黒くて見えない成功者 2
前日に続き更新。
7時間ほどで2話目を投稿してるので、最新話と前話が前後しないようにお気をつけください。
そんなこんな、え? どんな? をしながら、大変だが次々と東方の連合各国を回った。
そしてその間、アザナたちは各国を取り巻きと共に観光。
第7国目の風の街トリディラックでも、オレはディータと共に、ジーナスロータス主導と会合。
一方で、アザナとその取り巻きは観光……
「ってオマエら、仕事しろや!」
連合各国に来てから、どこでもいつでも遊び通しのアザナ一行を、風吹きすさぶ中、捕まえて怒鳴りつけた。
「お手伝いはほとんど終わってますよ。現地で物資補給するわけでもないので、ボクたちがいなくても空飛ぶ遺跡の運行は滞りないはずです。ハイトクライマーで輸送して入庫するとはいえ、頂き物の管理をボクたちがするわけにはいかないし」
アザナの言い分はもっともだ。
連合各国側で補給を受けるのは下策と考え、出立の準備を万全にするからこそ、出立前があれほど忙しかったのだ。
現在の運行業務に、アザナたちの出番はない。
「うっさい、邪魔すんな。あたしたち外出許可取ってるし!」
アリアンマリの文句も、なんかムカつくがもっともだ。
正式な外出を王国と当該国から許可受けている。それは事実だ。そしてそのため、オレも追いかけることができたのも事実だ。
どっちも正しいなら、強気で出る。
「もうこれ以上、関わると運行そのものをお手伝いすることになりますが?」
「外交や個人的な友好、あまり差し出がましいことはできません」
ユスティティアとヴァリエが真面目に対応してきた。
その通りなんで困る。
「でもよお、あのイシャンは……アイツは正式に協力してくれてるから当然か。私兵のおまけできたヨーヨーだって、オレについて秘書みたいなことしてるんだぞ」
そう。驚いたことに、あのヨーヨーも役に立っているのだ。
「ザルガラ先輩。それはファイネが外堀から既成事実作るため、センパイが忙しくて判断力が鈍ってるところへ、つけこんでるんですよ」
「なんだと? ヨーヨーのこと、悪くいうな」
ヨーヨーの肩を持つと、アザナたちがざわめく。
「つ、つけこまれてる……」
「つけこまれすぎてますわね」
「うつけものすぎる……」
何がだよ、ヴァリエ、ユスティティア、アリアンマリ。
漬け物がどうした?
好きだぞ、ピクルス。
うつけと言ったアリアンマリ。覚えてろよ。
「もうしわけありません、サード卿」
フモセだけ、真剣に頭を下げている。
「ああ、いいんだよ、オマエは。オマエはコイツらの面倒見てるようなもんだし、気つかって大変だろ」
「なんでフモセに優しいんですか!」
「なんでって、ただの同情だよ。オマエに振り回されるヤツの。フモセの給金上げてやれよ」
「ところで物知りのザルガラ先輩。街のあちこちに丸い石が置いてありますけどなんですか?」
「金の話をしたら、露骨なまでの話題の切り替えだな。で、ああ、それか」
塀の上や花壇の隅など、いたる所に片手で握るとちょうどいいくらいの大きさの石がある。
「この街は風が凄いだろ? オレたちみたいな胞体陣で風防できるならいいが、そうでもない人たちは風で吹き飛ばされるんだよ。だから……こうしてポケットに入れて」
外套のポケットに入れて見せる。
「こうすれば物理的にも重くなるし、服が膨らんで風をまともに受けて吹き飛ぶようなことがなくなる。街のあちこちの壁に手摺や鎖がしっかり切れ目なく、設置されているのも風でよろめくのを防ぐためで……」
「あ、アザナくん! ここのお店、かわいい!」
「いい匂い! おいしそう!」
「話し聞けやッ!」
いつの間にか、取り巻き女子のアリアンマリとヴァリエが、アザナの手を引いて通りの反対の店前に移動してやがった。
オレは急いでポケットに入れた石を取り出し、近くの塀の上に戻す。
「いてっ!」
並べている時間も惜しいので慌てたら、転がり落ちた一個の石が向こう側にいた子供の背中に当たってしまった。
