友情の門
ただの起動式典で、双子のゴーレムが殴り合い。
これはおかしい。
ゴーレムは互いに防御胞体陣が貼られているため、大きな音がした以外、特に損傷などは見られない。
魔力プールから引き出している分が、大きく消費されて今後の魔具を動かす魔力不足が懸念されるくらいだ。
だが、突然なことにざわめく会場。腰を浮かせている者がいて、逃げ出そうか悩んでいる。
オレはそんな中、式典プログラム表を手に取って眺める。
……なんだ、これ。3行くらいしか書いてないのに、金銀箔押しの紙とか金かかってんな。
特に、なにも書いてない。そりゃ3行だしな。なんの意味があるんだ、このプログラム表。
「なあ、ティエ。ゴーレム同士の模擬戦とかあったか?」
「ありません。あの……ザルガラ様が余裕なのはわかりますが」
ティエが護衛を本分から前に出て、オレの質問に答えた。ティエの防御陣の厚さは人並みなので、あまり前に行ってほしくない。しかし体面からしてしかたない行動である。
オレが防御陣追加して補強している形だ。
「そうなると本当にトラブルか……あ、貴賓席側だけ会食あるんだ。軽いもんらしいけど、オレの好きな
リツィタルでるかな」
リツィタルとはこの辺りで有名なハチミツ生地を焼いたお菓子だ。いろいろデコレーションされて魚やら、花やら鳥の形などされたお菓子で──
「そこまで落ち着き払わないでください。それとリツィタルは、この国での風習では男性から女性に贈る物なのですが……」
ティエによって美味しい記憶を呼び起こす行動を阻害された。
「そうなの? オレ、好きなんだけどな。……そうなると何処で貰ったんだ、あれ?」
男性から女性に贈るものだとすると、貰った女性から分けてもらったのか?
……そんな親しい女性とかいたか、オレ?
もしかして前の時かな?
「あ、止まったぞ」
轟音を鳴り響かせ、何発か打ち合わせていたゴーレムが止まった。まさに殴り合いの真っ最中、というポーズである。
図らずも道を挟んでクロスカウンターしたまま止まる恰好は、東門を訪れる者を二体のゴーレムがアーチを組んで出迎えるような姿となった。ちょっとあの下を潜ってみたい。
安堵したティエが下がり、オレの隣に並ぶ。土埃を少し被ったが、ティエは立体防御陣に守られて服に目立った汚れはない。
「キルスイッチ、でしょうか?」
警戒しつつも防御陣を解除し、ティエはゴーレムが停止した理由を推測してみた。オレはそれに首を左右に振る。
「いや、魔力の流れ的に、魔力プールからの供給を止めたな」
「ザルガラさま。もう大丈夫なの?」
身を乗り出していたタルピーが、オレの隣に寄り添うようにして尋ねる。
「ゴーレムが暴れることはないな。魔力プールの端子ノードをカット……元栓みたいなもんを止めたから、勝手に動くことはない」
つまり動力源がないので止まったわけだ。あるていど動くように魔石を内蔵しているはずだが、あの巨体ではすぐに停止する。
供給源を止めれば止まる。咄嗟なので悪くない判断だ。
しかし魔力プールの停止は、インフラや軍事だけでなく、生活にも影響を大きな影響を与える。
いまごろヴァルカンの内部では、灯りが消えたりしていることだろう。まあ、日中なので大きな影響はないだろうが。
などとヴァルカンの街の人たちを心配していたら──
「センパイ!」
アザナが客席から転移してきた。短距離だとオレより華麗に跳ぶな、コイツ。
今ではオレより転移魔法が上手くなり、距離では同程度だが詠唱速度とコストがアザナの方がやたら早くなっている。
「勝手にくるなよ、アザナ」
貴賓席に勝手に出入りするのはなにかとマズい。緊急時だから言い訳もできるだろうが、くだらない用で着たら怒られるぞ。
「お叱りは後で。きゃつは行動条件が原因だと思います」
召使いのような所作で、アザナが礼をしてゴーレムを「きゃつ」と称した。
ああ、そうか。誰かに見られても、家人が緊急事態でやってきたと思わせるため……かな?
それはいいんだが……。
「原因とかそういう……ん? アザナ、オマエ、今日なんかちがくないか?」
「あ……ええ、はい。センパイもそういうのわかるようになってくれたんですね。そうなんです。今日はリトルウッド公国で流行りのアイラインで、どうですか?」
言われてみれば、目の雰囲気がタルピーみたいな異国風になっている。だけどそれはどうでもいいんだ。
「ん? どうですかって。いや、もしかしたらアザナの偽者かと思っただけだ」
「……」
「……」
「……?」
「……」
気になったことをそのまま口に出したら、無言になるアザナ。ティエもタルピーもイマリひょんも、言葉を失っている。
あれ? なんかまずかった?
オレ、またなんかやっちゃいましたか?
