空が泣いている…(ただの雨)
曇天が広がり湿った風の吹く人工浮島で、いよいよ古来種=アイドルグループとイフリータとその巫女を称する者たちのコンサートが開幕した。
開幕まで時間がかかった。だがステージと観客席だけでなく宿泊施設や商業施設やらと一体化した浮島という劇場だ。指折り数えて宿泊していた客に、今までにない何かが始まるというスパイスを与えてくれた。
中には浮島作りから参加している観客もいる。
一緒に作り上げてきた舞台だ。喜びもひとしおだろう。
コンサート実質ライブの開幕は、筋肉巫女巫女隊に所属するグループ内グループの筋肉Ⅱが務めることなった。
トップを切るといえばそうだが、古来種たちの姿を期待する観客からすれば前座とも見える。
だが腐ることなく、筋肉Ⅱのメンバー4人は、奇抜なメイクと露出の激しい衣装で堂々と先陣を切った。
進行を理解していない観客から困惑の声も上がったが、新しい何かに歓喜する声の方が大きかった。
おおむね好感的な観客たちの歓声に負けぬよう、筋肉Ⅱの激しい演奏が始まる。
ボーカルは叫ぶ。
「お前たちも、ゴーレム人形に代入してやろうかーっ!」
イントロと共に叫ばれた筋肉Ⅱのセリフは、観客たちを大いに盛り上げた。
なにしろゴーレムといえば、今は崇める古来種たちと同じボディである。
ゴーレムはただの道具から憧れの「入れ物」なり、観客を沸かせるには十分な決めセリフだった。
「代入してくれー」
「できるんならなー!」
からかいの声も上がりながら、概ね筋肉Ⅱのボーカルが放ったセリフは好評だ。
『うむ。サード卿殿にでも頼んでおく。では光栄で記念すべき一曲目だ』
自分で言っておきながらゴーレムに代入の件を、さらりと受け流し、演奏を開始した。
準備期間が少ないとは思えない見事な演奏が始まり、期待以上で意外な旋律に会場は大いに盛り上がる。
一方――。
ザルガラたちと古来種たちの会談が行われている次元の狭間は、どこか冷めた空気が漂っていた。
「おい。なんだあれ?」
スクリーンに投影された筋肉Ⅱのパフォーマンスを見て、アザナ型ゴーレム体に代入されている古来種たちは唖然としていた。
尋ねられたザルガラも、困ったように首を振る。
「ほんと、なんだろうな」
「お前たちの。ところが出したんだろ」
もっともな古来種の責めに、ザルガラは悪びれずアザナを指さす。
「プロデュースはアザナだし」
「筋肉Ⅱはボクが育てた」
「おまえか。おい。なんだあれ?」
古来種たちは改めて、堂々と胸を張るアザナに尋ねる。
どこか待ってましたという様子で、アザナは喜んで答える。
「あれ? 確認ですが……あのメイクとあの衣装。そして筋肉Ⅱと言われて気がつきませんか?」
「いや、まったく」
反して古来種の反応は鈍かった。楽しんでいないというより、理解できない、知らないという反応だ。
そんな鈍い反応を見て、アザナは困ったように首の裏に手を当ててみせる。
「あー……。そうか。さすがに古来種さんたちも、さすがに地球世紀に活躍した人たちは知らないんですね」
「地球世紀? 西暦か? 古いな」
「なにか。元ネタがあるのか」
「パクリか」
地球世紀と聞いて、古来種たちの急に反応が早かった。
察しのいい古来種たちは、だいたい理解できたようである。
区切りがいいと、ザルガラは軌道修正する。
「ちきゅう世紀ってなんだよ、って思うが……まあ、いいや。アレの元ネタは。ちょっとオレも聞きたいことがあるんだ。なんだったんだよ、あのワイン。そっちが用意したらしいけど、なに? あれ? 罠かなんか?」
会談の雑談にと、被害者Zが毒劇物を用意した第三者たちに尋ねる。その横で犯人Aは半眼となり、「ボクは関係ないですよ〜。素知らぬふり〜」という顔をしていた。
