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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第2章 不和と重奏

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緊急避難

「まさか、あんな変態がこの学園にいるとは……」

 イシャンは自分たちを棚に上げて、ザルガラがいたら「オマエが言うか」というツッコミを入れざるえない言葉を呟いた。


「ほんと驚きましたよ。まさか全身ぴっちりの黒レザースーツで、顔まで覆って目だけ出しておくなんて」

 ジャンニーも会長の意見に同意した。彼はまだ驚きが続いているようで、胸を押さえている。

 彼ら素衣原初魔法研究会会員たちは、ちゃんと着衣して学食で食事をとり、東校舎の戻る渡り廊下で、全身レザースーツの人物とすれ違った。

 服を脱ぎ去ることが、美であり、魔力の解放であると信じる彼らにとって、その全身レザースーツの人物は変態に見えた。

 いや、どう考えても変態なのだが、より奇異な存在に見えたのだろう。


 しかし、いちいち服を着ている、着ていなかったとか、表記せざるを得ない彼らは何者なのだろうか。


「口の部分は、空いてなかったか?」

「いやぁ、口のところは革紐で縛ってあったな」

「あれって革臭くならないんですかね?」

「というか、あれって革なの?」

「言われてみれば、やたらテカテカで柔らかそうだったよね」

「しかしあんなので、魔力放出を阻害されないのかな?」

 全裸が俺たちの制服という彼らにとって、身体全体を覆う事は忌避すべきことである。

 全身レザースーツの人物を見た反動で、彼らはすぐに全裸になりたい衝動に駆られていた。しかし、食事時ということもあり、一応は自重していた。


「もしかしたら素衣原初魔法研究会に反目する組織が、学園内にあるのかもしれない」

 早く脱ぎたいがため、研究会室に急ぐイシャンは、そんな感想をもらした。これを聞いて、一同は騒然とする。


「そ、そんな組織が学園内にっ!」

「危険ですね。武力衝突になりかねない」

「早くなんとかしないと、手遅れになるかもしれません!」

「うむ、このイシャンが早急に手を打って置こう」

 すでに手遅れな者たちが、これ以上どう手遅れになるのかわからないが、イシャンは手を打つと会員たちの前で公言した。

 平和のため、先んじて工作を行おうと算段を始めたイシャンは、廊下で屈みこむ小さな人影を見つけた。


「ん? あれは?」

 ユールテルだ。

 仮にも大貴族の子息であるイシャンは、同じ大貴族であるユールテルと面識があった。

 とりわけて親しいというほどでもないが、各所のパーティーなどの席で何度も挨拶と世間話をしたことがある。


「妙だな?」

 イシャンは首をひねりつつ、ユールテルの元へと向かった。

 1回生の教室は西校舎なので、4回生や5回生の教室がある東校舎に居る事は珍しい。職員室や救護室などの学園設備のある西校舎とちがって、東校舎は教室しかない。

 ユールテルのような1回生は、用事があっても訪れるのに気兼ねする。それが東校舎だ。

 そのはずの彼が、東校舎の教室脇で、なにやら屈みこんで作業をしている。

 イシャンは堪らずユールテルに声をかけた。


「なにをしているんだい? ユールテル君」

 公爵の子息に挨拶する礼儀より、何をしているのかという疑念を解く欲求が上回った。


「ああ、イシャン……先輩」

 ユールテルが振り返り、イシャンはギョッとした。

 この1回生は細い目ながら、絶やさぬ笑みと頬の膨らみが、なんとも少年らしい愛らしさをもった人物だった。

 それがどういうことか、細い目の下には隈があり、なんとも不健康そうな気配を放っていた。


「こ、ここは5回生の、私のクラスなのだが、何か用かい? ん? もしかして、まさか……ユールテル君……」

「なんですか?」

 どんよりとしたユールテルは、少し警戒の色を見せた。


「我々の素衣原初魔法研究会に入会しに来てくれたのかね!」

「……いえ、違います」

「いや、そうに違いない。その不健康そうな顔! 我が研究会に入って、『おり』を服と共に脱ぎ去ろうと決意したのだろう!」

「いえ、違いますから」

 興奮するイシャンを避けるように、ユールテルの身体が傾く。

 それを見て、イシャンは彼が病気で倒れるのではないかと思った。それほどユールテルは弱っているように見えた。


『緊急連絡! 緊急連絡!』

 大丈夫かと声をかけようとしたその時、学園内に設置された【遠伝え】の魔法が鳴り響いた。

 マトロ女史と思われるその声は、より緊急性を思わせる焦りが感じられる。


『学園内にいる全員に通達します! 侵入者による全学園施設用魔法陣への、大規模な書き換えが検出されました。繰り返します!』

