不死の友好
ガルナッチャ国は激震した。
予定にないエイクレイデル王国の不死鳥の飛来。
ガルナッチャの大臣と役人たちは、なんの意図があるのかと外交官に尋ねてみるが、ジーナスロータスという外交官は、しどろもどろで話にならない。
会合は終わっていたため、姫殿下は控室に戻っているので伺いに訪れるには憚れる。
できれば姫殿下より説明が欲しいところだったが、まずはフェニックスそのものが事実なのか、確認することが先であるとガルナッチャは判断した。
見間違いであれば、何事もないのだ。
王国がそういうことだった。と、する可能性もある。
一先ず、ガルナッチャの代表アッシェンフェルターは、腹心であるサラブランシュを、フェニックスが舞い降りたゲストハウスへと送った。
そのサラブランシュを出迎えたザルガラは、物おじせず答える。
「無論、フェニックスは予定外なんですよ、これが」
サラブランシュは我が耳を疑った。
サード卿ザルガラ・ポリヘドラは、あっさりとフェニックスの存在を認めてしまった。
そのうえで、予定外という落ち度に値する発言をする。
やはり子供か、とサラブランシュと思う。
もっとも、フェニックスがゲストハウスの庭で、イフリータと戯れているのだ。耳より前に、目が事実を確認してしまっていた。
むしろ子供というより、肝が据わっているとも思えた。
「不行儀ながら、あとわずか糺させていただく。いかにしてこのようなことに?」
「卵があることは把握してましたよ。ええ。そしてご存知のように、フェニックスは卵を先んじて産んでおき、1000年に一度、生まれ変わると言われています」
ザルガラは嘘を言っていない。
卵があることを知っていたのは事実だが、フェニックスの卵であるとは知らなかった。
卵の存在を知っていたこととフェニックスが別の話であるにもかかわらず、「そして」をつけることで、別話題として話しているのに、同一の話題とサラブランシュに思わせる。
「今回……我が国の上空で生まれるは意想外と?」
「そうですね。こんな珍しいことが、自分が生きているうちに、しかもディータ姫殿下の外遊で起こるとはまったく思い至りませんね」
ザルガラの悪びれない態度に、付けこもうと思っていたサラブランシュだったが、思い直して考え答える。
「たしかに1000年に一度の行啓。次にフェニックスが生まれ変わるのは1000年後……?」
「1000年に一度の慶事が、今日、ここで起きた。意味を感じませんか?」
「よもやこれは両国の関係が1000年にわたって、フェニックスにより結わくと?」
「何しろ、フェニックスはその再生過程が独特で稀。1000年の寿命を持つフェニックスが、まさかこの時にふ化するなどとは思っていませんでしたよ」
たしかに、と深く頷くサラブランシュ。
付き従う騎士や官吏も顔を見合わせ、これはもしかして、すごいことなんじゃないか? とざわつき始めた。
ザルガラは偶然の事態に、意味を持たせることに成功した。
「我々の知らないいつかどこかで不死鳥が息絶え、今、この時、この場、卵が産み落とされていた場所は我が国の施設ながら貴国の地で、不死鳥が誕生し、貴国に舞い降りた! これは両国への吉兆に間違いないでしょう。もしかしたら、フェニックスが貴国を選んだのかもしれませんね」
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「よもや……よもや──そ、そんなことに!」
ジーナスロータスは戦慄した。
報告を聞き、意味を理解するまで時間を要したが、ザルガラに戦慄した。
政治など出来ぬと思っていた相手からの仕返しが、まさかこれほどの破壊力とは。
魔法で殴られることなどない。そう高を括っていたため、得意分野の政治で殴られた衝撃はそうとうなものだ。
ディータ姫についてきた官吏たちは、ジーナスロータスをはじめ、フェニックス来訪の対策を練っていたところだった。
「閣下! こ、これはサード卿の独断として報告すべきでは?」
「待て、勝手にザルガラが対応してしまったのは業腹だが……」
ジーナスロータスは部下の声を抑えた。
「あれは……外交を勝手にやったわけではない。ただ……ガルナッチャを褒めただけだ……」
1000年の偶然が、ガルナッチャの地で起きたのはあなた方の慶事だと。
ガルナッチャとて急なフェニックスの来訪に驚いたが、偶然を責めるほど考え無しではない。
むしろ偶然の意味が有益なるならば、偶然がここで良かった思える。
なにしろ他の東方来訪地でフェニックスが誕生したならば、その国と王国がフェニックスを通じて友好を結んでしまう可能性がある。
「ガルナッチャとて、こちらの偶然の手違いを責めて王国へ対し一時的な優位に立つより、他の東方諸国に優位性を持つ方が呑み込みやすい。しかも約定書などなし。気軽で深く重い友好付きだ。仮にフェニックスによる多少の騒動があったとしても、私がガルナッチャなら責めるより友好を取る」
ザルガラの言い逃れのようなリップサービス。
それだけで成果を出してしまった。
「まさか、フェニックスの誕生と来訪……偶然ではない?」
部下の不安の声が、ジーナスロータスを気づかせ唸らせる。
その可能性もある。
ディータ姫より遠ざけ、会合の場に並ばせなかった仕返しがこれか、とジーナスロータスは疑心暗鬼に捕らわれた。
「あ、あり得る……」
なにしろ炎の上級精霊イフリータは、まるで恋人かのようにザルガラと触れあっている。
身体の大きさの差がありすぎて、微笑ましく見えるが男と女として見ると、イフリータはザルガラに過剰な接触をしている。
ザルガラはまだ子供ということもあって涼しい顔をしているが、イフリータはその身体で誘惑しているように見える。
たまに分身しているように見えるし、その時の片方は恐ろしいほど妖艶──と、ジーナスロータスは思い起こすが、そっちはサキュバスのウラムがタルピーと同じ姿をしているだけなのでこれは間違いである。
その勘違いはともかく、ジーナスロータスはザルガラとタルピーの関係を疑い続ける。
火山などの大規模な熱量を必要するフェニックスの卵だが、イフリータを使えばある程度の孵化を早められるのでは?