「ああ、すまん」
塀と言っても、オレの目線の高さだ。
強風対策で着こんでる身体にあたっても、別に大したことないだろう。
軽く謝って、残りの石を取り出し塀の上に置いてアザナたちを追いかける。
「きたきた、センパイ! 風を防いでも外は寒いし、中で話しましょうよ。わあ、ここって店内でも食べられるんだあ」
ケーキ店の戸を開けて、中を覗きながらオレを誘う。
「そうか……って露骨に嫌な顔してんぞ、オマエの取り巻きたち」
風に……というか強風に乗って、砂糖と小麦がほどよく薫り高く焦げる匂いが漂ってきた。
オレが同席するのが嫌なのだろう。
フモセだけ、わたしは違いますよと顔を振っている。
店内は外装に負けないくらい、オシャレで可愛らしいケーキ店兼喫茶店だ。
アザナたちは絵になるが、オレはなんか浮く。抵抗がある。
「なあ、買って帰ろうぜ」
「店の雰囲気に負けないでください、センパイ」
「は? 負けてねーし」
オレが気おくれしたのが、バレている。
「あたしたちは食べていくから、勝手に買って帰ってくー、ださーい」
店員に案内される前に、とっとと中央の円卓の席につくアリアンマリが、バカにするかのようにオレへ帰れという。
だが、それはオレにとっては挑戦である。
「よし、そこまで言うなら食うぞ、オレも」
嫌がらせのように、アリアンマリの隣に座る。
「ぎゃー! なんでアンタが隣に座るのよ! そこはアザナくんの席……」
「まったくアリアンマリったら、余計な事を言って……」
「んな! ちょっとヴァリエ! なんでアンタもそこに座んのよ」
ヴァリエはアリアンマリを挟んで座る。
もうアリアンマリの隣に、アザナが据わる可能性は消え失せた
アザナはゆうゆうとヴァリエの隣に座り、そのさらに横にユスティティアが座る。
その隣にフモセが座り、円卓なのでオレの右がアリアンマリ。左がフモセという形になった。
「そういえば次は問題の国ですね」
全員が注文を終えて、オレが手持ち無沙汰にまたメニューを見ていたらアザナが不意に呟く。
「ああ、アッシェンフェルター代表が警告してくれた国な」
「なんでしたっけ? リバーフロー国? ザルガラ先輩が狙われているんでしたか?」
「オレを狙うか。いい度胸だ」
次の国は、連合各国を二分する勢力の長である
ガルナッチャ国側が緩く連合宣言を継承しているのに対して、リバーフロー国は新しい連合の在り方を追求しているという。
「具体的には、連合をどういう風にしたいんでしょ」
「東方の開発しながら、東の海へ乗り出して、未開の大地を開拓するんだとよ」
「それは……無謀ですね」
届いたケーキとお茶を店員から受け取りながら、アザナが呆れたようにつぶやく。
アザナをもってすら無謀という行為。
東の海を越えたところに、陸地があることは古くから知られている。
だが、人口問題もなく食料も余裕があり、いまだ古来種の資産と資源が多く残るこの地から、未開の陸地へ乗り出す理由はあまりない。
「未開、って人が住んでないのかしら?」
「魔物はほとんどいないが、人はいるようだな。あまり知られてないが、文化も文明もあるんだろう。だが古来種の恩恵のない地は、オレたちにとって未開って一般的な考え方だ。それにオレたちが古来種の恩恵がないのに、ここでの生活と変わらず、その地で楽に生きられると思うか?」
開拓するにも古来種の祝福のない土地では、苦難と失敗が予想される。
大多数の大型魔具は、地元の魔力プールと繋がっているので、遠くへ持ち出したら動かない。
個人の魔法だけで対応していくとなると、ちょっと大変だろう。
「もしも東の地を訪問するつもりなら、今住んでいる大地ごと行きたいだろうな」
「あ、もしかして」
ヴァリエが察する。
「ああ、そうだ」
ケーキをフォークで切り崩しながら、断言する。
「リバーフローが狙っているのは、空中遺跡だ」
居住施設が整い、それほど大きくはないが魔力プールを内包する古来種の空中遺跡は、リバーフロー国にとって垂涎の的だろう。
