馬場のをちかたはわさだ
「古来種たちと交渉するにあたって、大使の派遣は無し……。ま、相手は主権とかないし、どっちかというとこちらの支配者だし、王国としての立場で当たらないのは予定通りだけど寂しいねぇ。これ、師匠がやってくれたのかな」
イマリひょんにかかっていた精神操作を解除した後──。
ギリギリまで中央に要請していた案件を拒否する手紙を読み終えて、肩を回して天井を仰いだ。
「あー、古来種としゃべるのは面倒だから、任せたかったんだけどなぁ」
タルピーもディータ=ミラーコードもいないので、愚痴がただの独り言になってしまった。
時間に少し余裕ができたので、オレは気分転換で夜風にあたろうと執務室のベランダに出た。
ベクターフィールドは太湖のど真ん中だ。
遠くに村か街の光源が見えるがか細く、周囲は真っ暗で、間違って空に飛び出してしまった感覚に陥る。
深く暗く静まりかえる太湖は、飲み込まれそうで怖い。
だが、そんな太湖を走るいくつもの光が見えた。
コンサート会場である浮島を目指す、王国と共和国の船の航海灯だ。
光のサインと動きから、目的地が浮島とわかる。
互いに距離を保ち、まちまちの速度で、だが同じ目的地を目指す船の動きにしばし見とれる──。
「みなさーん。立ち位置が違いますよー。左から並び直してー」
ふいに下の広場から、アザナの声が聞こえてきた。
もう夜もさぁ、深いってのによ、ナニやってんだ。
ベランダの手すりから顔を出して下を望む。
オレの執務室から崖や通路、後付けの家屋など通過して遙か下。ちょっと広場になっているところで、魔法の光源が浮いている。
そこでは数人の筋肉……いや、赤塚組の面々と、相対して指示を出すアザナがいた。
「明日は朝早いっていうのに、まったくよくやる」
オレはベランダを乗り越え、降下速度を遅くする魔法を使って広場を目指す。
筋肉たちは太鼓……いやドラムなど設置して、演奏練習でもするつもりなのか。
「いいねぇ、アザナは。暇そうで」
広場に降り立ち、まずアザナに当てこすりをしてみる。
「暇じゃないですよ。明日のためです。急遽、結成されたグループなので」
反論してきたアザナ。気になる言葉があった。
「グループ? なんとかなになに隊じゃないのか?」
「い、一文字も覚えられてない」
赤塚組のヤツらが、少しショックを受けた様子で肩を落とす。
「筋肉巫女巫女隊ですよ。で、彼女たちはその中から選抜されたグループ。その名も筋肉Ⅱです」
アザナにそう紹介されると赤塚組の4名が、誇らしげに筋肉と楽器とマイクスタンドを構えて見せた。
「筋肉痛?」
「はい、筋肉Ⅱです」
なんて痛のところを、強く発声してるんだろ。
「まずはリードギターのかた、ソロで長ーい前奏!」
「おう、任せておけ」
ギターをかき鳴らす筋肉娘A。うるさい。
「続いて、ドラムの方、ドラムプレイ!」
「任された!」
ドラムを叩きまくる筋肉娘B。うるさい。
「ボーカルのグレートさんは、そこで会場の屋根から登場」
「うむ!」
マイクスタンドを振り上げる筋肉娘C。静か。
……ん?
