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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第2章 不和と重奏

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ザルガラとステファンの決闘

「どうしよっかなぁ~」

 ある日の朝。

 ステファン・ハウスドルフは、自宅の玄関でうろうろと回っていた。

 彼の手にはアザナ人形が抱えられており、さながら子供をさらってきて、が犯罪に思い悩んでいる変質者のような姿だった。

 

「一緒に登校しちゃおっかなぁ~。今日こそ、今日こそ、アザナきゅんと登校しちゃおうっかなぁ」

 この変態は、外に変態性を持ちだそうとしていた。

 先ほど、変質者のような姿と形容したが訂正する。

 変質者の姿である。

 アザナ人形を抱きかかえたまま、夢でも見ているように天井を見上げている。もちろん、そこには何もない。

 質実剛健なハウスドルフ家の天井には、質素な汚れ隠しの模様が波打っているだけだ。


「今日は天気もいいし……。でもどうやって?」

 アザナ人形は、ほぼ実物大である。長身のステファンと比べれば小さいが、それでも子供の大きさだ。

 しばし玄関先で考える。

 登校時間が差し迫る中、はたとステファンは気が付いた。 

 

「こうやって素体ゾムの中に入れればいいんだ! 『天まで延びる操り糸!』」

 新式魔法でアザナ人形を宙に浮かせ、周囲に大きい素体ゾムを投影した。

 このままでは、素通しのガラスに入れただけの見た目だ。しかし、ここでステファンは、トンでもない神業を駆使し始める。


「一度、内部の構成を組み替えて……、光をまげて……、後ろの像が見えるように……」

 恐ろしいことに、透明な素体ゾムの内部を組み替え、アザナ人形の周りを光が迂回するようにしてしまった。

 彼は魔法を使わず、素体ゾムの持つ屈折率を利用して、疑似的に光学迷彩を作り上げたのだ。

 投影の才能はいまいちだが、応用と活用と器用さは、恐らく学園でも五指に入るだろう。


「みんなから見えなくなっちゃうけど、君の愛らしさと可愛さは僕が理解してるからねぇ。いや、むしろ他の人に見せるわけにはいかないよ」

 ステファンの現状を人に見せてはいけない。

 後ろから、ご両親が見ているが、嘆きながらも諦めている。どうしてこんな風に――と、母が泣き崩れ、父が支える。

 

 一度、敷地からでるとステファンの様相が変わる。

 家の外という場所は、彼に多大な緊張を与えるからだ。

 人間誰とて、多少の苦痛を受けて、それを我慢しているときはキリッとした顔になる。痛みに耐える顔は、一種のキメ顔である。

 

 ステファンに取って他人の目は苦痛であった。

 それを耐え忍ぶステファンの顔は、いつもより数段、整って見えるのだ。彼は図らずも、外ではいつもキメ顔をしている。 


(人の目が怖い……。でも、となりにアザナきゅんがいてくれれば……)

 周囲の目が、ステファン本人へと飛ぶ。羨望と嫉妬。どれもが彼に取って苦痛だ。

 だが、それを耐えながら、意識は愛おしいアザナ人形へと向けられていた。

 真剣。

 歩くのも真剣。人の視線に耐えるのも真剣。人形を吊る魔法を維持するのも真剣。見えぬアザナの姿写しを愛でるのも真剣だった。

 真剣ゆえに、今日のステファンは美形度がかなり上がっていた。


 魔法学園の生徒たちも、そんなステファンに圧倒され、自然と道を譲る。ステファンもいちいち、その行為に礼を言ったりしない。礼を言うなどステファンにとっては、一般人が国王陛下に言葉を賜るほど緊張することなのだ。


(みんなが道を譲ってくれるから、アザナきゅんとゆっくり歩けるよ)

