最終兵器「エンプティーハンド」
古来種の体制を受け継ぎ、国家が乱立する大陸の天文学者や暦博士の官人たちだけでなく、古来種すら、誰もが予測していなかった日蝕。
それが天体ショーとして、コンサート会場の頭上で進行していた。
古来種たちは、うろたえて日蝕の映像に浮き足立つ。
「今日が。日蝕!?」
「そんなはずはない」
「周期が。狂ったのか?」
そんな古来種3人を見て、ザルガラは肩をすくめてみせた。
「おいおい、古来種様ともあろうものが、天体の周期が狂うって発想が出てくるとはねぇ」
ザルガラの余裕ぶった態度に、古来種は腹を立てることもできずにいる。それほど古来種たちは、狼狽していた。
日蝕について論議し、ザルガラは注目されていない。
「一万年前、古来種の様方々がお作りなさった暦の算出方を頼りすれば、今日は確かに日蝕じゃない。古来種たちは、この皆既日蝕を予測されていない。魔力プール内で利用している暦の書き換えが必要だな」
古来種たちは落ち着きを取り戻し始め、ザルガラの言葉にも耳を傾ける。
「やったのか? 暦のアップデートを?」
「オレがやっておいた。同時に全ての権限がオレに移行した」
暦は魔力プールを動かす上で、基軸となる。それを書き換えることは難しい。
算出された暦が正確であることを、実際に示す必要がある。
今日、たったいま、それがなされた。
魔力プールは今までの暦が間違っていて、ザルガラによって提案されていた暦が正しいと認識し、受け入れる。
同時に、鍵を手に入れていたザルガラは、魔力プールの上位権限者と認められた。
大陸の中心である、王都の魔力プールの使用権限。
これを掌握したとザルガラは宣言する。
古来種は信じ切れず、質問を重ねる。
「今日が日蝕。それはまだいい。理解した」
「だが。なぜ。天候まで?」
「……そ」
「ボクもそれ不思議に思ったんですよね。ザルガラ先輩だけでなく、古来種のみなさんも記憶を保って繰り返してるはずなのに、日蝕を知らなかった」
質問に答えたのはアザナだった。
ザルガラは、答えようとして言葉を奪われた形である。
「逆だったんですね。計算上、日蝕であるはずなのに誰も知らない。ってことは誰も空を……太陽を見ることができなかった。だからセンパイは、だいたい当たりを付けて日蝕の日は悪天候だったと」
大陸全体が、悪天候だった。
現在、大陸全土がほぼ全て、天候が荒れている。荒天でなくても、分厚い雲に覆われている。
そうでないところは、南の足跡諸島か、雲の上の高山、山頂くらいだ。
「うん、そう」
セリフを奪われたザルガラは、まともな言葉を紡げない。
かつて古来種たちが、作り上げた魔力プール。
ただ魔力を集め続け、供給するだけではない。多くの知識もプールされている。
そこには、天体の運行も、当然収められている。
それが1万年の間に、ずれた。
古来種とて、愚かではない。
今、頭上で進行している天体ショーは、事実であり、魔力プール内にあった暦では算出できなかった現象であると理解している。
古来種たちはアザナを模した顔で、一様に意気消沈する。
ザルガラはその光景が痛快だが、同時に複雑な気分となった。
その複雑な気持ちを、言葉に表す。
「むしろオレは古来種様方を、信奉したくなったよ。1万年、1万年もだ。1万年も、ほぼ間違いのない天体の運行を計算で弾きだしてた。いやー、1万年あれば地上のオレたちが、気が付かなかっただけで違う天体ショーもあったかもしれんが……それでもほぼ合ってた」
「膨大な観測データ。それと。計算がいるはずだ」
古来種は半分、諦めかかっている様子だった。
しかし、慌てている様子もあった。
「そのへんはたまたま作った天文台とその観測結果、そしてなにより師匠のおかげでね」
彼の差配で、武官を求めるザルガラの元へ、いまいち使いにくい人材や特化型、面倒な新人。間者を兼ねた文官などが師匠から送り込まれた。
