子供には見せられない未来
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
ディータ=コピーとは、ディータ姫のコピーである。
サイズは手乗りというのはやや大きいくらい。
意識としてコピーという自覚はあり、同時に本体ではないが本人であるという気持ちも持っている。
本体へ記憶の引継ぎをなるべく優先する以外は、自己の保全を第一にするなど本体と同一で同格である。
ディータ=コピーはザルガラの左肩に乗り、影門屋敷へと帰宅した。本体であるディータはすでに外交団の人員と共に王城へと向かった。
彼の右肩にはタルピーがぶら下がり、頭の上にはぴーちゃんが乗っている。これにウラムが加わると、そろそろ居場所がない。
ディータ=コピーは自分の定位置を確保するため、ウラムを排除することも厭わない。幸い、彼女はそれほどザルガラにこだわっていないので、場所取りに挑んてくることはないだろう。
エイスター連合各国を訪問中、王国から借り受けていたエンディ屋敷の引き払いは終了していた。
新サード卿ザルガラの引っ越しも終わり、王都の拠点は王城敷地内の影門屋敷だけになった。
外遊を終えたディータと外交団たちは王城へと向かい、ザルガラたちは裏手の影門屋敷へと向かう。
外郭内、王城敷地で馬車の利用は制限されている。これ幸いと、馬車嫌いのザルガラは、ディータの馬車から降りると芝生の上をてくてくと呑気に歩いていた。
「せっかく帰ったのに、アンのヤツには悪いことをしたなぁ」
ティエなど最小限の供をつれ、城壁内側にそって歩くザルガラが申し訳なさそうにいった。
ベクターフィールドは郊外に停泊中だ。要員は順次地上へと戻る予定である。
しかし、アンはまだベクターフィールド内にいる。
留守番にして負担をかけていることを、彼は気にしていた。ザルガラと彼女以外にベクターフィールドを管理できるものがいない。
「……わたしに才能があれば」
ディータ=コピーもディータ本体も手伝いたいようだが、さすがに適正がモノをいうため何もできないでいた。
「ま、交代要員のアテ……いや、アイデアはあるので、あと二日くらい辛抱してもらおう」
ザルガラに腹案があるようだ。その言い方が気になったが、追求する者はいなかった。
「おかりなさいませ」
影門屋敷前でマーレイが出迎えた。使用人の移動も完了し、出迎える人が多い。
「ただいま、マーレイ。留守をありがとう」
笑顔というより、不敵な笑みでザルガラはマーレイの出迎えを喜んだ。ディータ=コピーも最近、やっとあれが彼なりの嬉しい表情だと理解した。
「ところでマーレイ。オレがいない間、なにかなかったか? ……いや、あったんだな」
「噂の件についてございますね?」
屋敷内に入り、執務室に向かいながらザルガラが訊ねると、マーレイは察したように目を伏せる。
「悪いな。些事を任せていたのに、面倒なことになって」
「いえいえ。……旦那様のそのお言葉がなによりにございます」
坊ちゃんという言葉を飲み込み、マーレイは旦那様とザルガラを呼んだ。
王都で頻発している魔具の不具合はザルガラにあるという噂。だがあくまで街の噂ということもあり、マーレイはあまり気にしている様子はない。うろたえたところ、新任の家人たちに見せるわけがいかないといったところだろう。
「ですが噂の件については、王城より呼び出しがかかっておりますが、確認だけと伺っております」
一休みしてから、執務室に主要家人を集めた。
マーレイとティエを始めとし、イフリータのタルピーはもちろんデュラハンのトゥリフォイルまでいた。
サイクルオプスのイマリーもいる。正式な家人でも家臣ではないが、扱いはすでにそれだ。なにより誰でもあり誰であるとも認識されない特技を持つ彼女を、正式な家臣として明文化してしまうのは悪手である。
「引っ越しも新たな家臣と家人の雇い入れも順調。さしあたって問題だった武官の件は、ここの警備に限ればこのままでいいか」
ザルガラは書類を軽く叩いて、執務室のテーブルの上に広げた。
「王城の敷地内ですからね。むしろ多すぎてはいけません。他貴族の方々との兼ね合いもあります」
王城内には王国騎士が詰めているし、常駐している兵士の数も多い。屋敷の中はともかく、周囲は彼らが警備してくれているような物だ。
そして王城の外郭部は一つの街となっており、屋敷を持つ貴族は少なくない。
各々の貴族が武官や兵士を入れすぎると、力関係に影響しかねないため、暗黙の了解で手勢を制限している。
「ま、少ない分には文句はいわれまい。ただいずれ王都内に屋敷を建てるってなったら、絶対に足りないな。ま、オレには時期尚早だから杞憂なんだけど」
大貴族となれば市中にも屋敷を構えるが、ザルガラはまだ大貴族というほどでもない。適格者がいないからと、そのままベクターフィールドの実質管理者になっているのとて過分だ。
