考えられる未来
「あー、なんか疲れたぜぇ」
オレは学園長室から出るなり、盛大なため息をついた。わざわざヒザに手を置いて……。
これじゃまるで、階段昇り終えた爺さんだ。
「一度目の人生でも、何度か教頭会の面々に囲まれたが、こんなのは初めてだ」
ステファン・ハウスドルフは、とりあえず謹慎。おそらく停学となるだろう。
学園内の事とはいえ窃盗だ。
いまだヤツは、学園長室で小言を食らっていることだろう。
正直、教頭会のヤツらに同情する。
度重なる事件で、彼らもハゲ上がりそうになっていた。
5人中、3人ハゲてるけど。
今回の件は小さい事件だが、関わっているのが学園でも有名人の3人ということで、生活指導の教師くらいでは収まらないと、教頭会の5人が出しゃばってきた。
なお、今回も学園長は飾りだった。
にこやかに話を聞いて、頷いているだけ。
あれって、人間なのか?
実は教頭会が作ったゴーレムじゃね?
そしてオレは厳重注意ですんだ。
ありていに言えば、怒られただけですんだ。
それなのに、やたら疲れたぜ。
なにしろ、勘違いからケンカを売ってしまったわけで、それを誤魔化すのに苦労してしまった。
古来種の力を手に入れたのではないか、という推測から行動した事は隠した。
「ありがとうございます。ザルガラ先輩」
少し遅れて学園長室から退出したアザナが、上目使いで礼を言ってくる。
「ん、ああ……」
気だるく振り向き、面倒だが返事をする。なんか、この間のこともあって、なんか会話しにくい。
誤解を解きたいのだが、その体力がない。
今回、アザナは被害者という立場で、同席していた。
窃盗とは言え、加害者と被害者を同席させるとは軽率だ。
大陸一の魔法学園などと言われているが、所詮は学園。
取り調べのノウハウを持っているわけではない。
教頭会のヤツらは面倒だったのだろう。関係者全員から、一気に聞き取りをしたという形だ。
「……別に、オマエのためにやったわけじゃねぇよ」
これは本当だ。
アザナの制服を盗んでたなんて知らなかった。
スラムの住人を実験台にしてると、オレが早合点したからだ。そのスラムの短足が、ユールテルを追跡してた。きっとあの短足のカトゥンとかいうヤツは、憂さ晴らしにユールテルを痛めつけるつもりだったのだろう、
オレがいなければ、ユールテルが標的にされていた。
だから、ステファンにケンカを売った。
勘違いだったが――。
「あの、それから……」
「まだナニか、あんのかよ」
素直に教室に戻って、居眠りでもしようと思っていたら、アザナのヤツがオレを呼び止めた。
「ごめんなさい。この間のあれは、ヨーファイネさんと組んでやった、いたずらなんです」
アザナは両手の平を目の前で合わせるという、独特な謝り方を見せた。
このどこの儀礼かわからない一風変わった謝り方。
アザナが発信元となって、一部で流行っていたが、オレがされるのは初めてだ。
一度目の人生で、アザナやその周囲の人物から謝られたことなどなかった。
だから、つい感動してしまったオレは強い衝撃を受け、しばらくアザナの言った意味が分からなかった。
「なんの、こ……って、まさか!」
少し考えると、ヨーファイネとの奴隷だの言いふらすだの、胸を貫く魔法のことだのを思い出した。
「はい。ヨーファイネとはちょっとした知り合いで、いたずらに協力してもらっただけなんです!」
「て、てめぇっ! ふざけやがってぇ~!」
てへ、ぺろ。などと言っているアザナのツラが憎い。
チクショウ!
可愛いじゃねぇかっ!
だが、許さねぇ!
「なんでもするから、許してくれません?」
片目をつぶって、上目遣いのアザナ。
な、なんだ?
これも新たな魔法か?
相手の息を止める魔法か? ……ん? 今。
「なんでもするって?」
「はい、言いました……」
…………。
あ、そうだ! そうそう、それなら!
「そ、それなら、勝負だ、勝負! これから実技演習場で、ぶっ倒れるまでやるぞっ!!」
「え? な、なにを?」
「ケンカだよ!」
「でも授業は?」
「そんなもん、オレらに必要ねぇ! 来いよアナザ! 単位なんて捨ててかかって来い!」
「お忙しいところすみません」
来いと身構えた瞬間、そんなオレなんてどうでもいいというカンジの声がかかった。
見ると、ユスティティアが沈痛な面持ちで立っていた。
さすがに様子がおかしいので、オレは構えを解く。
「どうしたの? ティティ」
やたらと女に気を使うアザナは、ユスティティアの隣りに寄り添って、優しく肩に手をかける。
中身は21歳のオレだからわかるが、ああいったボディタッチが取り巻きの女に受けるんだな。ガキのころはスケベ野郎と思ってたが、アザナはほんとあざといな。
「ルテルが昨日から戻ってこないのです」
かけられた手を握り返し、ユスティティアは今にも泣きだしそうな顔で答えた。
「「ユールテルが?」」
オレとアザナの反応が被った。
何か知っているんですか? という視線が、アザナから飛んでくる。
「……あー、そういや昨日だが――」
オレは正直に放棄遺跡でユールテルを見かけたことを告げた。
「そ、それは本当ですか! 本当……に?」
なぜ怪訝な顔で、2度も訊ねる!
