ベデラツィ商会!躍進!……か?
ベデラツィ商会の小間使いバトは、対応に追われていた。
とにかくベデラツィ商会は小さい。
正規の従業員は、ウイナルと見習いのバトだけという有様だ。
この状況で、バトは見習いとは思えない重要な仕事を捌いている。
孤児院の裏手にあるという立地から、最近では、掃除などの雑用は孤児が小遣い稼ぎをかねて自主的に行っていた。このため、バトはそのようなこまごました雑用から解放されている。
そのおかげで、バトは重要な仕事に専念出来ているが、もうこれは見習いの仕事じゃないな……、という疑問を持つようになっていた。
バトはそんな疑問を忙しさで忙殺され、今は預かった重要な手紙をベデラツィへ届けに執務室を訪れた。
「ベデラツィさん。南方のミス・サークル商会から手紙です」
「ミス・サークル? たしか……穀物の商会だったか」
穀物の集積と運輸と卸しの商会が、なぜ連絡をよこしたのか。今回のイベントに関係があるのか?
手紙を受け取るが、ベデラツィは疑問しかない。
封を切って取り出しす。
そこへウイナルが、ヘラヘラとした態度で入室してくる。
「おーい、ベデラツィ。テクスチャ商店のところから、お客人が来たぞ」
「テクスチャ……そこ、化粧品を商ってるところですよね?」
ベデラツィは首を捻った。
今回の古来種がお披露目する内容に、穀物も化粧品も関係がない。いや、大量の食事を用意するわけだから、穀物がまったく関係と言い切れない。
だが、ミス・サークルの扱う商品は素材であって製品ではない。扱う量も最低でも馬車50台分とか、船一隻分など大口だ。一回限りのイベントで、取引をするような内容ではない。
「古来種様がお歌いになるからって、商売にかこつけて拝聴したい……ってだけなんじゃないか?」
「そらそうかも知れんけどよ。こりゃチャンスだぜ。このイベントで取り付けするだけで、この商会が仕切った実績になるんだ」
「?」
チャンスというウイナルの言葉に、ベデラツィはさらに首を捻った。
「わかんねぇのかよ。だから、俺たちの下につくも同然なんだよ、これでさ」
「いやいや、そうはならないでしょ。テクスチャ商店は店舗がいくつかあるくらいの小売りだからともかく、ミス・サークルは南方でも有数の商会ですよ。取り付けや今回の件を紹介をしたくらいで、そうはならない……よね?」
ベデラツィの感覚は正しい。
ウイナルが「商売してやってるんだ」という考えのほうが異端である。
商売を仕切れば上にたち、仕切られた側が風下に立つという単純なものではない。
だが……と、少し考えるベデラツィ。
ちらっと見ると、ミス・サークル商会からの連絡は事実確認と「お伺い」程度である。今回の一大イベントに関わらせてくれ、というものではなかった。
彼はよくわからなかったのだが、保身のためには利用できるのではないかと考えた。
「……なら、ウイナル。元からうちと手を組んで商売をしている以外、つまりこれから手を組もうっていう方々を取り仕切っていただけますか?」
ベデラツィはそういって、届いたばかりの手紙をウイナルへと手渡した。
「い、いいのか? ……いや、当然か。俺は共同経営者だからな。ああ、ミス・サークル商会? テリーさんのところだな」
箔押しされただけの無記名封筒を見て、まったく接点のないミス・サークル商会のものと言い当て、なおかつ頭取の名をさらっと口にするウイナル。こういう点は頼もしい。
「あ、あとバトくん」
「はい」
「きみは、元々我々と手を組んでいた組合たちを、取り仕切って貰えるか?」
「ええっ!」
驚くバトに、ベデラツィは一筆書きながら、努めて優しく話しかける。
「今日をもって、きみは見習い卒業だ。ああ、なにも全部をやれって意味じゃない。各所から要望や意見を聞いてまとめて、私にあげてもらえばいい。先方へ最初に私も付いて、挨拶もするからね」
「は、はい。そのくらいなら……ありがとうございます!」
ベデラツィのサイン入り委任状を受け取り、緊張しながらも喜ぶバト。
これで彼は見習いではなく、勤め人とはいえいっぱしの商人だ。
「それで、私がいくつか案を取りまとめるので、きみが選んで調整してくれ」