「そっちの子は?」
筋肉こそあるが、ちょっと大人しい雰囲気の筋肉娘Dを指差すが、アザナはスルー。
マイクスタンドを持つグレートとかいう子に、指示を続ける。
「そして屋根から飛び降りて、足を骨折! そのままマイクパフォーマンスと熱唱!」
「任せ……う? うええ?」
慌てるボーカルのグレートさん。
オレはあまりにひどいので、割って入る。
「アザナ、オマエー。そういう無茶ぶりやめろよなぁ。それに楽器とか急に演奏とか大丈夫なのか? こういうのって、演奏合わせるの大変なんだろ?」
なるべく話が逸れるように、それらしい疑問を投げてみる。
すると彼女たちとアザナの反応は軽いモノだった。
「彼女たち、元々楽団の人たちで、演奏とか昔から合わせてたそうです。だから、それほど演奏を合わせるの、難しくないそうです」
「そうなのか、オマエたち」
「知らない曲とかでなければ」
「いつでもヤってやるぞ」
「そのメイクでギター構えられると、ヤれますの意味がなんか怖いぞ。ダレか殴るのか」
みなれない表情がよくわからないメイクなので、本気さと冗談さのどちらも伺えない。
あらため聞けば、4人とも実家が将軍付きの楽団一族だという。普段から共に演奏をしてきた仲だという。
「もともとあたいら、ほどんどが音楽隊や伝令使の一門なんで」
「どおりで赤柄組のヤツら、歌も楽器もみんなできると思ったら、そういうことか」
白柄組のやつらも、実家が工兵兼ねてるメンバーが多かった。そういう武門ごとに、無頼六派は別れているようだ。
納得しているところで、アザナが胸を張って得意顔で語りだす。
「それでですね。せっかくだから、彼女たち4人で演奏したいというので、演奏道具とか用意してあげたんです。ボク、こういうの得意ですから!」
「そうか。で、資金は?」
「ベデラツィさんに頼みました」
「コイツ、悪びれもなく言いやがって」
さも当然という笑顔で言われると、怒る気力がそがれる。
アザナは能力とコネこそあれ、基本いつも金欠だ。
ベデラツィのことだ。オレに配慮して、黙って融通したんだろう。いいけどさ……。
「そんなわけで、ボクが援助したから、ある程度、プロデュースで口を出させてもらいました。命名とかファッションだとか」
「財布はベデラツィなのに、態度デケェなぁ、アザナ。あ、オマエらは、イヤなら断っていいんだぞ」
アザナの無茶ぶりに違いないと思い、筋肉Ⅱの4人娘に助け船を出す。
だがカノジョたちの反応は、想像と違った。
「いえ、これはこれで」
「このメイクもやりすぎですが……おかげで顔も隠せますから、幸いですぜ」
「バンド名も筋肉だしな!」
「嫌い……じゃない」
おや、なかなか好評のようだ。
乙女らしい理由だが、乙女らしくない声で、がははと豪快に笑う筋肉の3人と、大人しい筋肉が1人。赤柄組リーダーのアールがいないと姉御以外の話せたんだな、この筋肉たち。
しかしまあ……いかつい体格で、奇抜なメイクをしてるため、威圧感がすごい。
「ふーん。たしかにそのなんていうか……すげぇメイクも、素顔を隠せるって意味じゃメリットと言えばメリットか」
赤柄組としての活動より、歌って踊るのはマシだと思うが……人によっては恥ずかしいってことか。
好評な筋肉Ⅱに対し、アザナはその反応を見て少し渋い顔をした。
「本当は筋肉Ⅱのみなさんに、校歌のない我が母校のため、歌詞を作って歌って欲しいのですが……慣れてないから演奏したくないっていうんですよ」
「だぁかーら、校歌あるって。モルティー教頭がこの前、歌ってただろ! あと制作と練習時間が足りねぇとオレでもわかる」
「あ、そうでしたね。それに時間もありました……それから、魔法学園の校歌じゃなくてボクが昔、通ってたところのことです。馬場の向こうの」
校歌がないってのは、アザナが昔通ってた故郷の学校の事か。
馬場の向こう……ソーハ子爵領は山がちで狭小と聞いているが、そんなところでも乗馬の練習場はあるのだろう。