いや、素行不良のオレだから多少、信用されないのも仕方ないか。
「いやマジだって。オレがステファンと揉めたのも、その関係だしさ」
オレは恥ずかしながら、古来種関係を除き、勘違いしていた経緯を説明した。
「そういうわけだったのですか。じゃあ、ザルガラ先輩。ユールテルは今、スラムに?」
「いや、それはわからん。会ったのは放棄遺跡と葡萄噴水区画の境界あたりだったし。そこにまだいるともわからん」
「でも、調べて見る価値はあります。捜しに行ってみましょう」
アザナは提案するなり、ユスティティアの手を引いて廊下を駆け出す。
「あんだと? オマエら授業どうすんだよ」
「単位なんか捨てて、行ってみましょう」
奇しくも、さっきオレが言ったことを言われてしまった。
くっそ、なんか上手くいかねぇな。
だが、ユールテルが心配なのはオレも同じだ。
「あーあ、仕方ねぇ。案内してやるか。言っとくが、貸しだかんな。返せよな。利子付きで。この間のヨーファイネの事もな!」
* * *
オレとアザナ、そしてユスティティアの3人は、学園の授業をすっぽかして葡萄噴水広場へとやってきた。
まだ午前中ということもあり、青果を扱う市場に活気が残っている。
「あいよ、リンゴ5個だね。袋はおまけしとくよ!」
「もともと袋はタダだろうが! 何言ってんだ、おっさん!」
硬貨を渡し、おそらく青果売りのおっさん手作りと思われる、袋に入れられたリンゴをひったくる。
アザナたちは先を急いでいるが、オレは小腹が減ったのでリンゴを買った。
「おい、そろそろ昼飯の時間になっちまうから、ちょっと食っておけ」
2つのリンゴを投げると、アザナが両方をキャッチし、ユスティティアに1つ手渡した。
「ありがとうございます! ザルガラ先輩」
「あり、がとう」
「……ふん」
礼を言われたが、顔背けて聞かなかったことにした。
オレは自分の分に齧りついた。
すっぱいが7割、甘いが2割、水っぽいが1割。
この酸っぱめなリンゴなら水分補給にもなるし、腹の足しにもなる。
オレとアザナは構わずカブりついたが、お上品なユスティティアは受け取ったリンゴを見つめている。
「放棄遺跡はこちらのほうですの?」
「いやいや、そっちの道は放棄遺跡を迂回して、鉄音通りに行っちまう」
ユスティティアもアザナも、このあたりには不慣れらしい。まったく道を知らないようだ。
今更ながら付いてきてよかったと思った。
「オレに付いてこい。放棄遺跡の全部を案内できるわけじゃねぇが、そこそこ把握してる」
素直に2人はオレの後を付いてくる。
不思議なもんだ。
1人おまけがいるが、アザナとオレがこうして歩くなど、一度目の人生じゃ想像できないことだ。
「……ああ、これくらいでいいんだよ。これくらいで」
「どうしましたか? ザルガラ先輩」
「いや、なんでもねぇ。独り言だ」
アザナの追及をはぐらかし、オレは二人を放棄遺跡の手前まで案内した。
「ここが……。もしかして、ポリヘドラさんが捕まえたっていう人の仲間たちが、1人で歩いていたルテルに、危害を加えたのでしょうか?」
数口かじっただけのリンゴを手に持ったまま、うつむきユスティティアがそんな事を呟く。
「それも可能性がないわけじゃないが、ユールテルがそこらのチンピラに後れを取るってことぁねぇと思うんだが」
「たしかにそうですが……」
ユールテルがアザナやユスティティアより劣っているといえで、平均的な魔法学園の生徒である。
古来種の力を手に入れた、短足のカトゥンのようなイレギュラーと出会わないかぎり、怪我すらしないだろう。
「で、でも不意打ちされたら……」
ユスティティアはそれでも心配なようだ。
「新式でそこそこの防御くらいしてんだろ? まさかそれを忘れるマヌケなのか? エッジファセットの跡取りってのは」
「そうではありませんが……」
オレの言い回しが気に入らないのだろう。ユスティティアが顔を顰める。
どうにも一々相手を煽る言い方が癖になっているな、オレ。
とはいえ、一周目の人生で貼り付いた癖だ。容易には治らない。無理に治すくらいなら、押し通す。
「気にするな。警戒と防御をおろそかにして、危険地域をうろつくような跡取りなら……早晩、家を潰すことになる。そうなってからより、却って今死んだ方が家のためになるんじゃねぇか?」
「っ!」
オレのキツい言い方に文句があるのだろう。ユスティティアの目が吊り上がる。
