悪童の本領発揮
学園が長期休みに入る前日の昼下がり。
オレ一人で王城からの呼び出しに応じ、城へと昇った。
生活空間がベクターフィールドと影門屋敷に移っていたため、城に登ったといっても短い敷地内の移動だ。学園から城の敷地内にある影門屋敷へ帰宅した後、軽く身支度をして城へ向かうだけである。
内門を歩いて潜り、穴開きチーズのような見た目の王城へと入る。
エイクレイデス王からの呼び出しにも関わらず、会う場所は5つある豪勢な謁見の間のどれでもない。そこはいわば会議室と執務室を兼ねたかのような部屋だった。
「ここは……傍聴室か」
「……」
オレの独り言に、案内人を務める王国騎士は聞こえない振りでやり過ごす。
つまり正解か?
古来種謹製の機密性が高い部屋で、外部からの盗聴や透視はほぼ不可能。念話、遠話の一切が不可能。前もって潜んでおくことも無理。透明化やイマリひょんの認識阻害も無効化するし、転移してここにくることも、転移で出ていくことも無理そうだ。
すべての魔法が封じられるというわけではないが、こと情報関係と移動に関係する魔法と魔具は封じられる場所だ。
どうやら公式の会談ではないようだ。
オレはこの情報という意味で静かな部屋で待たされることとなり、給仕する使用人すら退出していき、ドアの前に王国騎士の二人が残された。
──そういえば。
ディータ・ミラーコードもタルピーもいない状況というのは久しぶりだ。
このところどちらかとは、かならず時間を過ごしているので一人の時間というものがない。
しばらくして、傍聴室の部屋のドアが開け放たれ、ヒゲの立派な貴族が入室してきた。
倍々卿……トゥーフォルド・スクエアード師匠だ。
オレは椅子から立ち上がって、倍々卿……いや師匠に頭を下げた。
「これは師匠。ご無沙汰してます。師匠もなにかオレに御用で?」
「師匠と呼ぶな」
師匠と呼ばれることに支障があるんだろうが、オレは心の中では師匠と称したい。
その背中は学ぶべきところが多いからな。
ツーフォルド師匠が合い向かいの椅子に座ったので、オレも着席した。
「そろそろ陛下もいらっしゃる。詳しい話はそれからだ」
「わかりました。師匠」
「師匠ではない」
オレが師匠と呼び、師匠が否定する中、やがてノックのあと侍従長ゴットフリートが入室してきた。
すぐにツーフォルド師匠が立ち上がる。オレはその姿を見て、習うように立ち会った。
そしてディータと、その父親であるエイクレイデス王が入室してきた。
「陛下、ご機嫌麗しく。この度は場を用意していただき感謝いたします」
挨拶をする師匠。
その隣で、つい師匠の真似をして、エイクレイデス王を出迎える形になってしまった。
エイクレイデス王がなんか言う前に、オレは席に腰を下ろした。
「公ではないから、楽にしてくれ。……と、もう座っておるな」
少し不満そうなエイクレイデス王。
まずエイクレイデス王が奥の席に座り、ディータがオレの隣に座った。
……え? ディータ、なんで?
師匠が咎めるような視線を向け、エイクレイデス王は表情は変えず、ヒゲに隠れた口から不満そうに息を漏らす。
「ディータ、お前は……まあよい。此度、呼び出したのはサード卿。市中で出回る、そなたの噂についてだ」
「ああ……アレか。オレが古来種の残した魔力プールをいじっているという話」
「うむ。それだ」
鷹揚にうなずく王が、悩ましいと目を伏せた。
「それでだ。余からの提案より先に……スクエアード候より、この件について話があるので同席してもらった」
「師匠から?」
「師匠と呼ぶなっ!」
オレにいったい何の用なのか、期待を込めた視線を師匠へ向けた。
師匠は師匠呼びするなと声を上げたが、エイクレイデス王に視線で促されて本題に入る。
「うおっほん。サード卿が魔力プールに手を出し、王都の魔具が不具合を起こしているという噂だが……その出所については調べが終わっている。発端は共和国、正確には反徒を率いる古来種様たちの一派が流したものだ」
「さすが師匠。古来種の暗躍を察知されるとは。しかもオレのため、市中の噂の出所を調べてくれるなんて」
古来種が流したところまで調べが進んでいるとは、二重スパイとイマリひょんを抱えるオレより重要な情報を掴んでいる。
特殊能力を持つ存在に頼った付け焼刃的なオレとは違い、これが本当の情報を制する側の人間か。
「ぐ、偶然だぞ! たまたま情報が入ってきただけだ。お前のためではない。それより様をつけんか」
「お師匠様!」
「ちがうっ! そっちではない! 古来種様にだ!」
師匠が興奮して、顔を真っ赤にしている。
それほど歳をとっているわけではないが、それでも若くないんだから、血圧とか気を付けて欲しいところだ。
「そもそも噂が不自然なので、勝手に調べたのだ。具体的には、魔具の不具合というのが無くてな」
「不具合が……ない? とは?」
「無論、普段から多少の不具合というのはある。だが、とりわけて故障が増えたという報告もない」
それはそうだな。
たまには古来種の作った魔具とて、現代の技術で改造してたり本来の使い方ではない場合もある。壊れたり不調もある。
不具合と不調があくまで常識的な範囲なのに、オレのせいという噂が広がっているということか。
「不具合の報告は平時とおよそ変わらん。噂と前後して、魔具が暴走する事故があったが作為が見られた。それらの暴走の仕掛け元も、だいたい調べがついておる。ただ問題は、この暴走が起きた場合、噂のせいで……」
ちらりと師匠が横目でオレを見た。
続く言葉を察して、オレがつなげる。
「たまたま不調が出たらオレのせい」
「そういうことだな」
そいつはまいりましたね、とオレは首を竦め、行儀悪く椅子に深く座り直す。
そんなオレの態度を見て、師匠は鼻で笑いながら胸を張る。
「貴様が師匠と呼ぶのを止めて、どーしてもと頼むのならば、この私自ら、この噂を収束させてやろう」
「つまり師匠の手腕が見れるというわけですね! やったー! どーしても! よろしくお願いいたします!」
「違うっ! そうではない!」
オレが好機じゃないかと喜ぶと、頭を抱えて叫ぶ師匠。
「とにかく私の手腕で収束させてみせるから、代わりに師匠と呼ぶな!」
師匠は何を言っているんだろう?
