巨人の視点と小人の視点 2
東方でも指折りの魔物使いであるネルソン一門。
その家の秘蔵であろうこのブラウニーハウス。
先日、彼女はオレについて似ていると評したが、なるほどと改めて認識できた。
オレが図らずも特殊な魔物たちを集めているように、彼女はまたこうした独特な魔物たちを使役している。
王国で魔物使いの家系といったらイシャン先輩のところだが、ハリエット・ネルソンはオレに注目しているようだ。
屋敷の中を案内されながら、そんな考えをしているオレを見上げるブラウニー。
その姿を見て、何か違和感を感じた。
見上げているのに、視線を合わせてこないような……。
「なあ、アザナ。なんかおかしくない?」
「え? なにがですか?」
首を傾げるアザナ。違和感に気が付かなかったのか、オレの思い過ごしか?
タルピーも気が付いている様子はない。
ブラウニーたちと一緒に、踊りながらついてくる。
オレのそんな様子に気が付いているのかいないのか、ネルソンは二階の客室ドア前で振り返って両手を広げた。
「ではこの屋敷、ひいては部屋について紹介しよう。なんとこの屋敷の部屋は、ブラウニーによりどんな状況でも客人に合わせて速やかに用意される」
今度はオレが首を傾げた。
「部屋が用意される? それはベッドメーキング的な意味かな?」
「メイドさん代わりでしょうかね? センパイ」
「それどころではないよ。驚くなかれ」
ネルソンはそういって、最初の部屋を開け放った。
なんとそこはっ!
──塵一つない、ガランとした部屋があった。
「あ、これもしかして……。あの……一回、ドア閉めます?」
開ける部屋を間違った、と思ったアザナが気を使う。
だが、問題ないとネルソンは微笑んだ。
「見ての通りそう、なにもない部屋だ。しかし……頼んだぞ、ブラウニーたち」
「任せろなのデス!」
主人の号令のもと、ブラウニーたちがわっと部屋の中へと突入していった。
全員が入っていったことを確認すると、ネルソンはドアを閉めた。
すると部屋の中から、ぎーこぎーこトンテンカントンテンカンカーンカーンと、およそ屋敷の中から聞こえるとは思えない音が鳴り響く。
建設中の屋敷なら、こんな音も聞こえておかしくないが……まさか?
「終了なのデス」
ある推測に辿りついたとき、部屋の中からブラウニーの声が上がった。
ネルソン女史は流し目でオレたちの様子を確認してから、さきほど何もなかった部屋のドアを開け放った。
そこにはっ!
見慣れた部屋があった!
「あれ? この部屋? センパイの部屋じゃないですか?」
「ザルガラ様の部屋ですねぇ」
「ああ、オレの部屋だ。まさか、オレの部屋と時空を超えて繋がったわけじゃないだろうから……」
横目でネルソン女史の顔色を伺う。
微笑するだけで答える様子はない。
まだオレたちが困惑する姿を見たいようだ。
「ここに寝ぼけて撃った魔法の傷がありますし、センパイの部屋ですね」
窓枠に残る小さな傷を指摘して確信したという顔を見せるアザナ。
え?
オレ、寝ぼけて魔法を撃ったことあんの?
「いつか数えようと思っていた天井のシミも、ザルガラ様の部屋と同じ形をしてますね」
「なんでオレよりオレの部屋に詳しいの、オマエら?」
そんな細かいところまで見てるのか、アザナとヨーヨー。
さて、それはともかくここはオレの部屋と、見た目はほぼ同じということがアザナたちの反応から伺いしれた。
オレの部屋といってもここは寝室ではなく、続き部屋の自室の一つだ。
主に普段くつろぐときと、親しい友人などを招くときに使っているエンディ屋敷の部屋だ。
そろそろ引き払うので片付け始めているので、少々、調度品の数などは違うが間違いない。
少し前のオレの部屋だ。
「どうかな? ブラウニーハウスは?」
理解できたかね?
