遊んで飛んで誘蛾灯 前編
長らくお待たせしました。
思いのほか短くまとまらず、大きな話になって長くなり前後編です。
次々回より本編です。
薄暗い夕刻の狭小な街道に、50を超える武装した小鬼の群れ。
相対するは年端もない少年と少女、そして僅か2人の護衛。
『古来種はいつも数の味方』というが、ただ頭数が多ければよいモノではない。
『古来種は数を使いこなす者の味方』というのが正しいだろう。
無勢の少年は魔法学園の4回生ぺランドー。もう一人の少女はソフィであった。
知らない者が見れば、ぺランドーは頼りない。
だが見た目に反してぺランドーは強い。
ぺランドーは強かった。肉体的にも、魔法の行使も、そして精神的にも強かった。
闘い向きではないとはいえ、鍛冶仕事で体力もある。筋肉多めで固太りなので、大人に負けない程度に力もある。
ソフィの不安をよそに、ぺランドーは堅実に小鬼の群れと戦い、そして勝利を掴みつつあった。
モノゴーレムを2体ほど先行させ、狭小な地形を魔法で変化させ、さらに道を細くして足止めをし、小鬼を集めたところで魔法で一掃している。
あっという間に、小鬼の数は半数となり、戦うことを躊躇し始めている。まもなく逃走するだろう。
護衛も給料泥棒ではない。
ぺランドーの援護を受けて3枚の三角防御陣をもらい、ソフィを守りつつ撃ちもらしを相手にして果敢に戦っていた。
「終わったよ、ソフィ」
「そう……ぺランドー! 見てたから、べ、別に心配してないけど! 怪我は?」
護衛を押しのけ間から駆け出し、ソフィはぺランドーの背中や脇などを確認する。
「大丈夫、ないよ。被害は僕の靴が汚れたくらいかな。でも……、これってなんだったんだろう?」
ソフィに身体を心配されながら、ぺランドーは倒れるゴブリンたちを見やった。
逃げ出した小鬼たちが戻ってこないか?
退いたと思わせて、狙っている者がいないか?
もしくは新たな襲撃者がいないか?
それらを一通り確認してから、ぺランドーは警戒を解いた。
敵がもういないと聞いて、ぺランドーの怪我の確認を終えて、ソフィはすっくと立ちあがる。
「護衛に役に立つんじゃないかと思って、アンタを連れてきたけど正解だったわね! ま……ご褒美として、今回のバカンス。アンタも楽しんで行ってもいいわよ。特別なんだから……って、報酬って意味よ」
「うん、そうさせてもらうよ」
硬い態度のソフィに対し、ぺランドーは自然体だ。
武器を収めた護衛の二人も緊張を解いた。そして雇い主が素直じゃないな、と困ったように顔を見合わせる。
ソフィはぺランドーを誘って、風光明媚な山間にバカンスで訪れていた。
清水があちこちから湧く水源地で、自然豊かな森と愛くるしい野生動物たちを観察できる名所である。
馬車に乗り途中まできた一行だったが、今は徒歩で山を登っていた。襲撃で下した荷物を背負いなおし、またこの景色を楽しみながら目的地を目指す。
やがて視界が開け、山の中腹にある谷合の村が見えてきた。
「うわぁ、おもちゃみたいな町だね」
ぺランドーは山間の村をそう称した。
おもちゃといってもバカにしているわけではない。
ソフィの持っている手の込んだ高級な模型と比べているのだ。
目も心も楽しませるため、贅を凝らした質の高いおもちゃである。
「当然よ。この村を模して作った模型だもの。でも本物の方がすごいでしょ」
「うん、そうだね」
「でしょー」
ぺランドーは少女の自慢を素直に受け取り、ソフィは満足して上機嫌だ。
こういった素直さが、好かれる要素なのだろう。
護衛の2人はそう納得しつつ、この素直さの何分の一かがソフィお嬢様にあれば、と頭を悩ませた。
谷の村に下る道を進み、4人は外界と村を仕切る簡素な門をくぐった。
