婚約数破棄
今回文字化けがあるかもしれません。
エルフの大森林からの帰り道……帰り飛行中に、オレはベクターフィールドの談話室で小さくなっていた。
「エルフの王族との会談中に、失礼にもご自身の新しい魔法の開発をされるなど……。聞いたこともないですよ」
ジーナスロータスに怒られた。いや、彼は半ば呆れていた。
「しかも未来予知……ですか? 私は恥ずかしながら凡庸なので、あまり魔法のことは詳しくないのですが……聞く限り効果を晒してよい手札ではないはずです」
「ごもっとも……」
オレは反省していた。ジーナスロータスに怒られたからではない。
未来予知の可能性に気が付き、魔法をどう構成するかと練っていたあの時、エルフの姫はオレを怖がった。
半分、冗談であのように言ったのかもしれないが、それであっても彼女はオレを恐れたのだ。
今にして思えば、かつてああいった行動が周囲の人に恐怖感を与えたのだろう。
オレは本当に反省している。
とはいえ──
ジーナスロータスに言われたことはもっともだと思うけど、それほど反省していない。次から気をつけようくらいだ。
反省半分、もうそろそろ終わらないかなと考えていたら、ディータとティエが談話室に入ってきた。
「これはディータ様。サード卿に御用ですかな? ……あ、ザルガラ殿。まず無事に全日程を終えたわけですし、これ以上言っても失礼かと思いますので、先人の愚痴とお思いください」
ディータの目もあり、オレの立場を慮ってか。ジーナスロータスは釘を刺すくらいでやめてくれた。お互い立場があるし、明確にどちらが上というわけでもない。あくまで専門家で先達者であるジーナスロータスの注意喚起とオレは受け取った。
ジーナスロータスはディータ姫に挨拶をし、仕事が残っていると言い残して退出していく。
解放されたオレは談話室で、ソファに身体を投げ出した。天井を見上げていたら、ジーナスロータスと入れ替わるように誰かが入室してきた。
「災難だったね、ザルガラ君」
イシャンだった。
他領の上空とはいえ、ベクターフィールドも勝手知ったる王国内に戻った。警備に余裕ができたイシャンは暇を持て余しているようだ。
当然のように全裸だったの、一瞥してすぐに無意識の【極彩色の織姫】で服を着せた。
イシャンは嫌がることなく、そのまま給仕係が出す茶に口を付ける。
「無駄な抵抗は止めたんですか、イシャン先輩」
もう慣れたからか、諦めたのか、【極彩色の織姫】で作られた古臭い服を脱ごうとしないイシャンに問いかける。
ソファから身を起こし、オレも茶に手を伸ばす。
「いや。これもまた全裸だからな」
「なんて?」
「……?」
オレも横のソファに座ったディータも首を捻る。
「考えてみたまえ。人はみな全裸の上に服を着ているだけだ。つまり服を着ていようと全裸なのだよ」
「ティエ。治療師呼んで」
「待て、待て待て、ザルガラ君。待ちたまえ」
控えていたティエに医者の手配を頼むと、イシャンは珍しく慌てて手を上げて止めた。
「真面目な話だよ。おかしくはなっていない。気が付いたのだよ。私は服を脱いだあと着た覚えがない」
「オレが魔法で着せたからな」
「つまり私は服を着ていない」
「ティエ、治療師」
「待ちたまえ、真面目に、話を、聞いて欲しい」
食い下がるイシャン。
こういうのは珍しいので、黙って話を聞くことにした。
「脱いだという行動は明確でありながら、私は服を着た記憶がなく、ザルガラ君も無意識で【極彩色の織姫】を使っている。つまり服を身に着けていても、着る、着せたという意志がない状態。つまり全裸なのだよ」
「いや、イシャン先輩殿、あのね。そういう哲学はちょっと」
言葉遊びのような話だ。オレは少し困惑した。
別にこういった話が嫌いというわけではないが、議題が議題なので気が乗らない。
「では視点を変えてみよう。私の服の中に、君がいると」
「いやです」
たとえ話を秒で拒否。
「まあまあそういわずに。ならば、アザナ君の服の中にザルガラ君がいると想像してみたまえ。その時、服の中にいるならば君の居場所からすれば」
「センパイ! ワインの新しいレシピ」
「アザナ君も全裸だ!」
イシャンが怪しい話をしていると、アザナが談話室に入ってきた。
「オマ、オマエ……。オマエ、ほんと、間が悪いな、オマエ!」
「いつもも変な話とか変なことしてるからですよ、センパイ。で、どういう話なんですか?」
少し怯え気味のアザナが、肩を震わせて聞いてくる。だが、オレはアザナの手にあるカップの方が気になった。
