ディータ姫は話さない 1
ちょっと時間が戻ります。リバーフロー国到着前です。
+ + + + + + + + +
ディータは話さない。
決して億劫だからとか、見物していようとか、そういった理由ではない。
……決して億劫だからではない。
余計なことを話さない。
そういう配慮ができるという意味で、話さないのだ。
同行を拒絶されたザルガラが、手持ちのフェニックスを利用した。と、ジーナスロータスが勘違いしていても、それが間違いだとは指摘しない。
勘違いしているジーナスロータスが、自分の能力をザルガラに見せつけようと奮起して、各国との会合に力を注ぎ成果を出す。
それを見て、悪意を捻じ曲がって受け取るザルガラが、手のうちを見せて教えてくれるなんていい人だな。などと勘違いしても、ツッコミを入れたりしない。
もちろん、ザルガラの想像力が低いわけではない。相手が悪意を持っている可能性も考えている。
だがそれを脅威と感じない上に、悪意を持って挑みかかってくるならそれはそれで、と嬉しがる。
ザルガラに対して、実際に行為を伴った悪意はあまり意味はない。
「あれほどの量をわざわざご用意くださり、ありがとうございます。おかげで睡眠不足ですよ」
当てつけの応答表を、ありがたく受け取って学ぶ姿勢を見せるザルガラ。
「ははは。役に立っているようで何よりだ」
睡眠不足になるほど熱中しているとザルガラは言っているが、ジーナスロータスは「オレを睡眠不足にしやがってこの野郎」と受け取っている。
無論、お礼については皮肉だと思っている。
上手く回っているならばヨシ。
余計なことを言って、破綻するくらいならば見守る。
何も言っていないのだから、破綻した際には知らなかったで通せる。
多少、ジーナスロータスが錯誤するように話を誘導したことはあるが、勝手に話を拡大解釈して納得した彼に責任がある。と誤魔化せる範囲である。
人を扱う能力と、勝手に人が動くよう誘導する才能。
そして責任回避への嗅覚。
これも王にとって、必要な才能である。
多少、愚鈍と思われようとも、周囲が上手く立ち回るならばしゃしゃり出る必要はない。
まあ彼女の場合、その生い立ちから、話すことが億劫になることが多いのだが。
ゴーレム体になってからは、特にその性質が顕著である。
さて──。
連合への外遊は、ディータにとって快適そのものであった。
どこの国でもまず歓迎式典。続いて盛大なパーティーという流れは変わらない。
遊んでいるようだが、ディータは実際に遊んでいる。
今まで社交界に出れなかったうっぷんを晴らすように、ディータは遊んでいる。
外遊の遊が、本当に遊び戯れるの意味になっていた。
肉体のないディータは、条件付きではあるが疲労と無縁である。
睡眠を必要としない利点も大きい。
立ちっぱなしで挨拶と握手を繰り返す式典も、ゴーレム体であるディータにとって苦ではない。
生身と違って、かなり楽だ。
こんなに楽なら、毎日でもいいな。
飲食ができれば。
と考えているディータだが生身であれば、飲食できる身体でそれがままならない。疲労がたまる。という状態に嘆くことだろう。
彼女はゴーレム体のまま、飲食できるようになりたいと、とても都合のいいことを考えていた。
生身に戻りたいだろう、おいたわしや。と考える周囲の同情は幸か不幸か空振りであった。
そしてゴーレム体であることを、あっさり受け入れていることはリバーフロー国にとって幸運であった。
ゴーレム体になったディータに、贈り物としてゴーレムを使うゲームを用意したのだから。
おそらく、ディータがゴーレム体である現状をどう考えているか?