一行が到着するなり、ソフィは村長の出迎えを受けた。
宿泊先へは荷物を運ぶからと、村長邸宅へと招かれる。
「ようこそ、おいでくださいました。ソフィ様。ええっと、こちらの方はご同行でしょうか?」
白髪のよい歳をした村長が、幼さの残る14歳のソフィに頭を下げて挨拶をする。
護衛以外の見慣れぬ少年の姿を見て、村長が確認を取る。
「ええ、わたしの……護衛よ! 魔法学園でも特別クラスにいる子なんだから! でもわたしの友達なのよ!」
護衛という前に、ソフィは一瞬だけ逡巡した様子があった。しかし、護衛の能力を、普通ではない、強いぞと自慢するかのような口ぶりを見せた。
そしてぺランドーの横顔を伺ってから、慌てて友人であると付け加える。
「そうでございましたか。えー」
「ぺランドーです」
「ぺランドー殿ですか。ようこそ、おいでくださいました。では、ささこちらに。みなさま、お疲れでしょう。冷たいものとお食事を用意しております」
護衛の二人は別室だ。護衛たちも当然な様子で、別室で休憩を取る。
村長はソフィとぺランドーを、当然のように食堂へ案内した。
小さな村の村長宅だが、観光地で貴賓を招くことを想定し、食堂は広く質素ながらよく整っていた。
ソフィとぺランドーは違和感を覚えた。
郷士とはいえ、こうも歓迎? される?
「実はせっかく来ていただいたのですが……」
と、村長は申し訳なさそうに話を始めた。
心苦しい様子の村長の説明は、観光地にとっては致命的な問題であった――
「蛍遊魔が連日現れる?」
話を聞いて、ソフィは驚いた。腰を浮かせて立ち上がると、ぺランドーを見下ろした後に冷静になって座る。
村長はソフィが席についてから話をつづけた。
「大きな被害はありませんが、このままですと……」
今後の観光業に影響がでる……
村や水源、主要街道は古来種の祝福で守られているため、襲われる心配はない。
だが、風光明媚を売る観光名所のいくつかには、その祝福が施されていない。
古来種のほとんどが人と乖離した性質を持ち、風景が綺麗だの心が落ち着く場所など気にかけないためだ。
ソフィは巻き髪をイジリながら、ケーキを食べるぺランドーの横顔をちらりと見て、タイミングの悪い時に来てしまったとため息をついた。
「街士はいないのかしら? この村には2人くらいいたと、記憶してるけど?」
80戸ほどの小さい村だが観光地である。
名士や時には貴族もくるということもあり、快適にもてなすため街士の需要は大きい。そのため規模に似合わず2人の街士がこの村にいた。
街士は魔法使いの中では、あまり戦闘向けな魔法を使えない。だが、補助や援護、回復などとなれば下手な魔法担当の兵士より優れている。
むしろ指揮官おり兵役を終えた一般人に混ぜる場合においては、一騎駆けで強いという下手な騎士より、街士の方が有利という場合すらある。
「いるにはいるのですが、一人はその、妊娠中でして」
「あら、そうなの」
村長の説明にソフィは仕方ないわね、と肩を落とした。
「じゃあもう一人は?」
「村の仕事はこなしてくれるのですが、荒事は特に無理なような男でして……それに」
街士は前述のとおり後方援護向きである。
有益であっても、性格的に戦闘が苦手という者もいるだろう。
しかし村長の口ごもり方を見るに、そういった理由より、何かもっと大きな問題がありそうである。
「それに?」
「こう、ちょっと変わった人物でして……。今は何を言っても村から出ないと言ってまして」
「解任したほうがいいんじゃないの?」
村長に権限はないが、ふもとにいる代官あたりに頼めば街士の解任は可能だ。
「後任がいませんので、今はちょっと……」
「そう。わたしも気分で言っただけなので、本気ではありませんわ」
