いつものヨーヨーと、いつものアザナ
「事が決まると話がどんどん進む。ってことあるよな」
執務室でサインする手を止め、一休みを兼ねて脇の席で作業をするヨーヨーに雑談を振った。
ヨーヨーはいつもの変態所業を行わず、真面目に仕事を行っている。
「まずオマエに仕事を振ると、変態行動が目に見えて減るってのはいい発見だ」
「バレてしまった……」
赤柄組の名簿をまとめ終えたがヨーヨーが、ペンを置いて肩を回す。
オレもつられて肩を回すと、首がコキパキと鳴った
そんなオレに怪しい流し目を剥けるヨーヨー。
「ん~ああ~、肩凝ったぁああん。あ、ザルガラ様。おっぱい大きいから肩凝るのかなと思いました?」
「悪ぃ、関節がゴキゴキ言ってて聞こえなかった」
「関節爆音すぎっ!? ……はい。私の香りつき書類」
「ふざけんな、テメー。さっきうたたねして、よだれ垂れただけの書類だろうが」
オレがとぼけたことに対する報復か、嫌がらせなのか変態行動なのかわからないことをしてくるヨーヨー。
一回、書類を高次元を通して、ヨーヨー分を抜こうと思ったが、ゴミをあちらに投棄するのは憚れた。
「もう一回、書き直せ……いやいい」
「自分が書く要項が多いから、書き直しを撤回ですね?」
「うるせぇな、そうだよ」
開き直って言い返し、右手とともに摘まんだ書類を高次元に飛ばして、綺麗になった書類を回収する。
オレの直筆が必要な部分が多い書類だったので、やっぱりゴミをあちらに投棄する。別に渇いた唾液成分くらい平気だろう……たぶん。
書き上げた書類をまとめ始めるヨーヨーが、オレに問いかける。
「それで、ザルガラ様。このままでいいのでしょうか?」
「何が?」
「ナニがだなんて、二人っきりでそんな……」
急にもじもじし始めるヨーヨー。
「おう、わかった。あの赤い筋肉たちのことだな」
「スルー! いや、まあ確かにそのことを聞いたんですけど」
「だろぉ?」
筋肉こと、赤柄組の連中は、オレに雇われていたという捏造経歴は結局のところ行われない。
アイツらは、タルピーの巫女となった。
六派子息……子女か、という立場だが、軍属でもなく嫡子でもないカノジョたちは、王国では比較的存在が軽い。
赤柄組は本人たちの希望もあって、タルピーに従属することとなった。火の上位精霊であることが、火の魔法剣をシンボルとする赤柄組と相性が良かったのだろう。
なんと、これにより筋肉たちは、イフリータの巫女となったわけである。
共和国からの流民が山賊化し、それを比較的穏便に収めた赤柄組が上位精霊種の巫女となった。これは共和国へ対し一定の恣意行為がある。かつ王国は時間を前後させるという工作もいらない正道の手段。
これを知って、アザナは彼女たちを「筋肉巫女巫女隊ですね」と称した。
なんで巫女巫女と二回繰り返すのかわからんが、赤柄組はその名を気に入ったらしい。そのまま正式名称となる。
これで解散とはならないが、六派子息無頼の徒という立場と赤柄組という名称は消えることとなる。
「赤柄組……いや筋肉巫女巫女隊はオレに対抗心を持っているようで、巫女という立場からいろいろ吹き込んでタルピーをオレから引き離そう……ってしてるが、なーにムダな努力さ。相棒であるオレとタルピーを引き離そうなんざ、一生かかっても無理だね」
「はあはあ、ザルガラ様の一生一緒の宣言頂きました! わたしじゃないのが残念ですが、これがネトラレ!」
「うおっ! なんで興奮しはじめんだよ、今ので!」
真面目に書類を捌いていたヨーヨーが、急に鼻息を荒くした。
ファイリングしていた書類が、一束落ちたところでヨーヨーは正気に戻った。書類を拾い集めながら、息を整えている。
「はあはあ……、じゃあ、ザル様。もうひとつの問題は?」
「何が?」
「ナニだなんて、そんなこんな夕刻に……この私を夕方専用にするつもりなんですね。夜間専用は他の方に譲ります。できれば朝方専用も私に……」
またもじもじし始めるヨーヨー。
なんだよ、夕方専用って?