「で、オマエの弟はそんなヤツか?」
「……違い、ますわ」
「なら心配すんなよ」
ユスティティアはハッとした顔でオレを見上げ、一拍置いてなぜかアザナの顔を伺った。
アザナは微笑を浮かべているだけだ。それを確認してから、ユスティティアは髪を整えながら言う。
「そうですわね。ルテルなら大丈夫。ちょっと悪ふざけをしているだけですわ」
ユスティティアは少しだけ緊張を解いた。弟を信じられなかった自分を、心の中で戒めているのだろう。自嘲の含まれた笑みが口元に見えた。
2人を案内し、オレはカトゥンと戦った場所にたどり着く。
放棄遺跡の壁には、オレの魔法が当たった跡が残っている。と、いっても汚れが吹き飛んだくらいで、壁には全く傷が無い。
「このあたりでユールテルと会ったんだ。そしてそれを追ってきたチンピラをぶっ倒して、そのままオレは家に帰った」
「え? その倒したって人はどうしたんですか? ザルガラ先輩」
「ああ、違ったな。そのチンピラを葡萄噴水広場の巡回兵詰め所に預けて、家に帰った……だ」
「その方は今、どうされてますか?」
「仮にもオレは貴族の子息だぜ。そんなヤツに無礼を働いたら、しばらく強制労働のあとに辺境への追放だろ」
「ええ、仮にも貴族……。そうですわね」
「うん、仮にも……。そうだね」
「おい、こら。なんでそこを強調する」
さっきの意趣返しか? ユスティティア。
そしてなぜ繰り返す? アザナ。
「と、いうことは、その人が詰め所から出てきているということはありませんし、その人の襲撃を受けたということもありませんね」
アザナは納得した様子で、魔胞体陣を一瞬で投影した。
探査用の魔法陣が内部に描かれてるが、あいかわらず投影が早すぎる。オレだって一瞬で素体を投影できるが、内部の魔法陣までとなるとワンテンポ遅れる。
このあたりから、アザナとオレでは地力が違う。
あきれるな。古式魔法ですら、ヤツが半瞬早い。よーいドンじゃ、オレの負けだ。
10年前からこれじゃあ、敵うわけがない。
「ザルガラ先輩より、ボクの方がユールテルを良く知ってますから、ボクが探知魔法使ってみますね」
「ああ、頼んだぜ!」
「あっ! あそこ!」
「はえぇーな!」
「あそこから強い魔胞体陣の反応があります!」
魔法を発動させると同時に、アザナは古来種の通信設備跡を指差した。
オレたちのアジトじゃねーか。
「……あの、なんだかザルガラ先輩の魔法っぽいんですけど?」
「それはいいから、ユールテルの痕跡を探せ」
「……気になるんですけど?」
チカチカと光る魔胞体陣を操りながら、アザナがオレを上目遣いで見つめてくる。
な、なんだ? オレの何が気になるんだ?
「オ、オレとペランドーの秘密基地だよ。言わせんな!」
苛立ちで誤魔化し怒鳴ると、なぜか後ろでリンゴを齧っていたユスティティアが反応する。
「ああ、それでこんなところにいらしたんですね?」
「おい、なんだ? その『ガキっぽいことして……』みたいな目は?」
ちょっと被害妄想入ってるかもしれんが、この女の目は、小さい子を暖かく見るソレだ。
「いえ……。そうですね。ルテルもそういうアジトを作って入り浸っていたならいいのですが……」
ユスティティアはオレの追及を逃れるためなのか、本当にユールテルを心配しているのか。そんな顔されたら、強く言えねぇじゃねか。
女はやり難いな、ったく。
「ちっ……。アザナ。いいから探索を続けろ」
「わかりました」
オレたちは探索の範囲を広げるため、放棄遺跡群へと侵入した。
しばらくして、アザナは1つの廃屋を見つけて指差した。
「あ、ティティ。なんか、本当にユールテルがアジトみたいの作ってるみたいだよ」
「いたのですか!」
アザナの報告を聞いて、ユスティティアはリンゴを落とした。
「いや、いない……みたい。アジトに警報みたいのつけてるのに反応したんだけど……」
「けど……なんですの?」
ユスティティアが問い詰める。アザナは珍しく言葉を詰まらせ、困惑する目を逸らした。
「ユールテルの魔法なのに、コレって……」
アザナの一息ついた。深刻な事なのだろう。
オレはアザナの小さく魅惑の唇を見つめて、続く言葉を待った。
「コレって、古来種の魔法……です」
「…………なんだと?」
アザナの言葉を理解してから、ある推論が火花のように脳裏を走った。
どこかで歴史が変わり、ユールテルが古来種の力を手に入れた――という推論が。




