ザルガラ自爆
なぜか着替えをいっぱい持っていたフランシス・ラ・カヴァリエール卿は、ちゃんと上着を羽織ってくれた。どうやらディータやイシャンと違って、裸族ではなかったようだ。
服だけは文化的になった彼を、談話室へ迎え入れた。
メイドモードのティエが、給仕をする。
「こうして改めて話をするのは初めてかな?」
「え……」
茶を運んできたティエを口説こうとするカヴァリエール卿。前髪に隠れた目が、オレに助けを求めてくる。
ティエは未婚だから、マジでややこしいことになる止めろ。
いや、不倫もまずいのだが……彼は、ティエが未婚と知らないのかもしれない。
「改めて話すのは初めて、ってオレのことかな」
直接的には諫めない。ティエのことではなく、それはオレに向けた言葉だよな、という助け船を出す。
ティエの手を取ろうとしていた手を引っ込めて、フランシスは素直に茶を取った。
「ああ、そうだね。キミ、だね」
やんわりとした妨害に、少し驚いた様子を見せるフランシス。だがちゃんと引いてくれた。
この隙に、ティエが頬を染めて嬉しそうに下がっていった。実は口説かれて、まんざらでもなかったんだろか?
いくら色男とはいえ、フランシスは妻帯者である。うちの騎士と軽いお付き合いとなっても面倒だ。
まあいいや。
オレはフランシスとの会話に戻る。
「でも言うほど、初めて、かな? 巡回員のところと、事件があったときの聞き取りと街であって流れで捜査に協力してた時くらいだから……。ああ、やたら老けてたときにも合ってたな。わりと交流あるじゃん」
カヴァリエール卿と接点はあまりなかったようにおもっていたが、こう思い起こしてみると意外とあった。
「確かに、ね。で、ザルガラ君。今回の王命。君はどのような解釈をしているのかな?」
「そー……ですねぇ。ところでフランシスさんっていい?」
カヴァリエール卿はオレを名前で呼んだので、あらたまった呼び方をやめていいか尋ね返す。
「どうぞ」
許可をもらったので、カヴァリエール卿は以下、フランシスだ。
「ではフランシスさん、お答えするぜ。王命でオレの初陣という名目で、この大湖に派遣。賊の討伐だが、れっきとした軍事行動をこのベクターフィールドに行わせることで、共和国へ対する示威と警告と時間切れ間近の表明する。そういうことだろ?」
「お見事」
カヴァリエール卿……改めフランシスは、オレが状況を把握していることを褒めた。
「そして私見というかオレなりの解釈だが、王国は共和国の内紛は把握している。だが軍事的行動を共和国に対して起こすつもりはない。だから時間猶予与えたのにこの体たらく。だからそっちから来た賊を最新発掘兵器ベクターフィールドを持って討伐するけど、文句はないな? 当たり前だよな? ヨシ、派手にやるぜ。ベクターフィールドにせいぜいビビりなってことかな」
「はは、過激だね」
フランシスはこの物言いを一蹴したが、目は笑っていない。表現の違いはあれ、国境に近いところでの軍事行動には、おおよそそういった牽制があるのだろう。
オレは軍事など苦手で、政治はわかっている程度でできないが、理解して言語化することはできる。
「それでフランシスさんが派遣されて、オレの下についてくれるのはわかるし、ありがたいが……王国騎士団って、基本王都とか王領が任務地じゃないのか?」
王都でもトップである治安軍をつけてくれるのはありがたい。
だが、巡回兵や
と違って、他の貴族領では活動が自由ではない。
オレの疑問に、フランシスは床を指して答えた。
「答えは、ここ」
「ここ? ベクターフィールド?」
「そう。ここは王領ですよ」
彼が指差したのは床じゃない。ベクターフィールドだ。
「そうか。解釈によっては王領か」
居住区こそあれ、土地として数えられないベクターフィールドだが、王家の所有物である。
王の持つ城や宮殿が、動いているとも考えられる。
領地でも領土でもないが、領内か。なるほどなるほど。
「実際、このベクターフィールドが遠征に向いていなくても、どんな土地にも一時的に『王の砦』があると言えます」
フランシスが10まで言わずに、オレは理解した。
「ああ。このベクターフィールドの通行許可さえあれば、王軍も近衛もまとめて移動して、活動できるわけか。はえー。このベクターフィールドって戦術、戦略的には役に立たねーなぁ、と思ってたが、実際には政治的に拡大解釈すると、とんでもねぇ戦略兵器だったんだな」
「空飛ぶ城が……役に、立たない……か。たしかに馬の乗せ降ろしも難しいからね」
役立たずという評に最初こそ驚いたフランシスだったが、そこはさすが武門のトップ。すぐに理解を示した。
大切な騎士団の軍馬を空輸で後から乗せる作業を思いだしたのか、フランシスは肩を竦めた。
ほんと、このベクターフィールドは、陸上戦力の運搬に向いていない。
火力や輸送能力に問題が山積みだが、王領という解釈をするとどこにでも王領を移動できるという大きなメリットがある。
オレ、このベクターフィールドを王に献上したの失敗じゃなかったかな?
