ディータ姫は話さない 2
リバーフロー国は、ディータ姫たちを盛大に歓迎した。
盛大といってもその形態は、どこか型通りであった。
連合国で遺跡の発掘が早く、古くから発展しているせいか、伝統的というか固執しているというか――あまり奇抜さがなかった。
この国に対して悪意や拒絶を持つものなら、古臭いとか遅れているというだろう。
しかし好意的に考えれば伝統を守っている、と言える。
発掘品を手直しして飾られた調度品、もしくは精巧な模造品。
古来種の遺跡をそのまま移植したかのような部屋。
ひと昔前の時代を舞台にした演劇を、観覧していると錯覚してしまうダンス会場。
奏でられる演奏は、曲が同じでも使用されている楽器が古風なため、音域が狭く聞きなれない。
遅れて会場に姿を現したディータは、一段高い入口からこの光景を見渡し――。
(……外海へ乗り出そうとしてる国。そのわりに保守的)
アンバランスな国だという印象を持った。
のちにその印象について伝えると、ザルガラは――。
「あー、それは……たぶんだけどさ。限界ギリギリまで保守的だったから、気が付いたら外に飛び出す、って一択しかなくなるくらい視野が狭くなるんじゃね?」
と、回答した。
簡単に納得は出来ないがリバーフロー国の中で、そういう流れもあったのかもしれない。
この件に関してはもっと複雑で、複合的要素が大きいだろう。
だが質問者にとってわかりやすい回答を、決して正しくはないが示すザルガラは、そういう才能を持ち合わせているとディータは再評価した。
ちゃんと誰かが調べてくれるまで、一つの解として心に留めておこうと、ディータはいったん保留とする。
顔合わせと紹介を兼ねたリバーフロー国との挨拶をこなしているディータは、立ったままと疲労も見せず、すべての人にやさしく応対する。
一国の姫がゴーレム体であることに直接触れず、容姿や琥珀の肌を褒めていく。
ゴーレム体であることを、特に気にするディータではないが、最初は相手国も触れていいモノなのか手探りであった。
最初は王国について、もしくは話題の空飛ぶ城について話題にした。そして応対していくうちに、ゆっくりだんだんと問題ないという空気が悟られ、直接ではないがディータそのものを話題とし始めた。
ゴーレム体であることに引け目を持たないディータは、素直に賞賛を受け取った。
なにしろ制作にはザルガラが手間暇かけてくれたのだ。
外見の出来の良さはカリフルガウ謹製だが、動くため代入するためなど難しい調整はザルガラだ。
アザナも手伝ったが……それは意識から除外するディータだった。
「王都の夜会の衣装は、どれも洗練されてますな」
そんな中、ディータたちの服装を褒める役人がいた。
リバーフロー国は男性も女性も、生地が厚く重ったるしい服を着ているのに対し、王国側の衣装はとても薄い。
生地の質も裁縫の技術も発展しているため、意欲的なシルエットや意匠をドレスに込めることができるからだ。
「……ありがとう。これは当世の生地にデザイン。それに従来の生地を合わせ。伝統を取り入れた。そしてサード卿が手直しをしてくれたもの」
琥珀の流動性を操作して、慣れない笑みを造り出す。
非結晶である琥珀の特性を利用した、微妙で難易度の高い作業だ。
やや言葉が途切れ途切れになるディータの癖は、ゴーレム体の問題であるとされている。
「ほう、彼のですか? それは素晴らしいですな」
褒めてくれた相手に、その出所の情報を与えるのも礼儀の一つだ。
意図を理解した役人は、ディータとともに後ろに控えていたザルガラも褒めた。
「これでも才人を務めていた家系なので。伝統を重んじるリバーフロー国の方々にもお褒め頂けて光栄です」
ザルガラは慣れないながらも笑顔で応対した。
褒めてくれたら、謙遜などせず素直に受け取り喜ぶ。
単純だが、大切なことである。
こちらの国や文化を褒められて、「いいえ、それほどでも」とか「そんなことありませんよ」と言ってしまっては、「あなたは我が国をよくご理解していないようで」という意味にも取られかねない。
なので、事実と違うなら「お褒め頂き光栄です。ですがもっと素晴らしいものもありますよ。今度ご紹介します」などという対応する。
紹介するという言い方も、実際にその機会があれば後に繋がる発言だ。
それらを踏襲しつつ、ここジーナスロータスメモでやった! と感激しているザルガラがいた。
「意外と、無難な対応をするんですね~」
挨拶がひと段落して、ザルガラの周囲が落ち着いたころ、脇で控えていたヨーファイネが割って入ってきた。
王国ではやや流行おくれのドレスを着ており、リバーフロー国の主流デザインに合わせて豊かな胸を強調して煽情的だ。
ザルガラの肩にはディータ=ミラーコードが乗っている。
姫は挨拶から離れられないが、小さなミラーコードを使って周囲を客観的に観察していた。
反対側の肩ではタルピーが踊っており、ザルガラは違う意味で注目を浴びている。
見せつけるように胸を強調するヨーファイネを前にして、ザルガラは何の反応を示さない。
(――そういえば、ザルガラ様ってあまり女性の胸を意識しない)
彼は体形を全体で見て、ごく一部……胸などの部分に気を惹かれる様子がない。
(――ヨーファイネの誘惑に堕ちない。それはいいけど。それはそれで複雑……)
ディータ=ミラーコードは安心しつつ心配した。
