若き大公との会談
単純なミスから暴走した双子ゴーレムの騒動の翌日。
リトルウッド城内の控室で、オレはジーナスロータスと最終確認を行っていた。
控室は木材がふんだんに使われ、繊細な工芸品のような室内である。
通常の会談とは、先に非公開で役人や官僚が話を擦り合わせておき、お互いのトップや代表が顔を合わせ、それらの話が最終的に間違いないと公開して確認しあう場だ。
「今回、会談という形にした理由ですが、今後の空飛ぶ城……いえ今はベクターフィールドでしたね。ベクターフィールドへの運行予定通達とあちらからの要望があり、それを承諾するという体裁です」
「つまりこっちの運行予定を伝えて、向こうが了承する。そしてあちらの要望がこちらに伝わっていて、オレが了承する、でいいんだな」
「はい。事前に読んでいただいた資料にある通りです」
「ふーん」
昨日も読んだが、パラパラと資料を改めて捲る。こちらからの要望は、エルフの住む大森林の上空を飛ぶため、公国の国境警備の要所である要塞付近上空を通過する許可。
資料にある要塞付近の地図と絵図面を見て、オレは内心溜め息をついた。
「改めて公国の要塞すげぇな」
「あまり軍事はわかりませんので」
「奇遇だな。オレもなんだ。なんかすげぇな、としかわかんね」
公国の西側に設けられた要塞は特殊だ。
エルフが森から出て人間の生活を脅かすことはまずない。野生動物や大森林に隠れ住む蛍遊魔も、危険度は低く、軍勢を警戒した要塞でもない。
公国にとって、エルフの大森林の【大森林】そのものが敵なのだ。
大森林の浸食は常軌を逸脱している。大森林の木々は年に4回ほどの芽を出し、1年で城壁に並ぶほど生育する。
ほっておけば公国の大半が、5年ほどで森になるという話まである。
そのため、リトルウッド大公国の要塞は木こりの街となっている。軍事を知ってても、この要塞の設備を理解できないだろう。
「木こり部隊が詰める要塞か。逆を言えば、大森林の大侵略は無尽蔵な材木の資源元だな」
「国境警備が木々の切り出しですか。いつも思うのですが、これで軍なのでしょうか?」
「軍なんじゃないかな? 森と戦う部隊ってやつか」
公国は工兵と輸送部隊が育つというが、この大森林が原因だ。
大森林から侵略してくる樹木を計画的に無駄なく伐採して、そのまま施設を増築し、あまった資材は搬出で各地に運ぶ。
それを一年中、休みなくだ。
育って当たり前である。
「要塞の上空通過は許可か。普通じゃそうはいかないが、上から見ても問題ないからかな」
「木こりの様子を見られても問題ないのでしょう」
「で、あっちからの要望は……」
大森林にすむエルフの部族に、公国から追加された贈り物の便乗した積載の要望。
「ついでに贈り物持って行ってくれ、というのはわかるが……確保して欲しいっていうスペースが多いな」
「なにか理由があるのでしょう。今回、それを言い出してくるか。そうでなければ、サード卿が聞き出していただけますか?」
「ええ~。どうやってやるんだ、それ? お手本は?」
微妙に難しいことを投げてきた。なんだぁ? オレを育てるつもりか?
あの分厚い書類に書いてあるけど、実践となると違うはずだ。
いやいいんだけど、せめて見学から始めさせてもらえないかなぁ。無理難題出すオレでも、一回やってみせるぞ。
読み直した資料は、ついてきた官吏に手渡しておく。
やがて時間となり、オレたちは談話室へと案内された。
数人しか入らないのに、やたらと広い部屋に、対面させてもやや斜めに配置された椅子。テーブルは低く、とくにそこで調印など行われないと示すように小さい。
そこの国旗が立てられている側の椅子に座り、ヴィヴィアーニ大公殿下を待つ。
ジーナスロータスも控えてるが、あくまでオブザーバー。オレがうかつなことを言ったら止めるため、後ろの席に座っている。
もしオレが判断に困ったら、目線でパスすることもできるので安心だ。
「大公殿下がおいでになりました」
略式もなく告知係が大公の到着を伝えた。遅れて談話室のドアが開いた。
若く御前上等な姿のヴィヴィアーニ大公が現れた。
オレは席から立ち上がって出迎える。
「やあ。今回は会ってくれてありがとう。サード卿」
「こちらこそお呼びいただき光栄です。殿下」
無礼講と聞いていたが、本当に気軽い雰囲気で手を差し出してきた。握手をしてちょっと驚く。
ヒゲこそ伸ばしているが、優男のイメージが強いヴィヴィアーニ大公の手がごつごつとしていた。
鍛えているのか、握ってくる手の力が強い!