ソフィは村の大切で太い客ではあるが、村とは本来無関係である。強く言えない立場なので、聞いたらそう思えたということにした。
「ソフィ。僕は協力するつもりだけど?」
「え? どうしたらそんな話になるの? ぺランドー」
現状を説明されただけなのに、ぺランドーは協力するなどと言い出した。
頼まれてもいないのに、協力するとは安く見られる。
「別に螢遊魔の巣に突撃するってわけではないでしょ? せいぜい夜の警備に協力して欲しいってくらいで」
協力の内容を決めつけるぺランドー。
だが、図らずも善意とその決めつけは、村長を縛ることとなった。
頼んでもいないうちに、要求の度合いを見切ったように思えるからだ。
「村の人に任せて寝てるくらいなら、僕が見張りに協力したほうが、ソフィも安心して寝れるでしょ」
「っ! ま、まあそれはそうだけど。あなた寝なくて大丈夫なの?」
「まだ日も沈んでないし、今からすぐ寝れば、交代で深夜の番くらいできるよ」
日が浅いとはいえ冒険者もしているぺランドーは、多少不規則な生活でも対応できた。若さもあるが、不寝番や警戒のやり方をベテランから教わった経験が生きている。
ソフィのため協力すると判明し、村長はまたも舌を巻いた。
魔法による夜の見回りを頼みたかったが、ソフィを守ることに専念するとぺランドーは宣言してしまった。
善意に見せかけた先手を打たれ、協力の要請が絞られる形だ。村長は一言も発することなく、すべてを決められたと唸る。
実はあまり深く考えていないだけで、ぺランドーは自分のしたいことを言ってるだけだ。
村への善意はない。
「で、ではお疲れかと思いますが、お言葉に甘えまして、宿泊とお食事など配慮いたしますので、ぺランドーさんには見張りの協力を……」
「うん、いいよ」
村長は後だしで条件を出す。
その条件も簡単に受けてしまい、村長とソフィは心配のあまり顔を見合わせた。
* * *
その日の夜、村のはずれに螢遊魔の集団が現れ、放牧地の羊小屋が襲われた。
本来、ぺランドーは村の警備。しかもソフィの泊まる宿泊所を守るだけだった。しかし襲撃地の近くには、帰り道に通る吊り橋がある。
吊り橋に被害があれば、日程に支障がでる。
村としても損害が大きい。
急遽、討伐隊が準備され、ぺランドーも同行して螢遊魔殲滅に向かった。
結果から言えば、ぺランドーたちの大勝利であった。
「学生とはいえ……魔法学園に席を置くとなると、ここまで優れた魔法を使うか」
早朝、村に凱旋した一行を率いる旧式の軍服を着る老齢の戦士が、ぺランドーの背を見ながら驚嘆の声を上げた。
彼はとある貴族の元で従士をしていた。
50を越した頃、主人が隠居したことを契機に引退した今は、風光明媚なこの観光地で余生を過ごしていたという。
そんな従士経験のある彼が、村の若者たちを率いた。
おっかなびっくりついてきた村の若者たちだったが、元従士の活躍……そして何よりぺランドーの魔法により、危なげない勝利を得た。
「あったり前でしょ。ぺランドーったらウチの鍛冶組の中にいる平民なのに、学園に入れるくらいなのよ! わかったかしら?」
ぺランドーの前にでてソフィは鼻高々、胸張り張りで自慢する。
彼女の顔は少し紅潮していた。
それだけで彼女の心中を、この場にいた者すべてが悟る。
ぺランドーを除いて。
鼻高々なソフィを横目に、ぺランドーは村長に願い出る。
「ちょっとお願いが」
「なんでしょうか、ぺランドーさん」
村長は上機嫌だ。笑顔でお願いに耳を傾ける。
「その研究肌の街士さんにあってみたいんです」
「お薦めしませんが……学園の生徒であるあなたが仰るのならば……」
村長は難しい顔で、ぺランドーを街士へ紹介することを約束した。




