下品な男の落とし穴
連合国の南西に位置するリトルウッド大公国は、西に大森林と接した土地である。
あまりに深すぎる大森林が、エイクレイデル王国との間に隔たっているものの、南の航路を使えば比較的簡単に交易ができる。
それゆえ普段から王国とは交流があった。
そして大公がエイクレイデス王の遠い血縁ということもあって双方に理解があり、その位置関係からディータ姫殿下外遊団最後の訪問地となっていた。
間もなくディータ姫殿下が到着するというころ。
リトルウッド国首都の城で大公を前にし、一人の若い貴族が気炎を揚げていた。
「やはりおっぱい! おっぱいはすべてを解決するのです!」
謁見の間の中心で「おっぱい」を叫んでいた。
彼は大真面目である。
かつてディータ姫の婚約者候補にもなっていた若い大公は、国防を担う貴族の様子に内心では慄いていた。
「あー、つまりなんだ。オックスフォード卿。あの二体のゴーレム。最後の仕上げに母乳がいるというわけだな?」
「ご理解が早く助かります。さすが大いなる殿下は聡明でいらっしゃいます」
ハーレー・デパートメント・オックスフォード卿は、国防を担う新型のゴーレム制作に打ち込んでいた。
首都の東門を守る巨大な二体のゴーレム。
すでにほとんどが完成しており、始動試験も完了している。
ディータ姫殿下へのお披露目も計画されており、現在最も重要な国家事業である。
「で、オックスフォード卿。どうしてそのような結論に至ったのだ?」
「ゴーレム作りにもひとかどならぬ才能があるというサード卿が、隣国の道中で母乳を分けてもらったという情報が入りました」
「ほう? サード卿が?」
どういうことだ? と、大公はザルガラの行動に興味を示す。
かつてディータの婚約候補にもなった大公である。
ディータと複雑な意味で深い関係にあるザルガラには、いろいろと思うところがあった。
「そしてゴーレムは『胎児』を意味すると伝えられております。これらの情報を繋ぎ合わせるに……」
「あ、合わせるに?」
急に嫌な予感が、大公の脳裏によぎる。
果たしてその予感は、間違いなかった。
「おっぱい! ゴーレムに母乳を与えることで『胎児』は『赤子』となって新たなステージに階上するということなのです!」
オックスフォード卿は間違いない! と、間違えてそう推測を叫んだ。
悪い予感が当たったが、それを臆面にも出さず大公は鷹揚にうなずいた。
「お、おう。ゴーレムが上のステージになるということだな」
大公の言葉を聞き、オックスフォード卿は感激したように傅く。
「ご理解が早く助かります。さすが大いなる殿下は聡明でいらっしゃいます」
「う、うむ」
おだてられたが、大公は内心複雑だ。
どうやらこの若い大公は、変態の頭おかしい発言に対して理解が早い。
ザルガラと同じ才能を持ち合わせているようであった。
「とういうわけで殿下。我が国をまつろわぬ巨人から守るため作られたゴッドフレイハーディーとハロルドハーディーの双子ゴーレムは、おっぱいによって完成するのです」
「そ、そうか。うむ、それで余に裁可を求めにきたのだな?」
熱弁するオックスフォード卿に気圧され、ゴーレムにどうやってするかはわからないが、母乳を与えるくらい問題がないだろうと判断した。
予算がかかるわけでもなし、ちょっと怪しくても倫理観がおかしいというわけでもない。
進水式で船体にシャンパンを叩きつけるような儀礼的な物と思えばよいと、大公は考えた。
しかし、本物は型にハマらない!
「は? いえ? すでに双子ゴーレムにおっぱいを与えましたが?」
「お前、ほんと落とし穴に突き落とすぞ」
オックスフォード卿は決行済みだったようである。
別にゴーレムに母乳を与えてはいけないという法律も慣例もないので、オックスフォード卿になんら過誤はない。
もともと大公の裁可を貰うほどの内容でもなかった。
ここで再び、大公の思考が走る!
「卿、お前、もしやと思うが、そのおっぱい持論を余に告げたかっただけか?」
「その通りにございます」
「【余に卑陋は無用である】」
大公の魔法が発動し、満足げに傅くオックスフォード卿の足元に落とし穴が現れた。
オックスフォード卿は、そのままの体勢で落ちていく…………。
落とし穴が閉じると、大公は控える近衛に命令を下した。
「あいつだから無事だとは思うが、一応、ダストルームからオックスフォード卿を拾ってきてくれ」
若き大公とオックスフォード卿は、意外と仲がいい。
やっと最後の(本当に最後か?)の訪問地です。
ふと異世界だからと思いつきで進水式にシャンパンを処女航海でワインに変更したのですが、ツッコミきたら困るなと思って修正。
 




