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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第1章 天才と怪物
4/373

ブレイクポイント

「いやぁ、えらい目にあったぜ」


 アザナに喧嘩を吹っ掛けた翌日――。

 学園長室から教室に戻る廊下を、肩を落としてへろへろと歩く。


 被害の弁済で不問にはなったが、教頭の面々からの小言は山盛り頂いた。

 小指で耳を掘れば、頭の中で反響しつづける小言が掻きだせそうだ。


 オレが不問になった理由は、アザナの対応にあるらしい。

 アザナは緊急回避的にオレを叩きのめしたが、天井板の古式魔法陣を利用したため、予想以上の被害を学園にもたらした。


 飾りのような天井板の魔胞体陣。

 それは4次元の魔胞体陣を2次元に――便宜上、平面に略し描かれた劣化魔法陣だが、あれは応用されて学園の管理維持や警備等にも利用されている。

 アザナはそれら魔法陣の本来の仕様を書き換え、無理やり攻撃に使用した。

 それはそれで凄いことなのだが、それはそれで学園に与える被害も凄いことなのである。

 あの教室は、天井板全てを貼りかえることになったらしい。

 入学直後、いきなり新入生の教室は閉鎖である。


 被害額への弁済を考えると、ちょっと頭が痛い。

 アザナと弁済が折半ということになったのも、「仕掛けたポリヘドラが全面的に悪いが、術式書き換えはやり過ぎ以前に違法であり、異常であり、異例であり、危険!」ということからだ。


 オレの行為はデカい喧嘩だが、アザナの術式書き換えは学園を揺るがす問題である。

 要するに悪いのはワルガキのオレだが、世間的にヤバいのはアザナという状況だ。


 それはそれとして、あの天才が金銭面で被害を受けたのは、なかなか痛快である。


 さらにアザナの責任が小さくなった理由として、ユスティティア・エン・エッジファセット公爵姫の口添えもあったからだと聞かされた。


 ユスティティアは、王国でも最大貴族であるエッジファセット公爵の長女で、魔法の才能もあり、美貌と知性とカリスマを備えた人物で、オレのいた未来ではアザナの嫁さんになっていた。

 この頃から親しかったのは意外だ。

 いや、オレのいた未来でも、こうやって恩を売って近づいたのかな?

 オレが時計の針を進めただけかもしれない。

 アザナはさっそく捕まったというわけか。ご愁傷さまだぜ。


 公爵姫の口添えで、アザナの責任が小さくなった以上、相対的にオレの責任も小さくなった。

 結果、弁済と小言で済んだ。


 アザナを追及しすぎると、最悪なら公爵というスポンサーが消える可能性があるから、学園も矛を収めたのだろう。

 この頃のアザナは、貧乏子爵の長男でバカみたいにすごい魔法使いのガキという社会的地位にすぎず、勇者や英雄扱いはされていない。

 未来でなら下にもおけない扱いだが、今は貴族の子供に毛が生えた程度の社会的地位だ。

 

「喧嘩売るなら今のうちだな」

 オレは計画を練る。


 真正面から挑むのはいつでもできるが、それでもヤツが実績を重ね始めると難しくなる。

 実績にオレが気おくれするとかそういうのではなく、社会的地位が高くなるとヤツ自身が忙しくなるのだ。

 あっちで魔物討伐だの、賊退治だの、こっちで外交の飾りだの威圧だの、そっちで式典だのパーティーなどと……。


 そうなると、手を出しにくいわ、会いに行きにくいわと大変だ。


「公式での術比べは以前通りとして、今は喧嘩をふっかけてやろう」


 懲りないオレは、学園が黙認する程度の範囲でアザナと遊ぶ……いや、喧嘩する方法を考える。

 そんな事を考えながら教室に戻ると、クラスメイトたちが息を飲んで言葉を失った。オレの姿に驚いている。

 だが、若干ながら恐怖の目が薄まっていた。

 

 ――ざまぁみろ。

 いい気味だ。

 なぁんだそんなもんだったのか、こいつ。


 という目も少しだけ感じられた。

 大変に、いい傾向である。

 もちろん、「いきなり下級生の教室で暴れたのかよ、やっぱこえぇ」って目も多いが、それは怪物と恐れられるのと同じことなので、いずれ腫物扱い程度に感じてくれるようになるだろう。


 自分の席に戻ると、小さな悲鳴が聞こえた。


 隣の……ええっと、ヨー……ヨーなんとか・カタランだ。面倒だから、ヨーヨーと呼ぶことにしよう。

 ヨーヨーはオレに恐れおののいているのだろう。

 椅子からデカいケツが半分落ちそうなくらい、オレから距離を取ろうと身を引いている。


 しかし、このヨーヨー。11歳くらいとは思えない身体をしてる。

 身長だけ見たら今のオレと同じだが、身体は大人のそれである。


 なんだろう。いろいろと犯罪的な身体である。

 しかし、どうもはっきりとした記憶にない。

 名前は辛うじて憶えている……いや、ちゃんと憶えていないが、彼女が近くにいた記憶もあまりない――、すると途中で退学でもしたのか?


