バーニングエルフとグランドレス・パワーアップ
オレをはじめとし、呼ばれたタルピーとフェニックスのピーちゃん。そして呼ばれてもいないアザナとユスティティアで、日が沈み行くこの時間にエルフの姫と出会った。
「ねえ、イフリータ様、イフリータ様。これからエルフの村を焼きにいきません?」
夕日で赤く照らさせる一室で、エルフの姫が困惑するタルピーに抱き着いてそんなことを口走る。
「おいおい、想像の横手裏路地で乾ききった廃材前でマッチを擦ってるみたいな姫様が出てきたぞ」
「想像の上じゃないんですね、センパイ」
「不本意ながら想像の上を行くのは、ビールの泡みたいに溢れ出るくらい知ってるんでな」
ついてきたアザナが、オレの困惑に対応してくれる。ユスティティアは表情を変えずにいたが、背筋が良くなってエルフの姫から距離を取っていた。
エルフの宮殿(理想上)である丸太小屋ならぬ丸太屋敷で、オレたちはリンナヴァン姫殿下の奇行を見せつけられてしまった。
さっぱりとした広くない部屋なので、見て見ぬふりができない。
「ザルガラさまーっ!」
タルピーが助けてくれと訴えているが、俺の頭の上に乗っているフェニックスのピーちゃんもリンナヴァン姫に捕まりそうで近づけない。
重たいな、首にくるぞ、このフェニックス。
すまないな、タルピー。オレは震えるピーちゃんを守るため、タルピーに犠牲を強いることにした。
高貴で優雅な印象の強いエルフだが、貴族のような堅苦しい式典や礼儀作法もない。
世間のイメージと違い、敬意を持って常識的に対応すればいいので気が楽な相手だ。
でもこのエルフの姫様が常識的じゃないし、気が楽にならないぞ。
「あ、ご安心を。エルフの村といっても、移動のため退去を完了した集落です」
「ま、そんなところだろう」
リンナヴァン姫は正気に戻ったのか。口走った意味を理解して言い訳してきた。
オレも多分、そのあたりだろうと察していた。
まあ、それでも引いたけど。
「それに材木を乾燥させるのに、我々でも水と併用して強力な火の魔法も使います。決して火全般を忌み嫌っているわけでもないです」
「ああ……。リトルウッド公国の要塞でもやってたなぁ」
「それも我々エルフたちが、出向して行ってます」
へえ、そうだったのか。
魔法で木材の繊維を破壊しないで急速乾燥させる魔法は、エルフたちの独式魔法として継承されている。能力を持つものを遊行させずに有効利用して、リトルウッド公国と友好を結んでいるわけか。
近くのサイドテーブルに解放されたタルピーは、安堵した様子で解放の踊りを踊り始めた。
落ち着いたリンナヴァン姫は、エルフとしては異質な外見をしていた。
長い髪は凝った巻き髪にして、生花で飾り立てている。もちろん美人なのだが、租にして野だが卑ではないというエルフらしさはなく、バチバチにメイクをして派手な王都で流行している若者スタイルとなっている。
もっとこう、エルフって凛々しくもあり、愛らしくもあり、穏やかでもあり、ってイメージだったんだが……この姫はちょっと違うようだ。ヴィーンツオ大公もご苦労されそうだ。
タルピーに逃げられたリンナヴァン姫は、冷静さを取り戻したのか恐縮したように居ずまいを正した。
「取り乱して申し訳ありません。仕方ないんです。この世界にはもう意志を持つ精霊はほとんどいません。意志のあるイフリータ様を見て、少々興奮してしまいました」
そう言うと頭に手を伸ばし、はにかみながら生花を撫でた。
自然を司る精霊の大部分は、古来種についていってしまった。情報体であるため、気があったのだろう。下手な古来種とも違い、戻ってくるものもいない。
「なので、精霊の感応性の高いエルフである私が、火の精霊とはいえ欲情……いえ、興奮……ではなく、はぁはぁ……。イフリータ殿。ちょぉーと、お姉さんに焼ける様なお肌を見せようかぁー?」
リンナヴァン姫は頭の生花をむしったかと思うと、踊っているタルピーに飛びついた。
「ザ、ザルガラしゃまー!」
あれこれしようとするいやらしい手つきをするリンナヴァンの手の平から逃げ出し、タルピーは涙代わりの火花を散らしてオレの肩に飛んでくる。
「ザルガラさま! 絶対、ピーちゃんはあのエルフ姫に渡さないで!」
「ん? おう」
タルピーはピーちゃんを守れと言うが、いくらなんでも鳥に欲情はせんと思うぞ、このエルフ姫……。
「そんな、ご無体な。ただ炎の羽毛をしゃぶりたいだけなのに」
「ドン引きだよ! こっち見んな! ピーちゃんは渡さん!」
「そんなのしゃぶったら、お口の中がドンパッチですよ!」
オレは本気で寒気がした……え?
