なぜ侵入者は無謀なのか?
古来種の恩恵は大きい。
街は快適で、農村の作物はよく育ち、害獣や魔物は人の生活範囲に寄り付かない。
しかし、空の上、しかも遙か上空となると訳が違ってくる。
古来種の恩恵は地上の魔力プールを中心として、球状に力が展開されている。
街道などでの恩恵は、範囲が街に比べると狭く小さい。
つまりあまりに高度を上げたり、魔力プールからやや離れた地点で低いながら空を飛んでいると、恩恵の範囲から抜け出て螢遊魔が襲ってくる可能性があった。
念のため、空中遺跡は古来種の恩恵が届くところを飛び、範囲外を避けて縫う様に飛んでいた。
だが、どうしても政治的なルートの問題で、範囲外を飛んでしまう可能性があった。
そうなる螢遊魔に襲われる可能性がある。
それが現実となっていた。
「うわ! みて、みてみて! ザルガラさま! 外、すごいいっぱい! ザルガラさま! なにあれ?」
タルピーが城の周囲の様子を指差して、オレの襟を引っ張って尋ねた。
「ああ、あれはインプだ。意外だな、タルピーも知らないなんて……って、古来種がアレを支配下にしてるのあんまり見ないか」
空中遺跡は現在、コウモリの羽が生えた小鬼、インプの襲撃を受けていた。
しかし状況は、こちらが優勢。
雲霞の如く群がるインプと呼ばれる翼の生えた小鬼たちが、空中遺跡の周囲を巡るワイバーンの編隊によって燃やされ、引き裂かれ、噛み砕かれて、駆逐されていっている。
「快く上空通行を許してくれる領主ばかりなら良かったのだがな! おお、来たか、ザルガラくん!」
執務室からアザナとテューキーを伴い、空中埠頭に設けられた飛竜の臨時指揮所にたどり着く。
そこではイシャン先輩が、全裸でワイバーン部隊の指揮をしていた。
「あれ? イシャン先輩は迎撃に出ないんで?」
全裸にいてほしくなかったので、出撃を促すようそれとなく聞いてみた。
「ん? まあ戦うのは苦手ではないのだが、私はこの方が得意でね」
「いっそ、出てもらったほうが気にならないんだけど。全裸が」
「もう、これだからこの人たちは~」
全裸から目を背け、ついてきたテューキーがオレたちに文句を言う。
「たちってなんだ! イシャンと一緒にするな」
「センパイ! 今からイシャン先輩が出て行っても、あまり意味ないかと思いますよ」
アザナは戦況を素早く把握したのか、攻勢に出ている飛龍の編隊を指して言った。
「あーらら。ほとんど終わりか。撃ちもらしこそあれど、インプの迎撃に問題はなさそうだな。じゃあ、侵入された方は」
「ああ、それは場内警備の者が当たっていてくれているが……見るかい?」
「頼む」
「あと侵入を許してしまった罰として、連合国では服を着ることで許してくれないか」
「頼む」
ほんと頼むよ。
姿見ほどの大きさで、コマンドワードを言うと城内の好きな場所を、鏡の中に映し出してくれる魔具だ。
イシャンは魔具の鏡の前にわざわざ立ち、ポーズを取りながらコマンドワードを唱えた。
「鏡よ、鏡、鏡さん。侵入者の居場所はどこ?」
「鏡の前で腰振りながらコマンドワードを言うな」
コマンドワードを言うだけいいんだから、いちいち前に立つな。
イシャンの背中と尻が邪魔なので、退いてもらう。
全裸が退いてよく見えるようになった鏡の中に、インプに似ているが羽のない醜悪な小鬼が、城内の魔具をいじっている姿が映った。
「あ、これってギズ」
「グレムリンだな、これ。……? アザナ。オマエ、今なんて言おうと? ギズ……なんだって?」
「いえ、間違えただけです」
アザナはそう言って目を逸らし、なんでもないですよ、というアピールをする。
おいおい、しっかりしろよ勇者様。魔物退治のスペシャリストが、魔物の名前を間違えたらダメだろ。
さてアザナが名前を間違ったグレムリンだが、あまり強くないので警備の兵に見つかれば、瞬く間に倒されている。