 小物で緊張しているわりに、なかなか豪胆なところもある。ステファンはそういう人物だった。


 学生たちが道を開け、そこを悠然とすすむステファン。

 そんな彼でも、足を止めざるを得ない何かが、魔法学園の校門にあった。


 騒然としている生徒たちが、校門前で立ち尽くしている。何人かは西口や東口に向かって行くが、大部分は正校門を、何事かと遠巻きに見ているようすだ。

 その人垣の向こう――。そこは異様な雰囲気が立ち上がっていた。明るいのに暗闇の空間があるかのようだった。

 ステファンが近寄ると、人垣もそれに気が付いて道を開けた。


 ここでステファンが「1人」だけであったなら、立ち止まっただろう。だが、隣りには「アザナ」がいる。

 

 寄せて返すような人波に、アザナがぶつからないようにと、ステファンは止まらず進んで校門を潜った。

 ステファンは、伴なわせたアザナ人形を気にしていて、校門を潜った先で待ち構える存在に気が付いていなかった。


「スゥ~テェ~ファア~ン~~~っ!」

 鬼のような形相で、怪物ザルガラが待ち構えていた。

 完全武装、戦闘態勢。

 杖を持ち、魔法学園の制服の上に魔胞体陣が描かれた宝具を身に着けている。 


 射竦められ、ステファンは逃げることすらできない。もし仮に逃げようとしても、門に設置された結界に阻まれただろう。


「なぁーるほどぉ。考えたな。その失敗作みたいな素体ゾムの中に隠しておけば、街中でも見咎められることもねぇ」

 ザルガラはステファンに敵意をむき出しにしていた。

 卒倒しそうだった。

 あまりの気迫に押され、眩暈がした。クラッっとした。悩ましげに少しだけ天を仰ぎ、よろめく片足は鶴のように曲げられ、つま先で地面を突き支える。

 そして息苦しさのあまり、小さなため息をついて、額に手を当てた。


「この状況でかっこつけるたぁ、先輩の自己陶酔も見上げたもんだ」

 ザルガラが感心したと言いながら、杖を棍棒のようにして左手の平にポンポンと叩く。


(え? それで僕を殴る気なの?)

 ザルガラが起こすであろう凶行を想像して、繊細なステファンは慄いた。

 

 そんな光景を生徒たちは、見世物でも見るように眺め、好き勝手な事を言っていた。


「ステファン様ったら、あの怪物の怒気を前になんて優雅な……」

「ムカつく野郎だが、ステファンならザルガラをヤっちまうんじゃねぁか?」

「つかなんで、ザルガラは怒ってるの?」


 生徒たちの期待は、主にステファンへかかっている。

 本当は眩暈がしただけで、頭を押さえただけなのだが、それが周囲の人には、とても優雅な振る舞いに見えたらしい。


「あのザルガラだぜ、ただじゃすまないだろ」

「ステファンさん、可哀想……」

「平気よ! ステファン先輩なら、あんなヤツやっつけちゃうわよ!」

 一種即発の状態でありながら、生徒たちに緊張感は乏しい。

 魔法学園は古来種カルテジアンの遺跡を利用したもので、強い防御結界に守られている。

 内と外の間には、見えない防御結界があり、並大抵のことで壊れることはない。むしろ古来種カルテジアンの結界をどうこうできたら、歴史的快挙である。


 なので、ザルガラがいくら暴れようと、門外に出れば被害を受ける事は無い。




 一方、ザルガラもそれを当て込んでの事だった。


 ザルガラの知っている未来では、学園こそ半壊したが、周囲に被害は全くなかった。

 天才アザナと古来種カルテジアンの技術が激突しても、内部の一部建物消滅だけですんだ。

 ここで全力で戦っても、仮に古来種カルテジアンの力をステファンが振るっても、問題ないと分かっているからだ。

 生徒たちは威圧して校門外に追い出しているので、巻き込まれる生徒もいない。

 古来種カルテジアンの力に耐えきった防御結界は、ザルガラの知る未来で実績がある。


「なぜ、オレがオマエにケンカ売りに来たかわかるか?」

 ザルガラの問いかけを、ステファンは全く理解できなかった。


「アザナ本人に任せても良かったんだが、どうにもオレはオマエを許せねぇ……」

「……っ!」

 

「ほう、顔色が変わったな。さすがのお前もアザナを意識しているのか?」

 ステファンはアザナの名が出て、明らかに動揺した。それもそのはずである。


(バ、バレてる! ア、アザナきゅんの制服を盗んだことも、この素体ゾムの中に隠してることも、バ、バレてるよ!) 