「って、アザナ。ドンパッチってなに?」
「口の中で弾ける新感覚です」
「なんのこっちゃ。……口の中弾けるくらいで済むのか?」
フェニックスの羽毛をしゃぶりたいと、頭上のピーちゃんへにじり寄るリンナヴァン姫。それを止める声がかかった。
「落ち着いてください、姫様。はしたないですぞ」
姫の教育係であるエルフの長老だ。
リンナヴァン姫に爺と呼ばれるこのエルフの男性。なんとスフィンクスがなぞなぞで出した答え、一本足になっているエルフだ。
一本足といっても、両足はしっかりとある。
空中で胡坐をかき、右手で持った杖で床を突いている。
なんでもエルフは極めると、身体の一部が木や木材に接触していれば、枝葉と化したようにどこでも空中で坐ることができるというのだ。
どうも達人の妙技のようで、歳を取れば誰でもできるわけではないという。
『エルフ、歳取ると、一本足や』
スフィンクスの言葉が蘇る。彼を見て、その意味を理解した。
「わあ。大道芸の浮遊芸みたいだ」
またアザナが、なんだかよくわからない感想を口にした。
「どういう意味か興味はあるけど……多分オマエの顔を見るにどうでもいいことのようだ」
「顔を見てご理解されるのですね……」
今まで静かだったユスティティアが、オレの反応になぜか衝撃を受けている。
でも確かに、魔法を使わないで仕掛けと妙技で宙に浮いているかのような技は、大道芸と言われて納得してしまう。アザナの表情から大道芸と侮蔑するような意味で、言ってるのではないともわかる。
目を引き、驚いてしまうに十分な技だ。
「お客人方、驚かせて申し訳ない。人間は焚火を見ると落ち着くと申しますが、この姫は興奮しがちでしてな」
「じょ、冗談ですよ、爺……。おほん。イフリータ様は隠れ蓑。本題は……本題はぁ、あの、なんでしたっけ、爺?」
エルフの長老がフォローしたが、残念なことにこのエルフの姫様、結構なウソつきだ。
本題はタルピーとフェニックスだ。建前の本題を忘れている。
爺が器用に空中で杖を突き、リンナヴァン姫の脇に寄って耳打ちした。
「え? あ、そうそう。そういう建前でしたね、はい」
「建前って言っちゃったよ。聞かなかったことにするけど」
「こほん。ええっとザルガラさんはヴィーンツオ大公とお会いになったのでしょう?」
俺をサード卿と呼ばなかった。エルフ社会は人間社会とは、少し違うからだ。王を称していても貴族らしい儀典を使わない。
「使者やディータ姫様からもうかがいましたが……大公殿下は、大変お若いと聞きましたが、男性の貴方から見てどのようなお方ですか?」
「人間からすれば、大変若いというほどでもないのですが……。そうですね。優しそうでありながら、取り計らいは執政者として立派な裁可を下す方でしたよ」
建前である質問へ、建前で装飾して手短に答える。年頃のエルフとして、婚約者を気にしているのも事実だろうが、貴族の端くれであるオレは言葉を選ぶ。
彼女はタルピーとフェニックスが優先のようだが。
「おヒゲはありましたか?」
「え? ああ、はい。ありましたよ」
外見を聞き出すつもりなのか。この質問。よくわからない切り口だ。
「お似合いでした?」
「年齢のわりには、その顔立ちからしてまあ……」
実際にはそれほど似合っていなかったが、言葉を濁す……ッ!
この時、オレの脳裏にいくつもの映像が流れた。
リンナヴァン姫と年老いた高貴な男性が仲睦まじく過ごしている光景だ。
リトルウッド公国から大森林を望み、お茶を楽しむ二人……。
この渋く老いた男性……将来のヴィーンツオ大公か!
「っ! 少々お待ちください、姫殿」
「え? ええ、はい」
オレの様子にリンナヴァン姫が驚く。
アザナとユスティティアは、オレの変化に気が付きながら反応は鈍い。いつものか、という顔をしているのは心外である。
映像に続き、会話も途切れ途切れに聞こえてくる。
断片的なので判然としないが、リンナヴァン姫とヴィーンツオ大公の相性は良いらしい。
「姫様。失礼ながら、もしかして年上の男性が好みですか?」
「な、なぜそれを!」
リンナヴァン姫が口を押えて驚く。
エルフが年上の男性を好むとしたら、人間の年齢としても若いヴィーンツオ大公は好みから外れるだろう。
「ご安心を、リンナヴァン姫殿下。きっと……いずれは、いえ……若いヴィーンツオ大公だからこそ、年々あなた好みに育成することができますよ」
「私好み……。なるほど。若者をおじ様に育てるプレイですね」
プレイってなんだよ。
なんかリンナヴァン姫が変な解釈をしている。
ちょっと余計なことをしてしまった気もするが──
なぜこんな映像が見えるのか?
思い当たる存在が、二人の映像とは別に浮かぶ。
生首だ。
ディラハンのトゥリフォイルの首だ。
予知能力を持つディラハンの能力……それに近い。
つまり──。
「最近、妙に予感が当たると思ったら、未来予知だこれ。少し術式まとめて、形にするんで待っていただけますか? あー、なるほどなるほど、うむうむ、そうかこれ。自働で防御を最適化したり、無意識でも反撃で魔力弾打ち込む術式やらの組み合わせが干渉してんだな……。これら全部の魔法陣が別個の胞体に書いてるから、入射状態と散乱状態で位相差がでるわけで──角速度とそれにかかる時間の違いが映像のブレとか途切れる原因に……」
普段から利用している防御陣やら、古来種が太古に埋め込んだ精神操作魔法の術式を投影し、精度を上げるため調整していく。
「なにこの人間、怖い」
「パワーアップイベント皆無な日常会話で、理由も脈略も無く強くなるのやめてください、センパイ」
リンナヴァン姫とアザナが、オレの行動に引いた。
だが、書き換えに忙しいオレは、それに構う暇はなかった。
 