柔らかく細いアザナの手と違って、ゴツゴツの手で握られるとなんか負けた気になる……なんでオレはアイツと比べてるんだ?
そんな見た目に反して、マッシブな大公と既定路線の会話と合間に雑談を重ねる。
ある程度、ベクターフィールドの話や大公国の話を交わした後、ヴィヴィアーニ大公が一息ついた。その目の力と輝きが増す。
──本題がくる!
「これはまだ返事が来たところで、公表はしていないが、私とエルフの姫との婚約が進んでいる」
「それはおめでとうございます」
実はこれもジーナスロータスから事前に聞かされている。しかし、初めて聞いたという態度で応対した。話が円滑になるしな。
知っているが、かといって知らなかったとは言わず、会話の流れで祝福だけした。
「親しくもないのに失礼かとは思うが、君に意見を聞きたいと思ってね」
「自分に?」
外部の、まだ14歳そこらの子供に意見を聞く?
ヴィヴィアーニ大公が若いとはいえ、それはどうなんだろうと思う。ジーナスロータスに助けを求めるが、ご自由にという意味の上を見る視線をしていた。
「はあ、まあ自分に答えられるようなことでしたら、伺いましょう」
断る意味もないので、効くだけならと「伺いましょう」という言葉を選んだ。
「君の周囲には、畏れ多くも古来種由来の存在が多くいる。それも女性のね」
「……ああ」
なるほど、なるほど。オレも納得した。ジーナスロータスもヴィーンツオ大公の意図を掴んだというした顔をしてる。
最近自覚したがオレの周囲には、なんと女性型の魔物や精霊などが溢れている。
欠かせない相棒のタルピーを筆頭にし、腹従面背の首無し騎士のトゥリフォイル。
公式に存在は知られていないが監視者のイマリー。
無敵の変態のヨーヨー……。あ、コイツは人間だったわ。
現在はタルピーと同じ姿かたちをしているサキュバスのウラム。
南方で孤児のおまけで拾ってきたスキュラ。
話が合うのでよく雑談やらなぞなぞ作りをし合う西訛りで匂いフェチのスフィンクス。
さらにここにあたらしく加わったまだ名前のないブラウニーまでいる。
……誰か忘れてるかな?
まあオレはそんな彼女たちと平然と付き合っているが、普通であれば理解しにくい存在と生活するなんて苦労が絶えないはずだ。
他国どころか、異種族の嫁を貰う殿下の心中を察した。
「そうでしたか。ところで、勝手に人づてで女性の年齢を聞くのはなんですが、そのエルフの姫のお歳は?」
エルフはとかく長生きだ。年齢差が気になる。
はっきりいって異種間では重要な要素だと思ってる。経験と価値観が変わってくるからな。
殿下の顔つきが変わる。緊張しているのだろうか。
「今年で、72歳だそうだよ」
少し笑ってみせた。緊張した顔をごまかすためか、嬉しそうに笑っている。
エルフとしては若いとはいえ、やはり自分の3倍の歳を重ねた女性には、いろいろ思うところがあるのだろうか。
「70くらいなら、お若い方ですね」
ハーフエルフのテューキーもそうであるように、幼年期はそれほど長くない。少々幼く見えるだけで、30歳となれば肉体的には成人とかわらなくなる。
一概に人間の年齢に換算するなんてできないが、72歳となるエルフの姫ならば20代後半か?
