アイドルたちのカトプトリカ
島に寄せる波が、遠ざかっていく静かな湖上。
太湖の中ほど、やや北部よりでコンサート会場の建設が進められていた。
不安定そうな浮島であるはずなのに揺れが無く、巨大で多くの人を収容できるよう開発が行われていた。古来種の技術が伺える。
そんなコンサート会場の一角。
ヘルメットをかぶった反徒……いや労働者たちと、ゴーレムたちがせわしく行きかう中に中心に、不自然なほど華やかなテントがあった。
その天幕を払って、飛び込んだ古来種が叫ぶ。
「この照明を作ったのは誰だぁっ!」
アザナと瓜二つだが、長い髪をツインテールにアップした少女が、器用に照明器具を頭に載せて駆け込んできた。
「それは私ですね。いいじゃないか。ようは照らせればいいんですよね?」
またもどことなくアザナと似ているが、体型がふくよかになり、やや顔つきが柔和になっている細い目をした少女が、仮縫いの舞台衣装に袖を通しながら答えた。
「お前には任せられん、私が作る! なにしろ私は照明とは美しくあるべきだと思っている! 証明と同じだ! 照明だけにな、ぐふふ」
「……それ、舞台の上でいわないでくださいよ」
柔和な顔が一転、険しくなって口調も変わる。
ツインテールの古来種は、反して少女の笑みに変わる。
「ええ。アイドルが照明を作ってるなんて、言えませんものね。ウフ」
「ダジャレの方です」
などと下らぬ会話をする二人の後ろに、アザナの面影をわずかに残す、ぽわぽわした雰囲気で、ぽわぽわした胸を揺らした古来種アイドルが天幕を払って入ってきた。
「みんなー、観客席が完成したよー」
ぽわぽわした報告を聞いて、照明を頭に載せた古来種アイドルと、細い目の古来種アイドルは怪訝な顔を見せた。
「素人考えで申し訳ありませんが、観客席より浮島の完成が先じゃないでしょうか?」
「そう? じゃあ~しまって置くね」
「どこに?」
「高次元に」
ぽわぽわした古来種が、天幕を払って視界にある観客席を「どこか」にしまおうと胞体で包み込む。
それを見て、慌てて照明を頭に載せた古来種と、細目の古来種が止める。
「やめろ、そこから脱出してきたんだぞ、ワタシたちは! 取り出せなくなるっ!」
丁寧な言葉使いをやめ、細い目の少女がぽわぽわ少女を取り押さえる。
観客席が回収不可能なところへと、収納されることは防がれた。
そんな愉快な建設を担っている古来種たちから目を背ける。
テントの奥では煌々する女優ミラーに照らされ、メイクや新衣装の裁定をしながら雑談をしていた。
「ぶち込みすぎじゃないか?」
凛々しい立ち振る舞いをする長身のアザナ似の古来種が、不思議な恰好をした古来種にそう言い放つ。
「もう……もうなにをどうしたら受けるのかわからないニャ!」
狐耳に三つ編みサイドテール、七色ヘアカラーに鬼の角。
目じりに星のシールにばちばちまつげ。口元にハートのシールを思われボクロ代わり。
猫の手袋をつけ、天使の羽に猫尻尾。
へそ出し、ミニスカート。
派手なストライプハイニーの上の膝にばんそうこう。ごつごつデカ厚底ブーツにも羽がついている。
極めつけにエンゼルリングと後光が、電飾のようにチカチカと点滅と消滅を交互に繰り返し、たまに「天下無双」とか「超絶かわいい!」とか、痛々しい文言まで浮かんでは消える。
人気は浮かばないのに。
明らかに迷走しているアイドル……アイドル? アイドルの成れの果てがそこにいた。
「どこを削ってなにを足せばいいかニャ?」
「狐耳なのに語尾がニャンなのを変えればいい」
落ち込む不人気アイドルに、クールなアイドルが冷静に突っこむ」
「手は猫だニャン」
「統一しろって話だ。とにかく、そういう露骨なところが引かれているんだと思うよ」
