やっと何かが始まるモード
「で? なに。したんや。きみ」
命に別状はないため、突っ伏すザルガラを放置し、コント……いや取り調べを開始するアザナの姿をしたジョンソンエンドイアソン。
アザナは席に座り、机の反対から同じ顔をしたジョンソンエンドイアソンに問い詰められる。
「違うんです。ボクは何もしてないんです」
何も知らない者が見れば、アザナが分身して、刑事役アザナと、容疑者アザナに別れて遊び始めたと思ってしまうような光景だった。
「何も。してなくて。こうはならない」
立っていた古来種=アザナフェイスが、ダンッとテーブルを叩いて問い詰める。
悪い刑事役もアザナだ。まあまあと抑える良い刑事役が、ジョンソンエンドイアソンである。
「まあまあ。で。何を。した」
「正直に言え。何があったか。それだけでも」
自分と同じ顔をした古来種に詰め寄られ、アザナは観念したように答える。
「ボクはただ……ただこの部屋を改造して、疲れたからワインをザルガラ先輩に飲ませただけで」
「まず改造するな。部屋を」
「よく見れば。大型スクリーン。あるじゃないか」
あまりな告白に、刑事役に徹する事ができず、古来種たちは周囲を見回してあきれた。
解説、説明用にプロジェクター代わりとして用意していた投影魔具が、いつの間にか外部端末と繋がるように改造されていた。
映像が島の遠影を映しているが、今は音声がなく環境画面のようになっている。
「ん? ワイン? ワインを。飲ませたのか?」
「それは。そこに。あったワインか?」
「はい。あ、もしかしてこのワイン。その棚にありましたが、やっぱりあれって」
訝しむジョンソンエンドイアソン。
なにか思い当たる節があるのか、アザナはワインの空瓶を指さして尋ねる。
「そうだ。新型のゲートの問題点。それを説明するため。用意していたワインだ」
「勝手に。飲みやがって」
「思い当たる節がある。ってことは。こいつ。もしかして毒味? させたのでは?」
会談室のキャビネットを開けて、中を確認した古来種があきれる。
一人はアザナの動機を読み当てていた。
「じゃあ、やっぱりまだ情報が『重たい物』は、新型ゲートを通せないんですね」
「そうだ。それを伝えようと。用意していたワインを。貴様」
「まあ。我々も、それを飲ませて反応を見よう。そう思っていたのは確かだが」
「飲ませて。驚かせよう。そう思っていたのに」
「あなたたちも、飲ませようとしたのなら同罪なのでは?」
計画を聞いて、アザナは責任を分散できると思ったのか、笑顔で古来種たちに罪をなすりつけた。
「我々も同時に飲む。つもりだったぞ」
「むろん。不味くなっている。そう断ってだ。毒味させる。つもりはない」
「考えたら。お前。ひどいな」
同じ顔で冷たい目の古来種たちに言い返され、口笛を吹くアザナは視線を逸せて話題を帰る。
「ぴゅーぴゅー。あー、やっぱりマズくなるんですね。ボクが……いえ、マダンが地球へ開いたゲートなら、モノゴーレムとチョコ菓子くらいなら問題なかったんですけどね」
「ワインは生き物。だからな」
「実際。ワインは情報が。重い」
時空を超えるゲートの問題点を知るアザナと古来種が、ワインを起点に語り合う。
アザナと古来種たちは、ザルガラがまだ知らない情報を持っている。
「ワインくらいでも、情報が欠落したり変質してしまうんですから、人間とかまず無理ですね。あなたたち、古来種なんてもっと重いし」
「存在の連続性。これは保てる。だが。情報量の限界がある」
「これを改善。しなくては。帰還をままならない」
「じゃあじゃあ! いっそ、パケット通信みたいに小分けします?」
