見えないという脅威
遅くなりました、ごめんなさい
つい先日までオレは暇だなぁ、とか思って服を作るくらいの余裕があった。
なのに、いきなり忙しいことになってきた。
それはコンサート前夜だから、という理由だけでない。
余計なトラブルを引き起こしたヤツがいた。
イマリひょんだ。
先日、コイツを完成したというコンサート会場の偵察に送り込んだ。
そこで帰還組とされている古来種の集団を発見。
オレとアザナが作った魔具を過信して、古来種たちの集団へ紛れる。
うまくいったので、調子に乗って潜入捜査。
で、バレたわけだ、コイツ。
古来種の胞体陣で作り上げられた複雑な手枷をかけられ、イマリひょんはしょんぼりと正座……?とかいうスタイルで、執務室に座り反省の態度を示している。
床に座り、小さくなっているイマリひょんを見下ろし、オレは深く溜め息をついた。
「はあ……まったく。念のためとアザナとヨーヨーがなんだかわからない魔具を用意してくれてたからさぁ、逃げられてよかったが」
「違うんです」
「違くねぇよ」
言い訳前の常套句を放ったので、力技で言い返す。
「と、とにかく違うんです。ザル様とアザナさんの魔具。これを信じていたんです」
「オレたちの造った魔具のせいにするな。オマエさぁ。オレたちと初めて接触した時も同じような失敗したろ?」
「同じような? なにがあったんですか、センパイ?」
当時、あまり興味がなかったのか、よく覚えていないアザナが訊ねてきた。
「ゴーレムレースの時さ、アンドレチームが失格になったろ」
「ああ、あの時の。プライマリーさんが部外者ってバレたアレですね。制服着てないからそこから疑われた時のですね」
「そうそう、それ」
「反省……してる」
「で、今回は『入室者の数をカウントする魔具』でバレたってわけ」
「はは~ん、なるほど」
たった一言で、アザナは察してくれた。
「プライマリーさん、あくまで対人特化ですもんね。機械的に……いえ、魔具で単純にカウントされて、疑われてバレたわけですね」
「ううう……。」
「その仕掛けは多分、セキュリティとして設置したわけじゃないのかもしれんが……。イマリひょんはその客観的な視点に弱いよな」
「他人の主観を惑わしてるわけですからね。もしかしたら点呼を取るだけで、プライマリーさんも歌が割れるかもしれませんね」
「いっそ、そういう場合に誤魔化すテクニックでも磨いたらどうだ?」
「どんなテクニック?」
「具体的には?」
イマリひょんとアザナが食いついてきた。
思いつきでいったので、特に案はないのだが……。
「あー、そうだな。例えば今回みたいな、魔具でカウントされて一人多いとか気がついたようなら瞬時に、近くの誰かに向かって『怪しいと思っていたが、まさか貴様か』と、擦り付けるとか」
「ひどい。咄嗟にそれは。性格悪い」
「センパイは、悪い人ですね」
イマリひょんとアザナがそう言って身を竦め、オレから距離を取る。
「なんだよ、具体的にってオマエらが言ったんだろうが。例だよ、例。こんなの雑に言っただけだから、テクニックでもないし、ひどくもないし、オレは悪くねぇ。って、そうそう。そうやって矛盾の矛先を急に向けると、相手を慌てさせるわけだ」
「わあ。急に。冷静になった」
「切り替えが急ですよね、センパイ」
少しうろたえて見せたあと、今のはお互い良かったなと思ってサムズアップしたら、アザナたちは半眼で呆れた様子を見せた。なんでだよ。
そんなわけで、未だアザナと一緒に、手錠型の魔法の解除中だ。
表層のトラップ染みた胞体に手を伸ばす。
「なんにしても、だ。コンサート前日で、忙しいというのに余計な仕事を増やしやがって……。ちょっと偵察に出したら、古来種相手にうまく接近できたせいで色気を出しやがって」
まとめて胞体の3つを解きほぐし、アザナも4つ解きほぐす。
ドヤ顔を見せるが、無視して次の胞体解析を進める。
「これ行けるな。そう思って潜入。したらもうガシャンよ」
ただ待っていることが苦痛だったのか、イマリひょんが身を捩り始めた。
落ち着きがないなぁ、と横目で見ていたら、独り言まで言い始める。
「人質……。いえ。ひとつ質になってしまうところでした」
「余裕あるな、コイツ」
冗談の一つでも言えるなら、懲りることはないだろう。
勝手な行動は問題ではあるが、萎縮するよりはいい。
「しかし相手もさすがだ。腐っても古来種だな」
古来種をそう評すると、テーブルの上にいたディータ・ミラーコードが、ビクッと身体を振るわせて振り返りオレの顔を見上げてきた。
なんで?
