遊んで飛んで誘蛾灯 後編
「僕は今度の課題を決めるため、参考になるかと思って興味があるからで、ソフィは別に来なくてもいいんだよ。ええっと、ほら。あのなんだったか、綺麗な……なんかがすごい湖に行くって言ってたよね」
村長の家から出ると、当然のようについてくるソフィ。
ぺランドーは気を使って、観光を楽しむように勧める。
「わたしも興味があるだけよ。あなたについていくわ」
そんな親切はいらない。という憮然とした顔で、ソフィはぺランドーに並んだ。
街士の研究に興味があると言い張り、ソフィは観光の予定を変更してまでぺランドーに同行した。ある意味、彼女の中で予定は変わっていない。
「なんの研究してるかわからないのに?」
「だからどういうのか、に興味があるの!」
「そう。ソフィがそういうならいいけど」
ぺランドーも無理に拒絶はしない。だがソフィは真意を理解してる様子はなかった。
「村長さん。街士の方ってどんな人なんですか?」
案内する村長に尋ねる。
「前はそれほど変人……おかしいところはなかった……あまり無かったのですが。好意を抱いていた相手が、結婚してからは、研究に没頭するようになりましてね。街士の仕事は最低限するので」
歯切れは悪いが、村長は街士をそれほど悪くは思っていない様子だ。
研究に打ち込み過ぎて困っているという感じである。
「でも討伐には出てこないのね。どういうことかしら?」
「はあ……まあ、以前は違ったのですが、研究が終わるまで最低限しかしないと言われて……毎回頼んではいるのですが……。研究についての質問も、一応頼んでみますが引き受けてくれるかどうか」
村長も困っているようである。
ぺランドーは研究内容についても質問してみるが、村長は魔法の研究などさっぱりなので、と説明を断った。
実際、素人が余計なことを言っても、誤った認識を得かねない。
「ちなみに好意を抱いていたのは、妊娠しているというもう一人の街士です」
「それは要らない情報……かしら?」
情報追加にソフィは首を捻る。
「新婚です」
「そっちの情報はいらないかな?」
ぺランドーも首を捻った。
それ以上は質問せず、3人は村を横切って街士の住む家まで案内した。
「こちらです、お二方」
村はずれの街士の家は、今にも倒壊しそうな掘っ立て小屋だった。
ツタが巻き付き、雑に補修がされたいくつも跡があり、廃墟といえば信じてしまうような代物である。
「シークさん。シークさーん。おいででしたら、ちょっとお話がありまして。お客様を案内してきました」
「おお、これは村長……? それにお客さん? ん~なんのようかなぁ?」
ぼさぼさ頭に、この世界では珍しい眼鏡姿の痩身の男が、迷惑な来客に愛想笑いを浮かべていた。
ガラスケースに入った脳みそを持って。
「なんでっ!」
「ひぃ!」
ある程度、いろいろと変な人に慣れていたぺランドーだったが、これはさすがに驚いた。
ひきつけを起こしそうなソフィをかばい、咄嗟に下がるぺランドー。荒事に慣れてきたのか、学生らしからぬ反応である。
なお村長は見捨てられている。しょうがないよね。結果的には危険はなかったし、ぺランドーは悪くない。
「ああ、これ? 安心して。人間の脳じゃないから……ふふふふふ~」
ぼさぼさ男は下手な愛想笑いをしながら、ガラス容器を撫でた。
「そこで容器を撫でないで! 怖い!」
「あとそこで笑わないでください! 信憑性ありません!」
ぺランドーとソフィは、初対面の相手でも物怖じせず意見をぶつけた。とはいえ物怖じはしてないが、怖がってはいる。
研究に没頭して仕事を断るという話から、想像していたよりは人当たりが良い。だが、別の意味で関わりたくない。そんな人物だ。
怖がる二人を落ち着かせるように、村長は努めて静かにボサボサ頭の街士を紹介する。
「彼が街士のゴール・シークです」
「脳みそ持ち歩いているような人なら、先に教えていただけないかしら?」
ソフィが身を竦めながら文句を言った。ぺランドーも小さくうなずいている。
「いえ、シークさんは変人ですが、普段はこんなことはまずないので」
「本人の前で言いますか、村長」
ガラス容器を撫でる人は変人です。とぺランドーは言いたかったが、ザルガラではないので言わなかった。
「シークさん。この方は学園の生徒さんで、あなたの研究に興味があるとかで、案内しました」
「ほう……。そうですか」
シークの目が怪しく輝く。
「わたしの研究に興味が……、ほうほう、ほう、そうですか。さすがエンディアヌス魔法学園の学生さんだ。知られてしまいましたかぁ」
