夢の終わり
ほぼ無人となった、エンディアンネス魔法学園の西校舎。
その中を探索魔法を併用し、ユールテルの姿を捜すアザナの姿があった。
昼食時の避難ということもあり、練兵場への移動を渋った生徒もいたようだが、ことごとく教師の怒声で追い立てられていなくなっていた。
「……ほとんどの魔法陣が書き換えられてる」
校内を走り捜索しながら、一目見ただけでアザナは学園施設の魔法陣を解析した。どうやら、なんらかの魔力制御の補助システムらしい。
アザナやザルガラでさえ、社会的な事情から一部を書き換えるのがせいぜいなので、騒動の犯人は形振り構っていないと思われる。もしかしたら、学園の被害など気にかけていないのかもしれない。
そしてアザナはこの騒動の犯人に心当たりがあった。
放棄遺跡の廃屋で見た、ユールテルの気配。それが魔法陣の書き換えに残っていた。
アザナは教室をわざわざ覗かない。魔胞体陣を教室内に入れ、アザナは廊下を通過。内部を捜索し、もう一つのドアから出てきた魔胞体陣と合流して、次の教室へといく。これで立ち止まらず、ユールテルを捜すことができる。
そして異変は、アザナが2階を捜索し始めたときに起きた。
突如、校舎の外で轟音が鳴り響き、魔力を持った光の柱が天に向かって伸びた。
アザナは窓か身を乗り出して、光の柱が立つ場所を確認した。
「第一実習棟か!」
魔法学園には校舎の他に、迎賓館や学生寮などいくつかの建物がある。その一つ、第一実習棟は独立した建物の中で、学生寮に続いて2番目に大きい。
透明な魔力で囲まれたドーム状の施設で、競技場や決闘場として利用できる。観客席もあり、模擬戦やトーナメントも行われる場所だ。
第一実習棟は練兵場の近くにある。
突如立ち上がった魔力の光を見て、避難していた生徒たちは騒然とし、教師たちが必死に収めようとしていた。
アザナは西校舎2階から飛び降り、実習棟へと魔法で飛んだ。
実習棟の屋根中央は、元から穴が空いている。そこから侵入できそうだったので、アザナは魔力の柱を避けつつ降下した。
光の柱の底。
そこには少年がいた。
魔力の柱に煽られながら、奔流を楽しむかのような――ユールテル・エン・エッジファセット。
「ユールテル!」
アザナは婚約者の弟……友人の名を叫んだ。
やっと乱入者に気が付いたのか、ユールテルがゆっくりと振り返る。
「やっぱり……。この学園の魔法陣を書き替えたのは君だったんだね」
「……」
超々立方体の魔胞体陣を操作するユールテルは、無言で肯定した。
「何をする……つもりなの?」
アザナは「何をしてるか?」と質問しつつ、同時に魔胞体陣を解析し、何をしてるかを探った。物が物だけに、いくらアザナでも解析に時間がかかる。
「僕はエッジファセット家に相応しい魔法使いになるんだ」
「古来種の力を使って?」
「うん、そうだ。でも正確にいうなら、古来種の残した遺跡を使って……かな」
アザナはユールテルのヒントを聞いて、一気に超々立方体陣の解析を終えた。
「王都の地下に、古来種の魔力庫があるんだね!?」
解析した結果、ユールテルの投影している超々立方体陣内部の術式は、遥か地下にある古来種施設の開錠キーと制御システムだった。
「そうだ。せっかく描いた超々立方体陣……、【古来種の目】が盗まれてしまったから。しかたなく、学園の施設を借りることにしたんだ」
形振り構わない書き換え。
それは実力不足のユールテルが、古来種の力の一部をつかった強引な行為だった。
「僕はこの手で、エッジファセット家に相応しい人物になるんだ!」
ユールテルの目の焦点は、どこにも合っていない。あえて言うならば、その目は自分が思い描く自分の理想像を見ていた。
「そんなことをしたら大変だよ! それだけの魔力、制御できるわけがない!」
「大丈夫、うまくいくさ!」
楽観的なユールテルに、アザナは歯がゆい思いをした。危険性を、どう説明したらいいかわからない。
「それに学園どころか、王国全体が大騒ぎになる」
学園の魔法陣を大部分書き替えただけでも大事だが、古来種の力を手に入れれば、国中が……いや、大陸全土が上を下への大騒ぎとなる。
「古来種の力を手にいれれば、学園の施設をちょっと壊したくらい不問になるよ。アザナだって、転移門の件でそういう手打ちになったろ?」
アザナは言い返せなかった。まさしくその通りだ。
世間的には転移門は、古来種の遺跡の再起動となっている。だが、アザナをはじめ、近しい人々はみな、アザナが1人で作り上げたと知っている。