──同時に、それが負担でもあるのだが。
「残るはサード領の屋敷に常駐させる武官と、ベクターフィールドの武官か」
うーん、と唸って椅子に背をあずけるザルガラ。
マーレイたちをはじめとした家人も、意見を出せない。
「サード領の方はまだいい。厳密には王領だし、屋敷もひどい言い方すれば立派な入れ物の役所の宿舎みたいなもんだ。メンツを気にしなければ、王国の騎士を借り受けることができる。王都から離れることに抵抗がない騎士なら、小遣い稼ぎに手をあげるものもいるだろう」
『……大丈夫、わたしに当てがある。加えて言えば。わたしの知り合いがいるのも気持ちが楽』
「ああ、一緒にくるディータ=コピーのこともあるか。本体もサード領に行くこともあるだろうし、そういう意味じゃ悪い考えじゃないんだな」
サード卿一門内の話だが、ディータ=コピーも手をあげて発言し、その心情をザルガラも汲みとってくれた。
「で、だ。……問題はベクターフィールドだな」
「数が足りません」
「おう。足りねぇよなぁ~、はあ~……まったくもう」
ティエが端的に答えた。ザルガラも分かっていることを言われて、腹をたてることもなく嘆息を吐き出した。
内部の警備に限ってならば、遺跡区画のモンスターたちを利用も可能だ。
だが空を飛ぶベクターフィールドの周囲を警戒するに当たっては、数も能力も足りない。
飛べるモンスターがまずほとんどいない。そのため空を周回して警戒することができない。
空から侵入してくる相手を、迎撃できるモンスターが少ない。
乗り込んできた侵入者を相手することはできるが、対空攻撃できるものは数えるほどだ。それだって一応できるくらいなので、薄い防備となる。
「今回の外遊は、イシャン先輩たちとあんこ食う騎士団が派遣されてたからよかったけど、これからどうしようか」
「ベクターフィールドの所属そのものは王家にあるのですから、王軍を都合してもらうのは?」
『……うん、うん』
ティエが提案する。ディータ=コピーもそれはいいと肯く。
「いいけどさぁ……。指揮系統、渡してくれると思う?」
「ディータ殿下がいる間は、条件付きで任じてくださるでしょうが……限られるでしょうね」
「だろぉ? オレだけの時は、責任だけで指揮権なし。ってなりそうだよな?」
『……』
ザルガラはシニカルに口元をゆがめ、ずるずると椅子から腰が落ちていく。
「なあ、愚痴、話していい? いいよな、話すぞ。あのさぁ、なんかさぁ、最近さぁ、ルジャンドル中央官がオレに厳しいんだよね。あまり優遇はしてくれないかな? まして軍関係となると、中央官の力が入りにくいの余計だしさ」
『……』
これは中央官の期待の裏返しなのだが、ディータ=コピーはわかっていてもあえて言わなかった。
「魔獣乗りなら……あまり頼りたくないがイシャン先輩の伝手で、もしかしたら怪我で引退した人とか紹介してもらえるかもしれないが……。うーん」
ザルガラは苦々しい顔をしている。
『……そんなに頼みたくない?』
「イシャン先輩って実家が太い上に一本筋が通ってるから、オレを頼るってことしないからなぁ」
ディータ=コピーの問いかけに、バツが悪そうに答える。
執務室のどこに隠していたのか、魔法のように袖口からチョコレートバーを出してかじり始める。
「もぐもぐ……以前、軽く新式魔法を教えてくれってきたくらいで、学生の頼み事だしな、これ。困りごとをなんとかしてくれってのまずしてこないだろうし。……おっと、別にそれで渋い顔してんじゃないぞ。怪我で引退した魔獣乗りに無理はさせたくないな、って方で渋ってんだ」
『……最終手段。的な?』
「そ。そういうこと。そして次に射撃の得意な魔法使いと、弓兵とか伝手がないなぁ」
ベクターフィールドから襲来者を迎撃するならば、遠距離攻撃しかない。
しかもこれは数がいる。
ザルガラは弓を引く真似をしながら、トゥリフォイルを狙う。そこにはすでにトゥリフォイルがいない。戸口へ移動していた。
「おい、狙う前に避けるなよ」
「これは失礼。ですが……伝手ならば魔法学園の卒業生がいるのでは?」
弓のイメージを向けられたトゥリフォイルが気軽に言った。
「あそこの卒業生を雇うとなると、なかなかの高給になるぞ。でもま、どうにもならんことになったら、財布が痛いだけだし声をかけて見るけどさ」
魔法学園卒業生は売り手市場だ。
宮使えも望める。どこかの大貴族から声もかかる。
嫡男ではない貴族子息ならばそのまま実家に戻り、新しい家を構えたり一門衆として重役を担うだろう。
庶民でも街士となれば、かなりの高給は約束されている。
「では孤児院の子たちは?」
「戦闘訓練してる子って20人くらいだろ? しかも練度なんてまだまだだ。能力的な問題じゃないぞ。あの子たちは自分たちの道を選んで欲しいからだ。もっともあっちが雇ってくださいといってくれば優先する。だが、兵としては今のところ論外」