 女子生徒は家庭の都合――、主に婚約や結婚などで学園を去ることが多い。

 ヨーヨーもそうして、この学園からいなくなったのだろう。

 基本的にこの学園は、ひどく成績でも下がらない限りクラスメイトも席順も変わらない。

 彼女がいなくなったから、オレの隣りはずっと空席だった。

 そのうち、いなくなるだろう。

 そんな彼女一人を特に気にする必要もない。


 やがて授業が始まるが、こんなのはオレにとっておさらいみたいなものである。当然だ。オレが10年前に習った事なのだから。


 少数ながらいるアザナやオレのようなヤツラは、この学園で学ぶことは少ない。入学前から、だいたい感覚的に出来ているからだ。

 大部分の生徒は、授業を真剣に受ける必要がある。


 2次元や3次元の平面陣と立方体陣はともかく、魔胞体陣を使う古式魔法は扱いに危険が伴うためだ。


 この学園にくる者たちは、平面陣ならば問題なく使える才能ある者たちだ。

 そんなヤツラでも、古式である魔胞体陣は難しい。

 

 しかしながらこんな授業でも、当時のオレには役立つことがある。主に応用面だ。


 例えばオレみたいなヤツは、一足飛びに爆発の魔法などを使えてしまう。なので、爆発に適した環境を作る魔法や、遅延魔法で引火させる魔法などは会得していない場合が多い。

 この学園では、改めてそういう細かい魔法や、応用に適した小技の魔法を習える。

 

 午前は教頭会の小言を食らったせいで、1コマしか授業は受けられなかった。

 まあ、10年前に終えてることなので、オレには何の問題もないが。

 いまだ隣りでヨーヨーがノートを取っている。あまり要領が良くないらしい。

 もしかしたら、彼女の記憶が途中からないのは、授業や講義についていけなくなったからかもしれない。


 とりあえず、オレは昼食を取りに食堂へ向かった。

 この学園の食堂は、弁当持ち込みも許されているし、手の込んだ特製ランチを(昼休み全部潰す覚悟があれば)注文して食べることも出来る。

 適当に量のある食事で腹を満たし、自主訓練をするため練兵場へと向かった。

 

 練兵場とはなっているが、実質ただの広場だ。運動不足解消のため、たまーに生徒が運動させられる施設で、あまり利用されないし裏手にあるためか、人目が少なく訓練に適している。

 10年のアドバンテージが全く通用しなかったことを考えるに、地道に訓練を重ねて手段を増やすのも一種の手だ。

 

 校舎の裏口から出て並木を潜り、垣根の間を抜けて練兵場に足を踏み入れた。

 

「驚いたな。先客がいたか」


 新入生らしき男子生徒が一人、手書きで略式の魔胞体陣を書いている。4次元である超立方体陣を、平面に略して描くアレだ。


 魔力を投射して、直接空間へ描く技術は持ち合わせてないらしい。

 手描きなどオレやアザナと比べれば拙いが、新入生とすれば、彼は魔法使いとして一般的なレベルといえる。

 見れば、片手に魔法書を持っている。書き写しているということは、一般的とはいえ中の下といったところか。


 中の中くらいの成績なら、3角形や5角形などの平面の魔法陣を空中に投影できる。中の上なら、4面体や6面体などの立方陣を投影できるんだが――。ちなみに、立方体である4面体陣は、平面である3角形陣の4倍ほどの力を持つ。

 想像して貰えばわかるが、4面体を展開すれば、3角形が4つある。4面体は、4つも3角形状の魔法陣を書き込めるってわけだ。


 そしてコイツはまだまだ実力不足。なにしろ、平面を手書きがやっと……だからな。

 それでもこうして自主訓練をしているところには好感が持てる。


「よう。頑張ってるねぇ」


 ザルガラという怪物は昨日死んだ。

 多少はビビられるだろうが、声をかけたら逃げられるってほどでもないだろう。

 たぶん……。

 