思考が巡る。いくつか思い当たるが、なんで呼ぶなと言うのかわからない。
「は? オレが敵わないと思っているから、師匠と呼んでいるのですが?」
「私が師匠と言われる敵わないから、師匠と呼ぶなと言っておるのだ!」
分かれよ、という顔で、わけのわからないことを言う。
師匠は師匠でしょ。
「もしかして、わざわざ師匠呼びして、オレがバカにしてると思っているんですか? 心外です。かなり真面目に御見それして師匠とお呼びしているのですが」
「ならば師匠のいうことを聞いて、師匠と呼ぶな!」
「つまり本質的に師匠とお認めしてくれるんですね!」
「う、う、ううん? や、ややこしいな! 違う! 師匠のいうことを聞いて、師匠と呼ばず、師匠とも認めるな! そもそも弟子と見ておらん!」
「ええっと、ややこしいけど、まとめると弟子入りすればよろしいのですね!」
「まとまってないわ! バラバラだ! お断りだ!」
「……ザル様、ザル様」
師匠の拒絶に追いすがっていると、隣で静かに座っていたディータがオレの袖を引っ張った。
「なんだ? ディータ?」
「……ザル様、アザナ殿に似てきた」
「うっ!」
オレは言葉を失った。
言われてみれば、今の師匠に対するオレの行動はアザナにそっくりだ。
よろめき、じっと手を見る。
「なんてことだ。このオレが……このオレがアザナ面に取り込まれるなんて……」
「ええい、面倒臭いやつらだなっ!」
エイクレイデス王が、素の態度で心底面倒くせぇなという顔をした。
そしてオレを問い詰める。
「とにかく、スクエアード侯の提案を受け入れるか否か? あ、師匠呼びとかそういう話はどうでもよい」
「陛下ぁっ!」
師匠が裏切られたぁと、愕然とした表情でエイクレイデス王に叫んだ。
無視して王は話を続ける。
「噂の収束、これをサード卿は望むのか?」
噂をどう収束させるのか?
噂を打ち消すのか、下火にさせるのか、それともなかったことにするのか。
師匠がどんな手腕を見せてくれるのか、気になって仕方なかったが──
「オレは──」
一つの要望を出した。
+ + + + + + + + +
夜半、王都のスクエアード侯爵の邸宅で、トゥーフォルドは成人して間もない息子と酒を傾けながら語らいあっていた。
かなり酔いが進んでおり、普段見せぬ父の有様に、息子はシラフのまま戸惑っていた。
「あのガキ! とんでもないヤツだ! クソガキッ、いやザルガキめ!」
「ち、父上……」
口汚くザルガラを罵るトゥーフォルドだが、その顔はどこか嬉しそうだった。
息子は罵る様子と普段見せない表情を見て、驚きを隠せない。
「あいつの計画を聞いたときは、震えるどころか腰が抜けそうだった! まともではない、ザルガキだ。できぬのにアイデアばかり先走りして、地に足がついておらん……いや、頭の中身が、羽付きでお空を飛んでおる!」
「それは……困った御仁ですね」
酔っ払いには吐き出させるだけ吐き出させよう、息子はそう思って大人しく聞き手に回って酌だけをする。
「魔法を振り回して暴れなくなったとなればなったで、あんな提案をしてくるなど!」
ひとしきり文句を並べ終え、疲れたように力を抜いて椅子に背を預けた。
そして額を押さえて呟く。
「もしも、あやつがワシの息子であったなら……」
「コネクションを彼に継がせますか?」
嫡男として聞捨てならぬ言葉に、聞き手となっていた息子も口を挟んだ。口元は笑っているが笑っていない。
その表情に気が付いたトゥーフォルドは、冷静になって居住まいを正す。
「ふっ。いや、後継ぎもコネクションもお前のままだ」
安堵する息子と、気持ちを置き換える父の溜め息が重なった。
しばらくの沈黙のあと、トゥーフォルドが口を開く。
「……いざとなればあれは、貴族としての家をまるまる爆弾に変えて、敵に最大火力でダメージを与える。そういうった男だ。とても家を任せられん」
父親のザルガラ評を聞いて、油断していた息子はぞっとした。
「よもや、悪い噂を収めるどころか、実際に魔力プールを改造していて、もっとこの噂を大きくしてほしいとはな」
「そ、そのようなことをしていて……、その条件でそんなことを父に頼んだのですか!?」
息子の取り乱しようを見て、「提案を聞いたときのわしもこうだったのだろうな」とトゥーフォルドは自嘲した。
「ここまでことが進んでいて、わしが最後の一手に協力するとは。地上に降りて、高次元に残る古来種様より、不貞の古来種と呼ばれる方々だが……もう勝ち目はないな」
その言い方は、まるで不貞古来種に勝ち目がないとも、ザルガラに勝ち目がないとも取れる言いようだ。
父の言う最後の一手。それはザルガラのためなのか、不貞古来種のためなのか?
これもまたどちらとも取れる。
どちらなのか?
確かめる勇気がなく、息子はただ息を呑むだけであった。
 




