秘策ありの会談
タルピーとその愉快な筋肉巫女たちが、古来種のアイドル? とかいうヤツらと対決? 歌合戦? とにかくそんなのを向かる早朝。
ベクターフィールドの広場に、アイドルとは道を違える帰還組の古来種によって時間通り開かれたゲートがあった。
アザナが学園に作ったゲートと違い、古来種があちら側から開いたそれは不気味なものだった。
巨人が通れそうなほど無駄に高く、青くのっぺりと、そして何の音もなく佇むゲートは、写実的な絵画にこぼした絵の具がようだ。神秘的というより、とても不自然な光景である。
見送りに来ていたティエが、これを見上げて震えた声を漏らす。
「こ、これが……古来種様の作られるゲート」
今からオレとアザナがここを通る。ティエは見た目の不安と、オレたちへの心配に苛まれているのだろう。
その横で、オレは灰色に濁って曇ったどんより黙々の雲を見上げ、務めて明るく感嘆の声を上げた。
「おお、見事な灰色の空! 雲、くも、クモ、もくもく、曇天だねぇ~。いやぁ推定通りだ」
「推定、ですか? 予測じゃなくて? 最近、天体観測とかしてますけど、ついでに気象観測でもしてたんですか? それで知ってたんですか?」
オレの言葉の使い方が気になったのだろう。アザナが首を傾げた。
さすが察しがいいな。からかう時以外は!
そんな察しのいいアザナに答える。
「いやぁ、天体観測とかそれとは関係なく、今日は曇りだろうって決め打ち」
「だろうって、知ってたんですか? ……あ」
アザナは疑問を呈したが、すぐに察して口を噤む。そしてそういうことか、という納得した様子だ。
そう。足元に自分の影が浮かばないほどの本日の曇天は、作戦に関する重要なファクターだ。
オレとアザナが一瞬黙ったその時、ティエが恐る恐る声をかけてきた。
「あ、あのザルガラ様?」
ティエが困惑した様子で、胸の前で手を合わせてよってきた。いつも一歩下がっているティエにしては珍しい。
最近、オレの身長がわずかに超えたので、ティエをこうして間近で見下ろすのは見慣れない光景だ。
「ん? ああ、すまんすまん」
古来種の作ったゲートに驚いていたティエを蔑ろにしてしまった。
緊張してるから、オレは大丈夫だよというアピールのつもりだったのだが、より不安にさせてしまったようだ。
ちらり、とアザナを見ると余裕綽綽だ、コイツ。
オレもそうだったんだろうな。
サクッと開いたゲートを目の前にして、オレたち二人は。
「まあ、普通そうだよな。驚くのはそっちだよな。つい推定通りに今日が曇りだったんだ、ついつい嬉しくてな」
「そうでしたか。確かに日中の野外コンサートでしたら、晴天より日差しが弱い方がよろしいかもしれませんね」
オレの作戦を知ってはいるが、曇天との関係性が気が付かないティエは、そのように解釈して納得してくれた。
――今は、それでいい。
オレは遠くに望む多くの船が集まる浮島を指し、いつもオレに尽くしてくれるティエに提案する。
「なんなら、ティエ。オマエもさ。面白そうなほうの古来種がやってるコンサートとか、見に行っていいんだぞ」
「面白そうなほうって……」
オレの表現を聞いて、隣のアザナがちょっと引っかかったようだ。この反応を見て、オレもちょっと言い方が他にあったかなぁと思った。
ティエは面白いほうという表現にこだわることなく、オレの提案を断る。
「ここから離れるわけにはまいりません」
「まあ、そうだろうけどさ。ここからでも見る方法はあるだろ?」
オレの近しい関係者である以上、ティエは直接、見に行くわけには行かない。だが、一人ならこのベクターフィールドからも様子は伺う方法はある。
アザナとその取り巻きが作った魔具とヨーヨーの遠見の魔法の応用で、小さい映像とそこそこの音声でコンサート会場を覗き見できる。
もっともそれではこじんまりとして、迫力とか生の雰囲気が足りない。
なので王都騎士団長のラ・カヴァリエールは、団員たちとわいわい見るため演習を近くの島で行っている。演習予算で補給物資(酒とつまみ)まで確保して。
会場の浮島から離れてはいるので、迫力こそないだろう。しかし生の風情を味わうなら、遠目で見るのも悪くないだろう。
しかし、ティエが断った理由は、そういったことではない。
「いえ、ベクターフィールドからではなく、この前から離れるわけにはまいりません」
「ああ、そういうこと。じゃあ任せた」
「かしこまりました」
「世話をかけるな」
ティエはオレたちを心配してくれていて、それを古来種より優先してくれている。
従者としては矜持か。
全く、他の奴らは仕事を蔑ろにして、ここからではいささか遠いとはいえ役得だとコンサートにかぶりつきだというのに。
アンですら、ベクターフィールドの管理を疎かにして、その機能を古来種コンサートに全振りして乗員に提供している。
まったく見習わせたいな。
いや……それがこの地上にいる全ての人間が、囚われてる古来種の術か。
恐ろしいものだ。
改めて古来種の支配システムに、脅威を感じた。
今回はコンサートなどという平和的なものだからいいが――。
前の時間軸の二人のアザナたちは、もしかしたら身内や取り巻きからも敵対されたかもしれない。
古来種の支配力は、1万年経っても侮れない。
「……まだ納得できないようだが?」
