本物のメイクアップ
13連の金曜日。
13の連勤術死。
よって文章が荒れてるかもしれません。
赤柄組は宣言通り、酒を利用し始めた。
形のうえで必要だから、彼女たちにベクターフィールドへ乗り込んでもらったのだが広場の一角で青空の中、さっそく酒盛りを始めている。
……あれ?
「なんでオマエらが飲んでるんだよ。オレに飲ませると違うんか?」
「お? そうなのだ。飲むのだ!」
「その手には乗らねーよ」
思わず飲ませて見ろ、的なことを言ってしまい、アールがグラスを差し出してきたが押しのける。
「なんだよ、この雑な作戦。こんなので、よく賊がオマエらの酒を飲んでくれたな?」
知性どころか、まず思考すら感じられない赤柄組の行動。
賊を酔いつぶしたという話が、信じられなくなった。
すると赤柄組の自称軍師(名前知らない)が、すっと出てきて告げる。
「お疑い? では先に酒を奪わせました、と言えばおわかりになりますかな?」
「ほう……。そういうわけか」
自称軍師の一言で理解した。
オレは具体的な策を思いつく才能はないが、一手を見せてもらえれば察せる程度の才はあると思っている。
だが、間違っているかもしれないので、念のため確認してみる。
「輸送中だか商家の酒をわざと奪わせる。賊が酒を手に入れたら、酒盛りが始まって当然。判断力が下がったところで、踊り子として潜入といったところか」
「おおよそ、そのような形です」
自称軍師はうなずく。
細部は違うだろうが、大筋ではあっているようだ。
ムキッ筋肉だらけの赤柄組が、賊捕縛に成功した理由の大部分は、この自称軍師のおかげのようだ。それが確認できた。
「わかったところで、さあ一杯なのだ」
「いや、いらねぇし」
ゴリ押しでアールが盃を突き出してきたので、逃げつつ押し返す。
逃げている最中、ベクターフィールド内に白柄組のメンバーを見つけた。
白柄組の面々は、こっそり覗いてくるだけで関わる様子がない。すっかり更生……更生っていうんだろうか? とにかくこういった面倒には、関わらないとする成長が……成長か? まあとにかく赤柄組と距離を置きたい考えが、ひしひしと感じられる。
一方、フランシスの部下である騎士たちは、豪快かつ自由に酒盛りに参加し始めた。公務が交代制なので集まりは半分以下だが、それでもよくもまあ参加するよ。
騎士団長の許可も取らない。だがそれとなく目配せだけして、部下たちは赤柄組の酌を受け始める。
この光景を見てアールから逃げるついでに、部下たちを見守っているフランシスに声をかける。
「部下のみなさんさぁ……。かなり大物ばかりだよね」
「おっと、それは勘違いですよ」
顔を寄せ、小声でフランシスが耳打ちしきた。
お、密談か?
こんな状況だと、赤柄組の誰かに聞かれそうで緊張するな。
ん? なにかディータ・ミラーコードがこっちを凝視してくるのが、すごい気になるがまあいい。耳を澄ます。
「我々は兵士ではありません。騎士だからこそ、戦場以外でも戦っているわけですね」
「ん? どういうことだ? わからん」
自称軍師の一言より、フランシスの一言の方が難しい。
分からないと素直に言うと、フランシスは一人の騎士を指差して教えてくれる。
「たとえばあそこ。彼は若いながらベテランの騎士なのですが、ああして赤柄組の子から酌をされてます」
「うん」
「ですがあの酌をしている子は、自分たちの先輩格にも酌をしています」
「うん。あっちでも格が下の子ってことかな」
「ベテランの騎士に、赤柄組の仲の序列でも低い子を当てる。つまりこちらの実情を理解してないことが伺えるわけですよ」
「ほー……なるほどねー。しかも彼女たちの序列を、この酒の場で探るってのもしてるわけだな」
辺境伯のところで、オーラ領のやつらと罵り合戦をしたときを思いだした。
わずかは動きに、どんな反応をして見せるか?
敵の旗と、その陣営の人員と練度と装備を覚え、次に生かす。
そんなことを思いだす。
「まだありますよ。加えて関係性を観察することで、相手の上下関係や、彼女たちの中での親しさや派閥も探ることができます」
「おおー。酒の場も情報収集の場……いや、騎士にとっては合戦場なのか」
「そういうことです」
おだやかで甘い笑みを見せるフランシス。
殴り合いや策を弄するだけが、戦いではない。ということを、あらためてフランシスに教えられた。
ここまで教えてくれるとなると、やはり思った通りフランシスはそれとなく教育係として、送り込まれたのか?