「で、でも! 要素を追加すれば、それはそれでファンが……」
「増えるけど減りもするよね?」
「うう……」
もう、どうしたらいいのかわからない、万年人気投票最下位の電飾古来種がそこにいた。
居たたまれず電飾アイドルから目を逸らすと、建築組のつめる天幕が打ち払われ、革ジャン革パン拘束具に、派手な髪色奇抜なメイクをしたアザナ似の古来種たち3人が登場した。
誰もがアザナに似ているが、生意気そうで勝気な雰囲気を纏っている。
そして弾けないギターをうるさくかき鳴らし叫ぶ。
「会場建設なんてくだらねぇぜ! 俺の歌を聞けぇっ!」
「あんたはいつも任された仕事をくだらないといってますね」
近くにいた無難なアイドル姿の古来種が答える。
「俺たちは反逆をしてるんだ!」
ジャーンとギターを鳴らす。歌ってはない。この古来種たちは雰囲気で、ギターを持っている。
「反逆ってそんな、アイドルらしからぬ恰好をして……」
「こんなアイドル活動にも……いや、いっそこの世界にすべてを文句をつけてやる。脱退……そう、脱退だ。アイドルに会場建設させるグループなんて、脱退してやる」
「そーだ、そーだ! 脱退だ!」
アイドルが会場建設などありえないと、派手古来種の仲間も声をそろえた。
「俺たちは脱退して、新グループを結成する! 反抗のアイドルグループだ!」
「そんな恰好で反抗のアイドルですか。アイドルならかわいらしさが必要でしょ?」
困ったように無難なアイドルが、そう言って頬に手をあてると、もっともだなと派手な古来種も首肯した。
「そうだな、その通りだ……。せめて可愛らしさを残し、色とかピンクで揃えて……グループ名も可愛く、名付けて!」
「名付けて?」
「桃色クレーマーっ!」
3人が派手なポーズを取り、一人が決まらずギターを取り落とす。
そんな喧噪が繰り広げられる天幕内の片隅で、静かにメイクをしている古来種と、アイドルらしくない恰好をしたマフラーと帽子で顔を隠す地味なコートの古来種がいた。……果たしてそれがアイドルか? という恰好のものを数人いるが目を逸らす。
「騒がしいところですまないな。イアソン」
アザナに似ていてどこか大人びた古来種が、メイクの手を止めず、形ばかりの詫びを入れた。
地味なコート姿の古来種──これもアザナに似ているがどこか険しい顔つきで、愛嬌がまるでない──そんなジョンソン&イアソンは、詫びを受けて不機嫌そうだった。
「そう思うなら。その化粧の手を辞めて。こっちを見て欲しいものだな、同志。あと他の者たちを。しっかり指導して欲しい。君は。ここのリーダーだろう?」
「同志? そう……だったかな? あと私はここのリーダーではない」
「リーダーでない? なければなんだ?」
リーダーではないと宣言した大人びた古来種は、メイクの手を一瞬止めて……だが、鏡から目を逸らさずに答える。
「センターだ」
アイドルグループのセンター。
それは一派リーダーや、組織のボスなどという肩書より、遙かに重要な要素である。
これをイアソンは理解できず、次の言葉を繰り出せない。
一方、大人びた古来種……センターの古来種は、誇らしげだ。
「それより君のコピーは大丈夫なのかい? 無限の魔力弾に襲われているときいたが?」
メイクを再開し、大人びた古来種は話題を逸らす。すまないとこれっぽちも思っていないか、アイドルとしての活動の方が最優先と考えてるか……その両方だとうかがえる。
イアソン=コピーを心配する口ぶりだが、それも形式上で雑談であろう。
「あの下品な。力技か? コピーのコピー……ダミー。それに誘因されている。問題ない」
「そうか」
「それよりお前たちだ。まさか裏切る。つもりか?」