「それで連続性を。保てるなら」
できないですね、とアザナは首をすくめる。
「マダンはいいところまで。いっていたというのに」
アザナの中にいたマダン。
彼の復讐が目的として、古来種の帰還が手段として、利害一致していた。一種の協力関係であった。
利害関係ではあるが、古来種はマダンの喪失を、それなりに気にかけているようだった。
これに気がついたアザナが、少し気まずそうに尋ねる。
「あ、ボクが謝るべきですか?」
「それはいい」
さすがに古来種も、アザナとマダンを分けて考えているようだ。そしてアザナに責任を追及するつもりはないようだ。
「それにしても……そんなにまずい味になってるのか。よかった」
テーブルの上に証拠品として置かれた空のワイン瓶を見て、アザナはゾッとした。そして自分が飲まなくてよかったと本心を漏らす。
アザナがやはり毒味をさせたわけである。古来種たちはゾッとした。
グラスに注いだワインを一口含んで、吐き出すまいと飲み込んだザルガラだったが、耐えられず吹き出した。
気を失いながら、中身の入っていたワインを引っ掛けた。
そして溢れたワインの上に、ザルガラは倒れた。
くだらない真相である。
アザナは真相を説明して、空瓶を手に取りながら呟く。
「まずいだけだから、危険性はないと思ってましたよ。でも、ボクの考案した流しやきそばも、まずいなぁこれと言いながら全部食べてくれた、あのザルガラ先輩が……」
しみじみと、そう言ったアザナに、古来種たち3人は困惑した。
「お、お前。な、何を。食わせている」
「それは。やきそばを。流すのか? 竹に? 流しそうめんのように?」
「それとも。流しに。落としたやきそばか? 焼いてない方の」
ザルガラであっては、アザナがいつものようにわけのわからないことを言ったと流す。だが古来種たちはある程度理解できるのか、アザナのくだらない発言に反応する。
そんな4人の足元で、放置されていたザルガラが身を起こす。
感覚が痺れているのか、大きな口をさらに大きく開けて、つらそうに舌を出して頭をふる。
「う……意識を失っていたのか、オレは。あー舌が痺れる〜」
「あ。コントがひと段落した空気を読んで、センパイが目を覚ましましたよ」
「コント。っていうな」
「空気。とかいうな」
心外だと反論する古来種たちだったが、どうみてもコントであった。
「む……ア、アザナか?」
頭を振り、ふらふらと立ち上がる。心配して駆け寄ったアザナの肩をかりて立ち上がる。
近くの椅子に座り、ザルガラは天井を仰ぐ。まだ意識が朦朧としているようで、古来種たち3人がいることに気がついていない様子だ。
「大丈夫ですか? センパイ、これ何本に見えます?」
アザナは両手を広げて、右手人差し指だけ折って9本の指を見せた。
「う……じゅ、12本」
「ガタカッ! ボ、ボクにシューベルトの『華麗なる即興曲』を引けと?」
予想外の本数を言われ、奇声を発するほどアザナは困惑した。
事態は深刻だ。救急車――は、ないから会談中止か?
そう思った時、ザルガラはアザナの背後を指差した。
振り向く。
そこには、指を一本づつ立てている古来種たちがいた。
状況は、確かに「アザナの姿をした存在が、立てている指の数は12本」である。
「悪い冗談はやめてくださいよ」
古来種の手を下げさせ、アザナが口を尖らせた。その言葉に反応したのはザルガラだ。
「悪い冗談をよく言ってよくやるオマエが何を言う………………な、なんてこった! アザナが4人に増えただと!」
回復直後、律儀に突っ込みを入れたザルガラが、やっと正気になってアザナと同じ顔をした古来種たちに気がついた。
好機!