一方、古来種たちはアザ……犯人Aと同じ顔だが、ザルガラの質問には真摯に答えた。
「それは。新型ゲートの。説明のため」
「一緒に飲んで。どういう問題。がでているか?」
「新型ゲートを通過させると。どうなるか? 感じて欲しかった」
古来種は弁明でもなく、事実を述べるように軽く答えた。これを聞いて被害者Zは、こともなさげに納得する。
「そういえば、あんこを何度も高次元とこの次元を移動させたモノは、飲み込むのが辛かったな。理由はわからなかったが、なんでそんな影響があるのか?」
「辛いかったな……って、あれ、瓶にちょっと残ってたのボクも味見しましたけど、飲み込むのが辛いどころじゃなかったですよ」
納得した様子で、ザルガラは天井を仰ぎ見る。
責められることはないと判断したアザナが、犯人Aの顔を解いてザルガラの話しに乗ってきた。
「そうか」
「過程が違うとはいえ。すでに実感。しているならいいか」
二人が体験済みと知って、古来種たちはワインの件を水に流す。
古来種たちは「なぜあんこを何度も次元通過させたのか?」と、疑問に思ったが問わなかった。とても下らない理由で、また主導権を奪われることを危惧したからだ。
事実、下らない理由だし、やったのはザルガラ本人ではない。質問しても、明瞭な回答は得られなかっただろう。
「味を一緒に実感。ということは、オマエたちはワインの味がわかるのか? ゴーレムなのに」
ディータに実装されていない機能に気がついたザルガラは、それとない興味薄げな口調で問う。
「うむ。造作もない」
「とはいえ。ステファンとかいう。奴がだいたいやった。苦労してたぞ」
「仕上げと。調整は。我々だが」
ステファンの功績と苦労を、他人事のように言う古来種たち。実際、他人事なのだろう。
「へえ……すごいな。ステファンのやつか。さすが奇才と言われただけはある」
肩を小さくすくめ、素直に感心した態度だけ<・・>を見せるザルガラ。
アザナは何かを察した様子だが、古来種の視線が集まっていなかったため、それを悟られることはなかった。
ディータが喉から手が出るほど、味覚を求めている。二人はそれを隠し、交渉で利用されないようにしていた。
もっとも、聞いたところで古来種は交渉で利用することはなかっただろう。
「そろそろいいだろう」
「本題に。入らせてもらう」
「そっちの要望。話しくらい。は、聞いてやる」
「交渉のとっかかりを頂けて、感謝しますよ。尊主どの」
テーブルに肘を乗せ、前のめりになるザルガラ。
余裕のある古来種たちに対し、ザルガラはとても嬉しそうに対応した。
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筋肉Ⅱの奇抜で奇妙で、観客に受け入れにくいがそれなりに受けた演奏が終わり、続いて登場した人物に観客一同は困惑した。
その困惑ぶりは、奇怪か恰好をした筋肉Ⅱの登場時より大きかった。
ざわつく会場。
舞台に姿を現したのは、筋肉Ⅱとは違った意味で奇天烈な姿をした古来種だった。
背後に光のサインを投影しながら、今まででもっとも際どい衣装に身をつつむ不人気……オーディアンドリアムだ。
「やーっ。みんなー! 待ってたかい! いやーこっぱずかしい! やだー。えっちー!」
胸の谷間が見えるくらい。他のメンバーに比べて少し攻めている程度の露出で、やや恥ずかしい様子なのだが……。ここで素直に照れず、無理に大袈裟で空元気で空回りな態度で、空すべりをしてしまうのが、オーディアンドリアムの不人気の理由のようだ。
だがこの痛々しさがいい。というファンもごく僅かにいる。
「おいおい、オーディアンドリアム様。二番手でいいのか?」
「おいたわしいやリアム様。格好も、登場タイミングも」
「それがいい」
