街を席巻する話題
悪評が広がるまでのんびりするつもりだったが、それを待たずエイクレイデス王から、王都から離れる命が下った。
本当は悪い噂から一時的に離れるため、下される予定の命令だったのだが、その噂が広がる前なので少し前後した形になる。
仕方ない。出発の準備だ。
その合間。オレはベクターフィールドのラウンジで、作業着姿のぺランドーと茶を飲んでいた。
ペランドーとの雑談の中、世間の噂について聞き、オレは天井を仰ぎ見た。
「そうか。思ったよりオレの噂が広がってないんだな」
「ほかにいっぱい話題があるからね。よかったね、ザルガラくん」
「あ、ああ……うん」
よくはないんだ。噂を広めるのも、オレの策だから。しかし、事情を知らないペランドーの評価は、そういったものだった。
学園も長期休みに入り、ぺランドーに同行を頼んだ。街士と鍛冶の研修を兼ねて、ベクターフィールドの居住区に仮住まいしてもらっている。
なぜか呼んでもいないのにソフィがついてきて、ペランドーが住む隣の住居に意味もなく住み始めている。そして通い妻よろしく、隣のペランドーの住居に出入りして、いろいろかいがいしく世話を焼いていると聞く。
今もペランドーの隣で同席し、彼は私の物という顔とすまし顔をミックスブレンドした表情で呑気に茶を飲んでいる。
そんなソフィから視線を逸らし、わざとらしく呟く。
「そうかぁ。広がってないのかぁ。意外だなぁ。あんまりオレって、話題性なのかな」
オレの悪い噂が広がりにくい理由、いや師匠をもってしても噂が広がらないとはどれほど他の話題の影響が大きいのか。
「そりゃ、ザルガラくんより、古来種様でしょ」
ペランドーがわっ、と顔を明るくして腰を浮かせた。
「古来種様が降りてきて、それが上だと違法って聞いてたからどんな人たちかと思ってたけど、あれなんだよ、あれ!」
「そうですわね、アレですもんね」
ペランドーの興奮に、静かに同調するソフィ。
「共和国で反乱を煽ったっていうからさ、怖い方々かと思ったけど違ったんだね! アイドルってなんだかわかんないけど、みんなのために歌手なんて芸事してくれるなんて思わなかったよ」
「一度、見てみたいわね、ペランドー」
「うん、そうだね。王国も歌合戦の提案、受けてくれればよかったのに。そう思わない? ザルガラくん」
同意を求められたが、オレは素直に受け入れられなかった。友人として話を合わせるため、そうだなーの一言くらい言いたかったが、苦々しいことに今のオレはこの国の男爵だ。
「そういうわけにはいかないんだよ、ペランドー。反乱組織名義で歌合戦の挑戦状という提案を持ってこられたから、提案を受け入れると、反乱組織の存在を政治的に認めることになっちまうんだ」
「そうなんだぁ。残念だなぁ。見たいなあ、古来種様たちのステージ」
「どのようなものなんでしょう? どうせ共和国の反徒なんですから、王国も認めてしまってもいいでしょうに」
気楽で身の軽いペランドーとソフィの二人は、古来種の歌と舞台を想像していた。国とオレの心配など知らないという顔だ。
「いや、敵対してる国の反乱とはいえだな、古来種主導なら反乱を認めるよなことは……まあいいや」
オレは政治的な話を諦めた。
ペランドーとソフィの二人の反応は、おおむね王国内全土の反応を代表していた。
違法に降りてきた古来種様たちによって、再度支配されたり反乱が起きたりする可能性が杞憂となった。その上で、美しい外見をした古来種様たちが歌や踊りを披露してくれているという。
王国の国民たちは、とりあえず政治的な話や高次元世界での法はさておき、信奉する古来種たちの美しい姿と歌と踊りを見てみたい。そういった感想を抱いている。
事態が矮小化されたのはいいことだが、王とか中央官とか外交官たちは予想と大きく違っていて頭を抱えている。
古来種たちを再び支配者として仰ぎ招き入れたい招請派たちも、きっと困惑していることだろう。……もしかしたら、ソイツらもステージ見たいと思ってるかもしれないが。
「しかし、オレの噂も古来種には敵わないか」
古来種がオレを貶める策略も、逆手に取ろうというオレの計画も、古来種オンステージのせいでうまく行っていない。
なんだよこれ。
誰が成功していて、誰が得をしてるんだ、この状況。
とはいえ、オレの噂が皆無というわけではない。
正の噂として古来種オンステージが大騒ぎになっているだけで、負の噂が消し飛んでいるわけじゃない。
街はちょっとした騒ぎになっており、オレは地上に降りることが難しくなっていた。
「ま、おかげで天体観測が捗るがな」
ディータの連合各国外遊が終わり、多くの役人や兵士、乗員、商売人がベクターフィールドから降りたが、天体観測所はほとんどの職員が残ることとなった。
警備として残ってもらっている迷宮時代のモンスターを除けば、もっとも多い人員は天体観測所の所員と関係者だろう。
そんな風に天体観測所のことを考えていたら、ヨーヨーがラウンジへとやってきた。
──なぜかヨーヨーは、エト・インを肩車している。いつの間に仲良くなったんだ?