「ええっ! む、無理ですよ!」
追加された責任に、委任状を取り落としそうになるバト。
「自分なんかに! この大仕事で! 失敗したら! ど、どうしよう!」
「いや、いいんだよ。大きな仕事のようだが、今回は誰もが初めてのことだし、むしろ失敗しようがない」
「え? 失敗しようがない?」
「なにもかも初めてのことだ。なにが成功なのかわからないだろう?」
古来種とあった人は少ない。もっとも古来種と接点がある【交信会】でも、声を聴いているくらいだ。
その古来種たちにあえて、歌を聞かせてもらえるイベントで、しかも人工の浮島で行われるなど今までなかったことだ。
どれだけイベントに関わり、どれだけ収益を上げれば成功。という基準がない。
盛り上がらなかったというイベント的な失敗はあり得る。だが、それはステージの上に立つ古来種とタルピーたち、そして運営側の失敗であり、商会の直接的な失敗ではない。むしろその状況でも、儲かっているという可能性すらある。
「そ、それなら気も楽ですか」
「そういうことだ」
喜び半分、不安もありつつ納得するバトを見て、ベデラツィは内心、誤魔化せたとほくそ笑む。
確かに成功と失敗の基準はまだない。それは事実だ。
しかし、今回の結果が次からの基準となる。ベデラツィは、その情報を伏せた。
バトはこれに気が付かなかったが、ウイナルは気が付いた。
「ほう……」
バトの後ろで納得顔のウイナル。彼はこう解釈した。
(バトの気を楽にさせるため、嘘は言わず責任はないとしたか)
普段、なにかと気の利かないウイナルだが、今回ばかりは口を出さなかった。
一方、ベデラツィは、この中でもっとも事態を理解していなかった。
古来種にも詳しくなく、政治にも詳しくなく、ザルガラに近しいわりに、今回ばかりは理解が及んでいない。
よくわからないからこそ、失敗が怖い。
商会を構えて責任がある分、バトよりも不安なのだ。
そもそもベデラツィは、痩せ薬製造販売を成功させたことで、もう「達成した」という気持ちが強い。
商会をこれ以上、大きくするつもりがなかった。提携や委託で他の商会を便り、中小商会と協力しあって利益を独占していない理由は、一重にこの「達成感」である。
一生豪遊はできないが、遊んで暮らすには手持ちの金でも十分だ。
守りに入っている。これ以上、事業が大きくなっても困る。
いっそのこと、責任をウイナルとバトに投げてしまってはどうだろう?
そのくらいの気持ちで、ベデラツィはウイナルとバトに仕事を任せてしまった。
その結果は──。
+ + + + + + + + +
仕事を任されたウイナルは数日後、酒場でくだをまいていた。
「くそっ! また儲け話を取られた!」
真っ赤な顔で突っ伏すウイナル。その手にある空のコップに、酒を注ぎ足す男が呆れたようにいった。
「またですかぁ、ウイナルのダンナ。で、今度はどちらさんに取られたんで?」
「カラムバイハンド男爵にだよぉ……」
「カラム……ああ、あそこは商会3つくらい関係してやしたね。木材と陸運と楽器? に強いところの」
「そうそう、そうなんだよ。だから協力させてやろうと、このウイナル様がよぉ……。なのに話しを持ち込まなければ、アイツらだって商機に気が付かなかっただろうに……」
このウイナルという男。顔は広いが、いまいち才覚が足りない。
もちろん、いろいろ顧客や同業者と繋ぎを取れるというのはそれはそれで才能だ。だが、それだけである。
しかしうかつな彼は、うっかり口を滑らせて、うまい儲け口を奪われたり、取り付けを先回りされていた。
ウイナルの実績にはならない。古来種のコンサートに関する儲け話を、同業者にバラまいただけとなった。
しかし、それはベデラツィにとって、思惑通りであった。
また、それはベデラツィにとって、思惑以上でもあった。
「政治的に王国貴族が関われないからこそ、商会とか力を貸す必要があるんだ……。運輸と宿泊業だけじゃなく、会場が湖の上で、こっちからはちょっと遠いから船の手配だって……」
「へえへえ、そうなんですねぇ」
そして、愚痴を聞きながら酒を注ぐこの男は、他商会からの間者であった。
脇の甘いウイナルから情報を抜き放題だ。
