推されても統治せず
従来の劇場とは、一線を画した華やかなステージ。
きらびやかなどこか少女趣味的で、愛らしい小物や大道具が溢れ、夢見がちな少女のおもちゃ箱をひっくり返したかのような舞台であった。
そんなステージに対面する観客たちは、興奮で湧きあがっている。観客席も従来の客席と違う。観客たちもステージの一部だというように、様々な色でライティングされていた。
ステージに並ぶ少女たちは、だれもが見目麗しい。統一性がありながら同一ではない個性的な衣装に身を包んでいる。
誰もが個性的な美少女で、髪型や八重歯などありきたりな特徴や猫耳やしっぽなど露骨なチャームポイントが全面に押し出されている。
彼女たちはみな、美しくつくられたゴーレムに古来種が代入されたアイドルたちだ。
そんな彼女たちは歌とダンスで、観客を感動の渦に巻き込んでいく。
最高潮まで上り詰めたライブが終わり、そんな素晴らしい時間を作り出した美少女アイドルたちに、残酷な数字が与えられていく。
人気投票。
1位から最下位まで、無情にも発表されていく。
1位が発表されたとき、ステージの上も観客も歓喜のるつぼであったのに、最下位に近づくにつれいたたまれない空気が広がっていく。
会場では「あー……」という残念がる声が上がる。同情的でありながら、どこか義務的で会場の人数に反してまばらな声だった。
残酷な最下位とされた古来種のアイドルだが、彼女は元気そうに手を振り上げて観客に答える。
美少女ゴーレムたちに、まだ泣くという機能はない。幸いのようでもあり、物悲しくも感じる。
「みんなー! 今までありがとう!」
精神的にも技術的にも精一杯の笑顔を見せ、古来種の何者かが代入された何かである少女の姿をしたゴーレムがステージから去っていく。
テンションを下げた状態で終るアイドルライブは、失敗のような雰囲気で幕を下ろした。
+ + + + + + + + +
「もしやとは思っていたが……また私が最下位か」
ライブの熱狂が冷めやらぬ楽屋裏。
卒業という脱退をした古来種が、足を組み、椅子に身体を投げ出すように座っている。
女の子アイドルらしい可愛さと、古来種としての権威を見せるかのような重厚な衣装で、尊大に座る姿は支配されたい男性を刺激するなにかがある。
「今回の総選挙での敗因は、属性の足りなさだな。次の新入時はクマの耳……いや、いっそ手もクマの手にしてみるというのは……どうだろうか?」
なんとこの古来種ゴーレム。最下位になるたび、外見を変えてアイドルグループQAD48の新入生として復帰していた。
正面で聞いていた十字のゴーレムに磔にされたかのような男が、提案を受けて考え込む。
「クマ耳……ですか。ではぬいぐるみのような形でいきますか」
総選挙最下位の古来種から提案を受けた男。共和国の元準貴族、有氏族という立場であった十字磔男であるディヴイ・ディッドヴァイタイムであった。
彼は現在、古来種アイドルグループQAN48のプロデューサーを行っていた。
「あと……そうだな。次の名前はどうしようか?」
古来種アイドルは可愛らしくアップしていた髪を解き、別人になることを決める。
「名前もですか?」
「ああ、名前も、いや芸名もだ。次こそセンターを取るぞ!」
純粋な古来種は性差ないどころか、人としてまともな精神構造をしていない。
ゆえにアイドルとして人気が出にくい。
ゆえに人としての形にこだわりも、個としての形にもこだわりはない。
最下位になるたび、この古来種は姿かたちどころか名前も変え、特技趣味も新たに設定してしまう。作られた存在であるがゆえ、自分を作り変える行為に抵抗がない。
QAN48メンバー内で人気のあるアイドルは、往々にして古来種によって引き立てられ高次元へ行き、そこから帰ってきた元人間や元エルフであった。
そのような存在は人間味があり、身近な感覚がある存在の方が親しみやすいのだろう。