「それはそうと、ボクを褒めてくれていいんですよ」
アザナが笑顔で、首を傾けた。
なんだ、その頭を差し出すような角度。撫でろっていうのか……手が、伸び──。
「ぐ……、いや、そもそもオマエが余計なモノを作って、それをイマリひょんにやるから」
「やってませんよ」
「は?」
「あげてませんよ」
「は?」
「じゃあ、イマリひょんの撤退を助けた使い捨ての転移の魔具は、どうしたの?」
イマリひょんに尋ねるよと。
「買いました」
「売りました」
悪びれなく、並んで答えるイマリひょんとアザナ。
「おい、イマリひょん。どこからその金は?」
「ザルガラさんから貰った活動資金から」
オレにつけ払い。とか言われるかと思ったら、比較的マシだった。
活動資金ならある程度、オレの許可がいるんだが、ある程度ならイマリひょんの裁量でも使っていい。
「ならいいや」
「いいんですか?」
オレが不問にすると、アザナの確認してきた。ちょっと怖い。
いろんな怪しいお役立ち魔具を、オレの部下や仲間たちに売りつけそうで怖い。みんなには気をつけろと通達しておこう。
最悪、オレに請求書が回ってきそうだしな……ん?
などと考えつつ、イマリひょんを拘束する胞体を解除していたら、忙しいノックの後に荒々しく執務室のドアを開け放って入室する闖入者がいた。
ヨーヨーだ。
どこか誇らしげで、それでいながら恍惚した表情で、堂々と胸を張っている。
「ザルガラ様! 四則演算ができる人には、服を着ているように見える魔法! 完成しました」
鼻息の荒いヨーヨーが、白いフリルの水色のドレスを見せつけるようにクルクル回る。
……え? 四則演算できる人には……つまり大部分には、服を着てるように見える?
水色のドレスは見えるけど……これ、実は全裸なのか?
認識阻害、いや錯誤をこうも実現するとは、すごいなコイツ。
古来種の精神支配から逃れているオレだけでなく、まだ精神支配を受けて間接的に精神防御を受けている人間を錯誤させる術式には目を見張る物がある。
それを踏まえてオレは呟く。
「なぜ変態はベストを尽くすのか?」
「センパイ、なんだかそれ、本のタイトルみたいですね」
「やだよ、そんなタイトルの本なんて出さねぇよ。また変態に詳しい人って言われちゃうじゃん」
発行予定も執筆予定もない本の話はともかく、コイツは放置しておこうかな。
どんなリアクションしても喜ぶし、無視した方がいい。
とにかく話題をずらそう。
「ザルガラ様……。見てください。ドレスを……。じっくりと……このドレスを……」
はぁはぁと鼻息荒く迫ってくるヨーヨーを背にして、なにか話をズラせないか……と視線を彷徨わせる。
そうしていると、開けっ放しのドアをノックして、ワゴンを押したティエが現れた。
「みなさま、お茶をお持ちしました」
「おう、いいタイミングだ! ヨシ。休憩だな」
ナイスだ、ティエ。これで話題を逸らせる。
茶を受け取りながら、オレはティエに宣告する。
「悪いがティエ。よく考えたんだが……もしも古来種と接触するさいに、オマエを同行させることはできない」
オレがそう告げると、ティエはあからさまに落胆した様子で目を伏せた。前髪に隠れて、目、見えないけど。
「何度も言ってるが、アイツらの支配下にある人間って、いつでも肉体を乗っ取られる状態なんだよ」
「精神支配と制御のため、魔力プールを通じてポートが開きっぱなしのノードみたいなものですから。そうですよね、センパイ」
「アザナ、オマエのその説明、補足にもなんにもなってないぞ」
王都地下の魔力プールに、触れているオレにはなんとなくわかる。だが古来種の支配下にあるティエには、想像もつかないこと──
「ハアハア……ザルガラ様ぁ」
無視して、顔を背けてたいたら、密着してきた。
うわぁ、コイツ、マジ何も着てねぇぞ。
見える見えないだけで、感触は誤認させないのか、コレ。
防御胞体を強めにして、ヨーヨーを少し遠ざけた。肘を曲げて上げ、腕をワキワキさせ、前傾姿勢で倒れそうで倒れない体勢のまま、前へ進もうと歩き続けるが後ろへと下がっていくヨーヨー。
「うわ。スリラーとムーンウォークと反重力傾斜の欲張りセットだ。いいなぁ」
ヨーヨーの変な動きを見て、またアザナが変なこといった。
……ナニかいいのか、これ?