「ああ、アレか。ベデラツィ商会のヤツらのことか?」
「スルー! いえ、たしかにそのことを聞こうと思ったのですけど」
「だろぅ?」
ベデラツィ商会。
当初は痩せ薬の販売、それと市販の薬品の小売りに手を付けたくらいだった。しかし、今では雪だるま式に商売が広がった。
ベデラツィ商会はコンパクトなまま多くの他業種商家を傘下に収め、大きな商会組合の盟主である。
痩せ薬を下す代わりに経営を掌握するという独自の合弁会社も、視野にいれて動いている。
「今回のコンサートの取り仕切り、ベデラツィ商会でできるのでしょうか?」
「大丈夫だろ? 中小商会の集まりだが、いろんな業種が入ってて可不可ないし、規模の小ささはあるが……レオタードの連中に頼るだろうし……多分、平気だ」
レオ・マフィアと呼ばれる富裕層の互助会商人たちは、その恰好こそ変だがコネと活動実績はある。心配は要らな……心配だなぁ。
「そうですか? なんだかベデラツィさんはピンと来てないようですが」
ヨーヨーの懸念はわかる。ベデラツィはこの商機が、あまり理解できない様子だった。
代わりに共同経営気取りのウイナルが、商機と騒いでいた。しかし、具体的にどうしたらわからないという間抜けっぷり。
「そうだな、レオタードも心配だが、そっちも心配だな」
「レオタード? それは後で着ますので」「着なくていいよ」「どうも私には、あの子供が一番商才ありそうなんですが?」
ベデラツィとウイナルが頼りないなか、孤児院出身で商会の小間使いであるバトが、大まかにアイデアを出した。
経営者と自称共同経営者は、バトのアイデアに着想を得るかたちで行動を始めている。
「そうなのか? オレはあまり商売はわからないが……。言われてみると、ベデラツィはオレに制作協力を持ち込んだ痩せ薬以外で、大きな儲けを出していないな。でも会計に強くて、商会を維持しているのは彼の才能だが……。これは商才とは違うのか?」
「まあ、あの痩せ薬が莫大な利益を上げてるので、それで手一杯とも見えますかね」
うわ、急に真面目モードになるな。
ヨーヨーが真面目になると、なんか調子狂う。
「問題は搬送か。古来種たちが、自分で太湖にコンサート会場となる浮島を作るまではいい……」
「いいんですか? 共和国との国境付近の曖昧な水域ですけど」
湖面の国境線というのは、地図の上では実線で引かれているが、水上ではそうはいかない。柵も壁も立てられないし、指標となる杭だって打てない。
観測すればそこが国境とわかるが、逆をいえばそこに船でたどり着いただけでは国境とはわからないわけだ。
浮島でそんな曖昧なところをぷかぷかしてるなど、国際問題もいいところである。
「うん、良くないけどさ。それは別の話として。で、古来種はそこまでの足、設備、一切考えてなかったようすだ。それに気が付いたバトはすごいよ」
まず人員と物資の移動を確保しないと、なんてバトが言うと、ウイナルが「それを言おうと思ってたんだ」とアイデアを奪ってあれこれ手配先を言い、「じゃあ」とベデラツィが動く。
3人はそんな妙な協力関係になっていた。
「というわけで……なんだか、あの経営者と従業員より、見習いの方が才能がありません?」
「うん。オレもなんだ薄々そんな気がしてきた」
ベデラツィも優秀なんだが、具体的に何をするかの道筋が見えないと動けない。アイデアを出したりするタイプでもない。
ウイナルは顔が広いのはいいんだが、先走りするだけで他の才がない。
バトは気配り型で、細かいことをよく覚えている。それらの調整もできる。
その上で商機を具体的に見通せる。