もちろん、孤高の存在感を出す古来種は、手の届かないアイドルらしさがあるため、これもまた人気が高い。だが、同時に個性が弱い。そのため個性を得ようと、外見的な特徴……猫耳やクマ耳に手を出そうとする古来種のように、人気が伸びないアイドルが多い。
「いっそ、無骨なゴーレムハンドのままというのはどうでしょう?『ティコ・ブラーエぇぇーぇ』」
「それだ」
古来種は指を鳴らし、提案してきた異形のゴーレムに人差し指を向ける。
無骨な無改造外見を提案をしたものも、ゴーレムであった。
古来種たちが代入されている女性体型どころか、人の形すらしていない。
頑丈な合金製の素体に、無骨な鎧をまとわせた戦闘向きのゴーレムだ。
だが、その胸の真ん中には、逆さになった少女の顔があった。
自らが造ったゴーレムにより、縊り殺されたはずのドワーフの女技術者リマクーインである。
首だけとなり、古来種代入用に試作された生命維持装置付きゴーレムに取り込まれ、一命を取り留めていた。
紆余曲折あり、現在はこの地でアイドル古来種のゴーレム制作を手伝っている。
「ではそういうことでお願いするぞ」
尊大な最下位アイドルは、そう言って思いっきり衣装を脱ぎ捨てた。
イシャンがいれば見事な全裸っぷりと感激したことだろう。
「……どこでこうなったのか」
部屋の隅で項垂れていた男がつぶやく。
「どうした? この私にクマ耳は似合わぬと思うのか!?」
見事なプロポーションをする古来種アイドルゴーレムが、自らの自信あるボディの胸を叩く。
均整の取れたボディ。大人と子供の狭間という不安定さが、見事な形となって表現されている。
しかし、それは制作者……項垂れる彼の求める形ではない。
「違う。そういうわけでは……」
一度、その裸体を見上げた彼だったが、すぐに頭を抱えてため息をつく。
ディッドヴァイタイムは「古来種様に向かってなんという態度だ」と突っかかろうとしたが、その十字姿のディッドヴァイタイムを、裸体の古来種アイドルが止める。
「なんだ? 自信を失ったのか? これはオマエが造った物だ。誇れ! 他のアイドルたちもオマエが造ったのだろう。及ばぬのはこの私! 責任があるとするならば……私の萌えチョイスがまだまだだったということ!」
ちがううんだよなぁ……。
うなだれる男は、言葉に出さず心の中で呟く。
うなだれる男こそ、ステファン。
いささか勘違いがあるとはいえザルガラに才能を認められ、破滅する運命から逃れ、アザナへの歪んだ恋慕が暴露されたステファン・ハウスドルフだ。
アイドルグループの千差万別なボディを作ったのは、彼──ステファン・ハウスドルフであった。
現在の彼は、アイドルのプロデューサー業を手伝っている。
主にアイドル古来種たちボディを制作し、要望に合わせて改造する仕事だ。
──断ったら殺されるんじゃないか?
そういう気持ちでステファンは働いている。
むろん、古来種たちはそんなつもりはない。
だが、ステファンは強大な力を持つ相手には、人並に委縮してしまう。
彼は変態的な性質を持っているが、一般的な社会感覚を持ち合わせていた。気弱なせいもあって、他者との関係で強く出れず、立ち止まって状況を確認する性質もある。
そのため、古来種に対して持つ印象は、世間一般の認識と共通している。
魔法を得意とする現貴族などよりはるかに強大な力を持ち、大陸のすべてを支配していたかつての統治者。
尊敬よりも畏れが多い。
ステファンは重ねて、古来種を恐れてもいる。
「疲れているのだろうが……とにかく、頼んだぞ! 私の改造が終われば、休暇と報酬はたんまりだ」
「……」
仕方なしにステファンはうなずく。
気落ちしていても、どこか愁いを帯びる美形であるため、彼の真意に気が付くものはいない。せいぜい、疲労が溜まっている程度にしか思われなかった。
そしてステファンにも思惑がある。
報酬を使い、完全自立するアザナボディゴーレムの完成を目指し、今はクマ耳を作るため立ち上がった。
完璧なアザナのコピーを目指し、今のステファンに邪念はない。
そう、まずはクマ耳だ。
──クマ耳もアザナきゅんに似合うのでは?