ザルガラは、まだ孤児院の人材はあてにしていない。能力的な問題ではなく、心情と時期の問題のようだ。
「なあ、トゥリフォイル」
チョコレートバーを食べ終えたザルガラは、包装紙を投げ捨てて尋ねる。
「なんでしょう?」
「他の遺跡の……ベクターフィールドのモンスターたちを指揮することはできるか?」
「やれと言われれば……。ただすぐに高い結果を望むというなら……」
トゥリフォイルは小脇に抱えていた首を、前に出してザルガラの目線に合わせて答えた。
「無理ですね」
「だよなぁ~」
ザルガラはずるずる椅子がから滑り落ちていく。
「で、トゥリフォイル。それは予知を使っての判断か」
「はい」
予知であることを確認し、ザルガラは嬉しそうに椅子に座り直す。
「ふふふ……」
なにか笑うところがあったかと、マーレイやティエは困惑した。
ザルガラは立ち上がると、困惑する家人と調度品の合間を縫って歩き、トゥリフォイルの目の前に立って挑発するように抱えられた頭部へ顔を近づけた。
「トゥリフォイル。その予知、もうオマエの専売特許じゃないぞ」
「なっ? ……なるほど、笑うわけです」
なんらかの手段。おそらく予知を使って、ザルガラの発言が真実であると悟ったトゥリフォイルは居住まいを正す。
「よし。こうしていてもいい案があるわけでもなし。少し付き合ってくれ」
ザルガラは半ば飾りとなっている壁の剣を掴み、ぺランドーの作った手槍も取り出した。
「いいでしょう。どれほど先まで読めるか。お手合わせしましょう」
トゥリフォイルの腰の名剣がかちゃりと鳴った。
+ + + + + + + + +
影門屋敷の中庭で、息がつまる光景が繰り広げられていた。
にらみ合うザルガラとトゥリフォイル。
微動だにせず、唸りながら互いを見つめ合う。
まるで達人同士が、互いの隙を探るため、そして隙を誘うため、わずかな動作が命取りになる。
そんな死闘を予感させる光景が、不意に終わりを告げた。
「ぷはわっ! てめぇー汚ぇぞ、こら!」
突如、息を吐き出し、ザルガラが膝をついた。
トゥリフォイルは自分の首を掲げ勝ち誇る。
「また私の勝ちですね! 7連勝です」
「なんだとっ! 首撥ねられて自分で掲げるようなことしやがって! 次は勝つよし、もう一度だ!」
元気いっぱいに立ち上がり、
「またですか? 剣だけで勝とうとするのは無理なのでは?」
「うるせぇ。一回、勝ってるだろ!」
「最初の、それもこちらがそちらの予知に対策できてない不意打ちではないですか」
「さあやるぞ、って決めて始めたんだ。不意打ちもなにもあるか!」
「ぎゃお? ザッパー、なにやってるの?」
「わん?」
「ばう?」
「わぅ?」
ケルベルスのエグザとアイとリーを抱えて遊びに来たエト・インは、中庭で愉快な言い合いをする二人を見て首を傾げた。
ティエはお茶を用意し、エト・インを中庭を見渡せるベンチに座らせ答える。
「打ち込み……。だと思いますが……なんなのでしょうか?」
「打ち込み? ぎゃお? 戦ってないよ?」
ティエの説明を聞いて、エト・インはなおさら首を捻った。
「先ほどから先読みですか? 予知合戦なのでしょうか? そういうのをしてまして」
「ぎゃお?」
お茶を受け取りながら、エト・インはまたも首を捻った。エグザとアイとリーのみっつの首も、同じように傾けた。
「わたくしも多少は剣に覚えがあるので、ザルガラ様がどのような力を身に着けたのかと期待していたのですが」
ティエが嘆息混じりに、ザルガラとトゥリフォイルの戦いを眺める。
二人は微動だにしない。
にらみ合い、歯ぎしりし、眉間にシワを寄せているだけだ。
そして唐突に……。
「ぐあっ! てめぇ! 今の反則だろう!」
「反則? 未来はなにが起こるかわかりませんよ」
決着がつく。
20戦中、ザルガラが「勝った」と言ったのは最初の一戦だけだ。
その一戦とて、ただにらみ合っていただけで、ティエにはなにをしているのかわからなかった。
今も今とて、二人がなにをどうやって戦い、なにを持って勝ちなのか、それすらわからない。
ザルガラとトゥリフォイルは、未来予知を同時に使い、あくまで未来の中で戦っている。
その未来の戦いを観測できるものはおらず、はたからみていると睨めっこで勝負しているように見えた。
「トゥリフォイルめ! 今のは負けのうちに入らねぇからな!」
負けてないと宣言したザルガラは、慌てて距離を取っているようだ。
そしてうろたえるように、ティエの顔色を伺う。
「だいたいそ、そ、そんなふうに女を武器にするとか反則だろ! ティエがあんなに怒るとか、はじめてだったぞ!」
「ほんと、何をしてるんですか? お二人とも!」
未来の二人になにがあったのか。
気になって仕方のないティエだったが、エト・インという子供がいるので問うことはできなかった。
ついにアイデアが出たため、今年はついに完結するかと思います。