そりゃ商人としてのバックグラウンドや、具体的な経営はベデラツィの賜物だが……。
「それはまあ、ベデラツィ商会の傘下……いや合弁してる商家がいろいろ動いてくれるだろう」
その分、利益はそちらに吸い取られるだろうが、ベデラツィならうまく調整してくれるはずだ。その辺は得意なので、アイツ。
「それで……ザルガラ様。まだある問題は?」
「何が?」
「そんな……ナニが、だなんてパンツを履いてない私の前で──」
またまたモジモジし始めるヨーヨー。
「わかった! 方々(ほうぼう)の貴族から届いてる苦情のようで要望書みたいな手紙のことだな」
「スルー! いえ、確かにそのことについて伺おうと思っていたのですが」
「だろぉ?」
また正解だ。
「ちょうど手元に一つあるから、読んでみるか」
時節の挨拶やら、急な手紙にお詫びと、呼んでくれる礼を飛ばして──
「えーっと、『──今節、何かとご活躍のサード卿においては、吾人ともに注目しているところであります。畏れ多くもイフリータ様を、ご朋友とするサード卿においてはご存知かと思いますが、そのタルピー様が至尊なる方々と、歌と舞いにて競うと伺いました。しかしながら、至尊なる方々が賜わされる数々の妙技を、反徒の目のみが拝するなど、これは王国の損失に等しい。この問題を約することが、サード卿の早急な課題と愚考いたします。卿の過当な活動が一部の貴族にて問題になりますが、これを鎮めるに当方が尽力しているところであるます。また至尊の妙技を拝謁する栄誉はこの身こそがふさわしく、また一族も……』──よくもまあここまで言えるな、コイツ」
この後、手紙の主が自分を褒めまくる文言が続くが、本人が本気で本当に書いているのだろうか?
読み上げを途中で切り上げると、ヨーヨーがふむふむと拱いていた腕を解いた。
「要約すると、コンサートの席を用意してってことですね」
「前文を要約すると、なまいきだぞ、このガキ!だけどな」
「意訳すぎません?」
すぎません。
「とにかく、それらはお返事を書いて突き返すだけでいい。まあ、そのせいで忙しいのだが」
そう、オレの自筆が必要な理由。それはこれらの要望へお断りの返信手紙を書くためだ。
草稿を書いてもらって、ヨーヨーや内務官たちがチェックして清書し、出来上がった返信内容をオレが自筆しているのだ。
これが忙しい!
魔法陣を投影する技術を利用して、紙に焼きつけるほうが早いのだが、礼に反するってことでティエに止められた。
「まったく……ちまちま書くしかない。休憩したら、書くぞ」
「はあ、まだ終わらないんですね……。それはともかくあの問題はどうするんですか?」
「何が?」
「ナニがって、そんな。おっとこんなところに手頃な荒縄が──」
またまたまたモジモジし始めるヨーヨー。
「おう、そっか。騎士団のヤツらが、演習を申請してる話だな」
「スルー! でもまあその問題についてなんですけど」
「だろぉ?」
また当てたと、オレは得意げに片目をつぶって見せた。
「ずきゅん! ザルガラ様からのプロポーズ」
「悪いな、目にゴミが入っただけだ」
「キメ顔はなんだったの!?」
「痛かったんだよ」
「常時、胞体陣で防御をしてるのに、どうして目にゴミが……」
「あー、演習の話だなー」
強引に話を戻す。
「どういうつもりで、騎士団はこの時に演習なんてするつもりなんですか?」
「演習って名目のコンサート鑑賞だぞ、これ」
オレは壁に貼られた太湖の北部を指差し説明する。
「ほら。この島ってコンサート会場の浮島に近い……近い近い、オレの顔に、オマエの顔を寄せる必要はないんだよ、離れろよ! で、ちょっと高い岩山があって、上から浮島を遠目に眺めることができるんだ」
