11人いる!
コンサートともライブとも、だだのお遊びともつかないイベントが、数日後にせまる太湖の夜。
その北部では、王国と共和国の船舶が行きかい、人も船から浮島から溢れんばかりとなっていた。
お祭り騒ぎの浮かれた雰囲気とは裏腹に、航路の管理に王国と共和国の軍船も姿を見せ、一触即発の雰囲気もあった。
魔具と個人が灯す光が、太湖のあちこちに行きかっていた。
騒動の中心地、そこには先日まで影も形もなかった浮島の姿がある。
上物が完成した浮き島には、急造とは思えない立派な桟橋と港があり、許可を得た船舶が我先にと接舷し、混乱一歩手前の様相であった。
古来種が集まれば、片手間でこれほどの島と施設ができてしまう。もちろん反徒たちの協力もあったが、それは僅かであり限定的だ。
いかに強大な力を持つか。この浮島と賑わいからうかがいしれた。
この様子を港のホテル前で苦々しく眺める10人の人影。フードを被るコート姿の男たちが、混雑する会場に侵入していた。
集まっている古来種アイドルファンが、フードの中を覗けば驚くことだろう。
10人中、10人がアザナに似た顔付き……つまり推している古来種アイドルに似ているからだ。
しかし、彼らはアイドルを軽薄なモノとして、活動はしていない。
ステファンが作った素体に近く、髪色や髪型だけが違うだけ。造りが似通っていて、無表情であることから、身体の造詣への無頓着さがほの見える。
10人の誰もが地球に帰ろうという確固たる目的を持った者たちだ。それ以外への関心は低かった。
「コンサート、か。この労力。帰還に割けば。どれほど捗ったか」
10人のうち、一人は不逞古来種のリーダー格。ジョンソン・エンド・イアソンだ。
彼は古来種と下位種の共同作業の結果を見ながら、感慨深くそれでいて残念そうに言う。
フードを目深にかぶっており、その顔は伺いしれない。
「コンサート。というが。歌で競い合う? それはどういうもの。なんだ?」
ジョンソン・エンド・イアソンと後ろの9人は、この異様な熱気に気圧されていた。
理解ができないといった様子だ。
「歌うことが目的なのか。賞賛されたいのか。よくわからんな」
「……うーむ」
誰もが理解できないのか、疑問が深まるといったようすだ。
これが歌などくだらないと言い切れるほど感情が豊かであったなら、まだ帰還組とアイドル組は歩み寄れたかもしれない。
地球への帰還組は、本気でアイドル組の古来種たちと精神面に乖離があった。
「コンサート。競い合い。と、言えば。あの上位種が参加するとか」
理解できる話に落とし込もうと、一人の古来種が話題を少しずらした。
人形のように停止していた全員が、一斉にその話題に飛びつく。
「上位種? まだこの次元に。いたのか?」
「イフリータだったな。名前は。なんといった? たしか。タルピー」
「そうだ。タルピーだったな。歌が得意なのか?」
「どうだったかな?」
「なにせよ。無謀だな」
「たかが上位種が我々。ではないが。イフリータが末席とはいえ古来種。それに挑むとは」
「で。コンサートで競う。なにがいいんだ?」
一人の古来種が、話題をループさせてしまった。
一斉に黙り込むフードの男たち。
これを見て、さすがのジョンソン・エンド・イアソンも呆れるように唸る。
「む~……。そういえばザルガラだが。古竜も呼んでる、そう聞いた」
わかりやすい話題となった。10人は一斉に反応する。
「あの小僧め。一人では敵わぬ。と古竜を呼んだか」
「ふむ、厄介ではあるが……」
「我々を。恐れている。間違いない」
先ほどとは打って変わり、わっとイアソンの振った話題にのる9人の古来種たち。
「古竜を。ぶつけてくるというなら。ここが盾となる」
「それをわからぬ相手。そうとは思えない」
「ここ、寒いんで、あっちで温かいもの。飲みません?」
「ザルガラも窮すれば。古竜をぶつけてくる。そういうブラフか」
「保険だろう。小心な」
「あたたか~いもの、飲みません?」
「古竜がいれば勝てる。浅はかというほかない」
ザルガラをどう妨害してやろうか、ザルガラがどう妨害してきて、それにどう対策するか。それを相談し合うフード姿の10人。
1人、その会話に参加しないで、イアソンはこの浮島の現状を確認する。
続々と会場である浮島の波止場に、少ないながらも、共和国の船もあった。
反徒がいるとはいえ、崇拝する古来種のコンサート──ライヴを、この下位種と中位種たちは複雑な気持ちながら見たいのだ。
「どうだろ? この場に集まった者たち。強制的に徴発しては?」
小さな、それいて精密な胞体陣を投影しながら、一人の古来種がイアソンの後ろから不穏なことを口にした。純粋な古来種である彼の力を持ってすれば、一瞬でこの浮島にいる中位種下位種のすべてが強力で強制力の強い支配下に置かれるだろう。
それをジョンソン・エンド・イアソンは横目に見やり、首を振った。
「それもいいが……やめておこう。あんな奴らでも。敵に回れば厄介だ」
地球帰還組は10人。数が少ないとはいえ、古来種の中では優秀な者たちが多い。なにより全員が地球人類により作られた、純粋な高次元体である。
反してアイドル活動をしている古来種の大半は、この星で実力を認められて高次元体となった者たちだ。
帰還組からすると、アイドル組の大半は成り上がりという印象が強い。
相対しても勝てるが、少なくない損耗もあり得た。
「なに、ものは考えよう。あの俗物たちを。骨抜きにしている。そう思えばいい」