それを探る手の一つだったのだろう。
王国からもっとも遠く離れる地であるだけに、友好より探ることをリバーフロー国は優先したとディータは考えている。
そして会合でも夜会でも、見えない腹を探り合う。
ゴーレム体の利点が大きく、望んでなったわけではないがディータにとても満足いくものであった。
リバーフロー国へ到着する数日前、空中遺跡内のフィッティングルームで、ディータはザルガラに告げた。
「……ザル様。わたし、この身体での、外遊好き」
この身体を与えてくれてありがとう。
そんな意味で言ったのだが、ザルガラは大きな口を歪めて不機嫌な表情を見せた。
「そりゃよござんしたね!」
式典での整列や挨拶、パーティーでの会話や会合での応答。
苦手ではないが、連日の会合とパーティー。
睡眠が少なくても問題ないザルガラでも、疲労が目立つようになってきた。
本当に感謝していたディータだったが、タイミングが悪かったと口を噤んだ。
普段から言葉の少ないディータの理解者であるザルガラだが、今回ばかりは虫の居所が悪かったようである。
「はん、そりゃ。肉体疲労が無いから、対応をジーナスロータスに任せてりゃそうだろうよ。だからといって、不調がないとも限らんから、何かあったらすぐに言えよな」
なんだかんだ憎まれ口を叩きながら、ザルガラは気遣いの言葉を混ぜて叩きつける。
「……優しい」
「は? ちげーし!」
「……うん、わかってる」
ザルガラが差し出す仮縫いのドレスに袖を通す。
そう。今までディータは裸であった。
もっともゴーレム体であるため、肌を晒しているとはいいがたいが、男子を前にしてディータは年頃ボディを模した姿を晒していたのだ。
普段、ディータが人前で手足以外の身体を晒していると、すぐに魔法で服を着せてくるザルガラだが、衣装合わせとなると、姫の裸などさも当然とまるで気にする様子がない。
すっかりディータの裸に慣れているザルガラは、ごく自然に彼女の衣装を仕立てる。
「あらあら」
熟年の夫婦であるかのように、ディータの裸を自然と受け入れるザルガラの様子を見て、姫に長く従える才人のルテネイア・アトラクタが微笑む。
以前はディータに気遣い、一緒に裸になってくれていた付き人だが、今ではしっかり服を着ている。
状況によって服を着るこのルテネイアを見るに、父親のアトラクタ男爵の全裸はやはり趣味なのだろう。
一方で、慌てている少女もいた。
ザルガラよりもちょっと背が高く、大人び始めているアンだ。
「あわわ……」
まるで大人の余裕とも見えるザルガラの態度に、仕立ての手伝いをしつつアンは困惑する。
「……アンも、ザル様に仕立ててもらう?」
アンの戸惑いに気が付いたディータがからかい半分、そんな提案をしてみせた。
「え? ……えええ! ひやああああっ!」
一瞬、アンの動きが止まる。
そしてみるみる表情が崩れ行く。
仕立てられる状況を考えてしまったのか、顔を真っ赤にして手を振るアン。
「そ、そんな! 畏れ多いです」
「……いずれ騎士になる。そうなると必要」
断るアンに食い下がる。
からかっていないと言えばウソだが、言っていることの半分は事実だ。
ドレスの10や20、あってもおかしくない立場にアンはなる。
「で、でもそれに、このあたしにはドレスは似合わないかなぁって。あたしこんなだし!」
「安心しろ。いちいちオマエのまで作らねぇよ」
懸命に仕立てを断るアンに、ザルガラがこっちからごめんだと言い捨てた。
もくもくと襟ぐりを直すザルガラの後ろ姿を見つめ、アンの表情が段々曇っていく。
「ま、気が向いたら作ってやってもいいが、こっちの都合で作るから要望は聞かねぇぞ」
「っ! はい!」
アンの表情が、パッと明るくなった。
ザルガラに気遣いのつもりなど皆無なのだろう。
ただ、配下に作ってやるのもいいか、という気まぐれで、プレゼントとか女の子の服を手作りするとか、そういった意味合いはまったく考えていない様子である。
だが、それがアンの恋心に直撃しているようだった。
「……褐色の肌に白いドレス。いいと思う」
ディータがアンのドレスの要望を述べる。
「要望は聞かねぇって言ってるだろ」
姫の要望すら突っぱねる怖い物無しのザルガラ。