「やっぱり師匠は教育係として、フランシスさんところの騎士団を派遣してきたのか」
「え? あ、ああ、師匠とはツーフォルド卿のことかな? いや、それは違うと言える」
ちがうのか?
今回、一門だか一族だかのフォーフォルド以下あんこ食う騎士団を派遣しなかった。オレの戦力として、師匠の一門を使ったという事実を避けるためかと?
かわりにフランシスたちの王国騎士団を寄越したと思ったのだが?
「君の教育をしてほしいというのは、陛下からの内々の下知なんだよ。むしろツーフォルド卿は、我々とザルガラ君との関係を、ギクシャクさせるつもりだったと思うよ」
「初陣でお手盛りなオレの功績になる上に、騎士団の功績にはあまりならないのに、しかも賊なんていう相手で不満。王国騎士団は実働するのに実入りはなくて、オレみたいなガキに使われて不満が貯まる。そこに迂遠な文句の一つも言ってもらえれば、オレとの関係を悪化させられる」
そんなところかな、という思い付きを言うと、フランシスは目を閉じて優しくうなずく。
「そうそう」
「ふむ。やっぱり師匠は教育係として、フランシスさんところの騎士団を派遣したのか」
「なんでじゃ」
目を見開き、西なまりの言葉でツッコミを入れてくるフランシス。
普段が整った美中年であるためどこか滑稽で、王都のご婦人方が見たら幻滅するであろう顔だ。
「なんで? もなにもオレは師匠の背を見て、師匠と呼んでいるので」
「背を見てるもなにも、その手でぶっ叩かれているんだぞ、ザルガラ君。それでも師匠と呼ぶのか?」
「学ばせてもらってる事実は変わらないので、師匠でしょう」
「あー、うん。君の方が大物だよ……」
あきれたと乱れた髪を直し、納得してくれるフランシス。
「ま、功績や実績に目くじら立てないおおらかさは、オレもそちらさんも同じスタンスらしいので、さすがの師匠も目論見が外れたかな?」
「赤柄組を取り込む前までは、不満でしたよ」
「そうなん? 逆かと思ったよ」
「働く必要が無くなって、結果的に乗りたかったベクターフィールドで空の旅行になって良かったとみんないってます」
「それはそれでどうなんだ?」
「よくない部下ですよ、ほんと」
不良騎士のとりまとめである不倫騎士フランシスは、自分を取り戻し社交界の奥様方を惑わす表情で自嘲してみせた。
男のオレの前でも、つまり自然体でこれなのだ。婦人の前ではさらに強烈な一撃を見せ、篭絡するのだろう。
これが騎士団の平常運転と分かり、残る問題は赤柄組となった。
「で、誰だよ、コイツらを乗せたヤツはっ! うん、オレだよッ! 全員で指さすなよ!」
広場が酒盛り会場となり、ドワーフのワイルデューとハーフエルフのテュキテュキーまで参加し始め、なし崩しにベクターフィールドの暇な部署の人間まで飲み始めてしまった。
ソイツらを指差したら、全員から逆に指を差される始末だ。
「そんなこと言わず、飲んで飲んで」
「飲むのだー」
「こういう場では、上が飲まんと下が落ち着かん」
「そうだね。飲もうね」
アールと赤柄組がオレに酒を薦めてくる。紛れてワイルデューやテュキテュキーまでも勧めてくる。
「おいこら、ワイルデュー、上が飲まないともなにも、てめぇいつも飲んでンだろぉ? あと、赤柄組ぃ! もうオマエらのほうが出来上がってるじゃん。もうやだ、この筋肉、酒くせぇなー! オレを酔わせる陰謀は願望に終わったか?」
「だから一緒に酔いましょー」
「酔ったら弱るんだよ!」
姉御以外にも話せたんだな、赤柄組メンバー。
「大変ですね? こういう時は飲んでるふりも必要ですよ。はい、ぶどうジュース」
遅れて会場……会場? 会場入りしたアザナが、ぶどうジュースを注がれたグラスを差し出してくる。
「とか言って、酒とかじゃないだろうな」
「ガチで疑って、魔法で調べるのやめてもらいますか? 疑い深いって噂になりますよ」
ぶどうジュースに見せかけて実は酒。くらいならアザナなら可愛いものだ。
「なにも入ってないな。裏の裏を読んで、普通のぶどうジュースか」
「そんな! ボクは疑り深いセンパイを、酒の席で知らしめようなんておもってないですよ」
「絶対、思ってたヤツの言い方じゃねぇか」