逃げるグレムリンもいるので、能力と合わせて厄介ではあるが、油断さえしなければ兵の危険はあまりない。
「インプに紛れて、グレムリンも相当数いてね。う~ん……ワイバーンの方にも影響がでているようだ」
「それでイシャン先輩はここにいるのか」
そりゃ仕方ないな、とオレが首を竦めたら、困ったよ、とイシャンは前髪を払って見せた。
「グレムリン相手では、私はここで制御に力を入れた方がいい」
「そうなの? なんで」
テューキーが理由を尋ねてきた。
全裸と一緒の部屋にいるのは大丈夫のようだが、さすがに視線はオレに向けている。なのでつい、オレが答えてしまった。
「グレムリンって、古来種の魔具までも機能不全にさせる能力があるんだよ。ワイバーンの鞍とか手綱が、制御用の魔具だから、その力でイタズラされちまう。しかもその鞍とか作ってるの最近のモノだし、古来種の作った魔具ほど抵抗力はない」
「ワイバーンを乗りこなせなくなっちゃうんだね。それで、アレがなんでここにいる理由になるの」
目も向けず、イシャンを顎で指すテューキー。
今度はイシャンが答える。
「鞍や手綱の魔具が乱され、ワイバーンの制御が不安定になる。そこで私がワイバーンたちの支配に、力を入れた方がいいわけだ」
「イシャンの家系は、魔獣使役に長けた独式魔法を継承する一族だ。ワイバーンの従順さを普段より上げるため、迎撃に出ないでイシャンはここで魔力を提供し続けてるってこと。全裸で」
「そう全裸で。ふ、ザルガラくん。君も全裸倒置法を使いこなせるようになったね」
「気のせいです」
「夜明けも近いな、全裸の」
「気のせいです」
ほんと、気のせいですので。
* * *
インプ迎撃も軌道に乗っており、指揮所も余裕があるため、全裸に別れを告げて俺たちは城内に戻った。
「じゃあ、相手と位置が分かったことだし頼むぞ、勇者」
勇者という駆逐者アザナに、グレムリンの討伐を頼む。
戦闘力の高いヴァリエと、魔具の扱いに長けたフモセもいるから、任せて問題ないだろう。いや、グレムリン相手だと魔具は出せないから、フモセは足手まといか?
「わかりました。討伐依頼ですね。いくら出します?」
「連合国でランチを奢るよ」
「デートですね、喜んで」
「デートじゃねーよ、喜んでるんじゃねぇ!」
否定するため怒鳴ると、アザナは聞かない振りをして飛び出していく。
その後を追おうとしたヴァリエだったが、ふと立ち止まってグローブを装備しながら言い残す。
「私はデートとか結構ですよ」
「わかってるよ」
掛け合いで出たデート報酬というアザナの冗談を、念のためだろうがヴァリエは真剣な顔で「いらない」と宣言する。
コイツ、温和で大人しそうな顔してて、男に冷たいところあるな。
心が脆い男の子だと、傷つくぞ。
「あたし的にはアザナ様とデートさせたくないのですが」
フモセはフモセで、余計な心配をしている。
「デートじゃねぇって言ってるだろ。さっさとアザナを追いかけろ」
心配顔の二人を追い立てると、タルピーがもぞもぞとオレの懐から出てきた。
「ねえ、ねえ、ザルガラさま。インプ? とにかく、あらしをおこしてバーッと吹き飛ばしちゃったら? で、そのままれんごーこくにゴー!」
タルピーは小型の魔物を駆逐していくのが、面倒に見えたのだろう。
「積乱雲は姿隠しと同時に、蛍遊魔避けになってたんだ。積乱雲をつけたまま移動するのは、地上に迷惑だし、連合国にも威圧になっちまう」
「そうなんだー」
釈然としないタルピー。
「そうなんだ。あとみんなの訓練にもなるだろ?」
「ああ、そうなんだ!」
それはわかる! という笑顔で首元に抱き着いてきた。
最近、タルピーが引っ付くことが多い。
城内は空調完備しているが、上空ということもあり肌寒いからいいけど。