「王国ともめるかもしれないのに、そこまでですか?」
アザナが納得いかないという顔をしている。
オレも同意しうなづく。
「直接、空飛ぶ遺跡を手に入れたいってことはないだろうが、調べたりはしたいだろうな。自分たちで作ったりするとき、参考にするためとか……」
「動かせる人を取り込んだり?」
オレが推論を述べていると、ユスティティアが割って入った。
ケーキを食べる全員の手が止まる……いや、アリアンマリの手は止まってない。意味が分かっていないようだ。
「まったく、王国に所有権を譲っておいてよかった」
オレは心底、そう思った。
もしもオレが空飛ぶ遺跡を譲り受けたままだったら、リバーフロー国からも熱烈な誘いがあったに違いない。
「どうして、そこまで東に行きたいのでしょう?」
ヴァリエが緊張に耐えられなくなったのか、簡単な話題を切り出す。
「さあ、なんでしょう? 閉塞感、でしょうか」
ケーキを切り崩しながら、ユスティティアが推論を続ける。
「西に進むには、高い山とエルフの森が合って無理。エルフの森を開拓なんて、古来種の力でもなければ無理。連合を束ねて大国にするには、古来種が残した魔力プールが互いに遠すぎて、各国の各分野の連動が難しい。海を南下すれば足跡諸島がありますが、船団を使って足を延ばして訪れても実入りがないことはすでにわかっている」
「北海路は王国と共和国との貿易で盛んですが、本当に北へ行っても氷ばかりですね。なにかに未来を求めるのは仕方のないことなのかな?」
「東の海路になにかを見出している国は、主に古来種の遺跡発掘にめどがついて、先が見えているところばかりか。先行投資って考えれば、わからなくもないな」
政治的な論議を重ねるオレとユスティティアとアザナ。
だがアリアンマリとヴァリエは、このケーキおいしいね。などと食べさせあいっこしていた。
「リバーフロー国か。どういう態度をしてくるか、楽しみだな」
+ + + + + + + + +
「では成功の原因であるあの黒い胞体石は、その人物から貰ったものだったと?」
10年後。豊かになったトリディラックの都市。
かつて貧しい少年だった成功者が、豪商と肩を並べて優雅な晩餐を終え、ほろ酔いの雑談にふけっていた。
「ええ。あれはあの人の試作品……だったのでしょう。ですが、アレが世界を変えるきっかけになったのもご存知のように、試作品でも十分な価値がありました」
黒い商人、とおよそ誉め言葉と思えない名を冠した成功者は、その二つ名を喜んで受け入れている。
それもそのはず。
彼は黒い宝石ジェットで成功した。
悪い意味ではないのだ。
「私に石をぶつけて謝った貴族の人は誰だったのか……今でもわかりませんが、あの人は謝礼代わりに黒い石をおいていってくれました……。売ればいくばくにかなるという気持ちだったのでしょう」
「ははは。ですがアレを使い物になるようしたのは、あなた本人ですな。いまでこそ流通してますが、当時はあれを利用しようなんて、商売の才覚がなければ思う人はいない。透明度のある宝石と違い、あんな……」
豪商は諸手を挙げ、かつて貧しい少年だった成功者を賞賛する。
「亜炭の宝石、中身の見えない胞体石、ジェット──」
光を通さない胞体石は、注がれた魔力まで充填し、さらに維持するとかつて貧しかった少年は気が付いた。
本来、使用者の魔力か、魔石や魔力プールの魔力を必要とする胞体石が、それ単体で利用できると判明したのだ。
もちろん一度の使用で魔力は使い切ってしまうが、その利便性はとてつもなく高い。
慌てたザルガラが重石と間違って、コートの中から取り出し置いたジェットの胞体石――。
謀らずもそれから起こった産業は東方を潤し、リバーフロー国が東の海へ乗り出す手助けにもなった。
これによっていずれ、リバーフロー国がザルガラを注視することもなくなり、円滑な外交が行われることとなる。
トリディラックのモデルは、イタリアのトリエステです。