手渡されたグラスを疑うオレ。そういう印象は、それはそれで小心者のイメージが定着して、化け物の印象が薄れてよい気がする。
「よし、これから毒が入ってないか、逐一チェックするか?」
「え? なんでその解に? ボクが毎回、なにか仕掛けると? だ、大丈夫です。ボク、そこまでひどいことしないです。だ、だれかに命でも狙われてんですか? センパイ?」
オレが小心者プレイを宣言したら、そこまでしないですよ、とアザナが不安になったようで、おろおろとフォローに回ってきた。
そこに酔っ払った小さいアールが、酒杯を両手にしてトテトテとやってきた。
「飲んでるのかー?」
「飲んでるよ。ぶどうジュース」
「なぜ酒を飲まんのだー!」
「だって、酔いつぶす作戦でしょ? 飲まないよ……あ。そういえば、アザナ。今日はオマエもなんで飲まないの?」
「お酒は二十歳から」
「それ前も……前? いや前だな。前も聞いたけど、この間、ホットワインにフルーツ突っ込んだヤツ、飲んでたじゃねぇか」
「あれはお酒じゃないです。薬です。般若湯です」
「なんのことかわからん言い訳しやがって……。それで、頼んでおいた仕事は終わったのか?」
「追加の仕事ですね。終わってます。お礼ください」
「ありがとう」
「現金で」
「小豆の買い付けの差額分、帳消しにするよ」
「負担が減ったけど、得してない気分になるヤツ、やめてくださいセンパイ!」
まったく、アザナはそうした帳簿上のやり取りで増減する数値を、気分優先で軽視するから商売に弱いんだぞ。
そう思ったが、口に出して言えるほど商売に詳しいわけではないので、黙っておいた。
そんなオレとアザナの会話を隣で聞いていたアールが、とてとてと料理のあるテーブルまで行き、そこにあったバナナをむんずと掴んで、ワインの中にドボンといれた。
「飲め! これは薬なのじゃ!」
バナナが突き出たグラスを突き出してくるアール。
「雑ぅっ!」
「この雑さ! 命名するならカクテル界のヘッドロックドライバー!」
ホットワインじゃないし、バナナは皮ごとだし、とにかく大雑把すぎる。
あとアザナがまたわけのわからんことを叫んだ。
いつものことなので、聞こえてるが聞こえないふりをする。こういう時、難聴っぽいな、オレ。
「なぜ、なぜ飲まんのじゃ! 飲んで酔いつぶれなければ、こいつの出番がないのだー」
バナナが雑にインしたグラスを投げ出し、どこにしまっておいたのか箱状の魔具を取り出し、オレに突き付けてきた。
それは縦長の黒い箱に2つの円筒がついたような形状で、筒の先には透明で磨かれたガラス……レンズが取り付けられている。
「あっ、それはボクが作った魔具ですね? 想定してたより低性能だから、ずいぶん前に売り払ったものだけど」
アザナが反応した。どうやら、コイツの作らしい。
「このままでは酔わせて、男同士を裸にさせて同じベッドに寝かしつけて起きたところを、このカメラなる魔具で激写し、脅迫するという趣味と実益を兼ねた作戦が……」
「オマエら、賊の幹部連中にソレをしたのか?」
「全員なのだ! 全員カップル成立なのだ!」
「怖ぁ……」
単に酔いつぶして捕縛したと思ったのだが、どうやら違うようだ。
この赤柄組は、賊の男たち同志で強引にカップル成立の証拠を捏造し、抵抗の意志を奪ったらしい。
まあ、裸ではこの筋肉だらけの赤柄組に抵抗できないだろうし、逃げ出すのも難しくなるだろう。この点だけは、間違ってないと思う。
「あ、でも。そのボクが作ったカメラ。撮影時間がかかるんで、証拠を写すの大変だったと思うけど?」
「裸で仲良く寝ている男たちの前で、じっと待つのも乙なものだったのだぁ……」
魔具を構えて、全裸の男たちをしげしげと見つめる筋肉少女集団+おチビか。
あーあ。また変なヤツらを拾ってしまった……。
賊の寝姿を思いだしているのか、アールと赤柄組たちはうっとりとした顔で虚空を見つめている。その光景を見て、青ざめ互いを見やる騎士団員たち。
「あ、あぶなかった……」
「自制しないで飲んでたら」
「俺たちも脱がされて……」
いままで余裕綽綽だったフランシス以下騎士団たちも、さもすれば自分たちもその欲望の被害にあっていたのかと戦慄している。