ティエの顔色はまだ良くない。
「どうしても、お会いしないといけないのですか? ザルガラ様のおっしゃる時間まで、会談を引き延ばすわけには――」
「でもなぁ、こっちも話がしたいわけで。アイドルをやりたい古来種は、帰還組に邪魔などされたくない。オレもさ、タルピーの晴れ舞台でもあるし、邪魔されたくないし。あとこの場にオレがいないってことは、今回のコンサートに、直接そんなに関わってないよのアピールにもなるし」
そう、今回の会談は一種のにらみ合いでもあるのだ。
王国もさ、こんな場所にオレだけを送り込むとかひどいよな。まあ、大前提の計画もオレの持ち込んだ計画だから、責任もってやれってことだろうけど。
「その点は理解しております。ですがザルガラ様。このゲート……本当に安全なのですか?」
ティエの不安は他にもあったようだ。
「あー、確かにコイツは各地にある安定した一般的なゲートと違うからな」
「通過する利用者も、かなりの技量が入りますね」
アザナがうんうんと頷き同意する。
「とは言っても、一回、自分の身体をベルティヨン式で人体計量してから、その計量が負になるように微分して、向こうの空間へ出るまでに積分すればいいだけだ」
「人間の身体は、微分できるようになってません」
軽い気持ちでゲート通過方法を伝えたら、ティエは青ざめながら答えた。
「……そう、だっけ? な、なあアザナ」
「最近、ボクより世間からズレてませんか、センパイ。あとボクは個人的にベルティオン式人体計量は、ちょっと遠慮したいんですよね。名前がたまたま同じだけで別人で、ボクの知ってるそれとは、別アプローチだとは知っているんですが……」
「そうか」
冷たい視線を貰った。
アザナはアザナなりに、変なイメージをベルティオンに持っている節があった。
気になるが、こういう細かいところを掘り起こすと、思わぬからかいの種になるので、無難なうちに切り上げる。
「じゃあ、そろそろ時間なので行ってくるぞ」
「行ってらっしゃいませ」
なにかとティエに不安を持たせつつ、オレたちは時間通りに古来主たちの作ったゲートを潜った。
+ + + + + + + + +
ゲートを潜った先は、天井の高いドーム型の密室だった。
ドアや窓はなく薄暗く、中央の円卓が立派であるため、ちょっと圧迫感がある。
普通なら罠かと思う状況だが、コンサートをしている古来種のメンツを潰すことはないだろう。
アイドル古来種は、タルピーと歌合戦を挑むと同時に、話し合いの仲介をしてくれて帰還組に余計なことをするなと釘を刺してくれている。
むしろオレたちを罠にかけたほうが、推されても支配せず中立のスタンスだったアイドル古来種たちが帰還組に敵対してくれるので助かるくらいだ。
「なんだか、妙な魔法がドーム内にかかってますね」
先に気がついたのはアザナだった。
警戒するように、オレの腕に縋ろうとするが――これをひらりと躱す。
なんでと寂しそうな顔をするアザナだが、ダマされんぞ。
オマエは盾にする気だった。そういう目をしていた! ……って、バレたかって目もしやがって!
「ったく、オマエはぁ! あ、これは……【倍化する偃武】か」
ぐるっと見回し、睨んだ先に見えた術式。これに見覚えがあった。
険路求道の責任者、ルドヴィコが使っていた魔法。それを恒常的に、空間に固定して発動させているようだ。
「ばいかするえんぶ? 魔法名からしてセンパイっぽくないですが、なんです?」
「前に険路求道のルドヴィコがが使ってた魔法で、攻撃したヤツが不利になる魔法でな」
ざっくりとした説明。普通なら伝わらないが、アザナなら――。
「ああ、攻撃関係を無効化……いえ、攻撃をするたび、どんどん弱体化させる魔法なんですね」
初見だが、オレのヒントを聞いて一瞥するだけでこの部屋にかかっている魔法を見抜く。この点は流石だ。
「しかし、この会合場所。……狭いなぁ」
ちらり、とアザナに視線を向けると、そうですね。という目と、なにかやってやろうという口元で頷き返してきた。
「狭いですね」
「拡げておくか」
「それはお願いします。ボクはコンサート会場も見れるようにしておきますね」
「そうだな。待ってる間は暇だし、ソレは任せた」
「任されました!」
オレとアザナは時間まで、好きにここですごさせてもらうことにした。
移動手段と会談場所は帰還組古来種に譲ったんだから、問題ない程度の改変はあっちも譲らないと、こちらを公平に見てくれてないという指針になるだろう。
「センパイ! ここにカレンダーを貼っていいですか?」
「ん? まあいいんじゃねぇかな? 次の会談予定とか書きこむ可能性もあるからな」
脅威にならず問題ない程度の会場改変を、許してくれるかどうかは相手の器も測れる。
そう問題ない程度なら――。
「センパイ! あっちが喋るたびに声が変わるギミックとかどうですか? 笑えますよ」
問題あったわ、コイツ。
相手を笑い者にする仕掛けば余裕でアウトなので、これは止めることにした。
仕事でも大きな変化があり、macbookairを買って環境が変わり、執筆ツールも変えたりと、いろいろ模索しているなか車に追突されましたが私は元気です。
次回から、しばらく三人称視点になるかと思います。
 




