巨人の視点と小人の視点 1
長くなってしまったので、分割します。
ハリエット・ネルソンの所有する古来種の遺跡、ブラウニーハウスに向かう道中。
馬車の中、雄々しく胸を張り、足を組んで座る彼女から補足説明を受けた。
「そうそう。巨人と言えば、我々からすると信じられない特徴があるね」
「信じられない、特徴ですか?」
アザナが興味を示す。
その様子を横目で見て、オレの反応も確認するネルソン。
オレも知らないよ、という態度を見せると、待ちかねたように説明を続ける。
「なんと驚いたことに! 巨人たちは、なぜか角度を重要視しないと言われている。これは……不思議だろう?」
「角度、ですか?」
アザナの反応が鈍い。
オレもなるほどな、と思いながらも、古竜たちが持つ独自の計算方法を知っているため、驚きはしない。
古来種由来の……つまり、古来種たちをつくった先人の知恵に頼らない独自の数学を、発展させたのだろう。
数学が音楽の楽譜と同じように、一種の共通言語のようになっている我々からすれば、知らない者からすれば驚きだ。
だが、オレやアザナからすれば、さもありなんという態度になってしまう。
反応が鈍いことに気が付いたネルソン女史は、詳しく補足をして見せる。
「古来種の薫陶を受けていない螢遊魔などは、例外を除いて魔法を使えない。使えても理論などなく限定的だ。巨人もそのはずだが、高い魔力を使って角度をおろそかにしているというほどではないが、長さ……辺を最重要としている節があるという」
「なるほどー、そういうわけですか! 建材の大きさを緻密に計測、調整して長辺を組み合わせさえすれば、結果的に角度が正確なピラミッドを作れるせいなのか、エジプト人はあんまり角度についての定理などは追求してないと聞きましたが、それと同じでしょうかね?」
説明を受け、アザナが独自に噛み砕いて飲み込む。
しかし、また聞いたことない単語が出てきた。
「おい、アザナ。ピラミッドはわかるが、エジプト人ってどこの国の人だ? 歴史に一時的存在する小国の人か? エジプトぉ? 聞いたことねぇぞ」
「あー、いえ、なんでもないです」
「なんでもないなら、口を挟むな……ちょ、待て、や……っ! それは口づけだ!」
口を挟むなといったら、目を閉じて上顎をくいっと上げて口を近づけてきたアザナを、上半身は逃げながらも全身全霊をもって押しのける!
ガッ、とアザナの両手を掴む。
ニヤリと笑うアザナ。
怯むオレ。
押し合いへし合いが始まってしまった。
コイツ、からかい方にヨーヨー方式取り入れてないか!
「なぜ角度を気にしないのか? それは巨人が、巨人ゆえに、と言われている」
オレたちのジャレあいを微笑ましく見守りながら、邪魔をしないようにネルソンは説明を続けてくれる。
その目を真正面から見据えて訴える。
「邪魔していいんだぞ」
「ああ、眺めさせてもらっているよ」
一種のスルーを食らってしまった。
子供のケンカを眺める趣味があるのか?
嫌な趣味だなぁ。
「巨人が巨人ゆえとは、どういうことですか?」
アザナがオレの腕を捻りながらぁああ、ぐぬおおおぉぉ、ネルソン女史に理由を尋ねる。
「ほら、巨人ってデカいじゃないか。座った状態から立ち上がるまで、高低差が大きい。普段からその視点の差が大きくあるため、角度より物の長短を重要とする気風が生まれたと言われている」
アザナとオレは、両手で押し合いながら首を傾げる。
立ったり座ったりで、大きく高さが変わることがどうして――。
「大地が丸い……と、巨人は古来種からも教わらず、自ら気が付いていたというな」
「あー」
オレとアザナは同時に声をあげた。
地面に座った人間が立ち上がっても、高さの差は大してない。せいぜい身長の半分強だ。
しかし身長の半分強の差であっても、巨人では相対的にその高さは大きい。
視線は同方向を向いたまま、巨人の大きさにもよるが視点が2階ほどから5階相当まで一気に移動する。
立ったり座ったりするだけで、見える地平線までの距離が大幅に変わるわけだ。
彼らにとって当然の光景は、オレたちにとって見慣れない光景だ。
「巨人なら、その一歩も大きい。角度を精査して求めるより、自分の移動……距離、つまり精密な長さの組み合わせで、魔法陣も立方体も描けて作れるわけか」
古竜とは違う数学的アプローチをした東の巨人。
敬意に値する。
500年前にどこかへ行ってしまったというが、会ってみたいものだな。
などと説明を受けて解釈しながら、かつアザナと押し合いへし合いをしていると、馬車はブラウニーハウスの門前へとたどり着いた。
周囲よりやや小高い山の中腹に建てられたブラウニーハウスは、左右対称のようでわずかにデザインを変化させた石作りの古風な屋敷であった。
「センパイ、牛がいますよ、牛」
オレの腕を片手間に捻りあげ、外を眺めていたアザナが何かを見つけて指さす。
敷地内に、屋敷から離れてはいるが牛舎があった。
敷地内の目立たないところで、貴族が動物を飼うこと珍しくない。だが普通は移動手段として馬を飼うけど、なぜ牛?