裏切ると言われ、大人びた古来種はアイラインを整えながら、うんざりだと溜め息を吐く。
「裏切るというのはちょっと違うな。元々、この次元へ降りるまで協力しあう約束だったはずだ」
「……そうだな」
イアソンは反論しない。これは事実だった。
反徒を利用することに協力した。それはあくまでその場の流れだった。その後のアイドル活動など完全に、一部の古来種が行った勝手な行動であった。
同様に、イアソン一派の活動も、アイドル一派と足並みを揃えず勝手にやっていた。
「そうだが。反徒の持つ人的資源……。リソースをすべて使われる。これは認められない」
イアソンたちを支持する反徒はかなり少ない。
活動もままならないほどで、一度共和国へ戻って人員を補充することすら考えている有様だった。
イアソンの反応を見て、穏やかだったセンターの声色が、ここぞとばかりに怒気を孕んだ。
「リソース。リソースか。リソースというならば、地球に帰るため。この星の物的資源と人的資源。すべてのリソースをつぎ込み、星系すべてを涸らす。そのようなキミに協力はできな……いや、協力するのは二度まで充分だ!」
近くにいて異変を知った古来種アイドルたちが、振り向くほどだった。
だがそのセンターの怒気に、イアソンは無関心だ。
「二度も協力しただろう? いまさら」
「そう、二度もしてしまった……だがまあ、君の言いたいこともわかる」
「ならば!」
理解を示してくれたセンターに、イアソンは中腰になって、前のめりになった。
「会場で地球に行きたいかーっ! 罰ゲームは怖くないかーっ! 叫ばせ、ファンたちに行きたーいと言わせたいのだろ?」
「言ってないが?」
大真面目なセンター古来種に、真顔のイアソンが引きぎみに反応した。
これに別角度からも、別古来種が別反応を示す。
「待ってくれ。これは罰ゲームじゃない!」
「キミのことじゃないよ……」
「罰ゲームじゃなかった? あれ?」
属性ゴテゴテ、電飾古来種が更衣室から顔を出して叫び、センターの古来種は悲しそうに答える。
イアソンも指差して閉口する。
「な、なんにせよ、知力、体力、時の運、史上最大、第三回宇宙時空間横断への参加をするつもりはない」
「それはリーダーとしての発言か」
「センターとしての発言だ。むろん、みなの総意だ」
わいわいとにぎやかに、怒鳴りながらも楽しそうなメンバーたちを見やり、センターの古来種は目を細めた。
──と、そこに、入室してくる男性がいた。
「みなさーん。ステージの建設が完了したので確認してもらえますかー?」
ボトスだ。
自称騎士ステファンの自称従者である3人のうちの一人、ボトスである。
彼はアイドルになった古来種に、それほど傾倒することがなかったため、アイドルグループのプロデューサーのような役割を担っていた。
大出世である。
自称従者から勝手にアイドルを名乗るグループのプロデューサーになることが、出世になるか議論の余地があるが大出世である。
「あ、ダメですよ~。関係者以外が、ここに入ったら」
ボトスは場違いなコート姿のイアソンを見とがめ、出て行ってくれとその背を押す。
下位種は古来種を理由なく崇めるが、今のイアソンは顔をマフラーと帽子で隠しているため、支配とカリスマチューンの効果は発揮されていない。
むしろその姿は不審者だ。
追い出されていくイアソンを見送り、センターの古来種は小さく溜め息を着いた。
「何度もやり直せばいいと思っているようだが……、事象は乱反射して屈折するばかりだぞ」
「ああっ! どうすれば人気がでるにゃー!」
意味深に呟くセンターの古来種の後ろで、ゴテゴテ電飾属性マシマシ古来種が魂の叫びを轟かせた。
「こいつみたいに」
センターの古来種は、うるさそうに眉をひそめて呟きを追加した。