「いえ、僕はたまたまこの村に来て知っただけで……なんて言うのは嘘で、実はあなたの研究の噂は一部で有名でしたよ」
たまたま知ったと言うと、シークが泣きそうな顔になった。
それを見て、咄嗟に嘘をついて持ち上げるぺランドー。
ぺランドーは本当に子分の素質あるわね、とソフィは感心しつつも呆れていた。
「ええっと、それでよろしかったら……研究についてご教授できるのであれば、と思いまして」
「あ、遅れましたがこちらはご挨拶に」
ぺランドーは研究内容を知らないが、それを悟られないように要望を言ってみた。
即座にソフィがフォローを入れ、王都で購入していたアイデアルカット印の焼き菓子を差し出す。
「これはご丁寧に。でも甘いモノ苦手なんでね。気持ちだけ受け取っておくよ」
シークは焼き菓子を受け取るが、つき返しては悪いと村長にそのまま渡した。困惑して受け取る村長を無視して、シークは身を乗り出しぺランドーの顔を除き込む。
「その代わり、しっかり研究を見てもらえるかな?」
「え、ええ……」
脳みその研究だったらやだなぁ、とぺランドーはちょっとだけ後悔した。
「じゃあ、まず説明だ。このところ、螢遊魔の動きが活発なのはご存じかな?」
幸いなことに問題のガラスケースは関係なかったようだ。ケースを机の上に置き、3人を部屋の中に招く。
屋内は普通の街士の家……ではなかった。
散乱する紙の資料と、乱雑に置かれた魔具が部屋を占領している。
なんだかよくわからない大型魔具に座るように勧められたが、3人は同調して首を振り断った。
「ご存じかと思いますが、わたしの研究は螢遊魔です」
あ、そうなんだ。という顔をソフィはしてしまったが、幸いシークはぺランドーを注視していて気が付いていない。
「虫食い葉のように点在する古来種の祝福がない各地で、細々と生きる彼らですが……どうして螢遊魔は、敵わないとわかっているだろうに、我々を攻撃してくるのか? わかりますか?」
「うーん。なんでだろ? お腹が空いたから?」
「あなたらしい答えですわね」
ぺランドーが即答すると、ため息混じりにソフィが肩を竦める。
「まあそういうこともあるでしょうが……。正解なんですけど、話が進まなくなるので。ほかには?」
「殴られるとキモチいいからでは?」
村長が代わりに答えた。
「村長さん。なにをおっしゃってるんで?」
変人ゴール・シークも困惑する。
「いや。自分に置き換えて考えてみたら、そうかなと」
「え? 村長さん……」
「思わぬところで、村長さんを深くご理解いたしましたわ……」
「最近、若い嫁さんを貰いましたからね、村長さんは。それでなんの話でしたっけ? ……ああ、わたしが質問したいんでしたね」
村長の余計な一言で、話がズレた。シークは軌道修正をするため、答えを言ってしまうことにした。
「答えは、寄生され操られているからですよ」
村長の衝撃に続き、意外な答えをシークが口にしたため、ぺランドーたちは一瞬理解できなかった。
その顔を驚いたと勘違いしたシークは、そのまま説明を続ける。
「見てください、このガラスケース……なにも入っていない? そうです、何も入っていない──ように見えますが、実は微細な目に見えない魔具が無数に入っています。古来種がかつて作り、世界にバラまいた小さな目に見えないほどのモノです。蛍遊魔はこれに寄生されると、我々の生存権にやってきます。これをついにわたしは見つけ出しました!」
「そ……そうなんですか」
答えを言われたと、気が付いたぺランドーがうなづく。ソフィと村長はまだ呑み込めていない。
圧倒される3人を置き去りにし、シークのペラペラと勝手に語る。
「わたしが考えるに、これは古来種が効率よく生物や魔物を集めるため、産み出した存在ではないかと思っています。実に効率的! 自らは足を延ばすことなく、各地に散らばる対象を寄せ集める手段! 外縁部に住む力なきものは、襲撃で被害をうけますが……まあ、古来種様にとっては些末なことなのでしょう。それより支配の魔法を使わずとも、現地で増殖して脳を操るこの微細な仕掛け! さすがは古来種様ですな! そしてこの増殖する小さな小さな微細な魔具によって、支配魔法はより簡単にかかってしまう。それをついにわたしは発見したのです!」
楽しそうに語るシークの隣で、ぺランドーがぷよぷよな顎を撫でて考える。
「そういえば聞いたことがあります」
「知っているの? ぺランドー」