20歳である殿下とは、まだまだ釣り合う年齢だと思う。
「現在の年齢では、殿下とちょうどよいかと思いますが、以後のかかる人生? これの差をどう互いに楽しむかによるでしょうね」
「ほう! お互いの差を楽しむか!」
オレの視点に喜んだのか、ヴィヴィアーニ大公が跳ねるように背筋を伸ばした。
「自分も楽しんでますよ。スキュラはたまには陸上に出るんですけどね、水中ほど自由に動けない。なので、地上でも移動しやすい魔具とか魔法とか考える。これも楽しいもんです」
「相手と自分の違いを楽しむ、か。違いを埋め合わせたり、すり合わせるのも必要で大変なことだが、その過程も互いの楽しみとするわけだな」
「その通りです。さすがはご理解が早い」
嬉しそうにうなずくヴィーンツオ大公を見ていると、オレに意見を聞きたいというのはあくまで雑談の一つに過ぎなかったと思えた。
ある程度、答えは決まっていたし、エルフの姫を迎えるというのも飲み込んでいた。だが、ついでだからオレに話を振ってみた。
それだけだったのだろう。
納得したところで、ヴィーンツオ大公が切り込んできた。
「助言をもらった上に、頼みごとをするのは気が引けるが……君なら頼める。そう、君にこそ頼みたい」
あ、雑談から本題か。そっちか。
オレが特別だとする物言いで、頼みごとをしてくるヴィーンツオ大公。ああ、こうやって断り難くするのか。勉強になるなぁ。
「ええ。大公殿下のお頼みであれば、喜んでお聞きしましょう」
やりましょうでなく聞きましょう。ここがポイント。
頼みを聞くといったでしょ? と言われるとたしかに、頼みを聞くは実行しますとも取れる。だが、いえ、聞くだけって意味ですよ、言い張ることもできる。
いやぁ、言葉って本当にいいもんですね~。
「エルフの大森林へ向かうさい、こちらの使者を同行させてほしい」
……あー、そうか。これが本題か。
この話をジーナスロータスを通さなかった理由もわかる。
ディータやジーナスロータスにこの話を通してしまえば、エイクレイデル王国を巻き込んだ外交的な話となってしまう。
しかし、オレ。つまりベクターフィールドの総責任者であるオレに頼めば、あくまで相乗りという話のレベルに落ち着く。
無論、ベクターフィールドという機密満載の空飛ぶ遺跡に、他国の高官を乗せることは問題のあることだ。しかし機密があるからと拒否するのは、最友好国対しては失礼になる。
ちらりとジーナスロータスの顔を見た。彼は目を閉じている。
いかように判断しても問題ない、というサインだ。
オレは安心して殿下に返答する。
「よろしいですよ。もちろんいろいろとベクターフィールド内での制限がかかりますが?」
「そちらの都合もあるだろう、最大限の人数と贈り物の積載さえ受け入れてもらえればいい」
「では、あらためてこの件の相談を」
──む? そうか、これか。
このやりとりで気が付いた。
下級官吏がやたら忙しいのって、今回みたいに貴族やトップが政治的な理由で、仕事を増やしたり順番を前後させるからじゃないかな?
ジーナスロータスの部下たちや、ベクターフィールドの搬入班や応接係たちがオレに恨み言を影で言うだろうな。
上に立つ者として、オレもひどいことやるようになったもんだ、と憂鬱な気分になった。
+ + + + + + + + +
夕刻、大公の執務室。
広い部屋に敷き拡げられた絨毯の中央。
ザルガラとの会談を終えたヴィーンツオ大公は、満面の笑みで気の置けない臣下であるオックスフォード卿の前で声を上げた。
「やはり彼は私と同好の士だ!」
大公の言葉を聞き、オックスフォード卿は書類から目を離してうなずく。
「やはり、そうでございましたか」
それは本当に、よろしかったで。そんな表情で何度もうなずく。
「サード卿ザルガラ・ポリヘドラ。彼は間違いない。私と同じ!」
何が同じなのか?
執務室の椅子の上で、身体を伸ばして喜ぶ大公は曝露した。
「私と同じ年上好きだ!」
自分の性的嗜好を。
もちろん、ザルガラは年上好きではない。どちらかというと、成人女性に興味を持っていないのではと周囲から疑われているほどだ。
しかし、ザルガラの身近にいる女性たちは、ほとんどが年上だ。これは事実だった。
ディータは1歳上、タルピーに至っては1万歳以上だ。ティエは……正確な歳の差は判然としないが年上であることは間違いない。
「なるほど、見た目の幼い妻だが、年上なのに幼いという要素も楽しめ。新しい視点だ。様々な年上女性と付き合っている彼らしい視点だ。見習いたい。師匠だな」
「エルフはかなり歳を重ねないと、見た目が幼いですからな。王国の貴族を大公殿下が師匠というのは、支障があるのでおやめください」
同意しながらも、譲れないところはオックスフォード卿がたしなめる。
「そうだな。気を付けよう。だがさすが、魔物や上位精霊の女性たちまでも手懐けるサード卿だ。ただの年上好きとは視点が違う!」