いや、オレが管理するのも大変だ。なによりオレの領地があちこち移動する方のに比べたら、王領があちこち行く方が、オレにとってはマシか。
「気苦労多い。やだねぇ、やだやだ。これで部隊の指揮とかやるんだろ? ほんとイヤだねぇ」
オレは背もたれへ、だらりと身体を預けて茶をすすった。
「安心してくれ。実際の指揮はお任せくださいよ」
念を押すように、フランシスがオレに伝えた。
わかっているよ、と手を振り答える。
「ああ、アンタの提案に、はいはい言ってればいいんだな? 助かるよ」
「ええ、まあ……。意外とこだわらないようですね?」
「こだわる? 何に?」
オレは本当に意味がわからないので首を捻った。
「武功ですよ」
「いらないねぇ」
強い弱いって評価は、もういらない。実績の話だとしても、オレ中では評価しない項目ですから
「煩わしいと思うのもわかりますよ。ですが、率いる者としての武功が皆無というのはよくない」
フランシスが諭すように言った。どうもカレもジーナスロータス外交官のように、オレに対しての教育係を任されている節があった。
そういえば、オレが無礼な態度をとっているのに、教えるような、言い聞かせるような口調を変えてこない。彼の性質かと思っていたが……、そういった事情があるのかもしれない。
「武功、ねえ。あんまりピンとこないんだよな、そういうの」
「ポリヘドラ家は文系、でしたね」
「現在だと文系ではあるが、さかのぼれば才人だし、芸事、特殊技術の家系だ」
「となると、わかりにくいでしょう。初陣とは武功……いえ目覚ましい活躍が重視されるわけではないのです。極論、初陣が負け戦でも、集団戦を務めていることが注視されるのです」
「負け戦でもいい?」
「なんというか、初陣は負けても本質はそれじゃない。勝ち負けどちらであろうと、経験することがあるからね」
語弊上等で雑な要約をすると、フランシスは正解だとうなずく。
「人の死に対し責任を取った経験があるかどうか? それが初陣の意味なんだ」
「責任……」
「勝ったとて自陣に被害はある。敵にこそ死を与えている。巻き込まれた民もいるしれない。負けたならば自陣の被害に責任を取れたのか? 勝ち戦でも戦死者たちとその家族に真摯な責任を取ったのか? 敵対者の死をどのように取り扱ったか? それが初陣で果たすべき、そして評価される武功なのです」
「……」
色男から大切な知識を晒された。
オレにとって真新しいその知識を浴びて言葉を失った。
王国の武門ではトップクラスのフランシスから、初陣心構えと武功という言葉に内包された詳細な解説。
こういった心構えなどは、家門の中で共有されこそすれ、外に晒されることはまずないはずだ。
家訓ともいえる。
家中の心構えなどは、実際には役立つものではない。時には実用重視とか頭でっかちの兵法読みには、馬鹿にされるような言葉だ。
だが、このような言葉には、確実に人を育てる力がある。
それをオレに伝える──?
……やはり教育係も兼ねているのか、フランシス。
確かにこういった覚悟を教えてくれる人はいなかった。
ツーフォルド卿を師匠と仰ぐオレだが、軍系でそういった存在はない。
多少、知古があったので、エイクレイデス王が送ってきたのかもしれない。
ついでの初陣と、おまけの賊討伐かと思ったが、そうでもないようだ。
「初陣とは、勝ったかどうか。強かったか、勇ましかったか、見事な知略を示したかどうかではなく……まず一度でも、戦いの死の責任を取れたかどうか? ……か」
そういえば──。
ヨーヨーの実家で演習ともいえる小競り合いに見学で参加したが、オレは手伝いこそすれそこで何一つ責任をとっていない。
武功って華々しく軽いもののイメージだったが、武人からすれば重く重く重い、暗く暗く暗いなにかを抱える意味があったようだ。
気が付かされ、新しい知識と精神に思考と感情が奪われる。
そんな時、フランシスがあらたまった態度を取ってきた。
「ところでサード卿、よろしいですか」
「なんでしょうか、カヴァリエール卿」
フランシスに敬意を払い皮肉抜きで、あらたまった対応をする。
「エト・イン嬢はどちらにご在宅で?」
オレの形上の婚約者、エト・インのことを尋ねてきた。
この色男が、見た目幼児に用事があるわけがない。
「あんたが用あるのオティウムの方だろ」
「エト・イン嬢の母君はどちらに?」
悪びれることなく、言い直してきた。
浮名を流す色男フランシスは、オティウム狙いをもう隠す気がないようだ。
「オティウムは乗ってない。エト・インをオレに預けて、そのままさっさと里帰りしてるよ」
「それは残念。大陸の西に咲く花は、この飛ぶ鉢にありませんか」
オティウムを花とし、ベクターフィールドを植木の鉢と例えた。なんかいいな、パクろうソレ。
浮いた話でなければ、こういう貴族めいた表現は見習いたい。いや、フランシスを見習ったって、外聞があまりよくないな。
「それからカヴァリエール卿。重ねて残念なことを言うと、ベクターフィールドは男性職員が多いし、オレの知り合いや学園の先輩あたりを呼んでるで、女性乗員はほとんどが若すぎる。アンタの好みにはぁ……応えられない。ご了承ください」
連合各国を回った時とは違い、フランシス対策を狙ったわけじゃないが、妙齢の女性は職員としてはほぼいない。住み込み職員の家族で多少いるが、本当にごく少数だ。
「それは重ねて残念。まあ浮き草ともいうこのベクターフィールドの向く先に、いくつも花が咲いていることでしょう」
「アンタの娘のヴァリエがいるってのに……今回の遠征、楽しんでるな」
「……ふっ」
もちろん、という顔で、フランシスは髪をかき上げた。
コイツ、王都に閉じ込めて置くべきで、ベクターフィールドであちこち行かせてはいけないのでは?
このベクターフィールド、ろくでもないヤツばかりが乗ってるな。
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