積み重なる問題
初陣の責任。
武功などより大切な、フランシスの言う初陣の責任を、オレは果たせることができなかった。
「は? 賊が壊滅?」
地上からの賊壊滅の連絡があり、それをティエが執務室のオレに報告してくれた。
手伝ってくれていたヨーヨーと、アザナ以下4名も作業の手を止め、報告が呑み込めず呆けた顔をしている。
「それは……その……言葉通りか、ティエ?」
「はい。頭目や幹部はすべて捕縛、構成員のほとんどは投降しているとの報告です」
前髪に隠した目がさらに伏目がちなティエも、内心では狼狽しているようだった。
「なんだよ、マジかよ……あ、やっべ。サインが汚れた……けど全文を書き直すのヨーヨーだし、いいか」
オレは驚きのあまり書類の上にペンを落としてしまった。
書きかけのサインがインクで汚れてしまい、書類ごと書き直しになるがそれどころではない。
「ひどい! ……あ、いや。残業ということは、夜もご一緒ということ? これは実質、夜のお誘い!? 勝負下着に履き替えないと、あせあせ」
「オレの執務室なのに、あせあせどころか自室のようにのびのびしやがって」
事前に隠していたのか、調度品の影から下着を取り出して着替え始めるヨーヨー。
隣で事務処理をしていたヨーヨーが、発想力と妄想力で職場内暴力に打ち勝った。
それどころか、オレは身の危険すら感じた。強いな、コイツ。
どうやったらコイツに勝てるんだ?て
とりあえず視覚的以外は無害なので、ヨーヨーから視線を逸らして頭を抱える。
「目的地に到着したと思ったらこれか……。カヴァリエール卿以下騎士団たちに無駄足を踏ませたとか、都合をつけてくれた師匠に、どう言いつくろったらいいんだ?」
段取りはオレとその部下がやったが、根回しや差配は師匠であるツーフォルド卿がやってくれた。つまり騎士団だけでなく、師匠の面目も潰したことになってしまう。
「いいじゃないですか、センパイ! 余った時間は遊びましょうよ」
「えー、こんな田舎、遊ぶところあるのー?」
わかってるのかわかってないのか、アザナが残りの時間を遊びに当てると言い出し、アリアンマリは小さな街の様子を上空から覗いて不満げに呟く。
「あのなぁ、アザナ。そんなわけにいかないだろ」
なぜ、と首を傾げるアザナとアリアンマリ。
このっ! アザナとシンクロしたから、アリアンマリまで可愛いと思っちまったじゃねぇか!
『……アザナさんが可愛いと、素直に認めるザル様であった』
『心読んだ上、直接脳内に煽りいれてくんな、ディータ』
最近、接触していれば心も読めるし、念話もどきもできるようになったディータ・ミラーコードが、肩の上からオレを茶化してくる。
「ええい、説明などしてられるか。オレは確認のため、すぐに降りるぞ!」
とりあえず何があったのか?
事態をこの目で確認したい。
「ボクもボクも」
「あたしもあたしも」
「ではわたくしも」
「ん? じゃ、わたしも」
「え? ええっ? い、いいんですか?」
アザナ以下、3名の取り巻きがサボれると席から離れた。唯一フモセだけが、仕事から離れようとしなかった。
「ついてくんな。サボってもいいが、ついてくんな。ついてくんな」
「ぶーぶー!」
「先に降りるなんてずるーい」
ある程度、弁えているユスティティアとヴァリエは浮かせた腰を下ろしたが、アザナとアリアンマリがまだ食い下がる。
「降りたらそのまま仕事みたいなもんだぞ。具体的には機動力のあるオマエらは、ベクターフィールドと地上の連絡兼ねて昇ったり下りたり……」
「あ、じゃあいいでーす」
「お茶にしようねー」
二人は飛行速度では抜き出ている。このベクターフィールドでは役に立つのだが、こうして自由なのが厄介だ。
サボる気まんまんで、書類を机の端に寄せている。
「じゃあ私はベッドを温めておきます」
ヨーヨーは止める間も無く、寝室へ行ってしまった。
「センパイ、アレ、いいんですか?」
「オレの部屋はウラムに罠を用意してもらってるからぁ……まあ、突破はできないだろう」
対男性特化とはいえ、それは誘惑だけの話だ。
「寝室に……サキュバス? いいんですか? それ?」
「ああん? あー、心配するな。あんな程度の中位種じゃ、オレをどうこうできない。精神がやられるとかないから。あとウラムは寝室という場所だとパワーアップするからそこを守らせたり、雑用には最適なんだよ」
睨んでくるアザナ。
……ああ、そうか。そっちを考えてるわけね。
「別にウラムとはなんもないぞ。古来種の支配から抜けてるオレは、アイツにとってもどうでもいいそうだ」
「それは……それいいんですか?」
「よくわからんが……。破壊的な行動以外で活躍できるから副次的被害もないし、自室の守りには便利だぞ」
納得できるようで納得できないというアザナだったが、ウラムの有用性だけは説明しておいた。
というわけで、留守番は決まったのでオレは行動に移る。
フランシスは部下を少数引き連れ、ティエとタルピーを伴わせ、地上へと降りた。ディータ・ミラーコードはいったん留守番だ。
街道に面した広場にハイトクライマーで乗り付け……降りつけか? どっちでもいいか。
降りたつと近くの町から馬車とそれを護衛する集団がやってきた。
目的の町の代官だ。
大湖に面した小さな町を管理する代官が、オレとフランシスを出迎える。
小さな町といっても、大湖を半周する街道の宿場町なので、そこそこ重要な村だ。水運が主体とはいえ、各所へ運ぶため陸路も利用がある。
馬車から降りてきた代官は小柄な中年で、パッと見は冴えない役人という男だった。しかしそれでも法服貴族の食い扶持を管理する役人だ。師匠からは見た目以上に、有能だと聞いている。
「へい、この度は男爵殿にわざわざご足労頂き、まっことありがとうございやす」
代官は役人らしからぬ態度でオレを出向かえ、口上を述べ始めた。
なんだ、この代官?