ソーハ領は新領地で歴史が浅いところだし、富豪かソーハ子爵が作ったおそらく私塾みたいなところだろう。
校歌がまだないのもわかる。
狭いながらも馬が闊歩する先に、作られた質素な私塾を想像する。
でも、なんで筋肉Ⅱに、校歌を作って欲しいのか。よくわからん。
オレも渋い顔になり、アザナと一緒に手を拱いた。
一緒に唸っていると、先にいつもの様子に戻るアザナ。
パッとした笑顔に切り替え、オレを見上げる。
「じゃあ、暇でしたらセンパイ。筋肉Ⅱのみんなの演奏、聞いてあげててください」
「おう。……手伝えとは言わないんだな」
「じゃ、センパイ、手伝えます?」
「できない」
音楽がどうの楽器がどうの以前に、なにやるのか、コンセプトもわからんのに手伝えるわけがない。
そんなこんな、オレは筋肉Ⅱの練習風景を眺める。
曲はすでに手慣れているらしく、練習には問題はなさそうだ。演奏方法……表現方法を模索してるようで、アザナが適度にアドバイスをする。
おとなしく棒立ちで演奏していた筋肉Ⅱたちが、荒々しく動的な演奏をし始め、オレもなかなかじゃないかと思い始めたころ──。
「……センパイ」
「なんだ?」
アザナが不思議そうな顔で、オレを見上げて尋ねる。
「なんで、そんなに暇そう……余裕があるんですか?」
「暇? 今、暇っていったか? あー……そりゃあ、きまってんだろ。コンサート本番で頑張るのは、タルピーとその仲間たちだし」
「いやそうじゃなくて!」
アザナが困ったように、言葉を選ぼうとして「う~ん」と、目をバッテンにしてくねくね悩む姿を見せ可愛いな。
「あー、もういいか。言っても。古来種の人たちですよ!」
「え? アイツらって、崇められて、注目されてればいいんだろ?」
「だから、コンサートではなく! その古来種の人たちではなく」
「ああ、自分たちの星に帰りたい方の人たちね」
ちょっと察しが悪いふりをしたら、アザナは不満げに頬を膨らませてみせた。
コイツ、からかうの面白いなぁー……って、やりすぎると、8128倍返し喰らうからやめよ。
「それはさ、もうアザナには説明しただろ?」
「作戦……とは言えないですね。あの計画はわかってます。それはいいです。でも……なんで落ち着いていられるんですか?」
アザナが心配半分、疑念半分の顔で、オレを見上げてくる。
アザナにとってはかつての「アザナ」が、正面からぶつかって敗北した相手だ。
離間工作したわけではないが、よくわからない理由で勝手に分派して、人数的には弱体化しているとはいえ油断はできない相手だ。
そんなアザナからしたら、ちょっと最近のオレは異常かもしれない。
「そっか。落ち着いてるように見えるか。そうでもないんだが……」
「やっぱり緊張してるんですね?」
オレが口濁ると、アザナはなぜか笑顔になった。
きっと……自分と同じだから、安堵したのだろう。
だが、違うんだよなぁ……。
「逆だよ、逆」
期待していた答えではないと、アザナがまた不安そうになった。
その緊張を解こうと、オレは努めて優しく言ってみせる。
「明日のコンサートなんかより、もっと度肝を抜く一大イベントとその計画。早くやりたくて興奮しまくってるよ」
「早くヤりたくて興奮してるですって?」
ヨーヨーが現れた。
どっから現れたんだよ、ヨーヨー。
「……邪魔をしちゃダメ。あ、続けてどうぞ」
ディータ=ミラーコードが、応援に駆けつけた。ヨーヨーを捕まえて、引っ張っていこうとしている。ディータ=ミラーコードは小さいため、それは叶わない。
結局立ちさらず、2人は距離を保ってこちらを伺っている。
謀らずも、この乱入者2人のせいで、アザナの不安とか緊張が吹き飛んだ。
あとオレの気遣いも吹き飛んだ。
「なあ、オレよりコイツらの方が、もっと余裕綽々だろ」
「そうですね」
アザナは同意した。
遅くなりました。
仕事の環境が変わりまして忙しく、5月も更新が滞るかと思います。
申し訳ございません。