 

 ザルガラは近い未来に於いて、2人が衝突するから話にアザナの名前をだしたのだが、ステファンはそう捉えなかった。


(そ、そういえばザルガラくんも、アザナきゅんに興味を持っていたとか……っ! そ、そうか! このアザナきゅん人形ヌーベルワンを、香り付き制服ごと狙っているんだな!)


「……これは、渡せない」

 大切なアザナの姿写し。これを渡すものかという一心から、ステファンは言葉を吐き出すことができた。


「そうかい。そんなに大事なら、まずは拝んでみるとするか」

 ザルガラそういうと、杖に仕掛けられた新式魔法が発動した。天で光が輝いたと思うと……次の瞬間、轟音と雷がステファンの隣りに降り注いだ。


 騒然とする生徒たち。

 新式ながら、一瞬で発動して、充分な威力をもつ落雷の魔法に誰もが戦慄だ。


 一方、構成を組み替え光を屈折させ、見えなくなっていた素体ゾムが姿を現した。素体ゾムは落雷のためか、ひび割れている。

 そして見えない手で剥かれる卵のように、素体ゾムの構成がバラバラと崩れていく。


 その中から、アザナ人形が転がり出た。


「な、なんだと!」

 ザルガラが驚愕の声を上げた。


「アザナ! ど、どうした! お、オマエ、こんなスカした野郎に捕まってたのか! へ、変なことされなかったのか!?」

 ステファンに戦闘を仕掛けたのも忘れ、ザルガラはアザナ人形へと駆け寄った。

 

「い、息をしてない? お、おい! 大丈夫か? な、なにがあったんだ、アザナっ!」

 気が動転してるようすのザルガラ。アザナ人形を抱き起し、必死に揺さぶり、心臓の動きを確認している。 


「お、おいなにがあったんだ?」

「急に、誰かが出てきたぞ! もしかして、あれ……死体じゃないか?」

「うそ、死んでるの? 死体?」

「やだっ! ザルガラ先輩ったら、死体を抱きしめてるの? 気持ち悪い!」

「いや、人形っぽいぞ」

「やだっ! ザルガラ先輩ったら、人形を抱きしめてるの? 気持ち悪い!」

「……パネェな、怪物ザルガラ」 


 ものすごい風評被害が、生徒たちに広がっていく。

 

 そして今まさに、ザルガラが人工呼吸をしようとして、女生徒たちから黄色い歓声が上がったその時!


「って、これ人形じゃねぇーかっ!!!!」

 やっとアザナ人形の正体に気が付いた赤面のザルガラが、怒りと共に人形を地面に叩き付けた。

 治療魔法が発動しない事で人形と気が付いたようだが、併用して人工呼吸が必要だったのか? 

 いささか疑問がある。


「どういうことだ! ステファン!」

 ザルガラの怒りの目が、ステファンに投げかけられた時……。


 ステファンは衆目の前で、土下座していた。


「で、出来心だったんです! せ、制服はおおおおお返しいますっ! ゆ、許してくださいぃいいいいぃっ!」

「…………はぁ?」

 ザルガラの声はマヌケだった。


「「「「「「はぁ?」」」」」」

 生徒たちの声もマヌケだった。



当初、ステファンの一人称の予定でしたが、精神がめちゃくちゃガリガリ削られるので作者の健康を考慮し、三人称で書きました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ううむ、これは勘違いされキャラVS勘違いされキャラですね ザルガラの風評被害が不憫すぎてで萌える ステファン先輩はなんとなく自閉症っぽいですね。いや別に自閉症だからと言って「好き」が暴走する…
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