と探りを入れてくるネルソン。
「細かいところまで同じだが、現在の姿ではないオレの部屋……。客人の心象に残っている部屋を、このブラウニーたちが作って再現した。ってところかな」
推測に間違いはあるだろうが、大きく外してはいないだろう。
「そんな! 自室が再現されるって、なんだか興奮して恥ずかしい。私の部屋が用意されたら……見られてしまう……私のすべてが……」
ヨーヨーが顔を紅潮させ、変態絶好調で鼻息を荒くしている。
「オマエなあ……、貴族たるもの恥ずかしい自室にするなよ」
貴族とって自室であっても、ある意味で「公」である。
自らを誇示するため、わざと見せるのが貴族の自室の目的であり、プライベート的な意味はほとんどない。
わかりやすく金を持っていると見せつける豪奢な部屋とか、古い美術品をさりげなく奥ゆかしく、だがわかる人にはわかるように飾る部屋とか、武威を見せつけるため無骨な自室を用意するとか、その貴族により意図が現れるのが貴族の自室だ。
そういった「公の自室」を用意できるという余裕も、貴族にとっては必要だ。
過去においてはある王朝では、自室どころか寝室から食事の光景まで、丸一日を希望する民衆に晒していた王とていた。
茹で卵を食べる光景がなぜか好評で、民衆の希望者が殺到し、食事時間でもないというのに茹で卵を食べ続けたという真偽不明の逸話があるくらいだ。
なんで?
すごいテクニックを披露して、茹で卵を食べてたの?
ちょっと見てみたい。
「わあ、魔具や魔法陣まで再現されてますよ、ザルガラ先輩。ほうほう。一般的な灯りや空調などの魔具の効果は再現されてますが、特殊で複雑な魔具の再現はされてないようですね……。あ、これは……」
「懐に本を忍ばせるな」
部屋を調べていたアザナが何かを見つけ、こそこそとわざとらしい動きを見せてので首根っこを捕まえる。
「にゃーん。でもセンパイ、これ何も書いてないです」
アザナが開いて見せてくれた本は、表紙や背表紙など凝った装丁だけ一緒で中身は白紙であった。
「さすがに再現できるものとできないものがある……。あと部屋から持ち出すと、物品は消えてしまうがね」
ネルソン女史が補足説明してくれた。
「だそうだ、アザナ」
「やだな。ここから盗りませんよ」
「だよな。オマエはオレの部屋から持って行くだろうからな」
てへぺろで誤魔化すな、アザナ。
「とはいえ……これはすごい古来種の遺跡だ」
来客者の自室を再現する。
すごい据え置き型の魔具だ……。
ん?
これって対象者の部屋の様子がバレるってことじゃないか?
宿泊者に自室のくつろぎを、という名目で相手のプライベートを探るにうってつけだ。
ネルソンさんってば、まったくなんて強引な調査方法をする気だ。
コレは大人しいようで戦略級の魔具だぞ。
据え置き型でジャンルは違えど、空飛ぶ遺跡に匹敵する危険な魔具である。
同時にこれほどの魔具は、オレでも欲しい……というか調べたい、解析したいと思うほどだ。
今まで秘匿されてきた、国の魔具。
空飛ぶ遺跡へのカウンターとして、わが国もこれほどの物を持っているぞ、という意味でコレを紹介したのか。
オレは冷や汗をかきながら、ネルソン女史の様子を伺う。
「これは……とんでもないものを見せていただけました」
素直に驚き、そして意図を理解したという目で、誇り胸を張るネルソン女史を見上げる。
彼女は嬉しそうに屋敷の解説を続けた。
「お褒めいただきありがとう。だがそれだけではない。人数に合わせ広さも変わるぞ」
「まあさすがに限度はあるんだろ?」
100人泊ってもだいじょーぶっ!
なんてことはないだろう。
たぶん上限はある。
「ご明察。だがさらにそれだけでもない」
ひっぱるなぁ。まだあるか。
「対象者に合わせて、部屋内の文明と文化まで変わるのだ」
「文明と……文化?」
「すごい!」
意味を理解できて疑うオレに対し、アザナが瞬時に食いついた。
「それ、すごいですよ。ミス・ネルソン! ぜひ、ボクの部屋も再現してください!」
「お、おい? どうした、アザナ?」
まるでネルソン女史に飛びつきそうな勢いで、アザナが自室を再現してくれと駆け寄った。
なんでここまで必死になるのか?
……そういえば、オレはアザナの自室を知らない。
研究室とは名ばかりのガラクタ部屋なら知っているが。
オレの中でも期待が膨らむ中、後ろでヨーヨーが戸棚をかってに開いて呟く。
「ここに隠しておいた私の下着……は、ないようですね」
「オマエ、なにしてくれてんの?」
もしそれがティエに見つかったりしたら、家臣会議にかけられるだろうがっ!
肩脱臼!初体験!
今年は1月からトラブル続きで、お祓いがいるんではないか(昭和的発想)という状況です。