牛車でも使うのか、東方は?
でも今乗ってきたのも馬車だったしなぁ。なんでだろう。後で聞いてみるか。
出迎えは別邸なので簡素だが、人員は多い。20人ほどか。
今日のため増員されているだろうから、普段は数人程度で管理されているのだろう。
「ようこそ、みなさん。ブラウニーハウスへ」
使用人たちが居並び頭を垂れる中、先に降りたネルソン女史が玄関前に赴き、振り返ると両手を広げてオレたちを歓迎した。
まだ開かれていない扉の前で、ネルソン女史は胞体を投影する。
「ここの鍵はライトニングの魔法だ」
投影された魔法陣は、電撃を放つ新式のモノだ。
「ふむ。オレのところで言えば、ドラゴンブレスが鍵みたいなもんか」
空飛ぶ遺跡も積乱雲に閉ざされ、開けるにはドラゴンブレスのような魔法が必要である。
このブラウニーハウスも、そういったセキュリティが取られているようだ。
「この館の扉にライトニングの魔法で接続し、特定の信号を送ると開くようになっている」
「うーん。個人的にLightningで接続しないといけないと言われると、すごいモヤモヤしますねぇ」
やたらライトニングの発音に、気合が入っているアザナ。
「その点、ドラゴンブレスとか衝撃と魔法解除できるならなんでもいいオレんところの空飛ぶ遺跡は、互換性が高いな」
「センパイはとってもユニバーサルですね! やっぱりユニバーサルですよね!」
「なんでもいいとなるとそれはそれでセキュリティどうなのかと思うが……。ドラゴンブレスを撃てる存在は、ドラゴン除いてまずいないのでは?」
やや呆れられつつ、ネルソン女史に招き入れられたオレたちを小さな影たちが出迎えた。
「ブラウニーハウスに、ようこそデス!」
居並ぶ50を越える小人たち。
下手な金持ちより仕立てのよい服に、くたびれてふにゃっとした三角帽。
紛れてタルピーが踊っていても、わからないほどの小さな者たちがオレたちを出迎えた。
「この館を管理してくれているブラウニーたちだ」
「よろしくなのデス!」
「デス!」
「デス!」
「タルピーでーす!」
デスデス言うブラウニーの大群に、タルピーが混じった。
一斉に、だが好き勝手に小さいヤツラが踊りだす。
「彼らこそがこの館の要、ブラウニーだ」
「すんません。今、ネルソンさんが指してる子は、うちのタルピーなんすよ」
秒で紛れたセンターのタルピーを紹介してるような構図になっているネルソン女史に、申し訳なくってつい謝るオレ。
「おー?」
「はいはい、仲間のお仕事邪魔しないでねー」
決めポーズしているど真ん中タルピーを拾いあげる。
「ブラウニーというとアレですね。ミルクとかお菓子とか、わずかな対価で多大な家事を手伝ってくれるとってもリーズナブルな妖精さんですね。家の格式に合わせて高い給金のいる使用人と違って、お金のかからない使い勝手のいい──」
「おい、言い方」
おい、勇者。
確かにそうなんだが、貴族としても雇用者としても勇者としても、その表現は揚げ足を取られかねない。
「ははは、面白い言い方だ」
ネルソン女史は笑ってくれたが、内心どうおもっていることやら。
魔法使いとして優秀なアザナだが、立場にあった振る舞いができない。
物の考え方はともかく、アザナは口の軽い人物だと思われただろう。
人のことは言えないが、オレには補強を施した増設した棚がある。
「お待たせしました、ザルガラ様……。あわっ! なんです! この子たち、みんなブラウニー?」
別の馬車に乗っていたヨーヨーが遅れてやってきて、あちこちにいるブラウニーを見て驚きを隠せない。
「ブラウニーは普段は隠れてて、しかもあからさまに報酬を与えると、拗ねて出ていくと聞いてますが……ここでは、見えるところにいるんですね」
ヨーヨーもブラウニーに詳しかった。
「うちにも一人います」
「そうなのか、ヨーヨー」
「いるんだかいないんだかわからない使用人が。あ、人間ですよ」
ブラウニーにそっくりな人がいます、って意味か。
「可哀想だから、名前とか顔とか覚えておいてやれよ、ヨーヨー」
「名前と顔を覚えられないセンパイがいいますか」
「おい、アザナ。それは国家機密だぞ」
わりとほんと、それをネルソン女史の前で言われると困るんだが?
ネルソン女史は微笑んでくれているが、オレの欠点を曝露したわけだから。
ってか、オレの弱点、アザナにバレてたのか……。
星の大きさが地球と同じとし大人が座って、視点の高さが80cmとして地平線が約3.3km。立って約4.5㎝(大気の屈折率は考えないものとする)
巨人は実在しませんので、ガン●ムくらいだとして座って10km先まで見え、立つと14.5km先まで見えます。
立っているときと、座っているとき、見えるようになる距離の差の比も1.36と1.45とだいぶ違います。
屈折率まで入れるとさらに見せる範囲の比率の差が大きくなるはずなので、立ったり座ったりするという単純で手軽な動きをするだけで、巨人はかなりの見える地平線が変わります。
感覚的にも、数学的視点でも大きな差がでることでしょう。