「ザル様。王立天文台から観測データが届きました」
「よし、出発までに間に合ったか! ……って、こらヨーヨー! どこから出すんだよ!」
ヨーヨーはスカートをめくり、パンツに挟んで腹に巻き付けていた書類束を取り出す。
超反応でソフィが立ち上がり、ペランドーの顔に抱き着きついて視界を覆った。勢い余ってペランドーの首が変な風に曲がったが、どういうわけか平気そうだ。──慣れているのか?
「ここから出す理由。それは……エトちゃんをおんぶしたり、肩車してるから、手に持てないからで……はぁはぁ♥」
書類束をテーブルに置くと、鼻息を荒くしてエト・インの太ももを撫で始める。
そうやってここまで歩いてきたのか、コイツ。
「ええい、嘘のようで本気のような変態なことを言いやがって。おい、エト・イン、降りろ」
「ぎゃお」
「そうそう。もうその変態にくっついたりするなよ……って、オレの肩に登るんかい!」
ヨーヨーの肩から素直に飛び降りたエト・インは、そのまま跳ねるようにオレの肩によじ登った。
タルピーとは違って、幼いながらもエト・インは重い。頭の上にフェニックスのピーちゃんが乗ることも増え、このところ肩こりがある。
危ないので肩からおろし、膝にエト・インを乗せて、届いた書類に目を通す……ほんのり汗で湿ってるよ、これ……。
今回、王命を拝領するにあたり、オレはいくつかの要求を王家に行っていた。
その一つが、この300年分に渡る天体観測データだ。
こちらの観測データも王立天文台に渡す約束になっているので、相互協力の範疇なのだが、データの総量があまりに違いすぎる。
こちらは高高度と連合地方からの観測データとして質は高い。だが、王立天文台からは得難いデータだ。そしてあちら側の300年分の蓄積されたデータは、手放し難い財産だ。
簡単にバーターできるものじゃないとオレでもわかっている。
渋られたが王の要望には逆らえず、王立天文台はこれを送ってくれた。そんな大切なものを、腹に巻きやがって、ヨーヨーのヤツ。
何枚かめくって確認をしてから、書類をテーブルの上に置く。
「コイツは後で目を通すか」
「せっかくお届けしたのに、読まれないのですか?」
ヨーヨーが残念そうに、しだれかかってくる。有能だからベクターフィールドで働かせているが、そういった行為はやめて欲しい。
「オマエのせいで、しんなりしてるんだよ、紙が」
読みたくなくなる原因を突き放し、エト・インを膝の上から降ろした。
椅子から落ちたヨーヨーは、器用に受け身を取って立ち上がる。
「あ、そうだ。次の便でカヴァリエール卿がいらっしゃるそうです」
「オマエ、それ早く言えよ」
もし天体観測データを読みふけってしまったら、カヴァリエール卿の出迎えをすっぽかしてしまうところだった。
「ペランドー、悪いがあとは二人でゆっくりしていてくれ」
「っ! わかりました!」
ソフィが喜んで返事した。ペランドーはボリボリと焼き菓子を頬張っている。
「ほわ、おぐおざんん? おうおうこうおん?」
「食べてから話せ」
「……うんがぐっく。……カヴァリエール卿って、王国騎士団の? ヴァリエさんのお父さんでしょ? なんでくるの?」
ペランドーの疑問に、オレは不敵な笑みで答えた。
「ああ。オレの『初陣』を手伝ってくれるのさ」
 