 案の定、新入生は背後に声をかけられたことには驚いたようだが、振り返ってオレを見てもそれ以上の驚きはみせない。

 新入生だから、オレを知らないだけかもしれないが。


「あ、すみません。勝手にこんなことしてしまって」


「いいって、いいって。オレも似たようなことするつもりだったし」


「そうなんですか?」


「上級生もたまに、ここで練習してるらしいしな。伝統だよ、伝統」


 この学園の広場で、土の上に手書きで魔法陣を書ける場所はここしかない。後は芝生か、狭い校舎の間とかになってしまう。

 実技試験前、何人かがここで練習するのは風物詩である。

 だが彼やオレのように、試験後に自主練習というのは珍しい。追試がある者なら、教師付きになるのでちゃんとした施設を使う。


 見たところ冴えない糸目の新入生だが、成長に貪欲な者なのだろう。


「……ん? それ、間違ってるぞ?」


 下級生が描く完成間近の魔法陣を一瞥し、オレはありふれた間違いを見つけた。

 余計なお世話かと思ったが、魔力を投射し、シュレーフリと呼ばれる部分にある数値をいくつか書き換えて見せた。

 しばらく下級生は固まっていたが、オレの視線に気が付いて慌てて頭を下げてきた。


「え、あ、あの! ありがとうございます」


「いや、勝手に書き換えて悪かったな。書き直すのも練習だし」


「で、でも自分じゃ気が付いたかどうかも……」


「たしかに、今の間違いじゃ問題も起きず発動しないだけだから、原因を探すのは難しいだろうな」  


 チラリと彼の持つ魔法書を見たが、どうやら計算式だけで図は記載されていない類の技術書だ。

 魔法陣が図として描かれるといると、丸写ししてしまい内容を理解しにくい。

 だからと言って、計算式から図を描くのではミスが多く、また後から間違いを追いかけるのが難しい。


「よし、じゃあこれやるわ」


 オレは持っていた適当な紙に、小さな魔法陣を描いて下級生に手渡した。


「これは……?」


「この魔法陣を持って魔胞体陣を書き始めると、書いた順番を記憶してくれるもんだ。それからこの魔法陣を発動させると、この紙の裏に記憶してくれた通りにその魔胞体陣が書かれていくって寸法だ。手順間違いなら、後でこれを見ればわかるし、計算を間違った時を見つけるのも簡単だろう?」


「っ! す、すごい! こんなの貰っていいんですか?」


 これは以前のオレが、数年かかって編み出した独式魔法陣だ。

 今の時代には存在しないものである。

 ちなみに、アザナはこれを一目見ただけで理解し、さらに発展させて新式へと落とし込んで広めた。


「いいよ。練習用にしかならねーもんだし。ソレを使って後で描いた魔胞体陣は、古式魔法陣として使えないから」


 アザナが作った新式は、オレの書いた魔法陣が要らない上に、再現された古式魔法陣は利用可能というとんでもないものだ。

 そんな物と比べたら、実に大したものではない。


「ありがとうございます! 先輩!」


「お、おう……」


 せ、先輩か……。そういえば前の人生は、下級生から慕われることはなかった。下級生はほとんどアザナの味方だったしな。アザナの上級生たちは、嫉妬から敵対することが多かったので、オレに擦り寄る事も多かった。

 新鮮だ。

 先輩と呼ばれるのも悪くないな。


「大切にしますね! 先輩!」


「か、勘違いするなよ! 別にオマエのためにくれたんじゃない。練習場所を分けてもらう対価みたいなモンだからな!」


 なんか言ってはいけないことを言ったような気がする。


「わかりました。お邪魔しないように、自分は端に寄りますね」


「お、おう。分かればいいんだよ」


 オレは譲られた練兵場の中心に陣取り、新入生は隅の日陰へと移動していった。


「あ、先輩。自分は、ユールテル・エン・エッジファセットって言います。これからの学園生活で、御迷惑をおかけするかと思いますが、ご容赦ねがいます!」


「……えっ? ふぉあっ!?」


 変な声出た。


 オレは冴えない下級生を指さして、確認を取った。

 

「エ、エッジファセット公の長男……」


「父は父です。自分は未熟な新入生として分をわきまえています!」


 そういえば、ユスティティアには双子の弟がいたはずだ。

 だが、こんな冴えないヤツだっただろうか? 冴えないヤツだったから、記憶になかったりしたのだろうか?


「先輩! どうかされましたか! 日に当てられてご気分が悪いのですか?」


 ユスティティアの弟、ユールがやたらとオレを心配してくれる。

 オレは――。

 もしかしたら、歴史をたった今変えてしまったかもしれない。




20160615 魔法の表現を訂正


20160616 追記

魔法の設定はだんだんと説明していくスタイルにしています。

最小が3角 △ 1つ。この中に魔法陣が描きこまれます。最小単位が3角の一枚だと、憶えていただければ分かりやすいと思います。

3角形より、4角形はちょっと強い。4角形より5角形はもうちょっと強い。5角形は~と続く。

立体になると正4面体は3角形の4倍のパワー。正6面体は、4角形の6倍のパワーなどなど。

ざっくりとこんな感じです。


これに4次元の図形とか、面をカットして面を増やす方法など、新式など独式などだんだん設定が加わっていきます。



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[一言] 『「これは……?」 「この魔法陣を持って魔胞体陣を書き始めると、書いた順番を記憶してくれるもんだ。それからこの魔法陣を発動させると、この紙の裏に記憶してくれた通りにその魔胞体陣 ※改行削除 …
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