しかしそれは、あまり今回の件に深入りしたくないベデラツィにとって、喜ばしいことだった。
そしてまた、それは将来のベデラツィの成功を意味していた──。
+ + + + + + + + +
ウイナルがうまい話を、各所で文字通り景気よくばらまいていたころ。
バトはバトで、あまり振るわないでいた。
正式な従業員となり、ベデラツィの委任状を貰ったとはいえ、先日まで見習いだったバトが先方から軽んじられるのは当然である。
「また失敗しちゃったよ」
バトは孤児院隣……うれしいことにミニスカートの看板娘がいて、うれしくないことにミニスカートのおっさんが営む食堂で落ち込んでいた。
ウイナルが相手する海千山千の貴族や商会と違い、普段から付き合いのある中小商会はバトに協力的だった。
そうであっても利益の大半を、ここぞとばかりに奪われる契約を結ばされることもあった。バトをこれに責任を感じていた。
だがベデラツィは責めない。
バトはかえってこれが苦痛であった。
「失敗したかぁ。で、バトのぼうずは、ここでなにしてんでい」
昼食を食べ終えた川港の親方と、同席していた白柄組の数人がバトを気にして声をかける。
「実はベデラツィさんに、見習いから従業員に昇格させてもらったんだけど……」
バトのつぶやきを聞いて、親方はバトの背中を叩いて笑う。
「ほう、そりゃぁ、あっすげぇな。それじゃあもう、ぼうずとは呼べんなあ。よかったな」
「よくないよ~。いきなり責任重大な仕事を回されてさぁ」
泣き言をこぼすバト。
「こりゃあ小さい大商人様だな」
「うはははっ。小さいうちに恩をたんまり売っておきますか」
白柄組も会話のノリに合わせてみせた。
やめてくださいよ、と言うバトだが、親方と白柄組の面々には恩があるため頭が上がらない。
才覚あろうと、バトはまだ新人である。向こうっ気はあるが、まだこうした知り合い仲間うちでも立場が弱い。
「で、なぁにを失敗したんでい」
落ち着いたところで、親方は本題に入った。
今日も契約でいいように手玉に取られた経緯を、簡単にバトは説明する。
「……というわけなんです」
「ま、だいたいのところを言えば、不利な契約を押し付けられてるぅってわけかい」
「でもさ。じゃあ、バトはまだその契約そのものはしてないんだろ。どう思います? 親方」
「持ち帰ってきたが、これをベデラツィさんにお出しするのは忍びないっつ~わけかい」
うんうんと肯く親方の後ろで、白柄組は気楽そうだ。
肩書と委任状があろうと、実質見習い。
普段付き合いのある商売相手から、足元を見られる場合もある。
「と、なるとぉ。なるほど。多少の振りは協力費と教育費と飲み込むわけかい。やるのぉ」
バトから顛末を聞いた親方は、ベデラツィの意図を読み取った。
ベデラツィは責任から逃れ、儲けを遠ざけようとする埒外な考え方には及ばない。
親方は常識的なのだ。服の下にレオタードを着ているが、常識的なのだ。
「ここの相手方か。なんなら口ききますぜ」
白柄組の一人が声をあげた。
「口をきくって、お前がぁ?」
親方が怪訝な顔で尋ねた。
「いやね、これが利益優先じゃ気おくれしますけど」
「俺たちなんだかんだ、ベクターフィールドの仕事で顔が広くなったんすよね」
「俺らの繋ぎが切れないためにも、ちょいと顔を出して、多少は。代わりにうちらもちょいと仕事をもらえれば……」
「ほう、なぁ~るほどぉねぇ」
白柄組たちの反応を見て、親方は深く感じ入った。
「なんでい、お前らもちょいといい目を……って、考ぃかい?」
「へえ、まあ、そらまあね」
「いい話をもってけば、俺らも少しはあちらさんから貰えるでしょ。いろんなお話」
「そうそう。仲良くしねぇとな。おい、ボウズ。いや、ベデラツィ商会の若き従業員さんよぉ。こいつらの話に、のってやんな」
「え、で、でも」
「いいんだ、いいんだよっ。これをぉな? 機会にだ、お前も顔を売れ。ちょぉいとな、損してもぉだな、お前を鍛えよう、商売仲間を増やそうってベデラツィのぉ心意気だぁっ。あ、そんで、白柄ぁ組への儲け話もぉな、横から、あ、かっさらうくらいの気持ちで、食い込んでいけ」
「ちょ、親方」
「そりゃないっすよぉ」