「ボ……ボクの作った魔具が、流出して悪用されてる」
「怖ぁ……」
アザナが作った魔具を悪用。なんという恐ろしい言葉だ。
「あ、そういう証拠固めとかが目的で作ったから、正しい使い方かな」
「怖ぁ……」
アザナの制作目的が最初から捏造と証拠固めだ。なんとも恐ろしいけど納得する言葉だ。
「しかしなんだ。賊の幹部たちを酔わせて捕まえたと思ったら、酔わせて弱みを捏造したのか。筋肉乙女組恐るべし」
「そんな筋少みたいな」
オレが赤柄組の印象を言葉にすると、アザナがいつものように妙な反応をした。
うっとりとしている赤柄組と、酔いがさめて酒杯の止まる騎士団の合間を抜け、自称軍師がアールに駆け寄る。
「姉御どの。ここは【天岩戸作戦】です」
「あ、センパイ、この人」
「ん? わかってる」
アザナが何かに気が付き、アマノなんとかを理解できないオレの袖を引っ張り警告する。
アザナなりに気が付いたようだが、オレは会った時にもしかしてと思っていた。
「わかったのだ! 軍師どの、お前に聞かされた……あれだな」
「あれです」
「にぎやかに踊れば興味を持つというあれだな」
「それです」
酔ってるアールは、すぐさま軍師の進言を疑うことなく受け入れ、服を脱ぎだした。
上着を脱ごうとして、アールの小さなへそが見えるか見えないという瞬間──
「【極彩色の織姫】」
即、アールはぶかぶかのドレスにくるまれ、裾を踏んでその場に倒れた。
「ぬが! な、なんなのだ? このずるずるの服は?」
「反応が早かったですねぇ。センパイ」
「癖になってんだ、全裸に服を着せるの」
「普段、どういう生活をしているのだ?」
ドレスに潰れるようなアールが真顔になり、オレの日常生活に疑問を呈してきた。
オレもどういう生活と、どういうヤツらに囲まれてるんだよって気がする。
「それはともかく、このオレがサイズを間違うとは」
アールは小さい。にも拘わらず、【極彩色の織姫】で作られたドレスは大きすぎた。
子供サイズの衣装にならず、まるで大柄な男性服のようにぶかぶかだ。
アールは平然とぶかぶかのまま、受け入れているが、赤柄組の筋肉乙女隊はざわついていた。
「まさか!」
「姉御の正体を?」
酔いもさめた様子で、アールの周りにあつまる赤柄組の女たち。
ん?
なんか、オレ、またやってしまったか?
「ふっふっふっなのだ。まさかわたいの真の姿を知っているとは。饗が乗ったのだ! 見せてひゃるのだ!」
しゃっくり混じりの口上をして、オレの前にドンと立つアール。
「見るのだ! わたいの真の姿! ただし少しだけ! 【メイクアップヒーロー!】」
ドンという音と共に、アールの小さな身体が跳ねあがった。
そして目線はオレと同じくらいになる。
そこには女ながらに、たくましい肉体となったアールがいた。
ただし上半身のみ。
「なんだコレ? おい、説明ッ!」
上半身だけマッチョになったアールを指差し、赤柄組の連中に尋ねる。
「姉御は成長を抑える代わりに、抑えていただけ肉体を強化することができるのだ」
「ただし部分的にのみ」
赤柄組が素直に教えてくれた。
尋ねたオレが言うのもなんだが、晒していいのか、その情報?
「ああ、ヨーヨーところの肉体を最大限強化する独式魔法に似たようなヤツか。で、全身はできねぇの?」
「それをすると、しばらく戻れなくなる上に、パワーがありすぎて日常生活に支障があるのだ」
などと言って、しぼんでいくアールの肉体。まだ維持はできるが、それなりに疲れるようである。
「デメリット、教えてくれるのな」
歴史上、酔わされて独式魔法の秘密が漏れたことって多いんだろうなぁ。
そんなことを考えながら、酒を飲まず酒盛りを見張り、参加者が酔いつぶれてお開きとなった。
後片付けは誰がするんだろうか?
使用人も乗ってるが、これは赤柄組にやらせようかな。
そんなことを考えながら、執務室に戻り、残っていた仕事を片付けた。
あとは寝るだけ。
今日はアルコールを取らずに寝よう。理由はないが、飲まないほうがいいような気がする。理由はないが。
警戒しながら、オレは就寝した。
──その日の夜、オレは長い長い夢から覚めた。