「そうだな」
尊大になりつつ、油断しながら納得する古来種。
話がひと段落したところ見計らったように、この島に上陸したばかりの共和国の市民が声をかけた。
「あ、すいません」
「む、なんだ」
「トイレは、どこですか?」
「そこの柱の右。曲がったところだ」
「ありがとうございます」
感謝してトイレへと向かう市民。思わず反応してしまった古来種は、仲間からの視線から逃げるようにフードを目深に被り直した。
そんな古来種に冷たい視線を向けていた一番後方の古来種は、自分の裾を引っ張られる感覚に気が付いて振り向いた。
そこには顔色の悪い小さな女の子がいた。
慌てて駆け寄る母親らしき女性。
女の子を回収すると、古来種とは知らぬ人物らに頭を下げた。
「す、すみません。子供の調子が悪くて」
「ええい、こんな時間。こんなところに。子供をつれてくるなど。救護室は。このホテル裏だ」
「ありがとうございます」
女の子を抱えて去っていく母親。
入れ替わるように、今度は上陸したばかりの団体が声をかけてきた。
「すいやせんね。うちら受け入れの準備に、ベデラツィ商会の案内できたんですが」
「商会? よくはわからんが。あっちのほう。ホテルの隣で。そんなやつらが。看板を立てていた。そっちで聞いてくれ」
「ありがとうございます」
代表が礼を述べて、団体をまとめ上げてベデラツィ商会の出張所へと向かった。
このようにコートにフード姿の帰還組は、周囲から係員と見られていた。
皆が同じ背格好で、同じ服装であるため、そのように見られたのかもしれない。
能力がなまじ高く、それでいて状況と周囲を正確に把握しているため、的確な案内ができてしまう。
これを遠くから見つめるボトスがいた。
彼はマネージャーやプロデューサーのような活動をしていて、本来ならばこの不逞古来種を不審者として追い払うべきであった。
「ボトスさん。あの人たち……どうします」
正式な係員の一人が、フード姿の集団を差して尋ねる。
ボトスは難しいな、と唸った。
「うーん、いいんじゃないかな? ステファン様とも知り合いらしいし」
先日は、古来種アイドルたちのところから追い払ってしまったが、あとで聞くと親しい友人だったらしい。
古来種アイドルたちの友人であると知り、ボトスはすっかり萎縮してしまっている。
公私の区別ははっきりさせるべきだが、まだアイドル業界は未完成で緩い段階だ。一般人の友人が楽屋を訪れることを禁止する。などという明確なガイドラインなど存在しない。
ボトスは思う。こうして会場の隅で観客たちの案内を、この友人方は自発的にしてくれているのだ。
ものは考えようである。
フード姿の11人の集団は、会場や関係者以外立ち入り禁止区域には入らず、隅で大人しくあつまっているだけだ。
そして結果的に手助けしてくれているので、彼らの存在を黙認した。
友人が勝手に、後方支援者面をしているだけだろう。
ボトスはそんな風にとらえ、問題を起こさないならばそれでよいと判断した。実際、混乱した会場では、急場に雇われたスタッフより、よほど彼らは役に立っている。
去っていくボトスを、横目で見送りながら、イアソンは古来種にしては珍しい愉悦という笑顔を見せた。
「ふ……利用されているとも知らずに。うかれている」
残念、利用されているのはイアソンたちである。
古来種たちは当然、ボトスたちを侮っている。アイドル組も、警戒こそすれ例外ではない。
そんな油断をつくように、一人のフード姿の者が10人の古来種に向けて提案する。
「ところで。ここにばかりいても。仕方ありません。待機場所、集合場所などを用意しておきました。普段はそちらで。休んでおきましょう。温かいものも。用意してます」
「おお、そうか」
「そんなものを。さすがお前だ。気がきくな」
「オマエがそういうなら、そうしよう」
「ここにいても。不愉快なだけだ」
10人の古来種たちは、フード姿の者の提案を受け入れ、仲間が用意したという待機場所へと向かった。
誘導されるようにこの場から去っていく10人の古来種を見送り、移動を提案した者はフードを払った。
そこには一つ目の目隠しをし、その上にメガネをかけるという意図不明の姿をする「サイクルオプス」プライマリーの姿があった。
「ヤッバ。これ、快感。私、古来種様。騙しちゃった」
自らの能力にザルガラが作った新しい認識阻害の術式に加えて改造し、ダメ押しでアザナが作った魔具「万能変装メガネ」を装備したサイクルオプス・プライマリーは、まさしく無敵であった。
彼女は、よだれを垂らし、ビクビクと震える身体を自らの腕で抑えて悶える。それはヨーヨーが良く見せる姿態に似ていた。
近くの窓にその姿が映っており、イマリーは慌てて居住まいを正した……が、ダメである。
立ち去っていく古来種たちを見送り、改めて自らの成功に酔いしれ、くねくねと身を捩らせた。窓に映るその姿を、今度はしっかりと確認したままだ。
創造主であり支配者である存在を、自慢の誰でもあり誰でもないという能力で手玉に取る。
この行動を持って、彼女は完璧に古来種の支配下から脱したのだった。
「あはぁあん。この栄誉と快感を。ザルガラさんの元にぃ~」
あと、ついでに。
どうでもいいことだが、彼女もザルガラを取り巻く変態の一人になった瞬間だった。
ザルガラ「魔具が通じるかどうか試すだけと言ったのに、なぜ会話の輪に入って誘導までした。言えッ!」