空気が悪い。なので、ここはアザナを見習って露骨に話題を変えよう。
「と、とにかくお叱りに先も後もねーよ。勝手に解析するなよ、アザナ。今、それでお叱りだよ」
「先に叱られるのは理不尽ですよ」
他国の最新魔具を、遠距離でそっと覗き見解析とか後で絶対問題になる。
怖い事さらっとする。オレですら……まあ、やるときはやるが。
と、ここでアザナは反論してくる。
「それにボクが勝手に書き換えて解決しなかっただけ、立派だと思いませんか?」
「しないことが最低限と思いませんか?」
立派とか言い出したので、そうではないと言い含めるがこういう時、アザナの耳はデフイヤー。
「ところでセンパイ。ディータ姫に知らせられれば、殿下を通じてあの大臣に教えられると思うのですが、できません?」
「ん? なんだ? オレにディータ姫へ連絡しろっていうのか」
「もしかしてと思いますが」
アザナが渋い顔をして、オレの顔を見つめる。な、なんだよ。
「まだ【念話】できないんですか?」
「悪かったな! ぶっちゃけ、タルピーとできるだけすごいんだぞ!」
「そうだぞ!」
オレが自慢して、大人状態となっているタルピーが胸を張る。だが、タルピー。これってオレが手動……暗算で調整してるから、信頼関係はともかく技術的にはオレのおかげなんだぞ。
念話と遠話は、古来種の支配下にあるもの同士が原則である。
そしてその効果は、同時に精神防御にもつながっている。信頼し合っている者以外が、精神に影響を与える魔法を使えないというわけである。
防壁であり、同時に道でもある。例えるなら楼閣が城壁で繋がっていて、楼閣同士は城壁の上を歩いて互いに行き来できるが、他者の干渉は城壁が防いでしまうようなものだ。
オレとタルピーは古来種の支配下から脱している。
まっさらな更地に立っているので、精神防御は全くない。オレ個人の防御陣が頼りだ。
「そういう自慢はいいですから、天才なんですからなんとかしてください」
「それを言うなら天才のオマエがやれよ」
「遠慮してるんですよ。言わせないでください」
「お、おう、そうか」
たしかに勝手にやるな、ってオレが言ったばかりだ。
アザナが気を使ってくれている。まさかのことに、オレはつい怯んでしまった。
「でもまあ、念話とかしなくてもなんとかなるんだけどな。ヘイ、イマリー」
「はい、ザルさま。なんでしょう」
「そんなヘイ、シリみたいな」
オレが呼ぶと、返事をするイマリひょん。そしてまたわけのわからんこと言うアザナ。
「イマリひょん。オマエの能力であの起動をしている魔法使いたちに紛れて、最優先事項が『近くの巨人と戦うこと』になっているって伝えてこい」
「わかりました」
残っていたワインを呷り飲んで、イマリひょんは大公殿下たちの後ろにいる魔法使い集団の中へと向かった。
イマリひょんの能力ならば、公国の魔法使い集団に紛れ、その中の一人が解決策を思いついた体にすることが可能だ。イマリひょんが持つあの誰でもあって、誰でもないという力は、情報収集だけでなく思考誘導にも使えるので凄い便利だ。
「……な、るほど。そういう解決方法をするようになったんですね、センパイ」
アザナが納得できない様子で、オレの差配に感心している。
「オレ、貴族様っぽいやり方が好きになっちゃってね。見様見真似だけどさ。倍々卿とか憧れるんだよね」
「性格悪い……」
「お? ケンカか?」
「性格に合いますよね、センパイの」
「いいね、その言い換え」
なんかアザナが言いたそうだったが、ファイティングポーズを取ったら簡単に言を翻してくれた。アザナもいい性格してるじゃないか。
しばらくすると、公国の魔法使い集団たちが落ち着きを取り戻し、魔力プールとのパスも再接続された。
会場の灯りなど魔具も正常に作動し始め、混乱は収まりつつある。
「じゃ、ボクは戻るますね。みんなが騒いでるので」
アザナも転移などという魔法は使わず、歩いて貴賓席から下の客席へと戻っていった。下の客席ではアリアンマリとヴァリエが、オレを睨みつけているが気が付かない振りをする。
『あー、ご安心ください、お客様方。体勢を整えるさいに大きな音が鳴ってしまいましたが、あ、あれが双子ゴーレムの待機状態なのです!』
「ごまかすの上手いな、あの大臣。……なに卿だっけ?」
「オックスフォード卿だよ、ザルガラさま」
「そう、そうだったな」
ティエより先に、タルピーが答えた。大人びた女性の姿のまま、いつもの通りなのでちょっと調子が狂う。
オレは式典のあいさつが続く中、停止しているゴーレムを見上げた。
絶妙なタイミングで停止させたため、腕と肩が絡み合い、互いに支え合ってバランスを取っている形だ。
「誤魔化すために、まさか本当にあのまま待機させるのか?」
不安に思ったオレだが、この予想は当たることとなる。
こうして殴り合うように拳を交差させ、東からの旅人を出迎える双子ゴーレムが、強敵との友情の門と呼ばれてヴァルカンの観光名所になるのだった。