「演習の振りをして、コンサートを眺めようと?」
「監視って名目もあるんだろうが、実質鑑賞だな。ほら、酒とつまみが補給物資で申請してある。完全に遊ぶ気だぞ、アイツら」
「前から思ってたんですが、王都騎士団の第二って不良組織すぎません?」
「団長の二つ名で、『後家殺し』とか『深夜パーティーの非公式主催者』とか『夜明けの賞金首』とか『寡婦のお供』とか『暁半裸マン』とか『自宅にベッドなし』とか言われてるフランシス団長だぞ」
上が上なら下も下。王都騎士団の実情が伺える。
「改めて聞くとひどいですね、男爵。でも、こうまでして古来種……様のコンサートなんて見たいんでしょうか?」
ヨーヨーはこの大陸に住む人とは思えないような発言をした。
しかし、そういった感情はオレにもある。
古来種の支配下からハズれたヨーヨーは、古来種へ対する妄信やら憧憬やらそんな感情が一切ない。
一言で表せば、洗脳が解けた。ということだ。
「ま、あるんだが」
「それで……真面目な問題なのですが……」
「何が?」
「そんな、何がって、一番問題なのに……」
今までの流れと違い、ヨーヨーは深刻な顔付きである。
用意していた荒縄を片付けて始めている。
あ、これ真面目な話だ。
「え、えっとなんだっけ?」
いかん、思いつかん!
「さっきまで冴えわたってたのに、それなんですか、ザルガラ様! 閉じ込めて置いたあの筋肉ですよ」
「ああ、自称軍師な」
そうそう、いたいた。
アンに隔離させておいた自称軍師。
「アイツの中身である古来種が、自称軍師を置いて高次元へ逃げたんだっけな」
自称軍師は結果的に古来種からの洗脳から解放され、赤柄組としてオレに対抗心を持っている以外は無害な存在となった。
「そう、そのことです! そんな大切なことを忘れていた罰に、私にキスを……むぎゅぅ」
迫ってくるヨーヨーを、防御胞体陣で押し留める。
ヨーヨーの顔が障壁に圧されて、面白い顔になるがあまり笑えないのはなんでだろう。恐怖心がちょっとあるからだろうか?
「マジで罰だな、それ」
「私にキスが罰って、自分で言ってひどすぎて……ムラムラします」
見えない障壁で豊かな胸を潰しながら、もじもじ始めるヨーヨー。ほんと面倒くさいな、コイツ。
ヨーヨーについてなにも知らない男なら、美少女から美女になりかけたコイツの押し付ける胸を見て悦ぶんだろうが……オレは最近、ちょっと怖いと思い始めてしまった。
「で、ザルガラ様。本当に大丈夫なんですか? 敵対的な古来種……様を逃がしてしまって」
急に真顔となり、本当に心配する表情を見せる。
「安心しろ。もう降りてきた古来種たちが何人いようと、想定以上に強かったとしても問題ない」
「そ、それはどういう……やっぱり、ザルガラ様は、古来種と敵対関係……」
胸を障壁から離し、心配そうに手を胸元で寄せる。普段から、そうしてれば儚げな美少女に見えるのに、残念だ。
「なにがあろうと、コンサートの日程をオレが決めた時点で勝ちが確定だから安心しろ」
ハッタリでも強がりでもない。
そう思わせるため、力強く言い切る。
そして障壁をとっぱらい、本気で心配している……であろうヨーヨーの頭を撫でる──ふりをしてデコピンでもしてやろうと思ったその瞬間。
「センパイ! コンサートの演出で画期的なアイデア、って何をしてるんですか!」
アザナがノックもせず飛び込んできた。
よりによって、小突く前。撫でようとする手の形のままだ!
狙ってないか、アザナ!
「テメ、この、オマエ、ホント、タイミング悪いな! ああ、最悪だっ!」