「こらリアム様と言うな。オーディアントとつけろ」
「古来種様方の先発なのに張り切ってるな」
待ちかねていた古来種の姿なのに、思ってたのと違うとか、古来種様のそんなお姿みたくないという声まであがった。
「俺からすれば、期待ハズレの肩透かし感が期待通りなんだが。オーディアンドリアム様は後がないでからねぇ」
「なんかそれより不安なことが――」
「なんだ?」
「天気が悪くなってきた。オーディアンドリアム様の公演中は持ちそうだが――」
「さあ。ぼくの一曲目! 新曲だよ! タイトルは『とってもかわいい宇宙大将――』」
新曲タイトル発表のその瞬間。
狙いすましたかのごとく、会場に激しい雨が降りそそいだ。
突然の雨に、騒ぎ出す観客たち。その喧噪にオーディアンドリアムの声はかき消された。
大多数からすると落胆の雨だが、ごく一部には美味しい天の恵みである。
「ぼくがなにをしたーっ!」
天の差配にオーディアンドリアムは、怨嗟の声を天に向けて叫んだ。
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激しい雨が降り出す少し前。
舞台裏は次の準備でおおわらはの様相で、古来種も人間も、分け隔てなくあちこちで自分のやるべきことに追われていた。
その一角。ひと段落して、手を止めている集団――。
盛り上がる観客たちに対して、運営側であるボトスたちは気が気でなかった。
舞台袖でうろうろ、そわそわするボトスたち3人に対して、奥にいる美青年……ステファンは落ち着きはらった様子で呟く。
「ふ……。雨か」
雨が降りそうな雲模様だった。
ステージに屋根こそあるが、あまりに高く吹き込む雨が予想さえれる。
ボトスたちの心配をよそに、ステファンはスタイリング用品を整理し始めた。
ステファンは古来種グループたちの、スタイリスト兼ケア担当を行っている。
いくら特別製ゴーレムとはいえ、激しい運動などを行うと細かいところが劣化する。素体がアザナ=レプリカであるため、ステファンの変質的アイから細かい問題に気が付く。
「ステファンさん。道具、どうするんすか?」
「……」
準備スタッフに問われたが、ステファンは答えない。すぐに言葉が出なかっただけなのだが――ボトスが勝手に答える。
「決まってるだろ。ステファンさんは、雨が降ったらそれに合わせてスタイリングを変えるんだよ」
「そうなの!?」
ボトスの返答に準備スタッフは驚いて、ステファンを尊敬する目で見上げた。
そうなの!?
一方、ステファンも驚いた。そんなつもりはなかったのに、そんなことにされてしまったからだ。
ステファンは雨が降ったら中止になるかな。くらいの気持ちで、後片付けの準備を始めていただけだった。
ボトスの意見を聞いて、片付け始めたスタイリング用品を、防水やら髪や服の固定用剤に変更し始めた。
と、そこへ――。
「雨だ!」
「降ってきた」
「対策するぞ!」
古来種たちが、ぞろぞろとやってきた。そして荷物から雨対策の道具を出しているステファンを見て、こぞって感嘆の声を上げる。
「む。さすがだ。ステファン」
「もう雨対策か」
「頼れる中位種だ」
ボトスの雨対策を聞いて、雨対策用品を準備していたステファンが褒められる。
「頼んだぞ」
どかり。とハリウッドミラーの前に座る古来種たち。
「髪を固定すると、弾むような動きが出てしまう。流れるように、やわらかく見えるようにな」
「肌が水を弾くように。だが、汗に見えるように」
「雨と照明でハレーション。が起きる。メイクを抑えめに。だがはっきりと」
古来種たちから、難しい注文が並ぶ。
「どうしてこうなった」
怖くて逆らえないステファンは、無表情かつ無機質に、古来種たちの要望に応えるため、スタイリングを始めた。




