旅は道草、余は情けねぇ 2
ユーナリィ国は東方諸国連合の中で、もっとも小国である。
領土は東西に長く、ただでさえ少ない古来種の残した遺跡がさらに少ない。そのため古来種の恩恵を受けながらも、豊かな都市の恩恵を受けてない村が長い国土に、並んで点在してる形だ。
西の端に首都、東の端に第二の都市。間は小規模な港の漁村と農地が並ぶばかりで、大きな村はない。
ありていに言えば、田舎である。
風光明媚な海に面した崖と入り江。
防衛には適しているが、それを除けば悲惨な国土である。
しかし、中位種である貴族が領地を持たず独自勢力となっていないため、国の構成は小国とあいまってコンパクトで効率的である。
ユーナリィ国の騎士であるモノミアルは、長い国土のちょうど真ん中の村へと触れを出すため訪れていた。
古くからユーナリィ国に従え、特に華々しい功績はないが、堅実に責務を果たしている軍人一門の若き現当主である。
真ん中の村といっても街道街道は離れていて、港も小さく特に交通の要所でもない。
特出した産業もなく、わずかに恵まれた立地によって周辺よりやや村が大きいという程度だ。
古来種が舗装して以来、修繕を重ねている唯一の広場の中央で、崖を背にして騎士モノミアルは檀上に上がる。
兜を脱いで見栄のため、最近やっと生え揃ったヒゲを指先で整えつつ、集まっている村人たちの顔を見渡した。
ほぼすべての村人と南方諸国の雇われ人が集まっていることを確認し、触れ書きの巻物を開いて読み上げる。
「時儀、略す! これよりユーナリィ国行政官より通達する。一礼! 本日午下! 南方の海上を巨大な空飛ぶ島が通過す。騒ぐなかれ。前より伝えておいた通り、エイクレイデル王国ディータ殿下外遊団が、我がユーナリィ国を訪れているものなり! 空飛ぶ島は、エイクレイデル王国の空中城である! これを見てもみな騒ぐ必要はない。ここより西の首都へ向かわれるのみである。しかし、漁や海上の移動は自粛せよ。村長、組頭以下、子供から雇れ人に至るまで、ことごとくこれを徹底されたし! 以上である。時儀、略す!」
ユーナリィ国形式の告知文を一字一句違わず、読み上げたモノミアルは巻物を翻して村人たちへ見せつける。
360度、ぐるりと見せつけるが、これも形式にすぎない。
文字が読める者でも、檀上で掲げる巻物の字は小さすぎて読めない……というより見えない。
嘘偽りなく読み上げた、ほらこの通り。という行動が作法として残っただけである。
軍事行動で大声を上げることが多く、その才がある物は、触れの宣告係も兼ねていた。
宣告係を確保する余裕が、ユーナリィ国にはないせいである。
騎士から触れを聞いて、村人たちは互いの顔を見合った。
心配することはない。と言われれば、今度は物見遊山である。
大陸中央の大国エイクレイデル王国の外遊団。間近でみることはできないが、空飛ぶ城となれば一生の話題となるだろう。
わーわーと、見物の予定を立てている村人たちの中、騎士モノミアルは檀上から降りてオープンフェイスの兜を被り直す。
そこへ、村長がやってきた。
「モノミアル殿。この後、ご予定はないのでしょう? 崖の向こうで森の館に戻られましては、ご覧になれませんしここで一緒にご覧になっていきませんか? 酒も用意しております」
「うむ。そうさせてもらおう」
モノミアルは休憩をかねた接待を受けることにした。
準備をしている間に、空中城の定刻時間となった。
しかしまだ見えない。雲に隠れているのか、遅れがでているのか?