「かつて僕たちの先祖は古来種の奴隷だった。魔法の恩恵を得られる代わりに、祖先は奉仕をしていたわけだけど、そこには絶対的な支配魔法の影響があったと。その名残りが王家が代々受け継ぐ、僕たちに有無を言わせないカリスマ……魅力強化だって。……って、ザルガラくんから聞いたんだ」
学園の授業でも説明されていたが、それはボカされていた。
ぺランドーのこの知識は、ザルガラから得たものが多い。
「そう、それです。古来種は眷属を集めるため、大陸にこの寄生虫をバラまき、集まる人々、動物、魔物を支配下においていたのです。今でも生き残る寄生虫のようなこれは……これさえあれば、わたしは……」
研究資料は見せてくれないよなぁ、と思いつつぺランドーはシークの話を聞く。
ソフィは飽き始めているが、ぺランドーの隣にいることに満足しているようだ。
一方で、村長は話を真剣に聞きながら、渋い顔をしていた────。
* * *
王都と違い、観光地である山間の村の夜は暗い。
ぺランドーたちが帰ったあと、シークは研究材料から完成品を抜き出す。
日中、研究の概略をペラペラとしゃべったシークだったが、今は頭も冷えていた。
その頭が冷えた状態で、彼は計画の実行を決意した。
一時的な熱ではない。
シークは投影した立方体の中に、微細な魔具を封じ込めて家をあとにした。
「これさえあれば、わたしは……」
まっくらな道を進み、村の中心部である広場にたどり着く。
広場に隣接して、いくつかの家屋がある。その一つの前に立って、灯りの消えた窓を見上げる。
この家はもう一人の街士が、夫と共に暮らしている。
シークは街士の家の前で、投影立方体を解除しようとして───失敗した。
解除された立方体の周囲が、別の投影立方体で囲まれ、中にあった魔具の拡散は防がれた。
「この立方体は……彼女が……いや、違う! 誰だ!」
シークが暗がりに向かって叫ぶと、そこからぺランドーと村長が姿を表した。
計画がバレていたのか、とシークが周囲を探る。どうやら武装して隠れている村人もいるようだ。
「ど、どうしてわかった?」
微細な魔具が満たされた立方体を引き寄せ、ぺランドーは嬉しそうに答える。
「ザルガラくん……僕の友達と一緒にいると、あなたみたいな人はなんとなくわかるんです」
「計画に気が付いたのは私ですが」
誇るぺランドーを遮るように、村長が手柄を申し出る。
「具体的に分かったのは村長さんです」
「つまり君は具体的にはなにもわかってなかった?」
「はい」
「素直か」
まだ笑顔で素直なぺランドーに相対して、シークはそうも調子が狂うと膝から力が抜けた。
「しかし、わたしの望みをここで絶たれるわけには……」
シークは悪あがきをしようと、平面陣と立方体陣を投影して、ぺランドーを打ち倒そうとした。
しかし、ぺランドーは実戦慣れしている。
魔具を封印している投影立方体は、すでに魔力を通してある。あとは魔法陣を代入すれば、すぐさま魔法が発動する。
シークの平面陣が投影されると同時に、ぺランドーの魔力弾が降りかかる。立方陣はまだ投影中である。
「重いっ!」
たった一発放たれた魔力弾で、シークは膝をつく。
辛うじて一発、防いだだけで魔力がごっそり消費させられた。
投影途中の立方陣は光の粒になって消え、平面陣もすべて砕け散る。
非殺傷の魔力弾は物理的な影響が、込められた魔力に比べて乏しい。
それでも重さを感じるシーク。実力差を知るほど実力がある証左である。
未熟であれば、重さを感じることもなく防御陣は撃ち抜かれるだけだ。ぺランドーの魔力弾を受けて、防御陣が残っているからこそ感じることができる衝撃の重さだ。
「わたしの計画もここまでか……」
シークは観念した。
村人たちに取り押さえられながら、シークはつぶやく。
「その魔具さえあれば、わたしは彼女に支配してもらえるはずだったのに……」
「女の人を支配しようなんて……ん? んん? 逆? 支配されたかったの?」
どうやらシークは、女性を支配するのではなく、支配されるのが好きだったようだ。
「もうシークさんは無罪放免でいいんじゃないんですか? それでこの魔具つかって、この家の街士の方に支配してもらっちゃって、適当に遠ざけて、街士の仕事を真面目にやってもらえばみんな幸せ? この家の街士さんが嫌がるかもしれませんが……」
ぺランドーが投げやりに、比較的ベストな解決策を提案する。
だんだんザルガラに似てきた。
隠れてこの光景を見ていたソフィは、そんな感想を抱いた。