ユールテルはそれを突いてきた。
彼の言う通りだ。
散逸した古来種の力を、その手に取り戻したとなれば、紆余曲折しながらも政治的決着を迎える可能性がある。
学園施設の違法な使用も、不問とまではいかないまでも、功績に隠れるだろう。
力を恐れられ排斥されるとしても、古来種は世界中で信仰の対象になるほどだ。その力をもつ存在を、容易に排斥できるとは思えない。
いや普通ならば、利用するだろう。古来種の力とは、それほどまでに魅力的なのだ。
それに魅入られた者。ユールテル・エン・エッジファセット。
婚約者の弟。個人的にも親しい友人の変貌に、アザナは困惑を隠せない。エッジファセット家の立場や、ユスティティアの心配などを言葉にして、説得しようと考えるが時間が足りない。
もっとも家族だの個人の未来だのと、そういった特売品みたいにありふれた説得が、いまさら通じるとはアザナには思えない。
歯ぎしりをして、アザナは確認のため尋ねる。
「どうしても、やめないのか?」
「どうするの? 僕を止めるの?」
ユールテルはやってみろ、という目線を向けた。
アザナは止める手立てが思い付かない。
いや、手立てはある。だが、どれも選びたくない。
1つ目は学園の破壊。書き替えられた学園施設の魔法陣は、地下の遺跡から魔力を集積するための補助システムとなっている。それらが全て壊れれれば、この現象は停止する。
2つ目はユールテルを殺害。論外である。
3つ目は……。
古来種の魔法陣を書き替えて、魔力集積を乗っ取る事。
この魔力すべてを、ユールテルに代わり、アザナが受け止めるという手段だ。
アザナにとって【この世界】の人が描く魔法陣は、【平文】で出来たお手本のような魔法陣である。アザナでなくても、充分な知識があれば、誰でも読めるし、誰でも書けるし、誰でも書き換えられる。
通常は書き換えを防止するため、魔法陣に注ぎ込む魔力で介入を阻んでいる。だが、投影魔法陣を描ける者が、それさえ突破できれば他人の魔法陣を書き換え、乗っ取ることができる。
城塞に例えると、壁こそ高く警備の兵が睨みを効かせているが、中に入ると屋内は整然としていて、武器防具と財宝が並べられているような状態だ。
もっとも、その壁を簡単に越えられるような人物は、アザナとザルガラ以外にはそうそういない。仮にできても時間がかかるか、数人がかりだろう。
ユールテルは乗っ取りの可能性を想定してないようだが、それが出来るとしてもアザナは選べない。
古来種が利用していた力の源流。それを人間が扱えないと、アザナは知っている。
自殺行為と理解しているからだ。
躊躇していた時間は、わずか数秒だっただろう。たったそれだけで、手遅れとなった。
「アザナ! 僕は君を超えて見せる!」
「やめるんだっ! ユールテル!」
口先だけ。
アザナは止めろと、口先でしか言えなかった。
凶行の犯人であるユールテル。その友人である天才アザナは、彼を止められなかった。
魔力の奔流がユールテル1人に集積する中、アザナは何も選ぶことができなかった。
そんな中、決断した者がいた。
膨大な魔力の柱がねじ曲がり、光に包まれていたユールテルの身体が外気に晒された。
「魔力が……僕を避けた?」
ユールテルが実習棟中央で、何事もなく立ち尽くしている。
アザナは、彼の向こうに集まる魔力を見た。
誰かに魔力が集積している。
ユールテルが描いていた魔胞体陣は、全くの別人に向かって、全ての魔力が流れるように書き替えられていた。
もちろん、アザナはそんなことをしていない。
眩しい光の中に目を凝らすと――。
「ザルガラ先輩……」
魔力の集積する中心。
第一実習棟の入り口に、1人の少年が立っていた。
怪物ザルガラ・ポリヘドラ。
彼に古来種だけが扱える、膨大な魔力が集積されていく。
ユールテルは状況を理解できず、ぽかんと口を開けてそんな怪物を見ていた。一方、アザナは事態を理解しながらも、ザルガラを助ける術を見いだせずにいた。
ザルガラとて、自分のやったことが分からないわけではないだろう。
「あ~あ……。やっちまった」
自殺行為と等しい決断を実行したわりに、彼の口振りは軽い。まるで、高いワインを落として割ってしまった……、そんな言い方だ。
「これで名実ともに怪物かぁ」
集積される魔力を見上げるザルガラは――
いい夢から覚めてしまった。
そう言いたげな自嘲を浮かべていた。