(――今度、アザナの前で、言及してみてもいいかも? きっとアザナならくみ取ってくれる。そこから始まる、ザル様の見てた見てない、見るわけがないだろとアザナに弁明。きっと、胸に興味ないこと。それもイジッてくれるはず)
そして、やっぱりそうかと妄想が捗る。
妄想の対象となっていることも知らず、ザルガラはヨーファイネの寄り添いを跳ねのける。
その行為を見られていることに、彼は気が付いていないようだ。
「慣れないから無難なんだよ。で、ヨーヨー。ばっちり覚えたか」
そう。確かにまだまだ彼は、社交場に慣れていない。
女性をあからさまに遠ざけると、まだ子供と思われることだろう。
「挨拶されてきた方々のことですか? 任させてください。衣装の模様も覚えてます」
「そこまでか。意外と真面目なオマエに驚くよ」
ザルガラは人の顔と名前を記憶することが苦手であるため、それが得意でかつ似顔絵をかけるヨーファイネを重用している。
苦手分野を補える人材だ。
「このご褒美は」
「俺のために働かせてやるよ。感謝しろ」
「……はい」
恍惚とした顔でご褒美をねだったヨーファイネだったが、俺様モードになったザルガラの前に砕け散った。
ディータ=ミラーコードは心配したが、安心した。
(――ザル様の俺様発言。だけどアザナには跳ね返される。やはり俺様ポンコツ化受けが正義)
さらに妄想が捗った。
「邪険にしつつも、そばに置いてくれるザルガラ様。はあはあ……手駒にされている私もいつか手籠めに……」
いや、やはり心配だ。
ヨーファイネはこの環境を喜んでいる。
ザルガラは扱いをわかって利用しているのか、心配である。
「よろしいかな? サード卿」
ヨーファイネとディータ=ミラーコードが興奮していると、ドレスを来た女傑がザルガラに声をかけた。
軍服が似合いそうな女性で、背が伸びているザルガラより頭3つほど高い。
惜しげもなく胸元だけでなく、筋肉質な肩口と二の腕を晒している。きっと背中側も筋肉が紋様を描いているに違いない。
そんな女傑の名は、ハリエット・ネルソン。
軍人か武人か、という風体だが、これでも遺跡開発の役人だという。
挨拶されたときは、ディータでも反応に困った相手である。
名前を憶えていないだろうと、ヨーファイネがサインを送ろうとしたが……
「これはミス・ネルソン。お声をかけていただけると光栄です」
なんとザルガラは名前を憶えていた。
おそらくその風貌と役職のギャップからだろう。
遺跡開発という役職も、発掘がほぼ終わっているリバーフロー国では意外である。
「個人的に興味があり、伺い事があってね」
「ザルガラ様に興味!」
一瞬、ヨーファイネが喜ぶが、女傑の目線を受けて縮こまる。
彼女が苦手とするタイプなのかもしれない。
「興味ですか?」
「ええ。あなたのところには、なかなか個性的な方々が集まっていると伺ってね」
探りを入れてきてる。
ディータ=ミラーコードはネルソン女史の態度に何かを感じた。
あなたのところには? と尋ね、あなたのところにも、とは言っていない。
だが、自分か誰かが同様である可能性を持っている。
そうディータ=ミラーコードは感じた。
「ええ、そうなんですよ。最近、自分でも自覚しましてね」
意図的ではなかった、という表現をするザルガラ。
事実を否定することは難しいので、積極的ではなかった、ということにするつもりのようだ。
ディータ=ミラーコードは、これを見守り何も言わない。
「まあ! そういうこともあるのですね」
そういうこと、とは何を指しているのか?
誰かと同じであることか、自覚せず人が集まることか、それとも個性的な人が集まることそのものか。
もちろん、普通ならばある程度、会話の流れで解るのだが、通り一遍で行かないのが政治の嫌なところである。
「言われて気が付きまして」
あーあ、と内心でディータは天を仰いだ。
ザルガラは事実を言っているのだが、具体的に話題がどのことと定まっていないのに、と思った。
彼の理解の早さは、早合点でもあり欠点でもある。
しかし、何も話さない。
多少のことでは表情が動かないゴーレム体は、心情を隠す場合、とても都合がよい。
「実はそのことで、貴殿とは交流をはかりたいと思いましてね」
「ミス・ネルソン個人と?」
ちょっと驚いたようにわざと表情を作るザルガラに対し、ハリエット・ネルソンは自然に微笑む。
ただし女傑すぎるので、笑みの圧が凄い。
「ハリエット。気軽にハリーとお呼びください」
「では、ザルガラと呼んでください。ハリー」
さすがザルガラ。プレッシャーに負けない。
周囲のリバーフロー国の人々が、ザルガラの態度に驚いている。
裏打ちのある自信が彼の精神的強さに繋がり、人との交流に良い効果が出ている。
弱者相手では、裏目にでるだろうが、海千山千の強者や曲者が揃う社交の場では武器になる。
「それでその個性的な方々にも興味があってね。ぜひ紹介してもらえないかな?」
だが、武器を持つ者は警戒されるのが世の常だ。
ディータ=ミラーコードは話さない。
だが、今回ばかりは口を出したかった。
武器を恐れず飛び込んでくる強者。
果たしてザルガラは、そんなハリエット・ネルソンに立ち向かえるのだろうか?
先々週、ちょっと手首を痛めました。
医者で見てもらって程度は軽いはずなのですが、どうも治りが悪く執筆が遅れて申し訳ございません。