そうなると会合から追い出されたこの時を狙って、フェニックスを孵したのでは?
そんなふうにジーナスロータスは考える。
「フェニックスを使って注目させ、友好を結んだか……」
対してジーナスロータスができたことは、弁明もうまくいかず、ディータを控室に押しとどめたことだけ。
おかげで第一階級官吏でありながら、ガルナッチャには当事者責任はあっても、面白味も実益もない人物と思われてしまっただろう。
「我々が、今まで通りの約定を踏襲することを確認するだけに終わったこの会合……。それ以上の友好を、紙一枚も使わず得てしまった」
条約など紙に書いて縛る友好などではなく、エイクレイデル王国のフェニックスがガルナッチャの地で生まれたという事実を利用し、気分や気持ちという自然に生まれる友好の形にした。
条約や約定書に書いてあるから、仲良くしましょう──などというものではなく──
そちらのフェニックスが、わが国で無事に生まれた目出度いな。
こちらのフェニックスが、そちらの国で生まれて元気に帰ってきたありがたいな。
という自然に湧きあがる友好だ。
しかも、1000年の寿命を持つフェニックスである。
1000年の友好を得たに等しい。
だからといって1000年で終る友好とは思えない。
実際に1000年も友好を重ねた国同士ならば、その後も友好が重なることだろう。
「閣下……、そ、そろそろ殿下にご報告をなさらないと……。なんでしたら私が……」
「いや私が報告に上がる」
ザルガラの成果……と言い難いが、それを別室のディータに報告に上がらないといけない。
脂汗をかきながら、ジーナスロータスはディータ姫の待つ控室へ向かう。
サード卿に手柄を持って行かれたのは、ディータ姫も同様のはず。
なんとか不利益を受けた同士として、味方につけたいジーナスロータスだった。
震える手でノックし、倒れそうな気持ちで入室したジーナスロータスは、無表情の姫殿下に独自の見解を挟まず報告した。
ディータは長く引き籠っていたが、だからといってこの事態を理解できない人物ではない。
小さなディータコピーと戯れながら、報告を静かに聞くディータ。
その姿を見て思いだす。
あの小さなゴーレムは、常時ではないが記憶を共有できるという。
つまりすでに殿下が事態を把握していた?
ディータ姫はここにいるが、もう一人の小さなディータもザルガラと共にいた。
会合には同席させなかったが、ディータの隣にザルガラはいたのだ。
致命的なミス。
会合にザルガラを参加させないことばかり考え、もう一人のディータと一緒にいられるということを失念していた。
まさかこの事態、ディータ姫の入れ知恵もあったのか?
ディータの手柄にもできるのに、ザルガラの手柄になっている現状を黙認しているならば?
それはディータがジーナスロータスの味方でないことを示していた。
そんな疑念がジーナスロータスの脳裏に浮かぶ。
──まあ、実際のところはこの小さなゴーレム、ディータ・ミラーコードはずっと控室におり、ザルガラのところにはいなかったのだが……。
「で、殿下……」
詫びるように、そして助けてもらいたいように、ジーナスロータスは部屋の真ん中のテーブルで、静かに佇むディータに視線を向けた。
「……サード卿をフリーハンドにしたのは失敗」
その言葉はジーナスロータス側ではない、と言うかのような意味があった。
ディータ姫は魔力と高次元物質的な意味で、一心同体である。
ジーナスロータスはそのことを理解してなかったが、今更ながらこの場で改めてようやく実感した。
「……近くにいても何をするかわからない。目を離せば、とんでもないことをする。それがザルガラ様」
ゴーレム体ということもあり、ディータの表情は読みにくい。
だがディータはどこか嬉しそうだった。楽しそうだった。
ザルガラを会合から外したことを、ディータが責めていると感じた。
ジーナスロータスは仕返しをされた、と今更ながらに思い至った。
──そうだ! 偶然、不死鳥が孵るなどありえない! イフリータを使って今、孵したのか!
してやられた、と悔しがる。
条約や約定と違い、なんの効力も持たない友好を得た。一切の取り決めのしていないので、お互いが紙切れに縛られていると感情を持たない。
調整された利益も不利益もない。ただ純粋に友好という形などなく、それでいて得難いモノだけを、ザルガラは結んでみせてしまった。
──トゥーフォルド候の弟子という噂以上……、ジーナスロータスの想像以上であった。
無論、これはジーナスロータスの買い被りである。勘違いもはなはだしい。
偶然、フェニックスが誕生して、困ったザルガラがガルナッチャ国を褒めて誤魔化しただけである。
「こ、これからは彼にも同席させるようにします」
「……させる?」
「彼にも同席、をお願い申し上げるようにします」
よろしい。と、ディータはゴーントレットに包まれた指を静かに組んで微笑んだ。
「まるで……不死の友好」
「……それ、いい」
「は?」
ディータはジーナスロータスのつぶやきを拾った。
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不死の友好
不死鳥の外交とも。
ディータ姫(当時)初の外遊にて行われたガルナッチャ国および東方諸国への外交。
1000年の友好を得たと、ジーナスロータス外交官が称し発言したと伝えられている。