騎士が気を揉む間に、村人たちは遅れて幸いだと料理の準備も終わって腰を据えた。
酒を傾けて樽が一つ空になるころ。
海上の雲が裂けて、そこにあるはずのない大地が突き出してきた。
散らばり、纏まり、取り囲む。小さないくつもの建築物群が、その大地に凛然と立ち並んでいる。
中央には宮殿……というには質素な城がそびえていた。
有機的に絡みつくような木々と蔦の緑がアクセントとなり、それら建築物を引き立てている。
圧巻というほどの存在ではないが、酔いの回り始めた村人たちを騒がせるには十分だった。
「おー! 飛んでおる、飛んでおる!」
「古来種様はあんな魔具までつくられておったのだなぁ」
「意外と高いところを飛ぶんだねぇ」
「この広場が崖の中腹じゃなきゃ、下から腹ばかり見るはめになったところだ」
悠々と海上を西進する城を眺めつつ、酒が進む村の衆たち。
子供たちも珍しさで、料理を食べる手も止めていた。
「ママー。お城、大きくなったー」
一人の子供が、そう指摘した。
皆、その声を聞いて、一瞬沈黙する。
「大きく……なってきた?」
確かに空中城が、大きく見えてきた。
眺める村人たちの首も、少し上向きになっている。
つまり──。
「な、なんだか近づいてきてないか?」
「首都はまだ先だ。気のせいだろ……気のせいだよな?」
──空中城が近づいてくる。
聞いていない、と村人たちは振り返り、騎士モノミアルの様子を伺った。
騎士はドンと構え、陣床几椅子に座って身動ぎもしない。
その姿を見て、村人たちは安心する。
だが、どんどんと空中城が近づいてくる。
もはや気のせいというには無理があるほど、城や周囲の建築物の細部が見えてきた。
目のいいものならば、窓を横切って屋内を移動する人影に気が付くほどだ。
騎士モノミアルも、さすがに腰を浮かし始めた。
「村長、まだ酒を呑んでいない……酔いがあまりまわっていない者を集めてくれないか?」
「わかりました。おい、聞いたか。動ける者を集めておいてくれ」
村長は近くの男に声をかけ、条件に合うものを集めるよう頼んだ。
「それで、どうされますか? モノミアル殿」
「……うむ。運行予定にない行動も考えられると、行政官は言っていた。しかしながら、考えればわかる。船と同じでなんらかの物資が不足したり、事故で修理が必要となったとかな。急病人が出た可能性もあるな。そのあたりだと考え、諸君らには物資など受け入れの準備をしてもらう」
あくまで可能性の話だが、それを語ったみせた。
村に近づく理由が少しでも推測でき、村人たちの不安は少しだけ払拭された。
何事かわからない。そういったもっとも厄介な恐怖が消えたからだ。
「もしも要求などあれば、出来る限り受け入れるようにと行政官から言われていたのだが……。そういうこととなると、人手か物資か……面倒をかけるな、村長」
あてずっぽうでも、周囲の人間が落ち着く言葉を選ぶ。
現場責任者になることが多い騎士に、必要なこの能力をモノミアルは持ち合わせていた。
もっともらしい理由に少々安堵する村人たちだったが、反してモノミアルの心は晴れない。
仮に推測が当たっていたとしても、空中城が持ち込む問題を解決できるわけではないからだ。
物資の要求をされても、漁業が中心のこの村では数も種類も用意できない。
エリートが居並ぶ外遊団が、困るほどの怪我人や病人がでているならば、小さな村はまったく対応できない。
モノミアルが安堵する理由があるなら、周辺哨戒を行う飛竜の姿がないことくらいだ。
空中城周囲を飛竜が飛んでいたら、さすがのモノミアルも慌てていたことだろう。
──せいぜい地上で休養くらいの要望なら良いのだが。
と、モノミアルはいくつかある推測のうち、面倒の少ない事案を思い描く。
あれよあれよという間に空中城は、漁港を波から守るよう伸びた岬に建てられた灯台の前まで飛来して停止した。
ハイトクライマーと呼ばれる人員物資運搬用の魔具が、空中城の下部から降りてくる。
むしろ空中城そのものより、空飛ぶ小型船に驚く者がいた。
想像が及ばない空中城より、実用性が想像できるハイトクライマーの方が興味を引くのだろう。
ハイトクライマーは配慮したのか、港ではなく岬の中ほどに降り立った。
中から兵士や騎士など武装した人物ではなく、数名の少年少女が降りてくる。
彼らを見て、村人たちは安心した。
しかし、騎士モノミアルは落ち着かない。
王国の、しかも中央の魔法使いであれば武装などあまり要らない。
武器防具があれば便利で楽。という魔法使いの傑物が多いからだ。
むしろ武器防具があっては、弱体化する魔法使いだっていかねない。
ザルガラの悪名も功績もこの地には届いていないが、騎士という身分となれば王国の魔法使いの実力を知っている。
そのため、敬意を持ちつつも警戒は怠らない。
モノミアルは村長と村人たちの前に出て、空中城から降りてきた少年少女たちに挨拶をする。
「ようこそ、エイクレイデル王国の方々。私はこの周辺地域を担当する騎士のモノミアル・ユーリスゥと申します」
挨拶だけに留め、なんの用かは問いたださない。
警戒しているため、まだその段階ではない。
「突然、連絡もなく接舷するようなことをして申し訳ない。私はエイクレイデス王国外遊団遺跡運行責任者のザルガラ・ポリヘドラ。エイクレイデス王よりサード卿を賜っている」
騎士であるモノミアルにまで、ザルガラの詳細は届いていない。
そのためザルガラに対しての第一印象に、妙なバイアスはかかっていない。
貴族の生き方に慣れた子息が、少し背伸びをしている。
そんな印象をモノミアルは持った。
「あー、それでそのさっそく……まことに、ほんとなんというか、不躾なんですが……」
挨拶もほどほどで本題に入ると、ザルガラの様子が変わる。
まだまだ物事に慣れていない年相応の少年に見えた。
後ろにいる元気そうな女の子に……女の子か?
よくわからないが可愛らしい子に、「早く早く、センパイが立候補したんですよ」と言われながら背中を突かれている。
「わ、わかーってるよ。ええっと、村人の中に現在、乳母……母乳の出る方はなどいらっしゃいませんか?」
「は?」
モノミアルは我が耳を疑い、足場の悪い岬で身を乗り出し不格好にもバランスを崩した。
今年おかしいだろ!(ブドウ食べてたら中からムカデが出てきて刺され点滴を受けながら今年二度目3週間ぶり)
 




