葉を呟き始めてる。
「おい、まだ死んでねーよ。お祈りは死んでからにしてくれねぇかなぁ」
オレの軽口を無視して、アザナは祈りを続ける。もしかしたら、魔法で治療でもしてくれるのかと思ったが、どうやらそんな雰囲気ではない。
期待して損した。つーか、期待したオレが情けねぇ。
しかし、アザナのヤツはガチでお祈りかよ。勘弁してくれよ。
泣いてるバカと、お祈りしてる不思議くんに見守られて死ぬのかよ、オレ。
「でも、よかったぜ。ほんとよかった」
祈りをささげるアザナ。オレはその顔に礼を言う。ユールテルに懲りてもらうためには、オマエがいなけりゃ始まらなかった。
「アザナ。オマエがオレより強くて、本当に良かった……」
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オレがアザナより弱くて、本当に良かった――。