「タルピーは暖かくていいなぁ」
「でしょー」
タルピーで暖を取りつつ、そんなこんな――
周囲のインプの群れはイシャンに、侵入しているグレムリンはアザナに任せ、オレはディータの様子を見に向かった。
一応、お姫様なので、こういった事態では最深部の安全な区画で待機してもらう。
インプやグレムリンといった厄介だが強力でない今回の魔物の襲撃は、訓練代わりにちょうどよかった。
アンは制御と迎撃の援護と警備に掛かり切りなので、見回り兼ねてディータのいる最深部へ向かって行く。
遺跡の8合目付近、その中心地に最深部がある。
司令部のある5合目外周から登り、スフィンクスのいる上層部に繋がる扉をくぐって、深く中心へと進む。
最奥の隠し扉から入った小部屋から、階段を降りるとディータの立てこもる部屋がある。
「おかしいな。護衛の姿がないぞ」
「ザルガラさまのめいれいを、無視してるのかな? あいつらめー、しんざんのくせにー」
隠し部屋の前に、あんこ食う騎士団数名を護衛として配置する手筈なのに、一人も姿が見えない。
タルピーが怒りで熱上がる。熱い。
「なにかあったのかもしれんな。急ぐぞ」
「……なんであたいをひっぺがすの? ザルガラさま?」
熱いから。
鍵代わりのパズルを急いで解いて、中に入るとタルピーの発する熱気とは違う、妙な熱気がオレの顔を撫でた。
何事かと部屋の中を見ると、そこは女だらけの密空間があった。
「……やっときた。出よう」
「助けて」
「もう終わった? ここから出して」
ディータと共に、ユスティティアとアリアンマリにも避難してもらったのだが、3人が俺に助けを求めてきた。
「クンカクンカ!」
「ぎゅうぎゅう詰めになれば、スメルが絞り出されるかと思いましたが、やはり琥珀では……」
「ああ、でも公女様をはじめとしたロリっ娘たちもくんかくんか!」
なんだ、コイツら。
狭い部屋の中、あんこ食う騎士団の女たちが護衛そっちのけで、姫と2人の貴族の娘を囲み鎧を脱いで、ぎゅうぎゅう詰め状態になっていた。
「ザッパー、あたたかくて、きもちいいよー。いっしょに」
「すごい怖い目で、お姉様がたに睨まれてるから遠慮する」
冷血動物であるエト・インは、女騎士たちのぎゅうぎゅう詰めを喜んでいる。
エト・インは厚意で誘ってきたが、女騎士が男は無用という顔でオレを拒絶してきたし、暑苦しいのは勘弁なので丁重に断る。
「ああ、ユスティティアさんとアリアンマリちゃんのみならず、新人女騎士からベテラン女騎士の汗の香り……。げへへ……ここは天国か?」
よく見ると、女騎士団の中にヨーヨーが紛れていた。
「おい、なんでオマエいるんだよ。グレムリンに紛れてきたのか? むしろオマエ、グレムリンか?」
「びどい……、真の婚約者に対してグレムリンって! それに警備要員でちゃんと最初から乗ってます!」
そういえばカタラン伯に私兵を融通してもらったんだっけ。
ヨーヨーは書類上で、そのまとめ役で責任者だった。忘れてた。
「真もなにも、正式に受け入れてねぇーって何度も……ん? ヨーヨー。オマエ、なんか声が変じゃね?」
「私の僅がな変調に気が付くなんでこれば愛!」
「僅かな変態じゃねぇいしな、オマエ」
「嫌いなら嫌いと、はっきり言ってください! 女の子は、はっきり言われるのが好きなんです」
「嫌いってはっきり言われんのが好きなの?」
「それはそれで興奮するので!」
「全方位無敵じゃねぇか、コイツ」
「さあ、嫌いと言ってください!」
言っていいんか、ヨーヨー?
あんこ食う騎士団も呆れた様子だ。
「なーんで、グレムリン……に限らず、螢遊魔って死ぬとわかって、俺たちに向かってくるのかねぇ……」
「スルー!」
ヨーヨーを無視して、あとは事務的にすべてを片付けることにした。
 