ワインが入った透明のカップから湯気が出ている。ホットワインだとはわかるが、半分に切ったオレンジが突っ込まれているのが気になる。
「ああ、アザナ君。君も転移魔法が使えるならわかるだろう? 四次元の空間では服などさほど意味をなさないってことが」
「あー。そういう話ですか」
「うん、まあ。なんてこった。転移魔法を使えるようになったイシャン先輩の理屈に、そのとおりなんで否定でできない」
オレとアザナは納得した。反論してもいいんだが、ディベートでもないのに持論を変えたくない。
「……それはわかる。けど、服は服? ちがう?」
ディータが理解できないと首を捻っている。
「そうか。ディータは転移魔法で四次元を経験してないからな」
オレはディータに簡単な説明をするため、テーブルの上のコースターを並べた。
「二次元と三次元で考えてみればわかる。例えば二次元人の三角さんと四角さんがいるとしよう。この四角のコースターと三角のコースター……おい、なんで三角のコースターなんてあんの?」
大き目の三角コースターで、グラスが真ん中に収まるならいいが、これはみ出すだろって大きさだ。
「……いいから。つづけて」
「お、おう。三角さんと四角さん、互いから見れば、二次元人は横棒一本だ。四角さんが三角さんの周囲を移動して、一辺の長さや頂点の位置を観測すればまあ三角さんが正三角形だってあたりがつくだろう」
四角のコースターをテーブルの上を滑らせ、三角のコースターの近くを周回させてみせる。
「でだ。もしも四角さんが三次元を理解し、認識し、三次元での活動ができるようになったとする」
オレはそう言って、四角のコースターを水平に持ち上げる。
「こうすると二次元の視覚しか持たない三角さんは、四角さんが消えたように見えるだろう。水平方向の同じz軸しか見渡せないからな。もちろん四角さんも三次元の視界を持っていないなら、同じz軸を水平に見渡すだけで三角さんを見失う。だが……四角さんがもしも三次元の視界を得て、視角を変えることができたなら」
そういって俺は四角のコースターを傾け、テーブルへ向ける。ちょうど三角のコースターを見下ろすような形だ。
「この時、上空という三次元の視界から、三角さんが三角だと表面を見て この表面は通常の二次元状態からでは見えない。だが、三次元の視界と視点を得た四角さんは三角の表面を見れているわけだ。しかも、この三次元の視点から見た【三角形】をした【表面】というのは、二次元の視点では辺を破壊するとか透視するとか、なんらかの観測方法をしないと見ることができない部分だ」
「……うん、うん。なるほど」
ディータも元々理解力が高い。この説明で理解できたようだ。
「さすがは姫様。二次元を三次元に、三次元を四次元に置き換えた場合、三次元の物体を、四次元から覗いている形というわけだ」
「……つまり、三次元人と四次元人の場合、三次元が服をきていても、それは三次元人の表面。四次元人からみたら服の内側も表面、服の下も表面……内臓も表面。内臓部分が丸見え」
「そういうこと」
服を着ていようと、肌と肉があろうと、そういった三次元的な表面は、四次元的な視界の前では無いも同然な視点が存在しているのだ。
あと転移魔法を使用時、服が裏返ることがある。実はアレ、かなり危険なのだ。
四次元空間では、裏表はあってないようなものだ。四次元の物体に、四次元での動作を思ない胸でも押されれば、肺と心臓が背中から飛び出すこともある。
四次元空間で、四次元由来の突風を受ければ、身体がひっくり返って内臓が全部出てくる可能性だってある。
転移魔法で服が裏返っている状態は、まさにその危険性を表している。
オレクラスやアザナでは、魔力を込めた四次元由来の胞体で守られてるから、そんなことはないんだが、服は四次元に対応した服でないその限りではない。
『ディータ殿下。ザルガラ様。そろそろ目的地に到着します』
ディータ姫に説明をしていたら、アンから連絡が入った。
今日は東部の王領で、終日の休憩を予定している。
「あ、そうだ。アザナ。なんの用……って、なんで酔っ払ってんの?」
アザナの様子を見たら、顔が真っ赤だった。
どうも手に持っていたワインを飲んでしまったようだ。ホットワインは低アルコールになっているので、それほど酔っ払っているわけでもないが、身体が暖まってアザナの顔が火照っている。