武官が集まらないので、とりあえず使えるからと文官を雇い、仕事がないなら天体観測。合間に計算だけを任せたり、データの整理へと回した。
「天文台をベクターフィールドに作ったのは気まぐれだった。天体観測も余った文官に、仕事を割り振るためだった。だから驚いたよ。古来種が作った暦や、天体の運行に誤差があった時は」
ザルガラは本気で古来種へ敬意を持っている。
だからこそ、彼は驚いた。
「まさか古来種が間違うなんて。いや、そもそも1万年でこの誤差かと。だが、その誤差が致命的だった」
致命的という表現に、古来種たちは反応する。
「もしや」
「なんどやり直しても。帰還が成せないのは?」
古来種は愚かではない。
気がついたようだ。
「やっぱりそうなんですか? あの時代への地球へのゲート接続とか、帰還するためのコース算出がうまくいかないのって、1万年前の天体運行をベースにしてるんですね?」
アザナはまるで協力者面をして尋ねる。
実際、同じ顔なので、ザルガラにはより協力者に見えた。
古来種たちは唸った。
わずかな誤差だが、データがあまりに古い。
天体観測も天文学も、古来種たちが立ち去ったあと、ほそぼそと続けられていたが大規模ではない。
なまじ古来種が目覚ましい成果を挙げているため、過去において地上では、ほとんどはそれらを追認するだけの学問へとなりかけていた。
なによりそのデータは、魔力プール内には反映されていない。
なにしろ地上にいる者たちは、魔力プールに直接アクセスすることすらできないのだ。
「もちろん、これだけじゃないぞ。古来種様方。なんなら時間を巻き戻してみるかい?」
「……なに?」
「……あっ」
「まずい……」
古来種たちはもうひとつの問題点に気が付く。
魔力プールをザルガラに奪われただけではない。
彼らは最終手段である時間の巻き戻しを封じられたのだ。
むろん、時間を巻き戻すことは可能だ。
だが、それをしてしまうと、一定期間の天体観測しかできない。そして、一定期間、観測したデータを手放すということである。
「どうする? 何百と同じ天体を観測して、その中で精度を高めるか? 巻き戻すたびに毎回、膨大なデータを丸暗記して、時間を巻き戻しすか?」
データの丸暗記は不可能ではない。だが、負担が大きい。
それを何度もやり直すなど、現実的な計画ではない。
「気に入らなきゃ、巻き戻せばいい。オレの記憶が保全されないかもしれないぞ。それはつまり、この膨大なデータを一回すてることなる。そして観測すべき未来も捨てるわけだ」
ザルガラはおおよそ、ループできる期間の限界を知っている。
イマリひょんが、短時間の巻き戻しをしたさい、記憶を若干保持していた人物がいた。
ザルガラと、テューキーである。
ハーフエルフの寿命は、およそ200年。
巻き戻しの限界は、おそらくそれくらいだろう。
仮に、もっと長かったとしても、いや長ければ長いほど、時間を巻き戻した古来種たちは、より多くの天体データを暗記しなくてはならない。
古来種たちは押し黙る。
アドバンテージがいくつも消えた。
魔力プールの所有権と最高利用権限。そして最終手段の巻き戻し。
困ったら巻き戻し、失敗したら巻き戻しなどのトライアンドエラーという手段が使えなくなった。
言葉を失う古来種たちに、ザルガラは追い打ちをかける。
「加えて、みなさんが、噂を流してくれたのも良かった」
「噂?」
「良かった。だと?」
「オレが魔力プールといじってるから、王都の魔具に不具合が出てるって噂さ。オレの評判を下げてくれて助かったよ」
言っている意味がわからなかった。
評判を下げることが、良いとするザルガラの意図がわからない。
「ああ、つまりさ。いきなり魔力プールの権限を奪ったら、何者だこいつ! やっぱり化け物め! ってなるだろ? だからオレが魔力プールをあれこれといじってて、王がそれを容認してて、だから不具合が出てるってカバーストーリーが出来たってわけさ。ありがと」