 ともすれば、悲鳴になりかねないマトロ女史の声が、全学園内に響き渡っている。イシャンたちは互いに顔を見合わせ、続く遠伝えの声を待った。


『至急、生徒のみなさんは、練兵場に避難してください! 練兵場に避難をしてくださいっ!』

 遠伝えはまだまだ続くが、同じ内容の繰り返しだ。しかし、その声の動揺は増していく。

 マトロ女史の声色から、かなりの異常事態だと生徒たちは気が付き、次々に練兵場へと向かって行く。


「侵入者? 破壊活動?」

「もしかして、さっきの全身レザースーツの人物が!」

「しまった! そういうプレイだと思って、不審人物だとは思わなかった!」

 相当、彼らの感覚はマヒしている。


「昼食を取った後だったのは幸いだった。腹ペコで避難などごめんだ」

 イシャンたちは避難しようと、渡り廊下へ向かおうとした。


「あれ? ユールテル君がいませんよ」

 1人の会員が、ユールテルがいないと気が付いた。 


「おや? ……まあ放送を聞いて、すぐに避難したのだろう。我々も避難しよう。全裸で!」

 イシャンはシャツに手を掛ける。

 しかし、その行為を止める会員がいた。


「会長。ここで脱いだら、また服を取りに来ないといけませんよ」

「言われてみればそうだな」

 服を持っていくという発想は、彼らの中に無いらしい。


「ではみんな。避難してから脱ごう」

 そういうことになった。


   *   *   *


「ザルガラ先輩ならすぐ術式解析して、『吶喊、絶叫、楽しい投石機マスドライバー。未完成だよ、てへ』を使って追いかけてくると思ったんだけど……」

 レンガ敷きで美しい魔法学園の正面玄関広場。その中央に立ち、アザナは不機嫌そうにつぶやいた。不機嫌の理由は、自慢の高速移動(突撃?)魔法を利用しないザルガラだ。

 ぷんぷんっ。などと言いながら、わざとらしく頬を膨らませ、口を尖らせている。


「はぁはぁ……こ、こんなの使おうと思う人は……普通は……いえ、絶対にいらっしゃいませんわ……。分かったら尚更の事……」

 涙目のユスティティアの方が、ザルガラを良く理解していた。ザルガラは「魔法の仕掛けを解析し、理解した上で、これは危険ではないが怖い」と判断したのだ。

 

 事実、ユスティティアは腰が抜けて立つことすらできず、アザナに縋り付いている状態である。ヒザを震わし、気を抜けば粗相をしてしまう直前であった。

 彼女はアザナの事も良く理解している。きっと、この移動(攻撃?)魔法を使い絶叫をあげながら飛んできて、恐怖におびえるザルガラのさまを見たいのだ。

 そしてアザナは、こうしてユスティティアが恐怖で震えているのも楽しんでいる。絶叫を聞きながら、どこか嬉しそうだった。

 だが彼女もまた、アザナにいじめられることを、心のどこかで嬉しく思っていた。

 公女ユスティティアは、いたずらっ子アザナに、すっかり調教されていた。困ったもんである。


「仕方ないね。ボクたちだけでユールテルを探そう。学園にきたならたぶん、家出みたいなものだろうし、ボクたちが説得すれば……」

 アザナが楽観的な事を言いかけ、ユスティティアも同意しようとしたその時。

 

『緊急連絡。緊急連絡。学園内にいる全員に通達します! 侵入者による全学園施設用魔法陣への、大規模な書き換えが検出されました。繰り返します――』


「アザナ様……」

「ボ、ボクは何もしてないよ」

 縋り付くユスティティアに、問い詰める目で見上げられて、アザナは慌てて首を振り否定した。

 すっかり書き換えといえば、アザナの仕業という判断である。

 しかし、他に出来そうなザルガラは空の上で、まだ姿も見えていない。ユスティティアがアザナを疑うのも当然である。


「でもバレるようなやり方するなんて、下手だなぁ。……それともバレても構わないと思ってる?」

「……アザナ様。ルテルを探しましょう!」

「うん、そうだね。学園内に入った後の反応は無いから、外には出てないはずだよ」

 アザナが魔法陣に書きこんだ術式は、ユールテルが学園の出入りをしたか知らせるだけで、学園内のどこにいるかまで分かる仕掛けでない。

 

「ティティは、練兵場にユールテルが避難してるか行ってみて」

「アザナ様は?」

「ボクはユールテルを探すよ。練兵場にいたらティティが連絡してね」

 侵入者が何者か分からないのに、アザナは1人で捜すと言い出した。

 しかし、ユスティティアが心配するほどでもない。

 

 目の前で微笑みを浮かべる愛しい人が、どれほど規格外かを彼女は知っている。


「お気をつけて……」

「じゃあ、行ってくるよ」

 アザナはまるで仕事に出かける夫のように。

 ユスティティアは妻のように見送ってから、練兵場へ行こうと向き直り――、ペタン……とレンガ敷き上にお尻を付いた。

 ヒザに力が入らない。


「あ……、アザナ様……」

 ユスティティアは忘れていた。腰が抜け、一歩も歩けないことを。

 


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