「ほんと面倒だからやらねぇぞ。これだってリバーフロー国の文化が特殊だから、それに合わせるため急遽、予定を変更したからだ。姫様のドレスに手間がかかりすぎる」
「そ、そうですか」
残念そうに肩を落とすアンの背後に、不気味な影が立ち上がった。
「なんだかんだ言って、ザルガラ様に肌を見られるのが嫌とは言わないアンアンであった」
「ひぃ! ヨーファイネ様!」
尻を撫でられたアンが、青ざめた顔で退く。
そこには身を低くし、手をワキワキとさせるヨーヨー……ヨーファイネがいた。
そんなヨーファイネに視線すら向けず、縫い針を繰りながらザルガラが問いかける。
「ヨーヨー、どこにでも湧くなぁ。オマエにはルートの確認させてただろ? 終わったのか?」
「もちろん終わりました」
鼻息荒く自信満々にヨーファイネはシャツをペロリとめくって、お腹に貼りつけていた10頁ほどの書類を取り出した。
「どこにしまってんだよ……。あ~あ、しんなりしてるじゃねぇか。で、終わったってホントかぁ?」
へな……とした書類をつまむように受け取り、仕立てを一時中断し内容を確認するザルガラ。
「…………終わってやがる。なんだよ、文句もつけられないほど完璧かよ。オマエ、空間認知能力だけはオレとアザナ以上だな」
「それを数値だけを見て理解できるザルガラ様も相当……」
ヨーファイネは見ただけで外見、外観を多角的かつ完璧に覚え、立体を平面に落とし込める才能を持つ。
この才能を見込み、ザルガラは航路の設定などにヨーファイネを任せていた。
不快だといいながら、遠ざけようとしないザルガラは脇が……いや、「懐が甘い」。
懐が深いわけではない。甘いとディータは評価した。
「今回は高低差も条件厳しくて、特に面倒なルート設定でした。なんでこんなに複雑なルートを選ばないといけないのか……。ザルガラ様は、私をいじめたいんですか?」
ルート確認をするザルガラに縋りつこうとし、アンに阻まれるヨーファイネが不満の声を上げる。
「オレは普段からイジメてるつもりなんだが……って、嬉しそうな顔をするな! ウソつきました。イジメてません! とはいえとにかくとりあえず、今回のルート要望に関してはオレ関係ないぞ」
「イジメ……ご褒美ではない?」
はあはあ言っていたが、残念そうに変態が首を捻る。
「ああ、そうだ。この遺跡は空飛ぶからさぁ。各国がここを飛ぶな、って何かと言ってくるんで面倒なルートになるんだよ」
「上空からだと、街道や地形はもちろん砦の構造とかまるっと見えてしまいますもんね。地図に残されると困るから?」
「ま、そうだな。上から見られたら困るものもあるんだろ? 前もって設定できればいいんだが、各国がお互いここはいいよ。我が国はそこダメとかなるんで、おかげでルート設定が遅くなるわ、たまに変わるわ、大変だ」
「では大変なので、ご褒美くださいワン」
「考えておく。区切りもいいし、休憩するか」
すがろうとする変態を躱し、書類をアンに手渡してティーテーブルへとザルガラは移動する。
考えるふりだけなんだろう。
ディータはそう思ったが話さない。
「センパーイ! 休憩しましょう!」
待ち構えていたのではないかというほどタイミングよく、アザナがフィッティングルームに乱入してきた。
「タルピー、服!」
「あいな、ザルガラさまー」
タルピー制作炎のドレス(低温)が、ほぼ全裸であったディータを包む。
「あらあら」
アザナにディータの肌を見せたくないザルガラが、急いで服を着せたように見え、ルテネイアが微笑む。
実際は、アザナにおちょくられるのを避けるためなのだが、そんなことはルテネイアにはわからない。
なんとも幸せな光景だが、これを見守るディータには不満があった。
「……食べられない」
ゴーレムは食べられない。
アザナがお菓子とお茶を持ってきてくれたが、どちらも手をつけることができない。
手を出そうとしたヨーファイネが、居心地悪そうに手を引っ込めた。
気を使って立食パーティを執り行わない国もあったが、例外中の例外であり、だからといってディータが喜ぶわけでもない。
「せっかくだから試作品を試してみるか。なあディータ。食べる専用の身体を作るというのはどうだ?」
そういって、ザルガラは試作品の箱を取り出した。