つまりザルガラは、簡単に魔力プールを掌握してしまったと世間に思われては、またも恐ろしい存在だと思われることを危惧していた。
そこで古来種たちが流した噂を逆手に取り、こんなに苦労していますアピールに変えた。
活動を制限させるつもりで流した噂を、ザルガラは自分がもっとも恐れる最悪のイメージを覆すためうまく利用したわけである。
むろん、あちこちでうちの魔具を直せと言われることになるだろうが、ザルガラは口では謝りつつも、笑いながら直すため奔走するだろう。
彼にとって、侮られたりミスを指摘されることは苦ではない。恐ろしい存在と思われる方が、精神的には遥かに苦しいのだ。
「まー、この仕込みは、師匠がいたからできたわけだが……」
「また師匠か」
「何者だ」
古来種は警戒する。
ザルガラが師匠と呼ぶほどの存在。いったい、何もものなのか。
今度注視しなくては。いや最大限の警戒をしなくては。
古来種たちは計画を狂わせたザルガラの師匠を、敵視する。
どこかで師匠と呼ぶなという人物に、悪寒が走った。
「ところで、そっちから言うことはないのか?」
古来種はやられてばかりだった。
しかし、どこかまだ余裕がある。
それをザルガラは見抜いていた。
言うことはないのかと言われ、古来種たちは互いの顔を見合わせると、あれがあるなと頷く。
「ふっふっふ」
「我々が。ただ困っていると。思っているのか?」
やはり、古来種も準備をしていた。
「我々はここに来る前。最終兵器。エンプティーハンド。を起動させている」
「万一に備えてだ」
「ザルガラ。おまえが。敵対したことを想定して」
「エンプティーハンド? なんだそれ?」
魔力プールを掌握していても、古来種のやったことを見通すことまではできない。エンプティハンドなるものが、いかなるものか調べることもできない。
古来種たちはちらりとアザナを見る。
「そこのいる駆逐者に。特別敵対者を指定させた」
「特別敵対者へのみ。徹底的に。攻撃的になる。魔力プールの補助もされる。そういうシステムだ」
「ああ、そういえば駆逐者って本来、そういう使い方でしたね? でも、ボクはなんともないですが?」
当事者であるアザナは呑気である。
他人事のように納得していた。
「それって、魔力プールを介してるんだろう? 補助があるとか? オレ、もうそれら掌握してんだけど」
「実行キーは、すでに押されている」
「後は。解除キーを。入力するだけで保留。してある」
ザルガラは古来種の話を訝しみ、目をつぶって魔力プールにアクセス。
古来種の言うような状況になっているか確認し、目を見開き叫ぶ。
「あ! オレが掌握する前に、実行だけしてあって、あとは最終条件の入力するだけの状態かよ!」
「ああ、なるほど。ダイアログボックスは出しっぱなしで、システムは待機状態。あとはOKボタン押すだけみたいなもんですね。タイムアウトのないプログラムはこれだから……」
アザナはザルガラに理解できない表現をした。
「むろん。この会談が平穏なら。最終条件を入れず。実行するつもりはなかった」
「あくまで保険」
「会談で。そちらが攻撃を行なってきた。場合のみ。最終実行するつもりだったのだ」
下準備だけして、あとは最後の条件で発動。
そういう状態で、この会談に挑んできたわけである。
「そんで、オレが途中で権限を奪ったから、実行はされてるので解除はできずか。つまり、もう取り消しはできないんだな?」
「そうだ」
「せいぜい困るがいい」
「我々も。解除できなくて。困っているがな」
もはや捨て鉢状態の古来種3人。
自分たちも困ったが、ザルガラが困る様子も楽しんでいる。
顔が似てるだけあって、アザナにそっくりである。
なお、アザナも楽しんでいる。
「どうするつもりだよ。俺は確かに敵対してるかもしれんが、もうオマエら古来種は手詰まりなんで、そっちは対抗するつもりはないだろ?」
「そうだ」
古来種がうなずく。