態度が悪いわけじゃないが、なんとなく接続詞とか発音とかちょっと変わっている。なまっているのか?
「悪いが前口上はいい。賊が壊滅って聞いたが、なにがあった?」
「は、はい。実は先ほど捕縛した者たちから聞き取りが終わりまして、赤柄組と判明しやした」
「赤柄組のやつらが?」
「ほう……」
となりで聞いていたフランシスが、感心したようで、それでいて苛立ちも含めた複雑なうなづきを見せた。
「カヴァリエール卿。なにか思うところが?」
野外とはいえ一応、公式の場であり代官の前ということもあるので、改まってフランシスに尋ねる。
「いやなに。仕事を手柄を取られたのが市井の何某であれば、問題ないと思っていただが……。王都を守る武門の一派子弟となると、これは少々問題だなぁ、と」
「ああ、そうか。そんな感じか」
赤柄組の親たち──宮下士族六派は王都を守る士族である。当主でなくともその一門は、理由もなく王都から離れてはいけない。
なにしろ一族どころか一門の年少者に至るまでが、王都を守る兵という名目だ。当主はその指揮官に当たるわけで、一門合わせて食い扶持を貰っている。
軍政が変わる最中なので今後の在り方で揉めてはいるが、今はまだその名目は崩れていない。
「個人的には好ましく思えるが、立場からすると迷惑この上ないところだ」
「団長、我々としては、仕事が無くなって嬉しいところですがね」
「空の遊覧を楽しめて、これはもう休暇みたいなもんですなぁ、団長!」
「まったく、お前たちは」
フランシスの部下である王都騎士団が、問題ない、それどころか良かったと笑い飛ばす。騎士の活動を邪魔されたわけだから、怒っていいところだと思うが……。
おおらかというか無責任というか大物というか。
呆れながらも咎めないフランシスを見るに、彼らはこれが平常運転のようである。
こちらの問題は置いておいて良さそうだな。
代官に向き直り、要求を伝える。
「赤柄組のやつらに会えるか?」
「え、ええ。ま、一応。あっちもサード卿に合わせろと、いっておりやすがね。じゃ、ついてきていだだけますかい?」
そういって代官は馬車に乗って、オレたちを先導する。
向かう先はもちろん宿場町だ。アポロニアギャスケット共和国が近いため、武装した兵が守り、街も木造ながら壁で囲まれている。見張りの楼には、監視用の魔具が見えた。
まああの壁は戦争用というより、不審人物の出入りを最小限にするためだろう。
簡素な門をくぐると、すぐに衛兵の詰所がある。
その前に真っ赤な一団がいた。
真っ赤に染めた髪、真っ赤な鎧、真っ赤な柄と鞘の剣を佩く集団だが……、ほぼ全員が筋肉質の女たち、真っ赤な女たちの集団だった。
「ザルガラ・ポリヘドラ! 今度はわたいたちが出し抜いてやったぞ!」
女の筋肉の壁を書き分け、小さな赤い女の子が現れた。体格に見合わない大型の剣を背負い、赤い柄がまるで彼女の背後の頭上で揺れている。
満足げな見た目幼い赤髪の少女を先頭にし、背後の筋肉質な女たちが騒ぎだす。
「やりましたね、いってやりましたね、姉御!」
「見たか、あたしらの実力!」
「あんたらの獲物は、うちらが捕まえてやったぜ!」
「ていうか、コイツがザルガラかー」
腹筋や腕、太ももの筋肉を見せつけるように、各々ポーズを決めて騒ぎだす。
姦しいことこの上ない。
「あー、そういうこと……」
赤柄組の話を聞いたとき、白柄組のリーダーであるウーヌの口がはぼったかった理由を理解した。
「白柄組のやつらが、口ごもるはずだ……」
筋肉の塊のような女の集団と、幼女のリーダー。
揉めるのも、絡まれるのも、対抗するのも、張り合うのも、気おくれして当然である。女の集団だと、なんか付き合いにくいよなぁ。ましてこっちに敵意を持っていると。
「そうか~。やたら許可なく王都の外へ出てると思ったら、そういうことか」