なんの変哲もない手荷物ほどの大きさの箱だが、開いてみると内部は複雑な魔具の集合体であった。
ザルガラは魔具の上蓋を開いて見せて、そこにお菓子を投入するふりをしてみせる。
「試しにつくったこの夕餉の匣。この箱にディータを代入して、こう……料理をザーッと入れて食べるための魔具……」
「……頭おかしい!」
「おかしいですよ、ザルガラ先輩!」
激しい反発を受け、ザルガラが珍しく狼狽える。
声は上げなかったが、アンやヨーファイネも眉をひそめている。
場の変化に気が付いて、タルピーですらダンスをやめたほどだった。
「え? そ、そうか? 最初のたたき台として、別に人の形である必要ないと思うんだが?」
「こ、これだから人の形をしていなくても受け入れてしまう人は……」
「……体が四角であることに慣れてしまったらどうするんですか?」
「わ、わかったよ。なんだよ、試作品なんだからいいだろ」
ディータとアザナの非難を浴び、ザルガラは拗ねた態度で夕餉の匣を片付ける。
「試作品、といえばセンパイ。ディータ殿下が食べるヨーカンを試作してみたんですが、食べてもらえます?」
箱を片付け終え、お茶に手を伸ばしたザルガラの前に、皿に載せられた真っ黒なヨーカンが差し出される。
艶の足りないヨーカンを前に不満そうな顔を見せた。
「なーんか。すっかりオレが毒味役になってないか? あんこ食う騎士団のヤツラにも食わせろよ」
「試作品なんだからいいでしょ?」
さきほどザルガラが言った言葉を、アザナが放ってみせた。
「わかったよ。味見すりゃいいんだろ?」
アンがナイフで切り分けて差し出す。
切れ味のよいナイフで切ったにも関わらず、少し形が崩れている。
少し萎びた風合いだ。
「見た目は悪いですけど、生物が通れないゲートを、数回通してるだけなので新鮮ですよ」
「なるほど。作り方を工夫したわけではなく、ゲートをそういう風に使ったわけか」
高次元を通過するゲートは生物が通れないが、その物質は高次元を通過している。
変質しないはずだが、安全性はわからない……はずなのだが、ザルガラは物怖じせずに一切れを口の中に放り込んだ。
「あー、うん。あーあー、うん、なるほどねぇ。ほー、う~ん? あーあー……もぐもぐ」
いつまでももごもごしながら、頬を膨らませたままザルガラは口を開いた。
「いかーん! これ飲み込める気がしねぇぞっ!」
どうやらとても食べられたモノではないようだ。
ディータとしては、味見係がいてくれてよかったと心底思った。
……だが、もしそんなものまで、おいしいと思うほどになっていたら、と思うと――。
曇るディータの隣で、ひと噛みごとに曇っていく試食係りがアザナを睨む。
「なあ、おい、アザナ。オマエ、これ味見したのか?」
「え? センパイがするのになんでボクが?」
何か問題が?
睨まれているのに、悪びれない姿を見せるアザナ。
「オマエ……オマエよぉ…………もぐもぐもごもご」
ザルガラも呆れながら、呑み込めずもごもごとしている。
その前に手を差し出すヨーファイネが、低い姿勢でスッと膝をつく。
「ぺっ、してください。飲み込めないなら、ぺっ! ぺっ! あいたっ!」
変態行動を取るヨーファイネの額を、ぺしっと叩くザルガラ。
続いて間髪入れず、ヨーファイネの口にヨーカンを押し込んだ。
「食いたいなら、残り食え、残りを」
「もごぉごっ! そんな無理矢理ツッコむなんて、これはこれで……ごほっ! うわ、マズッ!」
一瞬、恍惚とした顔を見せたヨーファイネだったが、すぐに咽せてヨーカンを吐き出した。
変態をも黙らせるヨーカンであった。
「アザナ。オマエ、二度とこんなの作るなよ」
ザルガラはやっと飲み込み苦々しい顔で、製作者を睨みつける。
「毎朝、ボクがセンパイの朝食を試作してあげますよ」
「毎朝、試作品を食わされるのかよ、オレ!」
いつものようにじゃれ合う二人。
ただ肘鉄や軽い蹴りを放ち、頭を掴んで振り回したりしているだけだが、実は二人以外が巻き込まれると大けがしかねないじゃれ合いである。
その光景をひとしきり眺めたあと、ディータは満足げに手を合わせた。
「……ごちそうさまです♥」
「は? 姫さん、食ってないのにナニ言ってんの?」