面白い動きだとは思うが……。
魔力プール周りを把握してるオレは、たとえ話であっても理解できる。だが、魔力プールに関して概略しか知らないティエ相手には、未知の事象で例えられてもわからない。
「……わかりました」
「わかったの?」
ティエがあっさり納得した。
「ほら、ボクの説明が通じたんですよ。安心してください、ティエさん。ボクがついてますから」
ドヤ顔のアザナ。
「ですが、二人きりというのは容認できません。あと何人か護衛はご用意できませんか?」
家人の中でも筆頭であり、護衛も兼ねているティエの言い分はもっともだ。
しかし、でもなーとオレは天井を仰ぐ。
「筋肉巫女巫女隊のアイツも支配から抜けかかってるけど、このお祭りのメインであるから連れて行けないしなぁ。支配から抜けかかってるおかげで、古来種にコンサートに勝とうとか、そんな不遜なことできるわけだが……。もちろんタルピーは無理だ」
「他には、いらっしゃらないのですか?」
ティエに問われ、脳裏に浮かぶ顔は浮かんだ頭だけだった。
「うーん。トゥリフォイルくらいかなぁ。頭限定」
「ほかには?」
「ヨーファ」「いないなー」
アザナがヨーヨーを指差してなんか言ったが、かぶせて打ち消す。
「ヨー」「いないぞ」
真面目な話、ヨーヨーが支配から脱しても、南方の再支配魔具で修正しているので、安心はできない。どこかで再支配を仕込まれてるかもしれないからな。
「ではザルガラ様。もしかして古竜の方々を呼ばれたのは?」
「ん? どういう意味だ? 古竜への協力要請は、別に古来種の牽制とか、ましてや相手にするためじゃないぞ」
「そうなのですか?」
事もなさげにオレが言うと、ティエは大きく口を開けて驚く。
「カエカエのやつは呼べとうるさかったが、ほとんどはコンサートでの協力ため。お祭りに協力なら喜んで、って感じで安請け合いしてくれたぞ」
古竜は同盟相手だが、古来種との因縁はない。王国が直接かかわったことにもならない。
そういう意味で、ちょうどいいんだ、アイツら。
「ですが……かの方々は、共和国に害をなしている竜下人の実質支配者で……」
竜下人は共和国から追放されたり逃げたりして、古竜に寄り添って生きている。今でも散発的に西の辺境で衝突しているというが。
「なおのこと、そのくらいならちょうどいいだろ。共和国への嫌がらせには」
師匠の倍々卿なら、もっと悪辣なことをするだろうが、オレにはこれくらいが精一杯。
この意見に、アザナは眉を顰める。
「うわ……ボク、そういうセンパイ見たくないな」
「じゃあ、どんなオレを見たいんだよ」
アザナの期待を聞こうとしたとき、またもノックもしない闖入者が現れた。
全裸のイシャンだ。
「はっはっー。ザルガラくん。頭のいいものには見えない服を作ったぞ、見てくれ」
「見えねぇんだよ! 【ごく彩色の織姫】……って、なんだと!」
すぐさまいつもの【極彩色の織姫】をかけるが、手ごたえがない。
驚愕するオレに、勝ち誇って踊るイシャン。
アザナとティエは目を逸らしているが、ヨーヨーも一緒に踊るのでイラッとする。
「はっはっはっ。服を着ているんだ。服を着せる魔法が通じるわけがない」
「そんなはずは……多少なら重ね着させるのに」
本気でイラッとしたので、新作の魔法を披露することにする。
まだ最適化していない魔法なので、詠唱が長くなる。
「タンス・デア・ジーベン・シュライア、タンス・デア・ジーベン・シュライア、七つのヴェールを纏い踊れ! 【七重と言わず八重で九重で】」
「なんとーっ!」
踊っていたイシャンが、慌ててオレの魔法に抵抗するため身構える……が、無駄。
白い布でグルグル巻きされ、踊るイシャンの出来上がりだ……アレ? おかしいな。
「もっとキレイにヴェールがかかるはずなんだが、うまくいかないな。一瞬で纏わせないと、動くから絡まるのか。うーん。【極彩色の織姫】並みに、瞬時に発動、瞬時に展着させるには、まだまだ研究が必要だ」
「全裸の誰かに服を着せる研究ばかりしてますね。ザルガラ様」
「言うな」
急に冷静なツッコミを入れてくるヨーヨー。
つまらないことに気が付いて、オレのテンションが下がる。
と、そこでテーブルに乗っているディータ・ミラーコードが、後ろからオレの襟を引っ張る。
「……ザル様、ザル様。閃いた」
「なに? 閃いた? なんだ、ディータ?」
「……あの二つの認識阻害の服、組み合わせれば、もう服を着なくていい」
「なるほ……ど。くっ!」
一瞬、納得したオレのバカバカッ!
「ところで。ザルガラさま」
「なんだい、イマリひょん」
「以前より。たまに伺う。古来種様に対抗する手段。なんですが……」
「はあ、またか」
大人しくしていたと思ったが、イマリひょんもコレか。
アザナが「どうします?」という尋ねる表情を向ける。
「腐っても……なんで振り向くんだよ、ディータ。……とにかく腐っても古来種か」
オレはやっとデコードし終えた胞体の奥の奥、その奥にある胞体を握り潰した。
「はっ! ここは」
イマリひょんが正気を取り戻し、周囲を見回す。
オレが「仕掛け」を破壊すると同時に、息を合わせたアザナが胞体の手錠もすべて解除した。
「……なにがあったのザル様」
この場で、事態を理解しているのは、オレとアザナだけのようだ。
ディータ・ミラーコードが代表して尋ねてくる。
「さすが古来種。つまり、イマリひょんには逃げおおせたと思わせて、こちらの内情を探るコマにしてたのさ。精神操作の応用だな」
まだ油断はできない。
オレの勝ちは確定しているが、それはあくまでオレだけの話だから──。
タルピー「なんであの女の子は服を着てなくて、あっちのいつも裸の人は服を着てるの?」
ザルガラ「な……んだと……」