ベデラツィ商会を紹介して、これからの仕事を貰うと思っていた白柄組のメンバーたちが、親方の言葉を聞いて浮足出す。
「がはははっ。ぼうず、いやベデラツィ商会の従業員さんよ。代わりにこいつらへ仕事を紹介してやんな」
「中抜き指導!」
「親方がバトくんを引き込みやがった」
「バトくん、大口でも小口でも手数料だけにしてね!」
六派無頼も形無しとなった。
「……ま、まだ札付きのやつらが単独より、信用あるベデラツィ商会が間に入った方がいいだろう」
親方は親方なりに考えていた。
自分だけが贔屓をするわけにもいかない。
+ + + + + + + + +
オレはベクターフィールドの執務室で、上がってくる報告書を眺めつつ感心の声を上げた。
「へ~、さすがベデラツィはすごいなぁ」
利益もリスクもなにかも薄く広く。
多くの組織が関わることによって、オレと王国本体の直接的関与が限りなく薄まっている。
王国は主導はしていないが、国民が古来種たちへ自発的に協力している形となっている。
反徒や不逞古来種に協力する形は避けたいが、古来種にあやかりたいという気持ちが形になっただけ。
バトが従業員となって、いくつかの仕事を回したこともいい傾向が出ている。
ベデラツィ商会にぶら下がりだった商売人や、ここぞとばかりに利益をかっさらおうとしているものが、バトを介した契約を通じて浮き彫りになった。
「ここらの商人さんたちは、要注意か。いいね、いい形だ」
「そうなんですか?」
アザナがティエの差し出す茶を受け取りつつ尋ねてくる。
「ああ、それほどだ。こうやって見るとなるほどなーっと気が付くさ。仮に思いついても、やり方までわからないよ。オレは」
韜晦してるわけでじゃない。ベデラツィの采配が見事すぎるからだ。
顔の広いウイナルが各所に働きかけ、ベデラツィ商会を通さないであちこちが利益を得ようとしてる。
このため古来種のコンサートに直接かかわらない……例えば、太湖までの足を用意したり、道中の宿を抑えていたり、道中の問題を片付けてくれている。
「おかげで、勝手に見たいって連中が、勝手にやって儲けようってのがやってくれるんでいいんだよ。実際、問い合わせが激減している」
「そういえば……」
アザナは虚空を見上げ、減った仕事を思い浮かべたのだろう。ハッとした顔で得心している。
通常、これだけ雑多に多くの商人が介入したら、足並みをそろえられない。
内部で競争が始まっている。
それが逆に、一種の規則性を持つことになっていた。
ベデラツィ商会の下で、取り仕切る才覚をある商人がでてきたのだ。
「この中から、もう一つ二つくらい、オレが取引したいなぁって思うような商人が出てくるかもしれない」
「ベデラツィ商会だけだと、負担が大きいですからね。取り扱いも多いわけじゃないし」
経済が苦手……というか、なんかおかしいアザナだったが、回した書類仕事を処理している間に、少しは理解を深めている。
この件でユスティティアから感謝されたほどだ。
「その通り。アザナもなんだかんだいって頭の巡りがいいな」
「当然です」
「仕事で押し付ければ、いやでも理解し出来るようになるんだな」
「押し付け反対! 残業代は200%……400%に増やすのがいいと思います!」
「…………まあ、まだ商売そのものは失敗しそうだが」
「ボクを信頼してください!」
オレのころころ変わる意見に、アザナの表情がころころ変わる。
などとからかっていたら、ヨーヨーがラウンジにやってきた。
「ザルガラ様。王都より、ウラム様たちが到着しました」
ヨーヨーの報告を受け、オレは茶を置いて立ち上がる。
「お、来たか。早いな」
ウラムの名を聞いて、アザナが居住まいを正す。
「センパイ、ウラムを呼んで、どうするんですか」
なにか余計な心配をしているようだが、オレは余裕をもって勿体ぶり仰々しく振り返り──
「ああ、それは……」
「タルピーの代わりに歌わせるんですか!」
「タル……歌…………、代わり……うん、そう」
先に言われてしまった……。
仰々しいポーズのまま、オレはどう話したらいいかわからなくなってしまった。
オレの考えを読まれ嬉しいような、先に言われてしまって悲しいような──。




