疑念
「中には誰もいないようですから、まずは調べて見ましょう」
そういってアザナは、ユールテルが仕掛けた魔法錠を勝手に解除した。
これでアジト内にエロい本とかあったら、気まずいよなぁ。
ユスティティアはアザナに寄り添い、廃屋の中を覗きこむ。オレも後ろから首を伸ばす。
薄暗い屋内には最低限の椅子やテーブルがあり、その周囲には魔法書やメモが散乱していた。
「なにかの研究をしていた。というカンジですね」
「た、たしかにルテルはこのところ勉強熱心でしたが……」
2人に続き屋内に入ったオレは、ぐるりと見まわしてから天井を眺めた。そこには力を失っている魔胞体陣があった。
「ドア開けると発動する魔法があったようだが」「魔法錠を解除したついでに無効化しました」「お、おう……」
本当に、さらっと凄いことするなアザナ。
今更だが、なんでオレはコイツにケンカを売ってるんだろうか?
2度目の人生ってせいもあるが、改めて実力差をひしひしと感じる。コイツ、前の人生でも子供の頃から、こんなに常軌を逸脱した存在だったか?
屋内を捜索するアザナを横目にして、一度目の人生の記憶を手繰ってみる。
一度目の人生最後の時、互角とは言わないまでもオレはアザナの実力に肉薄していた。
確かにあの時、アザナはオレを救おうとして手加減をしていた。その隙をついたのは事実だ。
それなのに、オレは「今、目の前のアザナ」と接戦できる自信がない。
コイツ、本当に「前のアザナ」と「同じアザナ」なのか?
もしかして今のオレが、こうして10年分の記憶を持つようにアザナも――。
そういった疑念が湧いていき、メモ拾い上げるアザナの尻……じゃなかった背を見るオレの目が、自然と険しくなっていくのが自分でもわかった。
「待てよ、そういえば……」
アザナは魔法錠を見つけた時、「古来種の力」と言ってなかったか?
なぜ、古来種の力と分かった?
「おい……」
少し問い詰めようと、アザナの肩に手を伸ばした瞬間――。
「学園にユールテルの反応があります!」
アザナが跳ねるように立ち上がった。
思わずオレはのけぞり、後ろにいたユスティティアとぶつかりそうになった。
「なんですって! ルテルが学園に?」
そのユスティティアはオレを押し退け、アザナに駆け寄る。
「おい、アザナ。どうしてそれが分かる?」
「ザルガラ先輩が書き換えた魔法陣を、間借りしてユールテル探知用にしました」
「さらっとトンでもねぇことしてんな! テメェは!」
アザナの魔法陣タダ乗りに文句をつけていると、ユスティティアが廃屋の外に飛び出し、マントを両手で跳ね上げた。
「『寸借対象天使の翼!』」
ユスティティアの詠唱で、魔法学園のマントの裏に書きこまれていた魔法陣が発動する。マントは黒い翼となり、魔力を纏って広がった。
古式かと思ったら新式だったんだな。
翼となったマントを羽ばたかせ、ユスティティアの身体がゆっくりと舞い上がる。
「まって、ティティ! 『青空羅紗にかかれ、撞球の……』」
アザナは魔胞体陣を一瞬で投影しておきながら、内部に描く魔法陣を緻密に描いている。コイツが詠唱に時間をかけるなんて珍しいな。
そんなアザナをわき目にみて、オレも飛行魔法を発動させ、先に飛び出したはずのユスティティアを追い越す。
「遅ぇっ!」
「う、うるさいですわよ!」
風を切るとは言い難い。羽ばたきでやっと飛んでる有様だ。
鳥のように飛ぶではなく、鳥のように羽ばたいて舞い上がると言った感じの魔法だ。
その遅さはイラッとするほど……、ん?
ユスティティアを追い越したオレを、さらに魔胞体陣が追い越して行く。その魔胞体陣は、正5角形陣を左右に置き去りにしながら、目にもとまらぬ高速で飛んでいった。
飛び去る方向は、魔法学園の方角だ。
「なんだ? これ? アザナか?」
後ろにいる魔法使いとなると、アイツしかいない。確認のために振り返ると、アザナが恐ろしい速度で迫ってきていた。
飛んで行った魔胞体陣が、中空へ置き去りにしていった正5角形陣に近づく時と、触れた瞬間、アザナの速度が上がっていく。
「速ぇっ!!」
ユスティティアを遅いと評したが、これじゃあオレの立つ瀬がない。
なんだよこれ!
飛行魔法ってモンじゃねぇぞ、これ!
「ティティ! 捕まって!」
アザナはよたよた飛んでいたユスティティアを回収し、矢より速くオレを追い越して飛んでいく。
「きゃぁぁああああぁあぁぁっ.............」
左右に弾かれながら加速していく2人。どう聞いても恐怖の絶叫を残すユスティティア。
取り残されたオレは、のんびりアザナの魔法を解析しながら飛ぶことにした。
「こりゃぁ……。そうか。正5角形陣が対象を引っ張り、対象が触れた途端に反転して弾くって仕掛けか……。すげぇけど、マジ怖ぇぇぇなコレ」
つまり、魔法陣に触れるたびに、どんどん加速するってことじゃねぇか。
しかもルートは決まってる。まあ筒のような道になっていて、その中を飛んでいくから、外部から鳥が入ってきてぶつかるってこともなさそうだが……。
単純に加速が怖い。
利用して追いかけようと思ったが、すぐにそんな考えは捨てた。普通に怖い。
「人生、安全が一番だよなぁ」
なんか、自分の生き方を否定したような気がした。