邪念が入った。
+ + + + + + + + +
「古来種様がアイドル? アイドルか……アイドルとは?」
共和国の首都エカンテ。その中心である城の一室で、ブラーエ候は首を捻った。
「アイドルとは、ですか。難しい質問です。うーん」
侯爵の側近も首を捻りながら唸った。
「いや私もだな、古来種様の方々が、無害なことで好き勝手されるのは別段構わないが」
ブラーエ候は椅子に身を預け、頭を押さえながらため息を吐く。
すでにブラーエ候は、降りてきた古来種たちと手を切る手段を用意していた。
勝手に生産性の低い計画をする古来種たちに、見切りをつけていたのだ。
しかし、それも密かに、段階的。いつでもどちら側へも寝返ることができるように。
いたずらに自国の力を削いでしまっただけだが、まだ損切りができる段階だ。むしろ人的被害が少なかったため、古来種から得た知識や古式魔法の価値の方が高いとも言える。
「古来種様が反徒と合流するのまではわかる。北回りで東に逃げたステファンを追えば、道中で反徒の勢力圏となるからな」
「そうですね。反徒の実行支配地域を抜けられず、そこへ古来種様の方々が追いついた。ということでしょう」
古来種と手を切る算段の一つとして、ステファンの脱出を間者ナインを使ってブラーエ候は陰ながら助けた。
完成しかかってきた古来種のボディ制作を、さらに遅らせるためだ。
その後、古来種たちがステファンを追ったのはわかる。
未完成のボディ調整があり、それをステファンに完遂させるためだと思っていた。
「なぜステファンと捕まえて帰ってこない?」
「当初は信奉してくれる反徒の方々を労うという話でしたが……。歓迎されているうちに、いつの間にかこう……。歓迎のお祭り騒ぎが、どこからなぜかどうなったのかとにかくアイドルグループ結成とライヴ興行に」
「途中過程が山ほど抜けておらんか?」
「報告では歓迎のお祭りの時点で、すでにそのアイドル化が見てとれらとか? とにかくもう、私も把握しかねまして。間者たちも現地が熱狂的すぎて、反徒とその点で話が合わないとか」
側近も首を傾げるしかない。
「間者と反徒の話が合わないとは?」
「反徒たちの推しと間者の推しが合わないとか」
「ファンになっとるではないか、間者ッ!」
間者のアイドルファン化。ミイラ取りがミイラになるならぬ、間者が患者と化したようなものだ。
「まあ、時間が稼げるのはいいのだが……」
エカントから綺麗に引き払った古来種たち。ボディの微調整も先送りになり、ステファンを引き戻したとしても、また時間がさらにかかることだろう。
ブラーエ候はフリーハンドとなり、どうにでも動けるようになった。
「ステファンたちを追いかけていった古来種たちが、反徒と合流。これは分かる。うむ。反徒どもは古来種の信奉者だから。古来種とて彼らを利用するだろう」
「そうですね」
「では、なぜアイドルになる?」
「そう……ですね……」
側近は答えにくそうに身を縮めた。
前からブラーエ候は感じていた。
統治の方法も分からぬ民衆に力だけを与える。そして支配したいと思いながらも、自ら統治するつもりもない。
「もしかして国を統治どころか……。支配することすらなんなのか、わかっていないのではないのか?」
古来種たちは、ただ崇められたい……。そこまで発想が飛んだ時、さらに低次元な欲求の存在に気が付く。
「もしや……彼らはただちやほやされたいだけ……なのか?」
推されるとも統治も支配も君臨もせず──。
たった一人、出発地へ帰りたいジョンソンエンドイアソンを除いて。
本年も本作品を読んでいただき、ありがとうございました。
今年いろいろありましたが、最後に大事がドカンと来ました。
来年以降、生活が激変するかもしれないのですが、むしろ執筆がしやすい環境になる可能性があります。