武家の子女もまた軍役があるが、あくまで予備。男子と比べたら、規範も緩やかだ。
そんな筋肉集団が、なぜかオレを敵視している。
「嬉しいねぇ……素直に言えないこの気分。オレももう無責任な子供じゃないなぁ」
突っかかってくる存在は、オレにとって好ましい。オレを恐れていない、怪物といって避けてないってことだから。
しかし、これは違う。
というか、王命を台無しにされたわけで、これからの処理を思うと非常に面倒だ。
困った、と天を仰ぎ見ると、視線の先にベクターフィールドが見えた。
──あー、ウラムのやつ、ヨーヨーをちゃんと捕まえてくれたかなぁ。早く帰りたいなぁ。
などと、現実逃避をしてしまうオレであった。
+ + + + + + + + +
ザルガラがベクターフィールドを仰ぎ見ていたころ、ヨーヨーとウラムの二人は、下着姿と半裸で廊下の床を叩きながら口論していた。
「だぁかぁらぁ~。ちっぱい子が5人ならんでも、おっきい子のふたつのおっぱいにはならないのよぉ」
元の姿に戻っているウラムは、露出の激しい胸を両手で持ち上げ、ヨーヨーに見せつける。
「なにをいっているんですか! おっぱいは逆数じゃないんですよ! ちっぱいもおっぱいなんです」
大切なところしか覆われていないような肌色に視線を奪われながらも、毅然として反論するヨーヨー。内容はひどい。
「はぁ? じゃぁなぁに? おっぱいは単位元だとでもいうの? おっぱいは二つあるのよぉ」
「おっぱい二つで一つなんです!」
「なによ、それこそ逆数じゃない! おっぱいイコール右乳房足す左乳房ってことでしょぉ? ならつよつよおっぱいの逆数としてぇ、つよつよおっぱいイコールn分の1……おっぱいは2つだから偶数だし、2n……ええと、シグマによる総和ぁだとぉ……2κだっけ?」
「数列の総和をわかってないじゃないですか!? とにかく乳房が一つになっても、それはおっぱいなんです! 怪我や病気で悲しんでる女性もいるんですよー」
「それ言ったら、さっきの二つで一つの話と違うじゃない?」
「あなたこそ、男性の好みに変化して、小さい胸になるでしょう? そのデカいので誘惑しないじゃない!」
「ぐ……そんな趣味でも、我の変化で対応してもぉ……ええっと。そ、それは騙しているだけよ。ほら、実態はこのつよつよおっぱいだからぁ、男はこのおっぱいに負けているのぉ。ち、ちっぱいの積でこのおっぱいになるわけぇ、わかるぅ?」
自身の能力を逆手に取られたウラムは、視線を逸らして答えた。
「暴論! 論理破綻! 逆数の積から元の数ってなら、あなた一人でちっぱいの積ってなによ! なってない!」
「そ、それは……その。な、なにをそなたこそ、そんな年齢に不釣り合いな、つよつよおっぱいじゃない! このこのこの!」
ウラムはヨーヨーの胸に襲い掛かった。
しかしヨーヨーは怯まない。
「うへ、うへへ……。美人さんのセクハラー」
セクハラされた途端、カウンターで揉み返すヨーヨー。
「うぎゃー! やめい! 我にその趣味はない!」
セクハラをするさいは強いが、同性にされると嫌悪感で弱いウラムだった。
そんな風に揉めて揉みあう二人を、ザルガラの寝室から眺めるディータ・ミラーコードがいた。
『……ザル様。早く。帰ってきて』
留守番をしていたディータ・ミラーコードは、白熱するヨーヨーとウラムの戦いにはついていけない。
のちに、赤柄組問題を抱えて帰ってきたザルガラは、ヨーヨーとウラムから──
「ザルガラさま! おっぱいが数学的に貴賤がないか証明して!」
「ザルさまぁん♥ 大きいおっぱいが数学的に優れてるって証明してぇ」
と迫られて大いに困惑するのであった。
ウラムのトラップを、ヨーヨーは突破していますが、ちょっとしたきっかけから問答が拗れました。
 