いままでになく、いつもより、さらに、バランスが崩れつつも怪しい色気があった。
「美味しかったです! ……けぷっ」
「オレに飲ませてくれるわけじゃなかったんだな……」
嬉しそうに新作レシピとかいってたから、ごちそうしてくれると思ったのに……。
アザナはやっぱりアザナだった。
+ + + + + + + + +
街道に面するこの王領には、一大宿場町がある。
ベクターフィールドを見物する人と、旅で立ち寄った者で溢れている。宿はどこもいっぱいだ。
ここにベクターフィールドから降りた一団が加わって、宿場町はお祭り騒ぎの人出で賑わっていた。
ここでオレに接触を図る者がいた。
特別に確保した酒場の一室で待っていると、密かに、静かに、物影から女が現れた。
タルピーの踊りは炎の輝きを持っている。それに照らされた女性は共和国の4大貴族、鼻長卿から裏切った双子の間者の片割れ、ナインだ。
変装して別人の顔となっている。使用人の恰好をして、オレに報告を持ってきた。
「お待たせしました。タルピー様、ザルガラ様。悪い報告と、わけのわからない報告がありますが、どちらから伺いますか?」
「なにその2択」
ナインの言い方に、オレは力が抜ける。なにさ、わけがわからない報告って。
「ちなみにわけがわからない報告は二つあります」
「よりによってそっちがかよ。じゃあ、悪い報告から……いや、待て。当てて見せる」
口を開いたナインの前に手を翳し報告を止め、未来予知の胞体陣を周囲に展開する。
まだ不安定でなので、こうした実験で数をこなし、データを集めることが必要だ。
「よしわかった」
すぐに一つのヴィジョンが浮かぶ。
「沿岸警備隊の青年補助団体が寄付を求めに来たんだな?」
「違います。というか、寄付程度ならそれほど悪い報告でもないかと」
違うのか。
なんてことだ。これは未来予知の失敗を意味している!
「違うので悪い報告をします。現在、王国ではザルガラ様が魔力プールをいたずらに操作し、障害がでていて魔具が機能不全を起こしているという噂が広がっています」
「ふーん」
「え? それとその噂の出所は、共和国の反徒側からです」
「へえ、そうなんだ」
オレの反応が鈍いので、ナインが眉をひそめた。
悪い噂と言っても、魔力プールに手を入れてるのは事実なので、バレたかくらいのイメージしかない。あと王国と高次元にいる古来種たちの許可は取ってるので問題ない。
魔具の不具合などは冤罪だが、しっかり原因究明されれば、逆にオレが同情される立場になるだろう。
評判に傷がつくのは痛いが、名誉回復されなくても別にその程度なら慣れてるので実害がない。気になるのは、賠償金問題くらいかな?
「で、わけがわからない報告ってのは?」
「アポロニアギャスケット共和国で、ゴーレム体に代入された古来種たちが、反乱者たちにアイドルとして推されて、コンサートを毎夜のように開いています」
「なんだそれ」
今度はオレが眉をひそめた。
なにをやってるんだ、古来種?
地上の支配者に返り咲くのが目的……いや、それは一部の賛同者の目的か。ジョンソン&イアソンたちは故郷に帰るのが目的じゃなかったのか?
「古来種たちなにやってんの? 遊びで地上に来てるの? 共和国の反乱者はなにやってんの? 遊びで反乱やってんの?」
「だから、わけがわからない報告と言いました。詳細は書面にまとめてますのでお読みください」
ナインはもはや開き直っている。
「なんだよ、読むと脳が疲れそうだな、その報告書。……で、まだわけがわからない報告があると言ったな? なんだ」
「はい。その古来種アイドルグループQAN48という一団が、王国にアイドル対決で挑戦状を叩きつけてきました」
「はあ? アイドル対決ぅ? なら王国はJUNYU'75とかいうアイドルグループでも出すのか?」
48と言われたら75で返すほかにない。
うまく返したと思ったら、タルピーを捕まえて頬擦りしていたナインは怪訝な顔でオレを横目で見た。
「75ぉ? いったい、何をわけのわからないこと? あとQAN48からの挑戦状は破棄されています」
「オマエがわけのわからない報告してきてるからだよ! あとタルピー返せ!」
タルピーが泣いてるだろ!
A○B48とG○ン'75は婚約しているんだよ!
「'」を入れてると厳密には1975なのですが、本来は✪なのでそこはそれで。
あ、長かったですが今回の章はこれで終りです。
実は理由があって、引き延ばしてました。
おかげでアイデアが出ました!