「でも、最終兵器エンプティーハンドは起動済み」
「そうだ」
古来種が肯定する。
「オレとアザナが、無意味に一回、戦わないといけないの?」
「そうなるな」
無責任に、古来種たちは首肯する。
頭を抱えるザルガラ。
変わってアザナが質問する。
「古来種さんたち、本当に実行したんですか?」
「実行した」
「昔の活動映画の悪役みたいに発動させず、重要なことをペラペラしゃべるみたいなことをせず、もう発動してて、取り返しがつかないのにそんな重大なことを得々と説明したんですか?」
「そうだ」
「ここに来る時の35分前に実行したんですね?」
「もちろんだ」
「もし、ボクとセンパイが、単純に力で対抗しようとした場合だったら、見事だったのに……」
確認を取ったアザナは、違う意味で頭を抱えた。
ザルガラが困っているのは楽しいが、それはそれでとして、これって格好悪いなという状況に困っていた。
「なあ、アザナ。これ。オレたちが処理することじゃなくて、古来種さんかたがにやってもらう案件じゃね?」
ザルガラが丸投げを提案する。
その態度に、古来種たちが憤慨する。
「貴様が。魔力プールの権限を。奪ったのだろうが」
「ただの会談で。終れば問題なかった」
「我々は。悪くない」
「悪いんだよ! オマエらがッ! いさみ足したんだろうがァッ! あああああああっ! どうすんだよ! 完封して、オレのターンだったろ! なんで相手の凡ミスを処理しなきゃなんねーんだよ、オレが!」
「がんばってください。センパイ」
「オマエも当事者だろ!」
「てへっ♥」
アザナが誤魔化すように、愛らしく自分の頭をこつんと叩く。
その時、ザルガラにアイデアが浮かぶ。
「そうだ。解除コードを簡単なやつに設定すればいいだけ……」
「ボクと先輩がキスすると解除されて目覚めるとか?」
ザルガラによる起死回生の見事なアイデアに、アザナがおふざけインターセプトした。
「じゃあ。それで」
古来種が悪ノリ。
アザナからのパスを古来種が受け取り、最終条件に入力、実行。
「じゃあ、それでじゃねぇよ! 今決めたろ! あ、決まっちゃったよ! ふざけんなよぉおっっ!」
最終条件「アザナとザルガラがキスしたら解除」が設定されてしまい、ザルガラは頭を抱えて天に吠えた。
古来種たちにはもはや魔力プールをどうする権限はない。
だが、保留されていた解除コードの入力は受け付けられてしまった。
叫ぶザルガラに、アザナが安心してくださいと声をかける。
「でも、センパイ。ボクとキスすれば、なにも起きないんですよ」
「ふっざけんなよ! オマエ、ヨーヨーの悪いところ見習いやがって! 真正面からぶっ潰してやる!」
ザルガラはこの時、心底から理解した。
あの取り巻き4人が、アザナをイタズラに辟易としていた理由を。
「ほら、みろ! 古来種のやつら、もう嫌がらせが決まったからもういいや、って一矢報いた顔してんじゃねぇか! オマエら、実質勝負には負けてんだぞ、笑うな! 座るな! くつろぐな!」
「じゃ、ボク、本気出しますから、負けそうになったら言ってくださいね。ギブアップってことで、キスしますから」
「ふーざけーんなー! 真正面から返り討ちにしてやんよ!」
もう何のために戦うのかわからなくなっているザルガラ。
それに対して、アザナは嬉しそうだ。もう完全に、ザルガラが困っているのが、楽しくてしょうがないという顔である。
こうして、まったく戦う必要のないはずで、勝手にやってろという最終決戦が始まる。
「では、古来種の皆さん、ゴぉング!」
\カーン/
ワイングラスをゴング代わりにした、儚い音が鳴り響いた。
遅くなりました。
実は1年前に、最終話とその直前の話はほとんどかき終えていました。
しかし、どうしても書いたはずの数話が見つからず、消してしまった可能性がありました。
探しながら平行して、今回から何を書いたか思い出しながらの執筆です。
 