アザナの瞳が光り、舌舐めずりをした。
「そうなのだぁー。わっはっはっ!」
悪ノリするアザナは、両手をガバッと上げて、邪悪そうに指を曲げ、今にも襲い掛かりそうだが隙だらけの高笑いのポーズを取った。
横を見て、同じ顔をしている古来種たちにも、やれ! と促す。
敵対者であり、上位の存在である古来種に対して、である。
アザナ、怖い。
「は? はあ、はっはっは」
「こ、こうか?」
「わっはっはっ!」
三者三様に、古来種たちもアザナと同じポーズを取った。
変質的なステファン技術により、骨格まで一致しているため、まさしく分身しているように見えた。
「う、うわああっ! ア、アザナが分身を3体も作れるなんて!」
「恐ろしいですか? センパイ!」
よろめき下がるザルガラ。ジリジリと詰め寄るアザナ。よくわからないが「なんか楽しいなとこれ」とノリノリな古来種の3人。
ザルガラは膝をつき、敗北感をあらわにした。
「負けた! オレはまだ一人増やして、二人になるのが分身の限界なのに」
「ちょっと待って、センパイ」
アザナは真顔になって、邪悪で隙だらけの威嚇ポーズを一人解除する。
不意にハシゴを外された古来種の3人は、邪悪なポーズのまま停止する。
「初耳ですよ、それ。センパイ、二人になれるんですか? 野性のチーター過ぎません?」
「ん? ああ、え? オマエできねぇの? じゃあソイツらは……って、古来種か……なぁんだ。アザナが分身したのか、俺の目が4つになったのかと思ったぞ」
「目の数が倍になっても、1つが4つに見えないと思うのですが?」
「ああ、その目じゃなくて、監視用の目な。魔法で作った。単眼だから」
何かを仕込んでいることを、さらっと暴露しつつ、どっこいしょ、と立ち上がるザルガラ。
アザナが4人いることを理解したザルガラは、次に古来種がアザナの姿をしていたことに気が付く。
「ん? いや、待て! なんでアザナと同じ顔してんだよ、オマエら!」
「それよりセンパイ! さらっと分身できるようになった理由を。早く!」
「それこそ後でいだろ。目の前のアザナかける3の方が重大だ。古来種は変態か」
「分身のほうが重要でしょ。センパイ、どうなってるんですか? ていうか、これが分身って可能性も」
「おっ、オマエ、やめ! 身体を無許可で測定するな! 本体だよ、オレは! それはあっちにやれ!」
「古来種なんて、どうでもよいんですよ!」
「われわれは。どうでもよいのか」
「帰るか?」
「帰るぞ。泣くぞ」
お互いの気になる点が違い、押し問答というイチャイチャを始める二人。古来種は取り残されている。
「よくねぇよ。それよりオレは古来種にだな」
「よくないです。それより分身、ハリーハリー!」
主導権は古来種たちにない。
やがて身体スキャンを途中で終え、アザナが赤面しながら引き下がった。
解放されたザルガラは、服を正しながら大人しくなったアザナと、放置されておとなしかった古来種に問いただす。
「まったく。オレの意識が高次元に行ってる間、何してたんだ? オマエら」
「誰がセンパイの人工呼吸をするかを相談してました」
「してない!」
「してないぞ!」
「してないからな!」
急に矛先が変わり、必死に否定する古来種たち。
アザナのいたずらに、古来種たちも形無しである。
「この話すると、話しが進まないから、とりあえず席につくか」
「そうですね。あ、どうぞお座りください。おふざけモードOFF! チェーンジ! 省エネモード! ON!」
「省エネモードじゃなくて、真面目モードにしろよ」
「ちょっと無いですねー」
「ないのかよ」
いつものことだ。とスルーするザルガラ。アザナも便乗して、変身するかのようなポーズで、おふざけモードを解除し、省エネモードに切り替えたようである……省エネモードとはなんのことであろうか?
アザナのいたずらとおふざけは、ハイカロリーなのだろうか?
「なんで。貴様たちが仕切ってる」
「脱線。させたのオマエたちだぞ」
「そろそろ。我々の威を持って――」
あまりにぞんざいな扱いだ。と、古来種たちが不満の声と、恫喝の声を上げた――。
その時、密封された会談室に歓声が轟き渡った。
「あ、始まりましたね」
主導権を取り戻そうとしていた古来種たち。だがちょうどその時、大型スクリーンの中が騒がしくなり、スピーカーが完成を届けてきた。
浮島でのコンサートが会場したのである。
歓声に気を取られ、古来種たちはまたも気勢を削がれてしまった。
「これでも見ながら、お話ししようぜ」
主導権を意図しているのかしてないのか。ザルガラが期を逃さず、先んじて会談の席に座った。
着席を促すという主導権より、話し合うつまりがあるぞ、という姿勢を見せる主導権を見せつける。
3人の古来種たちは、顔を見合わせることなく、諦めた様子で同時に着席し、誰となく呟く。
「やっと始まるのか」
それはコンサートという名のライブか、寸劇の後の会談のことか。
「あ、立ってるところでアザナ。お茶、お出しして」
「立ってるモノは親でも使えとはいいますが――」
着席のタイミングが遅れたアザナは、給仕係となった。
毒見をさせられて、気を失ったのに、よく給仕係をさせられるな。と古来種たちは思ったが、それを言うとまた始まらないし、主導権を取られると考えて押し黙った。
事故以来、マウスやペンを長時間持てない身体になっております。
リハビリで治るレベルなのでご安心ください。
 




